神聖なる悪魔の苗床 4
「よぉ、アルベルト。久しぶりだな」
「ウィルツ……!」
思いがけない人物との再会に、アルベルト・スターレンは息を飲んだ。
ウィルツ・テイラー。神学校の同期で同僚。悪魔祓い師の制服を身に纏い、手には愛用の杖を持ち、口元には薄ら笑いを浮かべている。驚くアルベルトの顔を見て、その笑みはますます深くなった。
「何驚いてんだ。ここはスミルナだぜ? おれがいてもおかしくないだろ?」
そう。神聖都市スミルナなら、悪魔祓い師の彼がいてもおかしくはない。ただ、ウィルツがこうしてまた現れるとは思わなかったのだ。マリークレージュで濁流に飲み込まれて、死んだのではないかと思っていたのだから。
「にしても、二人って聞いたから期待したんだが、もう一人はミガー人の男だっていうからガッカリだ。あの魔女はどうしたんだ?」
アルベルトの周りを見回しながら、ウィルツは至極残念そうに言う。ウィルツの現在の職分は魔女の追跡と捕縛だ。マリークレージュでもリゼを捕らえようとした。だが今、彼女はいない。船の爆発に巻き込まれて、無事なのかもわからない。
「……ここにはいない」
「なんだ。捨てられたのか。つまらねえ」
期待を裏切られて、ひどく不満そうにウィルツは呟いた。任務を果たせないからというよりは、楽しみを奪われて残念極まりないといった様子だ。しかし、ウィルツはゼノを見ると、良いものを見つけたといわんばかりに再び嘲笑を浮かべた。
「代わりに拾ったのがそこの馬鹿面のミガー人か? こんな薄汚い奴とよく一緒にいられるな」
「なんだとてめえ! もっぺん言ってみやがれ!」
侮辱されて一気に沸騰したゼノは拳を握りしめて怒鳴った。しかしウィルツは嘲笑をやめる様子はない。むしろますます嘲りを濃くして、ゼノを見やる。
「聞こえなかったのか? ミガー人は耳も悪いんだな。それともおれの言葉が分からねえか? 獣並の知性しか持たない異教徒どもに人間の言葉は難しいらしいな」
「うるせぇ! 悪魔祓い師なんてエラソーに踏ん反りかえってるくせに、まともに仕事もしねえじゃねえか! 悪魔を祓えるくせに、なんでこんなに悪魔憑きがいるんだ!? たくさんの人が苦しんでるっていうのに、仕事サボって平然としてるなんて、悪魔祓い師は怠け者の冷血人間ばっかりだ!」
「“偉そう”なんじゃねえよ。“偉い”んだ。おれたちは神の教えも守らない愚か者どもを救ってやるほど暇じゃない。神に逆らう魔女や、密入国した異教徒を捕まえなきゃいけないからな」
「愚か者だって? 罪人の大半が貧乏なせいで教会に行けないのに、それだけで理不尽に悪者扱いされてるってことくらいオレでも知ってるぜ。おまえらの神様って慈悲深いんだろ? なのに教会に来ないってだけで貧乏人を見捨てるのか?」
「最低限の義務すら果たさねえ奴を救ってやる価値なんてねえよ。いくら神様が慈悲深くてもな。全く頭が痛いぜ。おまえみたいな煩い猿を捕まえるのが仕事だなんてな。猿は猿らしく、」
「ウィルツ」
元同僚の演説を遮るように、アルベルトは低い声で言った。ウィルツは口を閉じ、訝しげな顔でアルベルトを見る。どうして止める、とでも言いたげな顔だ。ウィルツの養父は敬虔な悪魔祓い師で、同時に強硬な異教徒排斥派でもある。ウィルツにとって、ミガー人は魔女と同じくらい唾棄すべきものなのだろう。が、
「それ以上、俺の友人を侮辱するな」
そのことと、ミガー人を侮辱していいかは別だ。
そう言うと、ウィルツは酷く不愉快そうに顔をしかめた。
「……はっ! 友人? さすが優等生だな。魔女の次は知能が猿並の異教徒も庇うのか」
「ウィルツ、二度も言わせるな」
「はいはい分かったよ優等生。口うるせーおまえと問答するつもりはねえ。時間の無駄だ」
へらへらと笑い、ウィルツは興味をなくしたように無表情になる。ウィルツは杖を担ぎ直し、すっと目を細めた。
「さて、あんまりもたもたしてると騎士長のおっさんがうるさいからそろそろ本題に入らせてもらうぜ。なに、簡単なこった。――大人しく投降しろ」
その一言に、周囲の騎士達の雰囲気がより剣呑になった。構えた武器をさらに突き出し、アルベルト達を威嚇する。だが、ゼノはそれにも構わず、怒りの声を上げた。
「んなこと言われて『はい分かりました』なんて言えるかよ。オレ達だって急ぎの用があるんだ。てめえらなんぞに捕まってたまるか!」
「黙れミガー人。自分達が圧倒的不利ってことぐらいわかんねえのか? その頭はからっぽか?」
先程とは違う苛立ちを滲ませた声で言われ、ゼノは黙った。自分達が不利なことぐらい、彼にだって分かっている。この人数、多勢に無勢だ。
だが、悪魔祓い師はウィルツ一人のようだ。残りは騎士ばかり。騎士長もいるが、悪魔祓い師ほど手ごわい相手ではない。やりようによっては、突破できるかもしれない。上手く隙を突けさえすれば。ただそのために、どうやってゼノに合図を送るかだが――
するとアルベルトの考えを読んだのか、ウィルツはこちらに目を向けて言った。
「とはいえ、アルベルト。おまえに暴れられるのは困る。おれはおまえごときに負けはしねえが、騎士どもじゃ歯が立たねえだろうし、なによりめんどくさいからな。そこで取引だ」
「……取引?」
「ああ。おまえらが大人しく投降したら、貧民街の連中には手を出さないと約束しよう」
貧民街の人には手を出さない? 彼らは関係ないのに、どういうつもりだ。
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。もしおまえが抵抗するなら、悪魔堕ちした悪魔祓い師と異教徒をかくまった悪魔の手先として、この貧民街を白い炎で焼き尽くす。一人残らずな」
ウィルツの宣言に、アルベルトは目を見開いた。白い炎で焼き尽くす? あの時のラオディキアのように? 罪のない貧民街の人達を、虐殺するというのか。
「こいつらは関係ないだろ! 漂流していたオレ達を介抱してくれただけだ! それを……!」
「さあどうするだ? お優しいアルベルト君はこいつらを見殺しにしたりしないよな? それとも、やっぱり自分の命が惜しいのか?」
声を上げたゼノを無視して、ウィルツは問いかける。そんなこと、答えは一つしかない。もう片方の選択肢も、それ以外の方法も、選ぶことはできない。選んだ瞬間、ウィルツは宣言通りのことをするだろう。そしておそらく、アルベルトとゼノだけではそれを止められない。選択肢ではなく、たった一つの道を提示されただけなのだ。
「……ゼノ、すまない。おとなしく投降しよう」
「……ちくしょう!」
シリルを助けに行きたくてたまらないだろうに、悪態をつきながらもゼノはこちらの言に従ってくれた。悔しそうに拳を握り、歯を食いしばり、怒りに燃える目でウィルツを睨んでいる。陽気で恨みとは無縁そうなゼノも今回ばかりは殺気立っていたが、ウィルツは向けられた怒りを気にした様子もなく、得意げに笑った。
「やっぱりおまえは優しい奴だよ。吐き気がするぐらいな。――こいつらを拘束しろ。念入りにな」
ウィルツの命令に数人の騎士達が隊列を崩した。言われた通り大人しくしていると、騎士が両手に手枷を嵌め、武器と持ち物を没収する。拘束されたアルベルトとゼノを、ウィルツはにやにや笑いながら見つめていた。
その後、アルベルトとゼノは、騎士達に囲まれてスミルナまで連行された。途中、ウィルツ達に連行される二人を、貧民街の人々は遠巻きに見つめている。彼らの視線は恐れと期待がないまぜになっていて、ある種の異様な雰囲気を醸し出していた。
その彼らの元に、何を思ったのかウィルツはためらいもなく近づいて行った。一応部隊長であるウィルツがそうするので、騎士達もその後に続いていく。ウィルツは集まっていた貧民街の人々の前に立つと、ぐるりとあたりを見回した。
「さてと、おまえらに良い知らせだ。よぉく聞けよ。――こいつらをかくまった罪で、おまえらを火刑に処す」
――空気が凍った。貧民街の人々にあったわずかばかりの期待感が、処刑宣告の瞬間全て消し飛んだのだ。代わりに広がったのは底無しの絶望感と恐怖感。アルベルトは騎士が押し止めようとするのも構わず、ウィルツに向かって叫んだ。
「ウィルツ! 約束が――」
「約束が違うじゃないか!」
アルベルトの台詞をさえぎって、ディックの悲鳴のような声が上がった。ディックはアルベルトとゼノに廃屋を提供し、何かと便宜を図ってくれた人物だ。その彼が、ウィルツに取りすがるようにして、切々と訴えている。
「この二人のことを教える代わりに、祓魔の秘跡を受けさせてくれると約束したじゃないか! それなのに……!」
「あーそんな約束したっけか。覚えてるか、おっさん」
縋り付くディックを蹴とばしながら、ウィルツは隣にいる派手な鎧の男に話しかける。話を振られた騎士長は、怯えるディックを見ながらわざとらしく首を傾げた。
「知りませんな。この者の記憶違いでは?」
「だよな。おれも全く身に覚えがねえ。しかし嘘つきはよくねえな。やっぱり炎で浄化した方が良いな」
「そんな……!」
死刑宣告にも等しい言葉に、ディックはみるみる青ざめていく。貧民街の人達の間にも、同じように更なる動揺と絶望が広がっていく。それをじっくり見つめていたウィルツは、満足げな顔をして突如笑い出した。
「はははははは! 全くそんなに怯えるなよ。火刑ってのは冗談だ。おまえらにこいつらを庇おうって気持ちがないか確かめただけだ。こんな奴ら、生かしといちゃいないと思わないか? どうだ?」
唐突に問いかけられて、混乱していたディックは完全に返答に窮したようだった。戸惑ったように目を泳がせると、黙りこくって静止する。するとウィルツが不満げな顔をし始めたので、ディックは慌てて言った。
「は、はい! 悪魔堕ちした悪魔祓い師と悪魔の手先の異教徒なんて、すぐにでも火刑に処すべきだと思います!」
「だろ? 満点な答えだ」
その返答にウィルツは再び満足したようで、再びあのにやにや笑いを浮かべた。見てて気分のいい表情ではないが、ディックはそれにほっとしたのか安堵の表情を見せる。しかしそれも、ウィルツが次に口を開くまでの間のことだった。
「だが残念ながら祓魔の秘跡は授けられねえよ。おまえらには信心ってものがたらなすぎる。普段は教えを守ってねえのに、困った時だけ神頼みだなんて都合がよすぎるんだよ。分かったらせっせと祈るんだな」
その台詞に、ディックは再び凍りついた。彼は縋るような目でウィルツや騎士達を見たが、嘲りの視線を返されるだけだ。訴えても無駄だと悟ったディックは、視線をウィルツ達からアルベルトの方へと向けた。
お前達のせいだと言いたげな瞳で。
「分かってるのかアルベルト。こいつらは自分達が助かりたいがためにおまえらを売ったんだぜ。卑しい根性だろ」
振り向いたウィルツは、酷く愉快そうにそう言った。
「なあ、こんな罪人を救ってやる価値が、本当にあると思うのか?」




