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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
124/177

神聖なる悪魔の苗床 27

 足りない。

 力が足りない。頭が痛い。眩暈がする。足がふらつく。悪魔祓いの術を使おうにも、ただ真っすぐ立っていることすら難しい。それでも術を唱えようとすると、酷い頭痛と吐き気に襲われた。

 足りない。力が足りない。悪魔(奴ら)を滅ぼさなければならないのに。悪魔憑き(あのひとたち)を救わなくてはならないのに。結界を守らなくてはならないのに。どうして出来ないの。どうして。私がやらなきゃ行けないのに。私しか出来ないのに。それが出来ないなら、私は何のために――

「――リゼ!」

 不意に、頭の中に声が響いた。背後から聞こえる聞き知った声。名前を呼ばれた。あの時と同じように。そしてその声は、どこか必死に言葉を紡ぐ。

「君一人でやらなくていい。全部一人でやろうとしなくていい。例えそれが君の宿命だとしても、一人で背負わなくていいんだ」

 その声はやけにはっきりと聞こえた。うまく働かない頭で、告げられた言葉の意味を認識する。

 一人でやらなくていい。

 一人で背負わなくていい。

 ――私の背負う宿命のことなんてこれっぽっちも知らないくせに。

 能天気でお人好しな悪魔祓い師。何も知らないくせに、少しも関係ないくせに、ただの他人のくせに、そんなに必死になっちゃって。馬鹿みたいだ。本当に。

 ――でも、

 もし本当に一人で背負わなくていいのなら、

 私は――

 気が付くと、あの酷い頭痛はなくなっていた。眩暈もしない。吐き気もない。その代りにやってきたのは、腕から伝わってくるやわらかい温もりだった。

 そうか。

 足りなければ借りればいい。補えばいい。脳裏に閃いたのはごく単純な答えだった。

 そうだ。

 力ならここにある。




 リゼの瞳に光が戻った。

 その次の瞬間だった。明滅を繰り返していた浄化の光が、突如としてまばゆい輝きを放ったのだ。疲労など欠片も見えない凄まじいまでその光は、アルベルトをも巻き込んで膨れ上がっていく。ティリーとゼノが何か叫んでいたが、声は光の奔流に巻き込まれて流されていった。

 眩しい。リゼの周りは虹の色を帯びた光で溢れ返っている。アルベルトはかろうじて目を開き、リゼの姿を探した。いや、探すまでもない。光の本流の中で、リゼの姿はくっきりと浮かび上がっている。リゼの腕を掴んだ姿勢で硬直したまま、アルベルトは光に包まれる彼女を見つめた。

『虚構に棲まうもの。災いもたらすもの。深き淵より生まれし生命を喰らうもの――』

 光と風が渦巻く中、彼女の高らかな声が響いた。詠唱は歌のように流れ、魔法陣を描き出していく。

『理侵す汝に我が意志において命ずる。彼の者は汝が在るべき座に非ず。彼の魂は汝が喰うべき餌に非ず』

 魔法陣から幾何学模様の光の帯が紡ぎだされた。帯はリゼとアルベルトを取り巻いて、ゆっくりと揺れる。逃げなければいけないことも忘れて、アルベルトは揺れる魔法陣を魅入られたように見つめていた。そして、

『惑うことなく、侵すことなく、汝が在るべき虚空の彼方。我が意志の命ずるままに、疾く去り行きて消え失せよ!』

 リゼの高らかな声が広場に響き渡った。

 彼女の足元に現れたのは八芒星の魔法陣。悪魔祓いの術を操る彼女の紋章だ。魔法陣は術の完成と共に、まばゆい閃光を放つ。プリズムのような光は空へ立ち上り、地を駆けて悪魔憑きを照らし、その中に宿る悪魔をあぶり出して行った。人々が驚き上げる声。戸惑い叫ぶ声。それを掻き消すように谺する悪魔の断末魔。光の中で悪魔はもがいていたが、逃げられるはずもなく次々と浄化されていった。リゼの悪魔祓いの術は留まるところを知らず拡大し、悪魔を消し去っていく。赤い閃光も、黒い渦も、漂っていた悪魔は消え失せ、辺り一帯は明るく、清浄な空間へと戻っていく。

 やがて立ち込めていた靄が晴れ、役目を終えた悪魔祓いの術の光も消えていった。明るくなった広場は澄み切った静謐な空気に満ちている。悪魔に怯えていた者達も、あるいは取り憑かれ苦しんでいた者達も、今は静かに一点を見つめていた。

 靄が晴れ、まじりっけない日の光を浴びるリゼ・ランフォードを。

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