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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
112/177

神聖なる悪魔の苗床 15

「……アルベルト!?」

 なんでここにいるんだ。目の前にいる人物を見て、リゼは目を見開いた。教会の牢屋に入れられたんじゃなかったのか。仮に脱獄したんだとしても、この地下洞窟の中で出会えるなんて。どういうことか問いただそうとしたが、その前にアルベルトが手を差し出した。

「怪我はないか?」

「え? いや、ないけど……」

「そうか。よかった」

 差し伸べられた手を掴むと、アルベルトは軽々とリゼを引き上げた。岸に上がると、衣服から水が滴って足元に水たまりができる。リゼは髪から滴る冷たい雫を払いのけると、自分の腕をさすった。濡れた身体が洞窟の冷たい空気に晒されて肌寒い。寒さに震えながら服を絞っていると、肩に上着を掛けられた。濡れた身体が冷たい空気に触れずに済んで、思いのほか温かい。彼らしい気遣いに戸惑いつつも礼を言おうとすると、不意にアルベルトに両肩を掴まれた。

「よかった……無事だったんだな……本当によかった……」

 俯いたまま声を震わせるアルベルトに、リゼは余計困惑して目を瞬いた。お人好しで心配性だから、内海ではぐれてから安否がわからなくて心配しているだろうなとは思っていたが、こんな反応をされるほどとは思わなかった。安堵のあまり言葉もないらしいアルベルトに、リゼは戸惑いつつ言った。

「大袈裟ね。私がそう簡単に死ぬわけないでしょう」

 あれぐらいで死ぬほど人並みな身体をしていない。アルベルトはそれを知らないとはいえ、そんなに心配しなくていいのに。ティリーは大袈裟に抱きついてきたが、それでも涙目になったりはしていなかった。だからこれほど心配されると戸惑ってしまう。

「大袈裟じゃない。君なら魔術で身を守れるかもしれないが、船の沈没に巻き込まれたんだ。万が一のことがあってもおかしくないだろう?」

「それはそうだけど、顔色変えるほどのことじゃないと思っただけ。無事だったんだし」

「無事だったからって心配しなくていいということにはならないよ。君は不死身じゃないんだから。――本当に、無事でよかった」

 少し呆れつつも優しげに言ってから、アルベルトは安堵したように微笑む。それを見て、リゼはどうにも落ち着かない気分になった。鬱陶しいのか苛立っているのか。似ているが少し違う。それらもあるが、少なくともアルベルトに向けているのではない。彼に対しては、そう、

 何故「心配をかけて悪かった」なんて考えているのだろう。

「……心配したっていうのはこっちの台詞よ。私をかばってマストの下敷きになったんじゃないか、無事でも海に投げ出されたんじゃないかと思ってたら、よりによって教会に捕まってるっていうんだから」

 無事なのかと思いきや捕まっているというのだから、また別の意味で心配する羽目になってしまった。全く、この男は人のことよりも自分のことを心配した方がいいと常々思う。無事だったからよかったものの、十分危機的状況にあったのだから。しかし、そう言われたアルベルトはなぜか虚を突かれたような表情になって、

「心配してくれていたのか」

 と呟いた。

「…………あのねえ。人を血も涙もない人間だとでも思ってるの?」

 知り合いが死ぬかもしれない状況にあれば心配ぐらいする。そう思って不満げに言うと、アルベルトはたちまち焦ったように表情を変えた。彼は酷く申し訳なさそうな様子で、リゼに言う。

「す、すまない。マリークレージュで俺がいなくなった時は全然心配してなかったと聞いたから、今回もそうなのかと……」

 マリークレージュでアルベルトがいなくなった時。記憶をたどってその時のことを思い出す。そういえばそんなこともあった。ティリーにでも聞いたのだろうか。確かに心配していなかったが。

「あの時と今じゃ状況が違う」

 あの時は勝手に人探しに行って勝手にいなくなったアルベルトの安否など、本気でどうでもいいと思っていた。死んでいたって構わないとまでは思わなかったが、いちいち心配してくる小うるさい旅の連れがいなくなってむしろ清々したぐらいだ。だが、今回は違う。マストの下敷きになったか嵐の海に投げ出されたか。庇われた結果生死不明どころか死んでいる確率の方が高いことをされては、いくらなんでも心配しない訳がない。ただ単に、大騒ぎするほどではないだけだ。

「それはそうと、教会に捕まったんじゃなかったの?」

 腕組みして問いかけると、アルベルトはすぐに答えた。

「何とか脱獄できたんだ。地下洞窟から外に出られることは知っていたから、ここから脱出しようと」

 どうやら悪魔祓い師であるアルベルトは地下洞窟のことを知っていたようだ。やはり教会は地下洞窟の構造を把握しているらしい。だかロドニーが知らなかったことを鑑みるに、教会の人間なら誰でも知っているというわけではなさそうだが。

「それよりシリルのことなんだが、あの子はスミルナに――」

「知ってる。ここにいるはずなんでしょう? 救出した子供達に聞いたわ。それで、悪魔教徒が潜伏しているとしたら、この地下洞窟が最も可能性があると思って来たの」

 アルベルトの発言を途中で遮って、リゼは言った。アルベルトも子供達に聞いたのだろうか。それなら話が速い。

「ところで、教会はこの地下洞窟を調べたりしているかしら。いいえ、そもそも教会はスミルナに悪魔教徒が入り込んでいることに気付いているの?」

 そう尋ねると、アルベルトは沈んだ表情になった。何があったのか、酷く悔しげな様子で答える。

「おそらく気付いていなかったと思う。少なくとも末端の人間は知らない。……それに捕まった時、スミルナに悪魔教徒がいると警告したんだが、取り合ってくれなかった」

「そう。なら、教会の人間は役に立たない代わりに、私達の邪魔をすることもないってわけね」

 今、教会の奴らと鉢合わせたら、悪魔のしもべに裁きをだのなんだの言われて戦いになるに決まっている。だから聞き入れなかったのなら幸いだ。思う存分シリルと悪魔教徒を捜させてもらおう。

 ――そう、シリルと言えば。

「これ、返しておくわ」

 リゼはポケットから取り出した物をアルベルトに手渡した。聖印。シリルが悪魔から身を守れるように、アルベルトが彼女に渡した物。しかし悪魔教徒に取り上げられ、貨物船に捨てられてしまった物。

「これはシリルに渡した――」

「貨物船の中に落ちていたらしいわ。たぶん、悪魔教徒に取り上げられたんだと思う。そして、中にはメッセージが入れられていた。『スミルナへ』って」

 おかげでシリルの行先が明確になった。その一方で、シリルが悪魔の脅威にさらされていることが明白になってしまったのだが。“憑依体質(ヴァス)”であるシリルは悪魔にとって格好の寄主だ。悪魔除けなしではたちまち取り憑かれるだろう。それを狙って、悪魔教徒達は聖印を取り上げたのかもしれない。アルベルトは加護の祈りは得意ではないと言っていたが、あの悪魔除けの守りは強力なのだ。魔物の接近を拒むくらいには。

「――そうそう、それのおかげで助かったわ」

「え?」

「魔物に襲われた時に、ちょっとね」

 水中で魔物に突進された時、魔術ではない力で身を守られた。あれは聖印の悪魔除けの力だったのだろう。まさか悪魔祓い師の力に守られるとは思わなかった。

「……役に立ったみたいでよかった」

 堅い表情を少しだけ和らげて、アルベルトは言った。リゼは“魔女”が聖印の力に守られるなど何の冗談だろうと思っていたが、アルベルトがそんなことを考えるはずもない。単純に無事を喜んでいる彼の様子を見ていると、ひねくれたことを考えている自分がなんだか馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。――それに、“悪魔祓い師”に助けられるなんて、今に始まったことではないじゃないか。そう思いながら、リゼは何となくそらしていた視線を、アルベルトの方へ戻した。

 すると、今まで気づかなかったあることに気が付いた。

 アルベルトの喉に染みのようなものがある。かなり大きなものだ。だが、薄暗くて見えにくい。仕方なくアルベルトに近付くと、彼はどこか慌てた様子で身を引いた。しかしリゼは構わず詰め寄って、アルベルトの喉に手を当てる。指先に、わずかに生温い液体が付着するのを感じた。

「これ、どうしたの?」

 暗くてすぐに気付けなかったが、アルベルトの喉に赤い痣が出来ている。それだけでなく、ところどころ爪が食い込んだのか、血まで滲んでいる。形からして、魔物ではなく人間に首を絞められたようだ。騎士にでもやられたのか? いや、動きを封じるためだろうとなんだろうと、わざわざ首を絞めたりはしないだろう。それに、大人の手にしては小さすぎる。

「あ、これは……悪魔教徒に遭遇した時に……」

「悪魔教徒? いたの?」

「ああ。君が来た方角から来たみたいだ。この奥には何があった?」

 動揺を消して真剣な表情になったアルベルトは、洞窟の奥へ視線をやった。魔物がいなくなった闇の中は静かで、何者の気配も感じない。かなり遠くへ来てしまったのか、ティリーとキーネスが現れる様子もない。

「地底湖よ。巨大な魔物がいた。――ちょっと動かないで」

 リゼはそう言いながらアルベルトの喉に手を当てると、集中して癒しの術を唱えた。掌に集められた魔力は喉の痣に伝わって、裂傷を塞いでいく。傷がなくなって痣が薄くなったところで、リゼは手を離した。

「これでいいはず。痛くない?」

「ああ……痛みは全然。ありがとう」

「礼はいらないわよ。助けられた借りを作ったままなのは嫌なだけ。それより地底湖のことだけど、魔物だけじゃなくて人間もいたわ。悪魔教徒かは分からないけど」

 もっとも、こんな場所に普通の人間がいるとは思えないが。

「悪魔教徒がいるなら、速く探し出さないとね。やっぱり地底湖かしら」

 カンテラの明かりは向こう岸まで届かなかった。それに地底湖は悪魔の気配が充満していて、誰かいたとしても何者なのかまではよく分からない。だがあれが悪魔教徒なら、あの巨人の魔物が襲い掛かってきたのはそいつの仕業だろう。やはりあの奥に、何か見られては都合の悪いものがあるのだ。

 とにかく地底湖に戻ろう。リゼがそう言おうとした時、不意にアルベルトが振り返った。彼は何かを探すように、自身がやってきた方向を見ている。するとその方角から、足音が聞こえてきた。等間隔な足音と一緒に、闇の中にぽつんと小さな明かりが浮かぶ。それは上下に揺れながら、徐々に近づいてきた。

「おーい!」

 その声と共に駆け寄ってきたのはゼノだった。何かと戦った後らしく、衣服には引っ掻かれたような跡が残っている。ゼノは半壊したカンテラを手に走ってくると、足を止めて息を切らした。

「おわ!? おまえ何でここにいるんだ!?」

 まるで幽霊でも見たような表情で、ゼノはまじまじとリゼを見つめた。目を丸くし口を開けた間抜けな表情を見つつ、リゼは腕を組んだ。

「いたら悪いかしら。ちなみにティリーとキーネスもいるわよ」

 言うが速いか、ゼノとは反対側の通路から二人分の足音が聞こえてきた。二人もようやく追いついたようだ。ほどなくして、松明を手に闇の中から現れたティリーは、集まった三人の姿を見てお化けでも見たような表情になった。

「リゼ! 無事ですのー! ってアルベルトにゼノ!? 何でここにいるんですの!?」

「なんだ。自力で脱出したのか。確かに迎えに行く必要はなかったな」

 腕を組んだキーネスは特に感動もなく淡々と言う。親友の無事が嬉しくないのかよーとゼノはぼやいたが、キーネスが優しい言葉をかけてくれるわけもない。ゼノはしばし不貞腐れた顔をしていたが、そこから全員を見回し、一転して明るい表情になった。

「ともかく全員無事だったってことだな! よかったよかった!」

 腰に手を当てて、ゼノははっはっはっと笑った。洞窟の中で、ゼノの声はよく響く。しかし、キーネスに冷たく「敵を呼びよせる気か阿呆」と突っ込まれ、ゼノはまた不貞腐れた。

「本当に、みんな無事でよかった」

 アルベルトが二人に向けてそう言うと、キーネスはゼノを無視して答えた。

「まあな。しかし俺達は船に乗っていたからともかく、あの嵐の中よく二人とも無事だったな」

「運よくボートを見つけられたんだ。それでもよく陸まで辿り着けたとは思うが。――そういえば、リゼはどうして助かったんだ?」

「さあ」

 アルベルトの質問に、リゼはあっさりと言った。アルベルト達は怪訝そうな顔をしたが、構わず続ける。

「岸に流れついた後は近くの町の人に助けてもらったけど、どうやって陸まで辿り着いたのかは自分でも分からない。海に落ちた後の記憶がないから。運が良かったんじゃないの」

「運の良さだけで助かるとは思いませんけど……」

 ティリーは首をかしげていたが、説明しようがないからそれ以上は何も言わないことにする。今、助かった方法について議論しても仕方がない。

「私がどうして助かったかなんてどうでもいいでしょう。それよりシリルよ」

 そもそもシリルを助け出すためにここまで来たのだ。全員無事にそろったのだし、こんなところで悠長にお喋りしている時間はない。

「そうだったな。ティリー、キーネス。この奥に地底湖があるとリゼに聞いたんだが、何か見つけたか?」

 アルベルトは二人に向き直ると、単刀直入にそう尋ねた。それに、ティリーは考え込むように眉を寄せて答える。

「地底湖なら行きましたけど、魔物はいましたが悪魔召喚に関わるものはありませんでしたわよ」

「奥まで行ったのか? 地底湖は大小二つあって、短い川で繋がっているはずなんだが」

「川?」

 アルベルトの言に、キーネスが疑問をはさんだ。

「川なんてなかったぞ。地底湖の奥は行き止まりだった」

 戦いの成り行きだが、二人は地底湖の奥まで行ったらしい。キーネスが言ったことにティリーも頷いている。

「なら記憶違いか……それとも地形が変わったのか……」

 考え込みながら、アルベルトはそう呟いた。どうやら教会の地図には地底湖が二つ記されているらしい。しかしティリー達は二つ目の湖はなかったと言う。悪魔の気配は、確かにあの湖の奥からしていたのだが。

「教会はここの地図を保有しているのか」

 考え込むアルベルトに、キーネスがそう尋ねた。興味深そうなキーネスに対して、アルベルトは考え事をしながらほとんど上の空で答える。

「ああ。悪魔祓い師でも一部の人間しか知らないが」

「興味深いな。後で知っていることを教えてくれないか? もちろん対価は払う」

「いや。さすがに全て覚えているわけじゃない。地底湖は特徴的だったから記憶に残っているだけで、教えられることはほとんどないよ」

「――さすがに教会の重要機密は明かせない、か?」

「……」

 アルベルトは僅かに眉をひそめただけで何も言わない。キーネスもそれ以上追及しようとしなかった。微妙な沈黙が流れ、重たい雰囲気がその場を満たす。

「あのさ、一つ聞きたいんだけど」

 不意にその静寂を破ったのはゼノだった。

「何か食い物持ってない?」

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