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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
126/177

神聖なる悪魔の苗床 29

 城門前広場は細長い円形をしている。中央には高い鐘楼。広場のあちこちには、訪れた巡礼者を迎えるように、あるいは旅立つ巡礼者を見送るように天使像が立ち並んでいる。人が出入りする時間帯でもないので広場に人影はない。そのことに安心しつつ、アルベルト達は城門前の広場に入った。

 しかしその時、鋭く風を切る音がした。

 リゼに向かって放たれたそれを、アルベルトは一刀の元に斬り捨てた。二つに分かれた銀の矢はくるくる回転しながら地面に落ち、転がっていく。それを一瞥してから、アルベルトは矢が飛んできた方向に視線をやった。

「マティア!」

 城壁近くの鐘楼の上で弓を構えた悪魔祓い師は、銀の矢をリゼに向けていた。姿が見えないと思ったらここで待ち構えていたようだ。瞬きの間に放たれた第二の矢が、空を切ってこちらへ向かってくる。それも剣を振って弾き返すと、アルベルトは視線をマティアに向けたまま、じりじりと後退した。

 鐘楼の上で、マティアは的を吟味するかのようにじっと弓矢を構えていた。マティアの狙いはリゼだ。他の者は眼中にない。いかにアルベルトの剣を潜り抜けて魔女を仕留められるかと、あの悪魔祓い師は思案している。

「先に行ってくれ!」

 立ち止まったティリー達を促し、アルベルトは彼女らとは違う方向へ駈け出した。風を切って放たれた矢を避け、鐘楼から一定の距離を取りつつ広場の端へと移動する。その間に、ティリー達は城門へと向かっていた。門を開けるのは彼女らに任せるとして、こちらはとにかく悪魔祓い師を何とかしなければならない。アルベルトはマティアの姿を目にとめながら、少しずつ鐘楼の左手に回りこんだ。が、

「逃がさねえぜ!」

 不意に響いた声と共に、アルベルトの真上に白い炎が出現した。とっさに避けると、降り落ちた白い炎は地面をえぐり、石畳を破壊する。数人の騎士を従え、ゆっくり歩いてきたウィルツは、杖をアルベルトに向けた。

「逃げるつもりかもしれねえが、城門には騎士がいる。袋の鼠だな。おまえらの負けだ。アルベルト」

 ウィルツの言う通り、門の方では騎士達が脱走者に気付いて各々武器を取り、こちらに近づいてきている。ティリー達が応戦しているが、戦局は五分五分といったところか。悪魔が出現した混乱で騎士の数が少ないのが幸いしているが、時間がかかればかかるほど増援が来てしまうだろう。その前に、キーネスが鍵を見つけてくれるといいのだが――

「で、おまえは一人でオレ達と戦うってか!」

 ウィルツの声と共に、白い炎が飛来してきた。とっさに銅像の陰に身を寄せ、炎の直撃を回避する。燃え上がった天使像は熱で歪に変形した。

「大人しく捕まった方が痛い思いをしなくて済むぜ」

 風を切る音と共に、銀色の光が身体をかすめた。ちぎれた布地が地面に突き刺さった矢にまとわりついている。

「オレの炎が先かマティアの矢が先か……あいつに先を越されるのは腹立つけどな」

 隙をつけると思ったのか、騎士の一人が雄たけびを上げながら突進してくる。アルベルトは繰り出された槍を斬り払い弾き飛ばすと、騎士のこめかみに容赦なく剣の柄を叩き込んで昏倒させた。そこへ、ウィルツが放った白い炎が飛んでくる。

「ご自慢の剣の腕があるとはいえ、そんなお荷物抱えたままでオレに敵うと思ってんのか?」

 別の銅像の陰に隠れながら、襲いかかる白い炎をやり過ごす。防ぐのは無理だからとにかく避けるしかない。広場を逃げ回るアルベルトを、ウィルツは炎をけしかけつつ笑いながら眺めている。

「……アルベルト。もういいから降ろして」

 すると抱えたリゼが小さな声で訴えた。しかし聞いている暇はないので今は無視する。

「このままじゃ逃げることも戦うことも難しいじゃない! 足手まといになりたくないから降ろして!」

 彼女は怒ったように叫んだが、その声はどこか弱々しい。その消耗ぶりでは、降ろしたところでまともに動けないだろう。魔術が使えるかも怪しい。アルベルトは今度も訴えを無視し、追いかけてきた騎士を迎え撃った。脚を斬り裂き、倒れた騎士の手から槍を蹴飛ばして無力化する。すると、飛んできた矢がアルベルトの腕をかすめてぱっと鮮血が散った。

「アルベルト、お願いだから降ろして! あいつらの狙いは私よ! あなた一人なら逃げ切れるでしょう!? だから――」

「静かにしてくれ。気が散る」

 どうしてそう自分を危険に晒す方向へ物事を考えるんだ。リゼの後先考えない主張を遮るようにアルベルトは鋭く言い放つ。彼女はなおも何か言おうとしたが、その時、飛んできた矢をアルベルトが弾き損ね背中をかすめていったのを見て、リゼははっと口を噤んだ。

 大人しくなったリゼを抱え直して、アルベルトは走り続けた。全く、リゼに暴れる気力も体力もなかったのが幸いだ。彼女が本気になれば、アルベルトを振り払うことなど造作もないだろう。それほど元気なら抱えて逃げる必要もないだろうけど、同時にウィルツ達と真正面から戦いかねない。やはり、リゼが疲れ切っているのは僥倖だったのだ。

 行く手を阻む矢と炎を避けながら、アルベルトは広場を進んだ。向かう先は城門だが、それを阻もうとするかのようにウィルツとマティアは攻撃を仕掛けてくる。度重なる攻撃で、広場の像はすっかり壊れ、石畳は矢だらけになった。アルベルトも無傷とはいかず、かすめた矢の傷から血が滴っている。大した怪我ではないが、ウィルツ達の攻撃が途切れないため手当をしている暇がない。残り一人となった騎士をなんとか撃退した時には、すでに鐘楼の近くまで追い詰められていた。

「いい加減鬼ごっこはやめようぜ。めんどくせえ」

 気だるげに呟きながら、ウィルツはゆっくりと近づいてくる。ウィルツが杖を振ると、白い火の粉が飛び散った。炎は石畳を奔り、行く手を阻むように広がっていく。逃げるためには炎を突っ切らなければならない。炎を突っ切る以外退路がないことを確認すると、アルベルトは背後の建物の壁際に抱えていたリゼを降ろした。

「ここでじっとしていてくれ」

 すぐさま立ち上がりそうになった彼女を押し戻すように釘をさしてから、アルベルトは踵を返した。左斜め前の鐘楼を一瞥すると、ギラリと光る銀色がこちらを狙っている。撃たないのはウィルツの出方を窺っているからだろうか。追い掛けてくる鏃に注意を払いながら、アルベルトは数歩歩いた後、足を止めた。

「ようやく真面目に戦う気になったか」

 嬉しそうに言って、ウィルツは杖を構える。白い炎を纏ったそれは、眩しいほどに輝いていた。ウィルツはいつでもあの炎を放つことができるだろう。しかしアルベルトは剣を下ろしたまま、ゆっくりと首を振った。

「俺は戦う気はない。戦ったところで勝敗は見えてる」

 そう言うと、ウィルツは怪訝そうな顔をした。どういう意味だと、そのいぶかしげな表情が雄弁に語っている。だがアルベルトが何も言わないのを見て、自分の都合のいいように解釈したらしかった。

「勝てないと分かってるなら大人しく捕まれよ。悪魔祓い師の剣もないおまえに、白い炎を防ぐ手段はないんだからな。そうだ。そこの女を捕まえるのに協力すれば、少しは減刑されるかもしれないぜ」

 杖でリゼを指して、ウィルツはにやにやと笑う。その言葉にリゼが殺気立つのが気配だけで分かった。けれど、彼女はアルベルトに従って物陰から動かない。そのことと、アルベルトが尚も無言を貫いているのを見て、ウィルツはたちまち苛立ちで表情を歪めた。

「おい、なんとか言えよ優等生」

 ウィルツが一歩踏み出すと、白い炎がそれに付き従った。

「罪人、ミガー人、そして魔女。どうしてそんな薄汚い連中とばかりつるんでんだ? どうして命を賭けてまで庇おうとする?」

 ウィルツの周囲の炎がゆっくりと杖の先に集まっていく。

「そいつらに価値なんてねえよ。自分達のことしか考えてないゴミクズだ。そんなやつらを助けようってか」

 集った炎は球体となり、太陽のように眩しく輝いている。

「そういうところがキモいんだよ。吐き気がする」

 ウィルツは白い炎で輝く杖を振り上げた。炎が齎す光が、広場を明るく照らし出す。そして、

「魔女もろとも炎で焼き尽くしてやるよ」

 ウィルツは杖の先に集った炎を振り下ろそうとした。

 その瞬間、頭上から轟音が降り注いだ。ウィルツの注意が逸れ、視線が音の発生地点へ向かう。天を仰いだウィルツの眼に真っ先に映ったのは、落ちてくる瓦礫と巨大な鐘だっただろう。轟音の正体は、見事な細工を施された鐘楼の天辺が魔術で破壊された時のものだったのだ。

 瓦礫の直撃を避けるためウィルツが目標を変えた瞬間、アルベルトは近くに落ちていた槍を拾い上げた。騎士を倒した時、拾いに行ける位置まで転がしておいたものだ。瓦礫の落下範囲ギリギリのところで、アルベルトは槍を構える。そして一瞬の後にアルベルトの手から放たれたそれは、瓦礫の雨をくぐり抜けてウィルツへと迫った。

 槍が貫いたのは、ウィルツの持つ杖の先端だった。十字架を模した燭台のような形をしたそれは、先端に火を灯す芯のような部分がある。槍の穂先が捕らえたのはそこだ。芯を砕かれ、コントロールを失った白い炎は勢いをなくして小さくなっていく。ウィルツは使い物にならなくなった杖と弱まっていく炎を見て、怒りに満ちた目でアルベルトに向けた。

「調子に乗んじゃねーぞてめえ!」

 罵声を浴びせながら、ウィルツはこちらへ向かってこようとする。しかし降り注いできた瓦礫がウィルツの強襲を阻んだ。鐘楼から落ちてきた二つ目の鐘が石畳と激突して内臓に響く轟音を立てる。耳障りな地響きに眩暈を覚えながらも、アルベルトはウィルツに背を向けてリゼの元へ戻った。

「行こう!」

 崩れる鐘楼を見つめているリゼにアルベルトは手を伸ばす。急いで城門に向かわなければならない。そう思ってリゼを抱え上げようとしたが、驚くことに伸ばした手は振り払われてしまった。リゼの視線はアルベルトの背後に向けられたまま、何かを凝視している。そこでようやく、アルベルトは危機が迫っていることに気付いた。

 リゼが何か叫んだのと、振り返ったアルベルトの眼が迫りくる銀色の光を認めたのはほぼ同時だった。落ちてくる瓦礫を縫って、一本の矢が飛んでくる。剣を抜いたとして、間に合うかも分からない距離だった。そのままでは、矢は確実にアルベルトの眉間を捉えていただろう。しかし、矢は目標に届くことなかった。アルベルトの眼の前に出現した氷壁が、矢を弾いて軌道を逸らしたのだ。

 矢を放ったのは案の定マティアだった。倒壊する鐘楼からどうやって脱出したのか、隣の建物の屋根の上で弓を構えている。衣服が汚れてボロボロになっているから全くの無傷という訳ではなさそうだが、弓を引くのに支障はないようだ。幸いなのは断続的に落ちてくる瓦礫で狙いを定められないようであることか。今のうちに逃げるしかない。アルベルトは振り返ると、倒れているリゼを抱え上げた。

「リゼ! しっかりしろ!」

「……平気、よ。大丈夫……」

 消耗した身で魔術を使った反動か、リゼは焦点の合わない目で弱々しく囁く。無理をさせてしまったことを歯がゆく思いながら、アルベルトは転がってきた瓦礫を避けつつ城門へと向かった。鐘楼が崩れる轟音がアルベルトを追いかけてくる。しかしありがたいことに、その中に人が混ざっている気配は感じられなかった。

「無事だったみたいですわね!」

 城門前に辿り着くと、待っていたティリーがそう言った。彼女の周囲には倒された騎士達が死屍累々と横たわっている。そうとう念入りに叩きのめされたのか、ぴくりとも動かない。その姿を見つつ、アルベルトはティリーに言った。

「ティリー! 助かった。ありがとう」

「なら後でお代を頂きたいところですわね。お願いを聞いてあげたんですから」

 タイミングを見て鐘楼を破壊してくれ。ティリーに頼んだのはそのことだった。鐘楼は城門前広場の出口近くに建っているそれを破壊すれば、瓦礫で城門への道を多少は塞ぐことが出来ると考えたのだ。一時凌ぎではあるが、門の外へ逃げる時間ぐらいは稼げるだろうと。

 ただそのためには、鍵を手に入れる時間を稼ぎつつ、ウィルツ達を定位置まで引き付けておく必要があったのだが。

「鍵は手に入りましたわ。参りましょう」

 そう言って、ティリーは城門へと走っていく。そこでは鍵を入手したキーネスがすでに通用門を開けていた。ゼノはすでに外へ出たのか姿が見当たらない。城門への道を駆け抜けて、開かれた通用門にティリーが飛び込み、アルベルトもそれに続く。そして最後に外へ出たキーネスが、時間稼ぎのために扉を閉じた。

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