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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
アルヴィア帝国編
12/177

マリークレージュの闘争 3

 ずかん、という音がした。

音は後ろの方――つまり今来た方から聞こえてきた。ティリーは少し走るスピードを落とすと、振り返って後ろを見る。やや大きめの建物の向こうに、白い光がちらついているのが見えた。どうやら派手に交戦しているようだ。

(こんな狭い場所でよくやりますわね)

 自分だったら願い下げた。こんな場所、暴れにくいことこの上ない。どちらにせよ悪魔祓い師がいるので、暴れることはできないが。

(にしても、アルベルトがわたくしを逃がしてくれるなんて思いませんでしたわ)

 あのウィルツとかいう悪魔祓い師。言葉遣いは全く悪魔祓い師らしくないが、腕前はそこそこ良いようだ。なんせ、あの白い炎――それ相応の技量がなければ使えないという神の炎を自在に操っていたのである。さすがに魔術を使わずに済ますのは無理だと思ったのだが――アルベルトのおかげでそれは杞憂に終わった。

 まあ、あいつらには魔女の仲間扱いされてるし、結構な数の騎士達をしばき倒しているので、今さらな気もするが。

「でも、これは正当防衛ですわよね。罪のない一般人に斬りかかるなんて、失礼にも程がありますわ。……あら?」

 通りの角を曲がったティリーの視界に入ってきたのは、地面に転がって呻き声を上げる騎士達だった(なかなか不気味な光景ではある)。氷の魔術を使った跡が残っているし、これは間違いなく――

「ビンゴですわ」

 とりあえずティリーは手近な騎士に駆け寄ると、胸倉を引っつかんで乱暴に揺さ振った。

「もしもし? 大丈夫ですの?」

「うう……魔女め……許せん……」

 騎士は目を覚ますなり恨み言を言った。同情するわけではないが、下半身氷漬け状態なので、恨み言の一つや二つ、言いたくもなるのかもしれない。

「大変な目に会ったんですのね……ところで、彼女は一体どちらに?」

「向こうに……はっ!? き、きさまっ! 魔女と一緒にいた女だな!? きさまも捕まえてや――」

「きゃあ! 手が滑っちゃったあ!」

 わざとらしい台詞を吐きつつ、騎士の脳天に本の角を振り下ろす。どかっという痛そうな音と共に、騎士は目を回して昏倒した。

「さぁて。向こうの方ですわね」

 ティリーは何事もなかったかのように立ち上がると、騎士の言った方向へ向けて走り出した。倒れた騎士達を飛び越えつつ、軽快な足取りで進む。

(それにしても……どれだけいるんですの……?)

 どうやらかなりの数の騎士がリゼを追いかけているらしい。路地はまさに死屍累々である(死んでないが)。ある者は氷漬けになり、ある者は地面に倒れて目を回している。これだけいてたった一人を捕まえられないのは、こいつらが無能なのかリゼが強すぎるのか、判断がつきかねるところだ。

 そんな事を考えながら路地を進んでいくと、程なくして開けた場所に出た。正面には大きな池。貯水池のようなものらしく、茶色く濁った水が轟々と流れ込んでいる。その向こうには街の内と外を仕切る塀と、川から水を引き込むための水門が見えた。そしてそこには、

「リゼ! ……とグラント!?」

 二人の姿を発見したティリーは、思いがけない人物の登場に驚きの声を上げた。

「ちょ、あなた、どうしてこんなところに?」

「まあ……色々あったんだよ」

 グラントはその『色々な事情』を手短に説明する。状況を理解したティリーは、

「そういうことでしたのね……貴方も運が悪いですわね」

「ほっとけ」

「それより、連中をどうにかしないと。この分だとマリークレージュを出てもしつこく追ってくるわよ」

「どうにかして足止めできればいいんですけど……そうですわ! グラント、ちょっとよろしくて?」

 ティリーはそう言うと、たった今ひらめいた『ちょっとした思い付き』をグラントに耳打ちする。話を聞いたグラントは見る見るうちに表情を変えた。

「お、おいっ! あんた正気か!?」

「正気ですわよ。失礼な」

「で、でもよ……」

「そんなに難しい話じゃありませんでしょ? これなら、貴方も追っ手を気にする必要はありませんし。あ、ただし、貴方はさっさと逃げてくださいましね」

「・・・わかったよ。やりゃあいいんだろ。そのかわり、失敗してもオレを責めんなよ」

「もちろん。じゃ、よろしくお願いしますわ」

 グラントは不安そうだったが、仕方なくといった感じで走っていく。その後ろ姿を見ながら、

「一体何をたくらんでるの?」

 リゼはそう問いかける。それに、ティリーはいたずらっぽく微笑みつつ答えた。

「ちょっとした大掃除、ですわ」




 炎が視界を真っ白に染めた。

 四方を炎に囲まれたアルベルトは、臆することなく先方の炎の壁に突っ込んだ。わずかに薄いその部分を剣で薙ぎ払い、外へと脱出する。その瞬間、炎の陰からウィルツが現れて、杖を叩き込んできた。剣で受け流すが、追撃が二回、三回と続く。それを全て防ぎ、あるいはかわし、生じた隙を突いて袈裟掛けに斬りつけた。が、ウィルツは少し後ろに引いてそれを避け、すかさず白い炎を生み出す。アルベルトは飛び交う火球を返す刃で斬り払い、一歩踏み込んで突きを放った。難なく払いのけられてしまったが、まだ終わらない。ウィルツの懐に飛び込んだアルベルトは、剣の柄をがら空きになった鳩尾に叩き込んだ。

「げほっ。……今のは痛かったな」

 間合いを離したウィルツは少しよろめいたが、すぐに体勢を整えて杖を構える。アルベルトも仕方なく剣を構えなおした。

 しばし無言の睨み合いが続く。お互いがお互いの出方を窺い、タイミングを計って―――

二人が動いた、その時。

 建物の壁面が大きな音を立てて吹っ飛んだ。石材が飛び散り砂埃が立ち込める。そしてそれに紛れるように、人影が一つ、建物の中から現れた。それを認識したのもつかの間。砂塵の中からウィルツに向けて冷気の渦が吹き抜けた。

「リゼ!? どうしてそんなところに!?」

 突如現れたリゼにアルベルトは驚いて問いかけた。少し白っぽくなったリゼは服をはたきつつ、

「最短距離だったのよ。それにあなたも魔術に巻き込んでよかったのなら普通の道を使ったけど?」

 あっさりとそう返す。その後ろから、今度は別の声がした。

「はぁいアルベルト。リゼを探してきましたわ」

 同じく砂塵の中から現れたティリーがおどけた口調で言う。若干の脱力感を覚えながらアルベルトは答えた。

「連れてきてどうするんだ。ウィルツがいるのに」

「あいつなら氷漬けよ。今のうちにさっさと行くわよ」

 言って、リゼはすたすたと歩いていく。その後に続くティリー。仕方なくアルベルトもその後を追いかける。やがて三人は走り出した。

しばらくして辿り着いたのは、貯水池のすぐ隣にある広場だった。位置的にはマリークレージュの南西の端。外に続く門と街の川を渡るための大きな橋がある場所である。しかしそこに、数少なくなった騎士を引き連れたマティアが待ち構えていた。

「ようやく追いつきました」

 そう言いつつ、マティアは弓を構え、騎士達もそれに倣う。それを見たアルベルトは一歩前に出て行った。

「マティア、どいてくれ」

「できませんよ。これが我々の任務ですから」

 マティアは感情のこもらない淡々とした口調で言う。アルベルトがもう一度警告しようとした時、今度は後ろで白い炎が爆発した。

「たく、やってくれたな。魔女」

 氷漬け状態から脱出したウィルツが爆炎の向こうから現れる。その周りに白い炎が踊った。

「マティア、邪魔するなよ」

「ブラザー・ウィルツ。我々の任務は魔女の捕縛です。お忘れなきよう」

「分かってるよ。うるせえな」

 ウィルツはめんどくさそうにそう言って杖を構えた。

「全くしつこいわね」

 リゼが呟く。悪魔祓い師二人に騎士が何人か。決して突破できない数ではないが、問題はあの白い炎だ。扱えるのがウィルツ一人とはいえ、無視できるものでもない。

 どうすればいいか。アルベルトが考えていた、その時だった。

 突然水の音が大きくなった。街の外を流れる川の水音が突然変化しのだ。そして、それが合図だったかのようにティリーが叫んだ。

「リゼ、アルベルト、逃げますわよ!」

 三人が走り出したのと、轟音と共に地面が揺れたのとはほぼ同時だった。閉じていたはずの水門が開かれ、街の中にまで水が流れ込んでいるのだ。やがて水門の周辺の塀の組み上げられた石の隙間から水がほとばしったかと思うと、一気に崩れて濁流が襲い掛かってきた。濁流は広場にいるものすべてを飲み込み、街の中にまで流れ込んでいく。

ほどなくして、マリークレージュの南西の一角は濁った水の中に完全に沈んだ。




「一体、何をしたんだ?」

 襲い掛かる濁流を避けて橋を渡り、何とか街の外に出た後、アルベルトはティリーにそう問いかけた。

「水門を開けたんですの。大雨の影響で川がかなり増水してましたから、開けただけであんなことになった、というわけ。あれほどまでの水量になるとは思いませんでしたけど」

 危うくアルベルト達も飲み込まれるところだったのだ。逃げ切れて本当に良かった。

 ウィルツ達は全員巻き込まれたようだが――

「それにしてもこれは……」

「あら、わたくしは研究の邪魔をするというならたとえ何者であっても容赦しませんわ」

 ニコニコしながら過激なことを言うティリー。その隣でリゼも、

「これなら連中も追って来られないでしょうね。せいせいしたわ」

「しかし、いくらなんでもあれはやりすぎじゃないか?」

「……そうね」

 リゼは紙を二枚取り出して、アルベルトに突き付けた。

「きっと、これに書く内容が増えたんじゃないかしら」

 アルベルトは差し出された紙――手配書を受け取った。折りたたまれたそれを広げ、目を通し、

「―――なんだこれは!?」

 驚愕の声を上げた。ティリーも紙を覗き込んだが、こちらは一瞥しただけで何事か理解したらしい。ああなるほど、と言って顔を引っ込めた。

 手配書にはこう書いてあった。

『緋色の髪の魔女。罪状。救世主の名を騙ることによる神への冒涜。魔術の使用。ラオディキア教会の破壊。悪魔祓い師長の殺害。放火による市民大量殺戮』

『アルベルト・スターレン。罪状。魔女の逃亡及び悪魔祓い師長殺害及び市民大量殺戮の幇助』

「神への冒涜、魔術の使用、教会の破壊、悪魔祓い師長の殺害。そのあたりは否定しない。でも、放火による市民大量殺戮なんてこと、私はした覚えがないわよ」

「…………」

 アルベルトは言葉もない。もう一度、手配書を見返していると、ティリーが口を開いた。

「そろそろ行きませんこと? ここだと増水に巻き込まれないとも限りませんし、今後の予定も考えないといけませんし」

「・・・・ちょっと待って。あなたやっぱりついてくるつもりなの?」

「だって貴女達、南へ行くのでしょう? 隣国ミガーへ、ね。そんな手配書が回っている以上、アルヴィアにはいられませんものね」

「だから何だっていうの?」

「わたくしが検問に引っかからずミガーへ行く方法を教えて差し上げますわ」

 これにはアルベルトもリゼも驚いた。確かにこんな手配書がある以上、ミガーに逃げた方がいいに決まってるのだが、アルヴィアの出入国管理はかなり厳しく、検問を越えるのは難しいだろうと思っていたのだ。

 それが引っかからずにいけるという。

「実を言うと、わたくし裏ルートでアルヴィアに入国してるんですの。まあ、悪魔研究家のほとんどがそうなのですけどね。リゼは北部出身で南のことは知らないでしょうし、アルベルトは裏ルートのことなんて全く知らないでしょう? そういう訳で、わたくしを連れて行ったほうがお得ですわよ」

「……私について行きたいがためのでまかせじゃないでしょうね」

「でまかせなんかじゃありませんわ。事実です」

 リゼの方は疑わしいと言わんばかりの口調だったが、ティリーは至極真面目な顔をして答えた。だから嘘ではないという保証にはならない。が、

「俺は信じていいと思う」

 というより、疑う根拠がないといったほうが良いだろう。ティリーが悪魔研究家で魔術師である以上、正規ルートでは入国できないからだ。

「……分かったわ。教えて」

 リゼも信用することにしたようだった。

「そう来なくては! じゃあ、行きましょう。魔術師の国・ミガー王国へ」

 そう言って、ティリーは軽快な足取りで歩みだす。その後に、アルベルトとリゼも続いた。

 手配書、ミガーへ行く方法、そして濁流に飲み込まれたウィルツ達――

 気に掛かることはたくさんあったが、今は黙って歩みを進めるしかなかった。

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