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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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神聖なる悪魔の苗床 20

「――! スターレン! 無茶だぞ!」

 魔法陣に向かって飛び出すと、キーネスがそう叫ぶのが聞こえた。だが、引き返す訳にはいかない。肉の筋の上を疾走し、魔法陣の中央へ向かう。飛び交う悪魔を振り払い、渦巻く黒い靄の竜巻に近付くと、マリウスがあざ笑うかのように言った。

「おや、アルベルト・スターレン。自ら生贄になりに来たのか?」

 アルベルトの前に立ちふさがったマリウスは、自身に満ちた表情で槍を構えている。

「間もなく“地獄の門”が完全に開く。邪魔をしないでもらおう」

 魔法陣の中央を見やり、マリウスはそう言った。中心は今や黒い泥のようなものが吹き上げ、血のように赤い光を放ちながら悪魔を吐き出している。地獄の門。マリークレージュで見たものと同じ。いや、あれ以上の力を感じる。それほど生贄の力が強いのか。

「魔女を救いに来たのか。無駄だ。“地獄の門”にのまれて無事な人間などいない」

 リゼを飲み込んだ地獄の門はボコボコと沸騰するように泡を吹き、際限なく悪魔を生み出していく。泥のような闇は濃く、門の奥は恐ろしい程の邪気に満ちている。確かにリゼといえど、この穢れの渦の中で生きていられるのだろうか。ましてや気を失った状態で。

「――いいや」

 生きている。アルベルトはそう確信した。彼女は生きている。そう簡単に悪魔に飲まれたりはしない。だから手遅れになる前に、彼女をここから救い出す。“地獄の門”が口を開ける、暗い湖の中から。

 そう心に決めて、アルベルトは剣を構えた。マリウスが邪魔をするというなら戦うだけだ。悪魔祓い師でも悪魔憑きでもない相手に負けるつもりはない。

 アルベルトの気迫にマリウスは不快そうに眉をひそめると、銀槍を構えた。悪魔祓い師の武具であるそれは、すっかり表面が曇ってしまっている。持ち主の穢れを反映しているのだろう。もうマリウスは閃光すら放てない。自慢の武芸以外はなにもない。気が変わって悪魔を憑依させようとする前に決着をつけなければ。じりじりと間合いを詰めながら、アルベルトは剣を握る手に力を込めた。

 だがその時、突如として後方から何かが飛び出してきた。

「でりゃああああ!」

 気合の入った掛け声と共に飛んできたのは、浮遊する岩塊に乗ったゼノだった。彼は岩ごとマリウスに特攻して、真正面から激突する。突然のことでよけきれなかったマリウスは、岩塊の直撃を喰らって後方に吹っ飛んだ。

「アルベルト! ここはオレ達に任せろ!」

 ぶつかった衝撃でバランスを崩しかけながらもなんとか踏みとどまったゼノが、剣を構えたままそう言った。突然のことアルベルトはあっけにとられていたが、すぐに気を取り直した。

「ゼノ、気持ちはありがたいが聖印の近くにいないと危険――」

「おまえに任せきりで安全圏になんていてられねえっての! 短時間なら大丈夫だろ。……多分な!」

 その自信はどこからやってくるのか分からないが、ゼノはやる気満々でマリウスと対峙している。止めても聞かなさそうなその様子にアルベルトは苦笑しつつも、とてもありがたかった。

「――助かる」

 そう言うと、アルベルトは祈りを唱え始めた。文言を紡ぐうちに、構えた騎士の剣が白く輝き始める。聖なる力の気配に、周囲の悪魔はさっと逃げていく。そして祈りの完成とともに、アルベルトは剣を足元に振り下ろした。

 祈りの聖なる力で魔法陣の一部が吹き飛んだ。水面が露出し、黒く濁った水が波紋を作る。マリウスが驚いたように何か叫んだが無視し、人ひとりが通るには十分なその穴に、アルベルトはためらいなく身を躍らせた。

 身を切るような冷たい水を掻き分けて潜水すると、地底湖の中は大量の悪魔が揺蕩っていた。

 水よりも、悪魔の方が多いかもしれない。そう錯覚するほど悪魔に満ちている。赤ん坊のような顔。鉤爪のついた前足。魚のような尾。一体一体は小さく、地底湖を忙しなく泳ぎ回っている。悪魔は水を掻き分けるたびに纏わりついてきたが、アルベルトは構わず潜水を続けた。

 ――ドウ……テソ……コトシ……ノ? ヤク……ニ。

 耳元で悪魔が何か叫んでいる。切れ切れな甲高い声で、内容はよく聞き取れない。だが聞き取る必要もない。悪魔の甘言に耳を傾けている暇はない。ロザリオを握りしめて心の中で祈りを唱えると、悪魔達は弾かれて身体から離れていった。邪魔物がいなくなり身軽になった隙に、より深いところまで潜っていく。大量の悪魔のせいで前はロクに見えない。けれど、彼女の居場所は分かる。アルベルトの眼はこの悪魔の大群の中で輝く、太陽のような光を捉えていた。

 見つけた。

 光を頼りに潜水した先で、リゼは身動き一つせずゆっくりと漂っていた。幸いにも、彼女がいるのはまだ“門”の手前のあたりで、飲まれてはいない。しかし身体にはびっしりと悪魔が纏わりついて、逃がさないよう拘束しているようにも見える。リゼは気を失っているのか悪魔を振り払おうとせず、アルベルトが近寄っても何の反応も示さなかった。

 アルベルトは剣を抜くと、そこに祈りの力を込めた。まずはリゼに纏わりついているこの悪魔達を祓わなければならない。刀身が淡く輝き、周囲の悪魔が逃げるように離れていく。そして祈りを込めた剣を一閃させ、リゼに纏わりついていた悪魔を一気に断ち切った。白い光の軌跡は黒を斬り裂き、千々に砕いていく。靄が消え、悪魔の戒めから解放されたリゼの身体は、ふわりと浮きあがった。

 アルベルトはリゼを抱えると、水を蹴って水面へむかった。纏わりついてくる悪魔は祈りで浄化し、道を開きながら水面へ浮上する。湖底へ引きずり込もうとする悪魔を何度も振り払い、ほどなくしてアルベルトは水中から脱した。

 しかし湖面を突き破って水上に出た瞬間、荒波がアルベルトに襲い掛かった。まるで再び湖中に引きずり込もうとするかのように、黒い水はアルベルトとリゼに覆いかぶさる。渦を巻く水に流されそうになりながら、アルベルトは剣を振り上げた。荒波を斬り裂いて、揺らめく悪魔を浄化する。真っ二つに割れた波を掻き分けて、再び水上に顔を出した。耳元で悪魔が何か叫んでいる。言葉は聞き取れないが酷くうるさい。集中を乱そうとする雑音を振り払い、アルベルトはリゼを抱える手に力を込め直した。

「リゼ。リゼ、起きろ!」

 意識のないリゼを呼びかけながら揺さぶったが、彼女は目を覚まさなかった。身体は傷だらけだが、悪魔に取り憑かれているわけではない。弱いが呼吸もしている。ただ意識がない。溺れたせいか、悪魔に生命力を吸われたせいか、何度呼びかけても沈黙している。岸に向かおうとしても、湖は激しくうねって泳ぐのもままならない。やはり自分一人ならともかく、意識のない人間を抱えて岸まで泳ぐのは無理だ。このままでは、二人とも湖の中に引きずりこまれてしまう――

 しかしその時、思ってもみないことが起きた。地底湖の水面に細長い氷の道が出現したのだ。湖面がわずかに凍っただけの、今にも崩れそうな道。むろん自然発生したものではなく、魔術で創りあげられたもののように思える。その道の先に目を向けると、そこにはキーネスが立っていた。

「何をしている! 速く来い!」

 キーネスが叫ぶと同時に、アルベルトはリゼを抱えて氷の上に上がった。氷の道は長く持たない。崩れかけた道を走って、魔法陣の上に戻ると、役目を果たした道はぼろぼろと崩れて消滅する。

「エセ魔術だとこんなものか。役には立ったが」

 壊れた道と、輝きの失せていく石を見てキーネスは呟いた。彼の手にあるのは細かな文字らしきものが刻まれた蒼い石。おそらく霊晶石だ。ゼノが砂蚯蚓を攻撃する時に使ったものと原理は同じなのだろう。役目を終えた霊晶石を懐にしまって、キーネスはちらりとこちらを一瞥した。

「退治屋七ツ道具だ。高価な物だから後で弁償しろ」

「――すまない。後で必ず払う」

 そう断ってから、アルベルトは「ありがとう」と言葉を続けた。キーネスは何も言わず剣を抜き、ここから少し離れたところへ視線を向ける。そこでは、ゼノとマリウスが刃を交えていた。

「ランフォードの救出が済んだなら後はあいつだ。さっさと片付けるぞ」

 アルベルトは頷くと、まずはティリーとシリルの元へ行き、抱えていたリゼを降ろした。気を失ったままのリゼを聖印の加護の中へ横たえて、ティリーに声をかける。

「ティリー、リゼを頼む」

「分かりましたわ」

 ティリーはそう答え、右手に生み出した火球を無造作に放った。炎に包まれ、近づこうとした魔物達は次々と倒れていく。残った魔物も、続いて放たれた過重力の網に囚われて断末魔の声を上げた。

「こう悪魔が多いと、干渉されて上手く術を扱えないですわ」

 魔導書を開き、ティリーは困ったように語る。彼女はアルベルトの知らない言語で数語呟くと、魔導書を持っていない手で空中に印を描いた。

「わたくしが天才でよかったですわね!」

 魔法陣が出現すると共に、ティリーの正面に岩塊が現れる。それは放たれた矢のように勢いよく飛び出すと、ゼノと交戦していたマリウスに激突した。マリウスは避けようとしたが避けきれず、後方に吹き飛ばされる。

「貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!」

 マリウスの叫び声が地底湖に響く。その声に反応するかのように、漂う悪魔がざわざわと蠢いた。

「無能者どもが、どいつもこいつも私の邪魔をしよって……!」

 喚きながらマリウスは立ち上がろうとする。その眼はギラギラと光り、怒りに燃えていた。だが、その主張は身勝手なものだ。正当な怒りではない。アルベルトはティリー達の元を離れ、剣を振り上げた。

「――お前がしようとしていることを、赦すわけにはいかない」

 そう言うと、アルベルトは魔法陣を蹴って、起き上がったマリウスを斬り付けた。斬撃は繰り出された槍の穂先を叩き落とし、高い金属音を立てる。返す刃で斬り上げると、剣の切っ先はマリウスの腕を捕らえ、斬り裂いた。だが浅い。剣は衣服と皮膚の皮一枚を斬っただけだ。それでも、気を逸らすには十分。マリウスが斬られた腕を引いた隙を狙って、ゼノが大剣を横薙ぎに振るった。

 悪魔祓い師の白いローブがちぎれ、赤い線が刻まれた。噴き出した液体は地底湖に落ち、悪魔達は競うように手を伸ばし口を開ける。血の滴る傷口を押さえ、それでもなおマリウスは槍を振り上げた。

 しかしその瞬間、マリウスの右手に回り込んだキーネスがいくつものナイフを投げた。刺客の存在に気付いたマリウスは振り返ったが、ナイフを打ち落とす暇はない。ナイフは、マリウスの胴と腕に突き刺さり、新たな血を噴出させた。傷を押さえ、マリウスは苦々しげに叫ぶ。

「ぐう……薄汚いミガー人如きが調子に乗るなあ!!」

 どこにそんな力があったのか、マリウスは傷から血が滴るにも構わずナイフを引き抜くと、それを投擲した。ナイフは驚くほどの速さで空を飛び、キーネスの元へ向かう。キーネスはそれをかろうじて避け、ナイフは鈍い煌めきを残して魔法陣の隙間から湖の中へ消えた。

 マリウスが気を取られている隙に、アルベルトは奴の背後に接近した。振り上げた剣はマリウスの背を易々と斬り裂く。深い傷を負ったマリウスはつんのめり、がくりと膝をいた。白いローブの背が赤く染まっていく。しかし力尽きたわけではなく、すぐに振り向くと銀槍をアルベルトにむけて突き出した。槍の切っ先は急所に狙いを定め、素早い突きが繰り出される。しかしそれは届くことなく、アルベルトの振るった剣によって弾かれた。

「ぐげぇっ!」

 銀槍を弾いたのと同時にアルベルトが繰り出した蹴撃によって、マリウスは蛙がつぶれたような声と共に後方に吹き飛んだ。血を撒き散らしながらマリウスは魔法陣上を転がり、“門”ギリギリのところで止まる。それでもなおマリウスはしぶとくも立ち上がろうとしたが、それは叶わなかった。

「トドメですわ!」

 ティリーの掛け声と共に、炎の柱がマリウスに振り下ろされた。地底湖の闇を赤く照らし出すほど燃え盛るそれは、マリウスを飲み込んで天井まで噴き上がる。魔術の直撃を受けて、奴が無事でいられるとは思えない。炎を見つめながら、アルベルトは複雑な心境になりつつも剣をおろした。

「……やったか?」

「といいがな」

 ゼノとキーネスが炎を見つめてそれぞれ呟く。燃え盛る炎を見ながら、アルベルトはゆっくりとそれから離れた。マリウスを倒したなら、次やるべきは“地獄の門”の破壊だ。魔法陣を壊して、召喚を止めなくてはならない。火柱に注意を払いつつ、アルベルトは魔法陣の中心へ向かった。

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