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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
102/177

神聖なる悪魔の苗床 5

 やっぱり教会にはロクな奴がいない。小さい馬車に押し込まれ、おそらくスミルナ教会前に下ろされたゼノは、連行されながら心の中でそうぼやいた。

 移動している場所を知られないようにするためか、しっかり目隠しされているおかげでまっすぐ歩くことも難しい。そのくせ周りを囲む騎士達は歩く方向がずれる度に痛いほど小突いてくる。これでは余計まっすぐ歩けないではないか。苦情を申し立てたが騎士が聞く耳を持つはずがなく、仕方なしにそのまま歩みを進めた。そうして教会の廊下、おそらく地下牢へと続く道を歩いていると、突然、知らない声が響いてきた。

「裏切り者を捕らえたのですか。ブラザー・ウィルツ。マリークレージュでの失態の埋め合わせができたようですね」

 それはやけに気取った声だ。かっこつけているのかどうか知らないが、あまりお付き合いしたくない人種であることが推測される。見張りが増えても嬉しくないしとっとと帰って欲しいのだが、ひょっとしたらひょっとすると隙ができるかもしれないし脱出のヒントが見つかるかもしれないので、ゼノは一応話を聞くことにした。

「なんだ。マリウスのおっさんかよ。何の用だ?」

 おっさんという表現に、マリウスが言葉を詰まらせるのが目隠しをされていても分かった。どうやらおっさんという呼称に酷く傷ついたらしい。ただ声しか聞こえないが、それほど年寄りには聞こえない。それとも見た目は老け込んでいるのだろうか? どちらにせよ目上の人間に対する言動として明らかに失礼だった。ゼノにそんなことを心配してやる義理は全くないが。

「年上に対する態度がなっていませんよ。ブラザー・ウィルツ。少しは礼儀を学びなさい」

 口調に苛立ちを混ぜながら、マリウスは諭すようにそう言った。やはりおっさんと言われて黙って許容するのは無理なようだ。こいつがいくつなのか知らないが、馬鹿にされていることは少しだけ同情する。なんせ、ウィルツの無礼な態度はその後も続いたからだ。

「礼儀? あんたは平。おれは役職付き。おれの方が上だろ。年上だからって礼儀を守る必要がどこにあるんだ?」

「我々は神の名の下に皆等しい存在です。特別な役目があるからといって礼儀を知らなくていい理由にはなりません」

「等しい存在なら年上だろうと関係ないだろ。それより何の用だ? スミルナ所属の割に大した実力もないおっさんに邪魔されたくないんだがな。ただでさえマティアを連れてかれて困ってるんだ。悪魔憑きが増えてるだかなんだか知らねえが、騎士なんざ魔女捕縛の役には立たない。それとも、魔女を捕まえられなかったらおまえが責任とってくれるのか?」

 どうやらウィルツには、悪魔祓い師の部下がいるらしい。こいつの部下を務められるなんてどんな出来た人物だろう。いや、同じ悪魔祓い師なのだから、そいつも似た感性の奴なのかもしれないが。

「惑える子羊を神の御許に導くことも、我らが悪魔祓い師の務めですよ。あなたには神学をやり直して欲しいところですが……まあ、今はいいでしょう。私は、この者に会いに来たのですから」

 そう言って、マリウスは数歩移動したらしい。コツコツと石床を歩く音がしたかと思うと、ゼノのすぐ隣でマリウスの声がした。

「お久しぶりですね。裏切り者アルベルト・スターレン」

 どうやらこいつはアルベルトに用があったらしい。ゼノの隣にいるはずのアルベルトに、マリウスはそう語りかける。気取った声にはウィルツと同じ嘲りが滲んでいて、同時に優越感も感じているようだった。

「優秀なあなたが魔女に誑かされた挙句、悪魔祓い師長を殺害して逃亡するとは思いませんでした。あなたは将来を嘱望されていたというのに愚かなことを」

「……」

「その上、薄汚い異教徒まで連れて歩くとは。こんな品性の欠片もなさそうな人間、視界に留めておくのも穢らわしい。養父君ちちぎみはたいそう嘆かれているでしょうな。手塩に掛けて育てた養息子むすこがこれでは」

 癇に障る言い方に、ゼノは顔をしかめた。こいつらはいちいちミガー人(オレ)を貶さないと気が済まないのか。そりゃ身なりはちょっと汚いが、これは海で漂流したせいだ。品がないのは認めるが、初対面の相手を好き勝手に罵る人間に品性がどうなどと言われたくない。腸が煮えくり返ってきて、ゼノは思わず呟いた。

「……おまえの親も嘆いているだろうな。息子がこんなに嫌な奴で」

 その瞬間、マリウスが押し黙るのが、目隠ししていてもはっきりと分かった。余計な一言だったとは思うが、言ってしまうとなんだか物凄くすっきりする。マリウスがどっちにいるのか分からないので前を向いたままではあるが、ついでにどうだとばかりににやっと笑ってやった。

 すると突然、後頭部を固いもので殴られた。

「口を閉じろ、異教徒め。穢れた悪魔のしもべであるお前が、神の使徒たる悪魔祓い師マリウス様を侮辱するな」

 上から降ってきたのはゼノを拘束している騎士の声だ。衝撃で床に突っ伏したところへ、ご丁寧に剣の鞘か何かで押さえつけてくる。おかげで身動きが取れない上に、後頭部が物凄く痛い。余計なことを言ったとは思うが、オレって正直者だから正直に言わずにはいられなかったんだよと思っていると、不意にアルベルトの声が聞こえた。

「神に仕える者であるあなたの使命は、罪人を侮辱することなんですか。ブラザー・マリウス」

 毅然としたその声に、マリウス達の視線がゼノから外れたのが分かった。後頭部を押さえる力が弱くなったので、押さえを払いのけて起き上がろうとする。さすがに何がなんでも押さえつけておく気はなかったようで、起き上がっても騎士は何もして来なかった。

「悪魔憑きが増えているというならば、それを癒し救うことが悪魔祓い師の務めでしょう。俺のことはなんと言おうと構いません。ですがそれに時間を費やすよりも、務めを果たすことを優先させて下さい」

「悪魔堕ちしたあなたが、悪魔祓い師の務めを語るのですか?」

「確かに俺は教会の決定に逆らいました。ですが神に仕え、悪魔に苦しむ人々を救いたいという気持ちは変わりません」

 アルベルトがきっぱりとそう言うと、騎士達の方から失笑が漏れた。悪魔堕ちしたお前が何を言うとでも言いたげな笑い方だ。ただそれはほんの短い間で、騎士達はすぐに口を閉じた。マリウスが喋り始めたからだ。

「悪魔に苦しむ人を救いたい? これはおかしなことを。魔女を助けたあなたは、その魔女から悪魔の力を授かったのではないですか?」

「いいえ、そんなものはありません」

「否定するなど無駄なこと。悪魔堕ちした悪魔祓い師からは、天使の加護は離れていく。その代わりに、悪魔の力を手にしたはずです」

 ネチネチと嫌味っぽく言って、マリウスは嘲笑する。アルベルトは言い返さず、じっと黙りこくっている。アルベルトが悪魔の力を持っているなんてありえない。いくらでも言い返してやったらいいじゃないか。そう思ったゼノは代わりに何か言ってやろうと思ったが、また騎士に殴られるかもしれないからやめておいた。痛いのが嫌だからではなく、ここで同じことをしたらまたアルベルトが止めようとするからだ。マリウスがこんなことにさっさと飽きて、立ち去ってくれるのが一番いいのだけど。

 しかしアルベルトが黙っているのをいいことに、マリウスは似たようなことをずっとしつこく言っている。いい加減うっとうしくなってきた。これは殴られるのを覚悟でガツンと言ってやった方がいいのかもしれな。そう思ったゼノは、何を言おうか考え始め――

 その前に、アルベルトが口を開いた。

「――ブラザー・マリウス。そこにいるのは本当にあなたなんですか?」

 奇妙な質問だった。アルベルトもゼノと同じように目隠しをされているはずなのだから、マリウスがどこにいるかは気配と音でしか追うことができない。だが今までの会話を聞く限り、マリウスが間違いなくここにいることは分かり切ったことのはずだ。まさかウィルツ達が芝居を打っていたなんて馬鹿なことはないだろう。アルベルトは何を思ってそんなことを言ったのだろう。

「――これ以上、悪魔の手先と会話するなど時間の無駄です。ブラザー・ウィルツ。さっさと連れていきなさい」

 すると自分から喋りに来たくせに、マリウスは偉そうなことを言った。そのまま足音が遠ざかっていったので、どうやら本当にアルベルトに会いに来ただけらしい。めんどくさいおっさんだ。

「めんどくさいおっさんだな。なあアルベルト」

 ゼノが考えていたことと(物凄く不本意だが)全く同じことを言ったウィルツが、同意を求めるようにアルベルトへ問い掛ける。正直ウィルツはともかくアルベルトは怒ってもいいと思うのだけど、アルベルトは肯定も否定もすることなく、静かに言った。

「ウィルツ、悪魔憑きが増えているというのは本当か」

「こんな時まで他人の心配か? おまえは本当にお人よしで馬鹿な奴だぜ」

「悪魔憑きが増えているのが本当て、そのためにマティアが出向くほどならば、お前もそっちに回ってくれ」

「なんでおれがそんなことしなきゃならない? 魔女探しを始められたら困るからか?」

 心底不思議そうにウィルツはそう言った。どうやら敬謙な信者であるスミルナ市民が相手でも、悪魔祓いをする気はさらさらないらしい。悪魔祓い師としてそれはどうなのだ。

「そうじゃない。スミルナ市民の安全の方が重要だからだ。だが、悪魔祓いに行かないというならそれでもいい。それなら今すぐこの街を調べてくれ」

「はあ? 何を言って――」

「悪魔教徒だ」

 その一言に、騎士達がどよめいたのが分かった。アルベルトが志を語った時と同じように、何を言っているのだと言いたげな様子だ。だが先程と違うのは、そこに嘲りがこめられていないことだった。

「悪魔教徒がこの街にいる可能性が高いんだ。お前は俺の能力のことを知っているだろう。スミルナを覆う神の力が揺らいでいる。このままだと悪魔憑きがもっと増える――いや、その程度じゃ済まなくなる。速く見つけないと――マリークレージュと同じことが起きるかもしれない」

 アルベルトの訴えに、騎士達は更にどよめいた。信じているというよりは、そう訴える意図が掴めないからだろう。真面目に取り合うには相手が相手だし、嘘だと切り捨てるには真剣すぎる。それで戸惑っているのかもしれない。目隠しされていてイマイチよく分からないが。

 だがどよめいている騎士達とは裏腹に、ウィルツは何の反応も返ってこなかった。考えているのか呆れているのか、ずっと黙ったままだ。表情が見れないから何を考えているのか分からないが、さすがに悪魔教徒が絡んでいるとなれば捨て置けないのかもしれない。こいつはいけ好かない奴だが、こればかりは信じてくれたらいいのだが――

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