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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
アルヴィア帝国編
10/177

マリークレージュの闘争 1

 どうすべきか、考えている

 何ができるか、考えている

 情けないことに、考えたところで答えは出やしないのだけど

「マリークレージュで悪魔召喚が行われたそうです」

 今朝、仕入れたばかりの情報を伝えに来た同僚は、衝撃的と言っていいニュースを淡々とした口調で告げた。

「悪魔召喚か。つくづく不幸な街だな、マリークレージュは」

 聞く方にも、それ程驚いた様子はない。そんな彼の様子を見つつ、同僚は報告を続けた。

「それともう一つ。マリークレージュに魔女がいるそうです」

「……へえ。なるほどな」

 彼はそう呟くと、今度は同僚に向けて問いかけた。

「知ってるか? マリークレージュが滅びた理由」

「地震だと聞きましたが」

「お前はそれを信じてんのか?」

「興味がなかったもので、疑う理由も信じる理由もありません」

「なるほど、そりゃ道理だな。じゃあいい機会だから教えてやるよ。二十年前、マリークレージュが滅びた理由はな、あの街が悪魔召喚の生贄になったからなんだよ。それも、噂じゃマリークレージュを滅ぼしたのは赤い髪の魔女らしいぜ」

「……では、今回と二十年前、その二つに関係があるとお考えですか?」

「んなことは知らねぇよ。二十年前だろうが今だろうが、魔女を捕まえることに変わりはないだろ」

 しばし沈黙。

「ここ数十年、魔女が目立った動きをすることはありませんでした。それ故に、我々がこういった事態に対処する準備ができていなかった。気を抜いていたといわざるを得ません。実際、たった一人の魔女相手にラオディキアの騎士と悪魔祓い師の半分以上が重軽傷を負いました。幸い死者は出ませんでしたが。……ファーザー・セラフを除いて」

「あのオッサンも情けねぇな。仮にもラオディキア最強の悪魔祓い師だろ。それが魔女一人にやられるなんて」

「魔女にやられて小一時間気絶していた方の台詞とは思えませんが」

「おれは死んでねぇから悪魔祓い師長殿より上だ」

「……」

「ま、そんなことはどうでもいい。今問題なのは、どうやってあの魔女を捕まえるかってことだな」

「どのように、ですか。ブラザー・ウィルツ。魔女とはどのようなものですか」

「あれか? あれはな――」




 悪魔召喚から五日後。

 リゼ達はまだマリークレージュにいた。

 何も好き好んでこの街に滞在しているわけではない。悪魔召喚の後始末をしていたのである。

 そもそもメリッサが悪魔召喚なぞを行えたのは、あの魔法陣が完全に破壊されずまるごと残されていたからだった。教会は道具類を残らず押収し、魔法陣を消しはしたものの、それはあくまで表面上のこと。完全破壊には程遠く、ちょっといじってやればすぐ復活するレベルである。こんなもの、悪魔祓い師を動員すれば破壊できなかったはずもない。全く手抜かりにも程がある。

 そんなわけで、三人は(というかアルベルトが率先して)悪魔召喚の痕跡の除去に取り組んでいたのである。要するに教会の尻拭いだ。

「ところでリゼ。ご出身はどちらですの?」

 最後の仕上げとして地下室で発見された悪魔召喚道具一式――蝋燭やら火桶やら――を焼却処分していた時、ティリーは唐突にそう質問した。

「……何の話?」

「ちょっとした興味ですわ。それに出身地くらいなら答えてくれるかと思いまして」

 やたら期待のこもった目で見つめられる。ここ数日というものの、ティリーが悪魔祓いの術について質問攻めにし、リゼはひたすらそれを無視する(あるいは見かねたアルベルトが仲裁に入る)、ということを繰り返していたため、いい加減彼女もやけくそになっているのかもしれない。この際、答えてくれるならなんでもいいという感じに。

 まあ、ひたすら無視するのも疲れるものである。出身地くらい知られたからといってどうなるわけでもないし。

「ここから北の方」

「生まれも育ちも?」

「……そうね」

 少なくとも六歳の時からずっとアルヴィア北部の小さな村に住んでいた。その村を出たのはつい最近のこと。――二年くらい前か。

「アルヴィア北部というと、気候がかなり厳しいんじゃないか」

 斜め向かいに座っていたアルベルトが会話に加わった。

「それに、人はほとんど住んでいないと聞いたが……」

「そうでもないわ。確かに人は多くはないけど、夏になれば雪は融けるし、作物も育ててた。少なくとも私の住んでいたところはね」

 今思えば、住み心地のいい所だった。……思ったところで、今さら帰るつもりもないのだが。

「ふうん。北の方……北の方といえば……」

「ティリー、そういうあなたはどこから来たのよ」

「あら、わたくし? わたくしは生まれは西の方なんですけど、その後色々ありましたから……話すと長くなりますわね」

「……じゃあいい」

 ティリー相手に不用意に話を振るべきではない。はぐらかされるか打ち返されるか長話されるかのどれかである。この短期間で早くもそれを学んだリゼは、燃える炎に視線を戻した。

 その時だった。

「いた! ねえ、あんたたち!」

突如、聞いたことのある声がした。振り返ると、建物の影から、一人の人物が姿を現した。それを見て、ティリーが言った。

「サニアじゃありませんの。無事だったんですのね」

「あ、あんたたちこそ無事だったの!? あの悪魔は!?」

「消えましたわよ」

「消えたって……確かにいないけど……ああでも、そんなことは今はいいわ。あんたたちを見つけられてよかった」

 サニアはかなり慌てた様子で言った。

「助けて欲しいのよ! グラントが倒れた木の下敷きになってて、あたし一人じゃ助けられなくて……別に全員じゃなくていいから。多分二人いれば何とかなるし。お願い!」

そうして落ち着かない様子で街の外の方をちらちらと見る。グラントのことが気になるのだろう。

「分かった。俺が行こう」

 立ち上がったのはアルベルトだった。

「ありがとう! じゃ速く行きましょ!」

 言い終わるなり、サニアは足早に歩いていく。アルベルトは、

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 と言ってその後を追っていった。




 街の外は先日までの豪雨の影響ですっかりぬかるんでいた。これなら地盤が緩んで木が倒れてもおかしくない。下手をすると滑りそうになる道を歩きながら、アルベルトは前方を行くサニアに問いかけた。

「グラントはどのあたりにいるんだ?」

「え? えーと、もうちょっと先のほうに……」

 言いながら、サニアは山道をどんどん進んでいく。アルベルトも後を追ってぬかるんだ地面を歩き進んでいき―――

 唐突に立ち止まった。

 ひゅんっと風を切る音がした。右に飛んだアルベルトのすぐ横に、一本の矢が飛んでいく。続いて襲ってきた数本を剣で斬り落とし、あるいは避けて、アルベルトは周囲に目をやった。

「誰だ!?」

 返答の代わりに飛来する幾本もの矢。だが、いずれもアルベルトに届くことはなかった。

「そこか!」

 飛来する矢を避けて、木立の中に飛び込む。そこに立つ弓を構えた人影に向けて、アルベルトは剣を突き出し――しかし、紙一重で避けられた。

「お久しぶりです。ブラザー・アルベルト」

 人影はアルベルトから離れると、何事もなかったかのようにそう言った。

「っと間違えました。あなたは悪魔堕ちしたんでしたね。ブラザーと呼ぶのは適切ではない」

「……マティアか」

 木立の中にいたのはマティア。ラオディキアでの同僚の一人だった。正確には一年後輩であるので、あまり親交はなかったが。

「俺達を追ってきたのか」

「その通りです」

 淡々と答えるマティア。確かこの間の事件の時は、フィラデルフィアに行っていて不在だったはず。帰ってきて早々、追跡部隊に入れられたというわけか。

「……思ったより速かったな」

「この方のおかげです。マリークレージュで魔女が悪魔を呼び出したという話をしていただきまして」

 それを聞いて、木の陰に隠れていたサニアが顔を覗かせる。

「この人たちから聞いたわ。あんたたち、指名手配犯だったのね!? しかもあの女、悪魔祓い師だなんて言ってたけど、本当は魔女だって話じゃないの。そうやってあたしたちを騙してたんだ!」

 なるほど。サニアが情報源だったというわけか。しかし、サニアの言う悪魔を呼び出した魔女とはメリッサのことだ。リゼのことではない。

「悪魔を呼び出したのは別の人間だ。彼女じゃない」

「誰が悪魔を呼び出したかはどうでもいいことです。我々の任務は魔女の捕縛ですから」

 マティアは話を聞く気がないらしい。仕方なく、アルベルトは剣を構えた。それを見たマティアは、

「抵抗しようなんて考えないほうがよろしいかと。周りには――」

「騎士達が弓矢で狙っているんだろう? 確かに剣一本での抵抗は不可能だ」

 アルベルトは手にした剣をマティアの足元に放り投げた。剣は雨にぬかるんだ地面にべちゃっと音を立てて転がる。それとアルベルトを交互に見、殊勝な心がけですねと呟きながら、マティアは剣に手を伸ばした。

 その瞬間、アルベルトは地を蹴って一気に間合いを詰めた。地面に転がった剣を掴み、立ち上がった勢いですくい上げるように剣を振る。それは、マティアが手にした弓を弾き飛ばし、そして――

 四方八方から放たれた矢が、一斉にアルベルトへ襲い掛かった。




 空気を切り裂く鋭い音がかすかにリゼの耳に届いた。それも一回ではない。ざっと数十発分といったところだろうか。音源は、

街の外(むこう)でなにかあったんでしょうか」

 ティリーは口調こそのんびりしていたものの、本を閉じ、身の周りの物を片付けつつ立ち上がる。リゼも立ち上がってあたりを見回した。

 ―――無人のはずのマリークレージュに人の気配がする。それも大勢。

「誰か来たわね」

「あら、お客様?」

「そんな平和なものであればいいけど」

 ティリーの冗談にリゼがそう返した時だった。

「そりゃ期待に応えられそうにないな」

 上から声が降ってきた。

 二人は声のしたほうへ目を向けた。すぐ近くにある建物の上だ。そこに、声の主は立っていた。

「よぉ魔女。吹っ飛ばされた恨み、忘れてないぜ」

 十字架をかたどった燭台のような杖を担ぎ立っていたのは、ラオディキアで会ったあの悪魔祓い師だった。吹っ飛ばして燃える小屋に叩き込んだのに、かなり元気そうだ。もっと徹底的に叩きのめしておくべきだったか。

「やっぱり悪魔祓い師というのは暇らしいわね。こんなところをうろつくよりももっと優先すべきことがあると思うけど」

「優先すべきことか。確かに色々あるな。―――魔女を捕まえることとか」

 悪魔祓い師がそう言うやいなや、矢の雨が降り注いだ。四方を包囲した騎士達が矢を射たのだ。避けられる量ではない。実際、リゼも避けようとは考えていなかった。

 空気が震えた。一瞬吹き荒れた強風が大量の矢を弾き飛ばす。矢は乾いた音を立てながら周囲に散乱した。

「こんなことしたって無――」

「ちょっと! いきなりなんなんですの!?」

 突如リゼの台詞を遮ったのはティリーだった。

「出会い頭に矢を浴びせかけるなんて、失礼にもほどがありますわ!」

 人差し指をびしっと突きつけ、大上段に呼ばわるティリー。しかし、悪魔祓い師は怪訝そうな顔をして言った。

「なんだ? おまえ。魔女(そいつ)の仲間か?」

 ティリーはしばし沈黙すると腰に手を当てて一言。

「通りすがりの一般人ですわ」

 おい。

「罪のない市民に襲い掛かるなんて、市民を守るべき騎士、そして悪魔祓い師がすることですの!? そんなの職務怠慢もいいところですわ!」

「知るかよ。ったくうるせえ女だな」

 悪魔祓い師はうっとうしそうにそう言うと、リゼの方へ視線を戻した。

「まあしかし、職務怠慢はよくねえな。という訳で、職務は遂行させてもらう」

 悪魔祓い師が建物から飛び降りた。リゼめがけて杖を真っ直ぐに振り下ろす。リゼは剣で受けとめたが、予想上に強い力に右腕がしびれる。続く一撃を受け流し、今度は風の衝撃波を打ち出した。しかし、悪魔祓い師はそれを後ろに飛んでかわす。

「悪いな。二度同じ手はくわねえよ」

 不適に微笑んで、悪魔祓い師は杖の先をリゼに向けた。放たれる光の衝撃波。それに対抗するべく、リゼは氷霧を放つ。魔術と衝撃波が激突し、白い霧が視界を覆った。そこへ――

「神よ。邪悪なる彼の者に戒めを」

 響く悪魔祓い師の声。続いてリゼの周囲に光の鎖が出現した。それはリゼの身体に纏わりつき、動きを封じようとする。しかし、光の鎖はリゼを拘束してものの数秒もしないうちに、ぱきんっという音を立ててはじけ飛んだ。

「悪いわね。同じ手は二度くらわない」

「そうこなくちゃな」

 術が破られたというのに、悪魔祓い師は悔しさを見せることなくそう言った。

 一方、ティリーは騎士達に囲まれていた。

「その女は魔女となんらかの関係があるに違いない。かまわず捕らえろ!」

「だから通りすがりの一般人だって言ってるじゃありませんの! 人の話はちゃんと聞きなさい!」

 ティリーは抗議したが、騎士達が聞くはずもない。彼らは命令を遂行しようと、ティリーに近寄り――

「話聞きなさいって言ってるでしょう!」

「ぐほおっ!」

 先頭の騎士の顔面に本の角がめり込んだ。さらに、走ってきた別の騎士に容赦ない蹴りが入る。思いがけない反撃に、騎士は為すすべなくひっくり返った。

(……助ける必要はなさそうね)

本人曰く『アルヴィアにいる間は人前で魔術を使わないようにしてきた』という話だから、護身術の一つや二つ、使えてもおかしくない。あの分だとまあ、騎士から逃げるくらいはできるだろう。実際、ティリーはきゃあきゃあ言いつつ、しっかり逃げていた。

 ティリーは心配ないとして、問題は。

「悪魔祓い師はあなた一人ってことはないわよね」

悪魔祓い師の攻撃を避けながら、リゼは言った。ラオディキアの教会を脱出する時に悪魔祓い師を何人か(それもすぐ追ってこられないよう容赦なく)叩きのめした覚えがあるが、なにもあれだけということはないだろう。

「どうだろうな」

 悪魔祓い師はそれだけ言うと杖を振った。その途端、杖の先から真っ白い炎が生まれる。

「!?」

 リゼは咄嗟に氷壁を作り出してそれを防いだ。炎と冷気がぶつかって相殺される。

「……白い炎」

 間合いを離しつつリゼは呟いた。一瞬、燃える貧民街の様子がまざまざと思い出された。

「神の白い炎。邪悪なものを焼き尽くすっていう浄化の炎だ。おまえには相当効くはずだぜ」

「あたればね」

 悪魔祓い師の得意げな言葉をリゼはばっさりと切り捨てる。それが気に障ったらしく、彼は、

「じゃあ、当ててやるよ」

 あの燭台のような杖の先を再びリゼに向けた。白い炎が集まって膨れ上がり、そして―――

 悪魔祓い師は振り返った。

 鈍い金属音が響く。悪魔祓い師の背後に現れたアルベルトが、剣を振り下ろしたのだ。

「ウィルツ、やっぱりお前も来ていたのか」

「その通り。分かったんなら邪魔すんなよ、アルベルト!」

 杖で剣を受け、悪魔祓い師――ウィルツは不機嫌そうに言う。彼は杖を握る手に力を込めると、アルベルトを弾き返した。二人の間合いが離れる。

「全く足止めもできねえのか? マティア」

「申し訳ありません。少々しくじりました。まさかあの状況を切り抜けられるとは思わなかったので」

 現れたもう一人の悪魔祓い師に向かってウィルツは嫌みったらしく言った。それに対し、悪魔祓い師・マティアは淡々と謝罪の言葉を述べる。そうして、手に持った銀の弓を構えた

 厄介なことになった。

「リゼ、無事か?」

 駆け寄ってきたアルベルトが尋ねる。それに対し、リゼは

「私よりもティリーの面倒を見てくれない? この状況でも魔術を使うつもりはないらしいわ」

 誰か助けてーと叫びながら逃げ回っているティリー。やはり魔術は一切使っていない。見上げた根性だ。

「君はどうする?」

「適当に叩きのめして逃げる。あれを全部相手にしてられるほど暇じゃない」

「……分かった。無茶するなよ」

 アルベルトはそう釘を刺して、ティリーの方へ走っていった。

さて、どうしようか。

 通りを埋め尽くす騎士。そして悪魔祓い師が二人。全員相手にするのは正直面倒だ。となれば。

 リゼは地面を蹴り、アルベルトとは反対側の方へ走り出す。その後を、ウィルツの声が追った。

「逃がすかよ!」

 背後から白い炎が襲いかかる。しかし、氷の魔術がそれを阻んだ。走るリゼを騎士達も次々と追いかけてくる。それに向けて、リゼは至近距離から風の衝撃波を放った。風は騎士達をなぎ倒し、細長い塔の様な建物の根元を大きくえぐる。風化してもろくなっていた建物はそれだけで轟音を立てながら倒れた。大量の砂塵が舞い上がり、通りは瓦礫で完全に分断された。

 しかし、別方向にいた騎士が数十人瓦礫のこちら側に残っている。そいつらはリゼの姿を目に留めると、すぐさま追いかけてきた。

 リゼは身を翻し、風化したマリークレージュの街並みに入り込んでいった。

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