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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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神聖なる悪魔の苗床 17

 神の御子来たりて、迷える子羊達は救われる。

 見よ。神の御子は白く輝き、清らなる炎を以って邪悪を滅する。彼の者は偉大なる救世主(メシア)。神の盾。神の剣なり。その手で迷える羊を慈しみ、その手で蔓延る邪悪を打ち砕く。其は同一にして不同なり。

 人よ見よ。神の御子来りて、久遠の楽園が訪れる。世に蔓延る悪しきもの、全て塵に還るだろう。

「やれやれ。こんなところにいるとは思いませんでした」

 現れたその男はやけに気取った声でそう言った。金髪はきっちり整えられ、口元には澄ました笑みが浮かんでいる。それほど歳ではないだろうが、血色が悪いせいで若々しさはない。男の色の薄い瞳は嘲るように細められ、一人の若者に向けられていた。

「――ブラザー・マリウス」

 視線を受けたアルベルトは、剣をおろしたままそう呟いた。人をあざ笑うかのような目で見られても、彼は動じた様子はない。一方、その隣で臨戦態勢に入っていたゼノは、何か思い出したかのようにはっとした表情になると、嫌悪を剥き出しにしてマリウスを睨みつけた。

「おまえ、あの時の悪魔祓い師かよ。オレ達を追ってる暇があるんなら悪魔祓いをするかここにいる悪魔教徒を倒すかして欲しいだけどな」

 苛立ちの滲む声でゼノは言ったが、マリウスは彼に目もくれない。まるで視界に入れることすら厭うているようだ。マリウスの視線は、ただアルベルトに向いている。銀槍を構えようとするマリウスに、アルベルトは静かに尋ねた。

「あなたは何をしにここへ来たんですか」

「悪魔教徒を狩りに来たのですよ。あなたもその一人ではないのですか?」

 それは意外と言っていい答えだった。もっとも、悪魔祓い師ならしごく当然のことなのだが。どうやら怠惰な教会にも、それなりに真面目な人間がいたようだ。探す相手が間違っている――いや、勝手に決めつけているけれど。

「ああ、そこにいるのは緋色の髪の魔女ではありませんか? なるほど。地下に魔物が溢れているのはお前のせいですか」

 マリウスはリゼに視線を移すと、わざとらしい大仰な口調でそう言った。そう言われるだろうとは思っていたが、こいつの気取った声だと余計に腹が立ってきた。リゼは剣の柄に手を掛けると、いつでも魔術を使えるように意識を集中させる。

「残念ながら、私は魔物とそれを操る悪魔教徒をぶちのめしに来たの。ここが悪魔だらけなのはあんた達が怠惰なせいでしょう。足元に巣食ってる悪魔に気づかないなんて、スミルナの悪魔祓い師は随分と無能なのね」

 そう言い捨てると、マリウスは何故か同意するかのように笑った。

「無能……そうでしょうね。スミルナの悪魔祓い師達は皆ぬるま湯に浸かって力を高めることを忘れてしまっている。スミルナがいずれ悪魔に蝕まれることは聖典に記されていたというのに、いざそうなるとろくな対策もせず神に祈るばかり。本当に、彼らは無能で怠惰です」

「で、自分は仕事をしにきたから有能だって言いたいわけ?」

 有能も何も、当然の責務を果たしているだけじゃないか。それを有能と呼ぶなら、教会が求める能力と意欲の水準はどれだけ低いのか。馬鹿馬鹿しい限りだ。しかし、マリウスは嫌味を言われたなどと思いもしなかったのか、あるいはわざとなのか、傲慢なほどに笑う。

「当然です。彼らのような無能者と一緒にしないで頂きたい。その証に、指名手配犯を捕えてご覧にいれましょう。魔女と裏切り者の悪魔祓い師を」

「大した自信だな。俺達もいるというのに」

 すると剣を抜いたキーネスが、マリウスにそう言った。

「悪魔祓い師の力がいくら強くても、一人で五人も相手に出来るのか?」

「多勢に無勢だぜおっさん。役職も貰ってない平なんだから無理しない方がいいんじゃねえか?」

 ゼノの発言に神経を逆なでされたのか、マリウスの眉が吊り上がる。意外と挑発には弱いようだ。マリウスは銀槍を握りしめ、こわばった顔でゼノを睨んでいる。ゼノはゼノでこの悪魔祓い師になにか不満があるのか、戦う気満々で剣の柄に手をかけている。シリルを捜さなければならないのに、こんな奴相手に時間を無駄にしてはいられないというのもあるだろうが。

「……悪魔のしもべが、神のしもべたる私を愚弄するか」

 低い声で芸のない台詞を吐き、マリウスは槍の切っ先をリゼ達に向けた。マリウスの眼は怒りでギラギラと光っている。きっかけさえあれば、奴はすぐに斬りかかってくるだろう。マリウスとリゼ達の間で、緊迫した空気が流れた。

 だが、睨み合いはごく短い間だった。突然、悪魔達がざわめきだしたのだ。それに呼応するかのように、ドクンと魔法陣が脈動した。

 振り返ると、魔法陣の中心の黒い渦がより激しさを増しながら噴き上がっていた。靄が渦巻く音と共に、ぶつぶつと何かを呟く声も聞こえてくる。悪魔召喚をしているのだ。魔法陣が震え、中心から赤い光が立ち上った。

「しまった……!」

 止めなければ。リゼは振り向くと、魔法陣の中心へ足を向けた。マリークレージュでのことを考えるに、必要な物さえ揃えば召喚にさほど時間はかからない。あの呪文らしきものが終わる前に術者を倒さなければ。だが、中心に向かおうとするリゼの前に、白い閃光が降り落ちる。行く手を阻むようなそれに足を止めると、閃光に続いて白い影が目の前に回り込んだ。マリウスだ。

「魔女め。陣の中心にはいかせませんよ」

 悪魔召喚を仕掛けたのはリゼだと思い込んでいるのか、マリウスは銀槍を向けてリゼの行く手を塞ぐ。こちらは急いでいるというのに、やはり悪魔祓い師は余計なことしかしない。こんな奴と言い合いをする時間も惜しいので、リゼは即座に魔術を唱えた。

 しかしそれよりも速くアルベルトが動いた。彼は一歩踏み込むと、マリウスに向けて剣を一閃させたのだ。しかし、不意をついた一撃だったにも関わらず、銀槍に阻まれてマリウスには届かない。大口を叩くだけあって技量はあるのか、マリウスは剣を易々と弾き返した。

 しかし、アルベルトはそれをものともせず、即座にマリウスの足元を払った。体勢を崩した悪魔祓い師に、アルベルトは容赦なく剣を振り下ろす。マリウスはそれを銀槍で防ぎ、甲高い音を響かせた。

「今のうちに!」

 アルベルトが言うや否や、リゼは二人の横をすり抜けて陣の中心へと向かった。悪魔祓い師に構ってなどいられない。速く悪魔召喚を止めなければ。ぶよぶよと走りにくい魔法陣の上を駆け、リゼは地底湖を突っ切る。中心に近づくにつれ、湖から噴き出す靄は濃くなっていった。

 それだけではない。魔法陣を構成する肉の触手がぼこりと膨れ上がると、そこから細長い四肢を持つ魔物が現れたのだ。悪魔教徒の飼い犬は何体も出現し、リゼの行く手を遮るように並んで立ちはだかる。そして向かってくるリゼに潰れた顔を向け、鋭い牙を剥いた。

 だが、魔物達が目の前の獲物に襲い掛かることはなかった。足を止めたリゼの正面に、重力の壁が出現したからだ。魔物達は次々と重力の壁に突っ込み、過重力に押しつぶされてぎゃあぎゃあと啼き喚く。圧力に耐えかねて、魔法陣の一部が湖に沈み込んだ。召喚のためのエネルギーを蓄えたそれは、魔術程度では破壊されるまで至らない。それが魔物達にとって災いした。魔術から抜け出る方法がないのだ。それでもしぶとく重力から逃れようとしていた魔物に、二種類の刃が振り下ろされた。

 剣を抜いたゼノとキーネスは、次々とティリーが捕らえた魔物を斬り捨てていった。魔物の素早さも、過重力の網に囚われれば無意味なものだ。退治屋二人は見事な連携で魔物を仕留め、障害を排除していく。邪魔物がいなくなった中心への道を、リゼは再び進み始めた。

 陣の中心へ近づくと、黒い渦の中に細長く蠢くものがあることが見て取れた。魔法陣から伸びるそれは幾本も絡まり合い、逆さにした籠のごとく半球を描いている。当然、材質は植物ではなく、魔法陣と同じ肉の触手だ。そして張り巡らされた触手の中心に、黒装束の小柄な人物が立っていた。まるで檻に閉じ込められているかのようにも、奴が肉の塊と触手を生み出しているようにも見える。その中で、黒衣の人物はぶつぶつと何かを呟いていた。おそらく悪魔召喚のための呪文だろう。速く阻止しなければならないが、何はともあれ奴に近付くにはあの邪魔な触手を排除しなければならない。

『――風よ。我が意志の下に』

 再び魔法陣の中央に向かって走りながら、リゼは魔術を唱えた。魔力が収束し、右手が風を纏い始める。悪魔に蝕まれたこの空間の中にもわずかに存在する自然の力、精霊の力を引き出し、魔力と織り合わせて一つの魔術を紡ぎあげる。力の高まりと共に、リゼは高らかに唱和した。

『彼の者を切り刻め!』

 その瞬間、掲げた右手から風の奔流が巻き起こった。風は真空波を生み、蠢く触手を巻き込んで空を駆け抜けていく。触手は真空波によってズタズタに斬り裂かれ、体液を撒き散らしながら倒れていった。黒く濁ったそれを風で弾き飛ばしながら、リゼは魔術で拓かれた道をひた走る。そして、魔法陣の中心で術を唱える黒衣の人物に向けて氷雪の魔術をぶつけようと、再び意識を集中させ――

 風でフードが外れ、露わになった黒衣の術者の顔を見て、リゼは反射的に術を紡ぐのを止めた。いや、止めざるを得なかった。目の前にいる人物に気を取られて、走る速度も徐々に落ちる。地底湖に辿り着いた時、探し人の姿が見えないと思っていたがそうではない。どうやら思ったよりもすぐそこに、彼女は存在していたようだった。ただ、

「シリル……!?」

 表情の抜け落ちた少女の瞳は、血の色に染まっていた。

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