神聖なる悪魔の苗床 22
蒼い閃光が地底湖から迸った。それと同時に、悪魔が噴き出す黒い穴が音を立てて凍り付いていく。氷は瞬く間に湖面を広がり、“門”に吸い込まれる水の流れもそのまま銀の結晶となって静止した。閃光と共に弾き飛ばされたアルベルトは、凍りついた湖面の上でなんとか立ち上がりながら、銀の世界と化した地底湖に視線を巡らせる。ティリーも、ゼノも、シリルも、キーネスも、仲間たちは誰一人氷漬けになっていないのに、不気味に蠢いていた魔法陣や悪魔達は皆氷の中に閉ざされている。それはマリウスも例外ではなく、腰のあたりまで氷に飲み込まれていた。
「ええい! 何だこれは!? なぜこんなことが出来る!」
徐々に広がっていく氷に抵抗しながら、マリウスは苛立たしげに吠える。散々その眼で見ていたはずなのに、マリウスには信じられないようだ。悪魔を使役するのではなく“浄化”する、リゼの力を。
「これもあの魔女の仕業だというのか! 何故!?」
何故魔女がこんな力を使えるのだ――。マリウスはそう叫んでいた。“魔女”が持つのは、悪魔を使役する力。悪魔を自在に操る力。緋色の髪の魔女が行う悪魔祓いは、人々を惑わす偽の救済。教会が信じる“真実”を、マリウスもまた信じている。魔女が持つ救済の力は悪魔に由来するものだと。
本当は違うのに。
「だったらどうしたっていうの」
次の瞬間、地底湖の中心から蒼い光が立ち上った。光は一つに集束し、輝く氷の欠片を舞い散らせる。その舞い落ちる六花の中から、緋色の髪の人間が現れた。
「魔女だから何? 私は魔王を復活させる生贄になるなんて、真っ平御免だわ」
輝く立花を纏ったリゼは、低い声でそう呟いた。氷の大地へと変化した地底湖からの悪魔の噴出は止まり、“門”は完全に閉ざされている。その真上に立つ彼女を、マリウスは茫然と見つめた。
「“地獄の門”に飲まれていたというのに、何故……!?」
助かるはずがない。マリウスは言外にそう言っている。だから、アルベルトが助けようとした時にも嗤っていた。無駄な行為だと。アルベルトですら、半ば諦めかけていた。
しかし、彼女は今ここに立っている。
「あと少しで完全に飲まれそうだったわ。おかげで胸糞悪い思いをした。でも、
壊れかけてるみたいだから、壊すのは楽ね」
その瞬間、地底湖から光が立ち上った。
陽光のように輝くそれは浄化の光だった。まばゆい光は洞窟中を照らし出し、悪魔達は逃げようとするも光に飲まれて次々と消滅していく。その凄まじいまでの浄化の力は氷に閉ざされた“門”の中からもほとばしり、易々と真っ二つに引き裂いた。
奇妙な叫び声が洞窟内に響き渡った。“門”を構成する闇も、そこから力を得て実体化した悪魔達も、全て蒸発して消えていく。強い光に照らされて、地底湖は真昼のように明るくなった。
「私の邪魔をするな! 魔女めがぁっ!」
太陽の如き光が地底湖を照らす中、それを忌んだマリウスは吠えるように叫び、槍を構えリゼに投げつけた。これほどの術を使っていては、リゼは動けない。立ち尽くす彼女に、黒い槍が迫った。
しかしそれが届く前に、アルベルトが振るった剣が槍を叩き折った。槍は黒い粒子に変わり、霧散して消滅する。武器を失ったマリウスは一瞬ひるんだが、しぶとくも空の右手をアルベルトに掲げた。突き出された右手からは黒の衝撃波が放たれる。至近距離で放たれたそれを紙一重で避け、アルベルトは剣を振り下ろした。剣はマリウスの右腕を深々と斬り裂き、傷口から血が噴き上がらせる。腱を断ち切られ、右腕が使い物にならなくなったマリウスは、今度は左手を振り上げた。
「至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を!」
マリウスが仕掛ける直前に、アルベルトは祈りを唱えて剣を振り上げた。その軌跡から生まれた聖なる光はマリウスの胸部を斬り裂き、集まった黒い靄を弾き飛ばす。わずかに残った悪魔の力も、リゼの浄化の光が瞬く間に滅ぼしていった。
そして、マリウスは完全に沈黙した。




