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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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神聖なる悪魔の苗床 14

 悪魔の気配をたどって奥へ進むと、ほどなくして開けた場所に出た。

 そこは見える範囲で推測するに楕円形の形をした、鍾乳石と石筍が立ち並ぶ空間だった。今までと違って流水でなく、静止した水がなみなみと満ちて地底湖になっている。右手の方に別の道が伸びているのが見えたが、そこからは悪魔の気配はしない。気配は、この地底湖の奥から漂ってきているようだった。

 湖の岸辺まで近づいたリゼは、あることに気付いて臭気を遮断するために展開していた風の結界を解いた。新鮮な空気が霧散して消え失せ、むせかえるような水の臭いが押し寄せてくる。だがそこに汚水の不快臭はほとんど混ざっていなかった。

「あら、この辺りは空気がきれいなんですのね」

「みたいね」

 これなら風の結界を張る必要はない。魔力の消耗は大したことないが、絶えず集中していなければならないから結構疲れるのだ。リゼは重い荷を降ろした後のように溜息をつくと、湖面を調べているキーネスに近づいた。

「水は綺麗だな。少なくとも汚水じゃない。洞窟の構造的に、この辺りは汚水が流れ込まないようになっているようだ」

 ここは流れ出る川がリゼ達がたどって来たものと、別に右の方にあるものの二本あるだけで、流れ込んでくる川はない。そのおかげで水は綺麗なままのようだ。しかし、これだけの水量。どうやって維持しているのだろう。どこかで水が湧いているのだろうか。カンテラの明かりは地底湖の奥まで届かない。そこに何かあるのかもしれない。

「それで、気配の発生源はここなんですの?」

「いいえ、この奥よ」

 悪魔の気配は地底湖全体に満ち満ちているが、最も濃いのはこの奥だ。ここからでは何があるか分からないから、近づいてみるしかない。ただ岸を回っても奥まで行くことは出来ないようだ。歩けそうな岩場が途中で途切れているのを見たリゼは、ならば水面を凍らせようと魔術を唱えようとした。

 しかしその瞬間、遠くから物音が聞こえてきた。

 誰かいる。

 洞窟内は暗く静かだ。姿は闇に紛れるが、物音を立てればすぐに分かる。先程聞こえたのは、リゼ達の内の誰のものでもない、革靴が岩を踏み締める音。

 ぴんと冷たい空気が張り詰める。闇の向こうで何者かが息を潜めている。見つかることを恐れるのではなく、獲物を狙う獣のように。

 次の瞬間、キーネスが無言でナイフを投擲した。ナイフは鈍い煌めきを残して闇の中に消えていき、一拍置いて冷たい金属音を響かせる。避けられたのか、何もいなかったのか。岩に当たって跳ね返ったナイフは、ぽちゃりと水音を立てて地底湖に没した。

 それが合図だったかのように、地底湖の奥から奇妙な啼き声が響き渡った。闇が蠢き、湖面がざわめく。咆哮に空気が震え、びりびりとした感覚が肌に伝わった。来る。そう思った瞬間、水柱を上げながら、水中から黒い物が現れた。

 巨大な石筍の上に降り立ったそれは、一匹の魔物だった。つぶれた顔。飛び出した眼球。胴体からは奇妙に長く細い手足が伸び、先端では鋭い爪が並んでいる。獲物を見つけたとばかり鋭い牙をむき出しにした魔物の姿を見て、キーネスは怪訝そうに呟いた。

「なんだあの魔物は」

「あの魔物、メリエ・リドスで遭遇した奴ですわよね」

 魔物を見ながらティリーがそう呟いた。ティリーにとっては二度目だろうが、リゼにとってはこれで三度目になる。メリエ・リドス、バノッサ、そしてここ。共通しているのは、悪魔教徒が関わっていることだ。

「気をつけて。こいつ、素早いわ」

 そう言うと、リゼは剣を抜いた。こいつは悪魔教徒の飼い犬だ。こいつがいるということは、悪魔教徒がこの場所にいるということだ。それもこの先で、番犬を配置してまで守らなければならないようなことをしている。部外者に邪魔をされては困るようなことを。

 再び奇妙な咆哮が響き渡ったかと思うと、今度は天井の割れ目からも魔物が現れた。カンテラの光が届かない岩の向こうから。立ち並ぶ石筍の陰から。湖の中から。悪魔教徒の番犬は次々と姿を現し、数を増やしていく。奴らは集まってリゼ達をぐるりと取り囲むと、威嚇するように吠えた。

「んー『帰れ』って言ってます?」

「『侵入者は死ね』じゃないの」

「まあ。ここにいるだけでアウトですの? 入っちゃダメなら事前に看板でも立てておいて欲しいですわね。『この先進入禁止。入ったら殺す』って」

「無駄口を叩いている場合か!」

 魔物達が襲ってくるのを見て、剣を抜いたキーネスが呆れたように叱咤する。だがその心配は杞憂だ。もう準備は済んでいる。

 リゼは魔術を唱えると、目の前に氷壁を創り出した。突進してきた魔物は次々と壁にぶつかり、跳ね返って耳障りな声を上げる。そこへすかさず氷槍を降らせて魔物の頭部を次々と貫いた。地面に縫い止められた魔物はもがき苦しんだが、すぐさま浄化の術で滅ぼされて動きを止める。悪魔は浄化され、魔物はただの黒い肉の塊と化した。

 この魔物は素早い。だから自分から斬りかかるのではなく待ち構えていればいい。リゼは剣で氷に飲まれた魔物の頭部を貫き、風の魔術で薙ぎ払う。ティリーは展開した重力魔術で魔物を捕らえ、キーネスは捕らわれた魔物を一体ずつ仕留めていく。それでも仕留めきれなかった魔物の爪が身体をかすめたが、その隙に何とか魔術で捕らえた。

 だが、魔物はそれだけではなかった。三人がかりで魔物を追いかけ、数を減らしたころになって、派手な水柱が上がって、湖の中から新たな魔物が現れたのだ。

 それは巨大な人の形をしていた。無数の魔物が一つに集まり、一体の巨人となったようだ。体表から無数の腕が伸び、目は頭部がいくつも集まって複眼のようになっている。腰と思われる部分から下は水中に没していて、巨人の魔物が動く度に湖面に大きな波紋が出来た。

「あんなのもいたんですの!?」

「らしいな――避けろ!」

 巨人が拳を振り上げたのを見て、キーネスは警告を発した。巨人はその巨体に似合わぬ速さで拳を振り下ろし、岩場をいともたやすく陥没させる。リゼはその攻撃を避けて飛んだが、他に足場となる場所はない。湖に着水する直前に、リゼは魔術を発動させた。

『凍れ』

 凍りついた湖面に着地して、リゼは巨人と対峙した。氷は瞬く間に湖面を覆い、巨人の元に辿り着く。身動きが取れなくなった巨人は、叫びながら自由な腕を振り上げて、氷を破壊しようとした。

 その瞬間、深紅の炎が巨人の頭を包み込んだ。燃え上がる業火は巨人を焼き、真っ黒に炭化させる。皮膚は表面だけだったが、目を焼かれたのはさすがに堪らなかったようだ。人間のように炎を払おうとし、腕をバタバタと動かす。そこへキーネスが飛び掛かり、すり抜け様に巨人の胴を斬り付けた。

 巨人の注意がキーネスに移った。目はもう見えないのか、キーネスがいる方向へめちゃくちゃに拳を振り下ろし、誰もいない氷を砕いていく。リゼはその隙に残された足場をたどりながら巨人に近づくと、その片腕を風の魔術で切り裂いた。

 巨人は咆哮を上げると、無事な方の腕を振り上げ、リゼに向けて拳を振り下ろした。後ろに跳んで避けると、元いた足場は粉々に砕かれ、破片が四方へ飛び散る。リゼは氷片を避けながら背後の岩壁に降り立つと、剣を構えて巨人に突撃した。

 剣は巨人の額を貫き、中程まで埋まって止まった。それを支えに巨人の体表に足をおろし、剣に体重をかけて押し込んでいく。同時に、浄化の術を唱えて悪魔を消し飛ばした。

 悪魔が消失して、巨人の頭が大きく抉れた。露わになった断面が、体液でぬめぬめと光っている。リゼは崩れていく巨人の頭部を蹴って跳ぶと、残っていた氷塊の上に着地した。

 巨人の魔物はその巨体を崩壊させながら、後ろにゆっくりと倒れた。大きな水柱が上がって、冷たい水が大量に飛散する。咄嗟に風で吹き飛ばしたため濡れ鼠になることは回避できたが、湖面に生まれた大波に押され、氷塊は後方へと流され始めた。

「リゼー! こっちですわー!」

 声が飛んできた方向を見ると、岸辺に立っていたティリーが大きく手を振っていた。いつの間にかキーネス共々、反対側の岸辺まで辿り着いていたらしい。リゼは足場の氷塊を蹴ると、風の魔術の助けを借りながら岸辺まで向かおうとして、

 水面から伸びてきた腕に足を掴まれた。

 振り払う暇もない。リゼはあっという間に水の中へ引きずり込まれた。身を切るように冷たい地下洞窟の水。深く暗い流れの中を、リゼを捕らえた魔物は凄まじい速さで泳いでいく。移動速度が速すぎて身動きが取れない。

 だがここは水の中だ。リゼは意識を集中すると、魔物のいる方向へ掌を向けた。

『凍れ』

 水中で炸裂した氷の魔術は、瞬く間に魔物を凍り付かせていった。魔物は急激に失速し、水底へと落ちていく。諸とも引きずり込まれる前に、リゼは浄化の術で悪魔を滅ぼした。

 術を喰らった魔物の身体が崩れ、ばらばらになって沈んでいく。解放されたリゼは水面に浮かびあがろうともがいたが、纏わりついてくる水は重い。魔術を使えば――

 しかし風を生み出そうとした時、右から何かが迫ってくる気配を感じた。もう一体いる。

 咄嗟に、浮上のために紡いでいた魔術をその気配に向けて撃ち込んだ。暗闇の中で、迫り来ていた魔物が沈んでいく姿がうっすらと見える。一匹仕留めたようだ。だが、魔物の気配はまだ消えていない。周りで何匹も動き回っているのを感じる。まとめて片づけるしかないとリゼは魔術を唱え始めたが、その隙を待ってきたかのように魔物が急接近してきた。

 しかし、魔物の腕が目と鼻の先まで近付いて来た瞬間、魔物の接近を拒むかのように音を立てて火花が散った。火花は魔物を焼き、体表を焦がしていく。弾き飛ばされた魔物は、身を翻すと遠くへ泳ぎ去っていった。

 予想外の現象にリゼは一瞬呆気に取られたが、すぐに我に返って中途半端だった浄化の術を完成させた。氷槍と共に術を四方へ放つと、水中を波動のように魔術が駆け巡っていく。それは遊泳していた魔物を斬り裂き、次々と沈めていった。

 魔物がいなくなって、水中は重い静寂に満たされた。水から上がらなくては。静寂が頭の中にがんがん響いている。リゼは水を掻き分けて、どうにか浮上しようとした。

 空気が足りなくて、頭に霞が掛かっている。水面がどこか分からない。方向の見当もつけられなくて、リゼはあてずっぽうに風の魔術を打ち出した。どこへ向かっているのかもわからないまま反動で水中を進んでいく。やがて何かにぶつかった衝撃と膜を突き破るような感覚を覚えて、リゼはそちらへ手を伸ばした。

 辿り着いた水面を割って空気を吸うと、霞かかっていた意識が明瞭になった。また沈んでしまう前に、岸辺の岩にしがみつく。しかし水中の魔物がいつまた集まって来るか分からない。その前に水から上がろうと、リゼは岩を掴む手に力を込めた。明かりがなくて、視覚では岸の様子は分からない。しかし気配は感じる。岩を掴む手に力を込めた時、隅の方で蟠っていた気配がこちらに近寄ってくることが分かった。

 魔物だ。

(しまった……!)

 悪魔教徒の番犬が数体、こちらに近づいてくる。岸辺に上がる時間はない。かといって水の中には戻れない。魔物の動きは素早く、避けられそうになかった。

 しかし、魔物がそれ以上近づいてくることはなかった。リゼが身構えた瞬間、洞窟の左手から人影が躍り出たのだ。

 剣が鞘走る音がして、先頭にいた魔物の首が弧を描いて飛んだ。その首が落ちる前に、別の魔物が体液を吹きながら倒れる。白い光が閃いて、魔物の中の悪魔が消失した。魔術を使わないと捉えられないほどの魔物のスピードをものともせず、彼は瞬く間に魔物を倒していく。

 全ての魔物が仕留められるまで、さほど時間はかからなかった。

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