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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
121/177

神聖なる悪魔の苗床 24

「ぐああああああああああ!?」

 叫び声と共にマリウスの腹部は風船のように弾け飛んだ。赤い液体と肉片を撒き散らしながら、悪魔堕ちした悪魔祓い師は仰向けに倒れる。切断寸前の胴体からは、黒っぽくなった内臓がはみ出していた。

「うわああ!?」

「きゃあああ!」

 足元まで飛散した血を見て、ゼノとティリーは悲鳴を上げつつ後ずさる。キーネスは静かだったがその表情は極めて不愉快そうだ。魔物やそれに襲われた人間、身体が変形してしまった悪魔憑きを見てある程度耐性はついているものの、突然グロテスクな光景が目の前で繰り広げられたら気持ち悪くもなる。アルベルトも一瞬茫然として、元同僚の死体を見つめていた。

 だがその光景にもっともショックを受けたのは、図らずもマリウスの一番近くにいたリゼだった。幸いにも血は被らずに済んだようだが、肉片が足元まで飛び散っている。それを見たリゼは声もなくその場に崩れ落ち、すっかり血の気の引いた顔で、マリウスの無残な死体を凝視した。身体は細かく震え、瞳は凍りついて瞬き一つしない。爆破されたフロンダリアの神殿で、祭司達の死体を見た時と同じように。

「リゼ、大丈夫だ。落ち着いて」

 マリウスの死体が目に入らないようリゼの前に屈み込み、アルベルトはゆっくりと言い聞かせた。動かないリゼの瞳は硝子玉のようで、実際はマリウスの死体など目に入っていないのかもしれない。もっと別の、記憶の中にある何かを見ているのかもしれない。ふと、凍りついた彼女の瞳の奥で黒い何かが蠢いたような気がしたが、瞬きする合間にそれは見えなくなっていた。

 少ししてから硬直が解けたリゼは、それまで呼吸すら忘れていたのか長い潜水の直後のように大きく息を吸い、苦しげな呼吸を繰り返した。幾度か瞬いているうちに瞳に光が戻ってきて、のろのろとアルベルトに視線を移す。リゼは辛そうな表情で頭に手を当てると、か細い声で言った。

「ご、めん……大丈夫」

 ショックが強いせいか、顔色はかなり悪い。手を貸そうとしたが、リゼは要らぬとばかり振り払った。それから彼女はマリウスを視界に入れないように立ち上がり、早足でその場を離れる。その身体は、まだ細かく震えていた。

「おまえ、こういうのダメなのか?」

 マリウスの死体にちらちらと視線をやりながら、ゼノはそう呟いた。リゼは答えず、視線を落としている。するとゼノは、冗談めいた明るい口調で言った。

「魔物とかさっきのあの魔法陣みたいなのは平気なのに。意外に繊細なところがあるんだな」

 それは軽口のつもりだったのだろう。ゼノのことだから、これ以上、場の空気が重たくなるのが嫌だったのかもしれない。ちょっと茶化そう。それぐらいの認識だったのかもしれない。だが、彼の思惑通りにはいかなかった。

「そうね。自分でも腹が立つくらい」

 吐き捨てるような口調に、ゼノはしまったという顔をした。さらにはティリーに信じられないと言わんばかりの視線を向けられ、冷や汗をかいて狼狽える。視線を泳がせ、慌てに慌てたゼノは、不意に何か思いついたか勢いよくしゃべり始め、

「まああんなの見たら普通の人は気絶するもんな! 怖がったって全然おかしくねぇよな! むしろ怖い方が普通だぜ! …………ごめん。本当にごめん。余計なこと言った」

 途中から勢いをなくし、最後にはリゼに頭を下げた。今回ばかりはゼノも真剣に謝罪していたが、リゼは視線を逸らしたまま、じっと押し黙っている。怒るでもなく無言で無視されていることにゼノは大いに慌て、もう一度頭を下げた。

「あの馬鹿は放っておくとして……この臭い。火薬か?」

 不愉快そうな表情ながらも死体を観察していたキーネスがぽつりとそう言った。確かに、むせ返るような血臭の中に僅かながらあの独特な臭いが混ざっている。メリエ・リドスで、あるいはフロンダリアの神殿で嗅いだ臭いと同じだ。よく見ると、胴には焼けたような跡もある。つまり、マリウスが死んだ原因は。

「……ちょっと待ってくださいませ。この悪魔祓い師は爆死したってことなんですの?」

 うわ、悪趣味。さらに一歩距離を置きながらティリーは呟いた。さらには、内臓を撒き散らして死ぬなんて迷惑ですわ。後処理のことも考えてくださいませ!と、後処理するわけでもないのに憤慨している。する義務がなくても、迷惑なことに代わりはないが。

「ま、確かに悪趣味な死に方だな。死ぬなら綺麗に死んでもらいたいもんだ。死体は見慣れているが限度ってものがある」

「全くですわ! 不愉快です! 無礼です! 公共の福祉に反してます!」

 妙なテンションで叫びながら、ティリーは拳を握る。関係あるのかないのか分からないことまで叫んでいる辺り、さすがのティリーも動揺しているのだろか――と思ったものの、ティリーは一しきり叫んで満足したのか、突然ケロッとした表情で呟いた。

「でも周りの人間を巻き込むほどじゃなくて良かったですわ。こいつと一緒に地獄行きだなんて御免です」

 そう言いながら、ティリーはまるで虫でも観察するかのように、じいっとマリウスの死体を観察している。よくそんなにじっくり見れるなとキーネスに言われたティリーは、模型だと思えばなんてことありませんわとあっさり言い放った。

「にしても小さな爆発でしたわね。完全に自殺用だったってことなんでしょうか」

「――いいや。自殺じゃない」

 アルベルトがそう呟くと、キーネスが同意するように頷いた。

「死ぬ前のこいつの様子を見るに、爆弾のことなんて知らなかったし自殺するつもりもなかったんだろう。どうやったのかは知らんが、何者かがこいつの腹の中に爆弾を仕込んだ。そして失敗した罰か口封じのために、こいつを殺した」

 先程視えたあれは火の魔法陣だった。離れていても爆破させられる、悪魔教徒の十八番だ。まさかこんなことにまで使うとは思わなかったが、とかくこの方法は奴らのお気に入りらしい。

「でも何故爆弾を使うのかしら? 悪魔教徒なら相当強力な術を使えるはずですけど。それこそ、人間の一人や二人破裂させるくらい」

 そう言い、ティリーは腕を組んで考え込む。悪魔の力で強力な術が使えるはずなのに、どうして物に頼るのか。確かに不思議である。しかし、アルベルトはなんとなく理由に気付きつつあった。

「――術だと誰かが気付く可能性があるからじゃないだろうか」

 口封じのための致死性の仕掛けを施したなら、当人や周りの人間に気付かれることは避けなければならない。しかしここはスミルナ。悪魔祓い師が大勢いる場所では、生半可な術を使えば誰かに気付かれてしまう。

 だが、あの発火の魔法陣は小さく力も弱い。悪魔祓い師の力、悪魔の力といった大きな力があれば、それと紛れてしまってアルベルトであっても見落としてしまいかねないほどだ。ましてや“眼”を持たない悪魔祓い師や魔術師達は、これに気付くことはまずないだろう。

「ああ。術なら魔術や悪魔祓い師の力で防ぐことも出来ますものね。気付かれたら解除される可能性がある――なるほど」

「それに、魔術は強力なものほど術者の特定が簡単になるんじゃなかったか。魔法陣に残る魔力の痕跡からたどることが出来る。だが、小規模な魔術では力が弱すぎて難しい」

「あら、お詳しいですわね。さすが情報屋。こういうことはご存じだと」

 ティリーの賛辞に、キーネスは「知識だけで実践は出来ないがな」と答える。魔術師でない以上、実践できないのはどうしようもないことだが。

「しかし、人間の腹を破裂させるような術があるのか」

「あります――というか、理論的に可能というだけですわ。腹の中で爆発を起こせばいいんですもの。そういう魔法陣を人体に仕込めばいいんですわ」

「魔術はそんなこともできるのか」

「ええ。もちろん禁呪ですから、まっとうな魔術師は使いませんけど。ま、そもそも人体に直接魔法陣を刻むのは難しいですから、実際に使える人間なんてほとんどいませんけどね。人体はエネルギーが行き来しますから、よっぽど上手くやらないと魔法陣の命令式が壊れちゃいますもの」

 しかし、悪魔憑きとなって強大な力を得た悪魔教徒なら使える――か。今回は誰かに見つかることを恐れて使わなかったのだとしても、その懸念がない状況なら使うかもしれない。マリウスのことも含め、警戒しておくに越したことはなさそうだ。

「ま、アルベルトとリゼがいれば大体大丈夫だと思いますわよ? アルベルトがいれば掛けられても気付かないってことはないでしょうし、リゼの悪魔祓いの術なら解除できるんじゃありません?」

 不安を吹き飛ばそうとでもいうかのように、ティリーは明るくそう言った。いや、妙に口調が明るいのは雰囲気を明るくしようとしているのではないのかもしれない。ティリーの灰色の瞳が、好奇心でキラキラと輝いている。そしてそのまま腕を組むと、何か思案するようにぶつぶつと呟き始めた。

「そう、悪魔が祓えるならできるはず……体内の異物を排除するという意味では同じですし……いえ、聞いてみるのが一番ですわね。リ――」

「ティリー、それは後にしてくれ」

 リゼを呼ぼうとしたティリーを制止して、アルベルトは苦笑する。こんなときでもティリーの好奇心は止まらないようだ。好奇心を持つのはいいのだが、今発揮されても困る。行動を止められてティリーは不満そうな顔をしたが、さすがにそれどころではないと思ったのか大人しく居住まいを正した。

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