5話 力はあれど
「ハハハハハハハハハハッ‼︎」
「じゅ、十六君だと⁉︎どうしてこんな内陸に⁉︎」
「だ、ダメだ、次元が違い過ぎる!」
「に、逃げろぉ!魔王軍だ‼魔王軍の幹部が来たぞぉ‼︎」
「うわぁぁあ‼︎」
バカ笑いしながら死屍累々の地獄絵図を翔け巡る黒い影。それは漆黒の翼と真っ黒な髪、白眼すら闇に染まった堕天使。
左手には暗黒を凝縮した様な黒き剣。左手には深淵を表した様な闇色の大鎌。真っ黒なトーガは血の色のラインがはいり、同色の逆さ十字が胸と背中一面を飾っている。
肌は褐色、爪は黒色、上背2.2メートルにも及ぶ高身長。しかし、背が高いと言うよりは標準サイズの人間をそのまま大きくした様な巨体だ。
「逃がしませんよぉ〜!1人たりともぉ‼︎」
音速にも迫るそのスピードは、接近されれば肉眼では確認する事すら危うい。
それが体重200キロは優に超えるだろう巨体から繰り出されているのだ。余波だけでも立っていられない程の強風が巻き起こる。
「ぐうッ……ひぃッ⁉︎」
兵士達が風から身を守ろうと縮こまり、再び目を開けてみれば、先程まで共に走っていた同僚のが、切り刻まれて転がっていた。
--人の勝てる相手じゃない。
瞬時に悟る。
速度、筋力、技術。どれもが人間の何十段も上の領域だ。
加えて当たり前の様に喋っている。知能も人並みかそれ以上と言うことだ。
そんな化け物を一体どうしろと言うのか?
「ッ⁉︎」
--ザンッ‼︎
後方からガディエルを追い上げてきた槍が、回避した彼の頬を掠る。
みれば投擲体勢の立也がいるではないか。
(バカな⁉︎高々人間の腕力で私の速度を追い越したと言うのか⁉︎)
驚愕と同時に体を返し、立也の方へ向けて急停止。その顔を見据えた。
「気取ってんじゃねぇよ。テメェの相手はコッチだろ」
彼は新たに戦斧を左肩から引き剥がすと、そのまま地面を砕かんばかりの勢いで叩きつける。
笑顔は本来、歯を剥いて敵を威嚇する表情だっあと言う。
ならば、ヘルムの奥に隠すこの怒り狂う羅刹の様な顔も、ただの威嚇だと言うのか?
否。心と表情が分離などするものか。
彼は今、明確に殺意を抱いている。一切の間違い無しに敵を殺そうとしている。
コレは威嚇などではない。殺すと言う明確な意思表示。
「ハハッ!申し訳ありませんねぇ。害虫が逃げ出すもので、つい」
「あぁ成る程。害鳥のお前が必死になって追いかけ回す訳だ」
「なんですって?」
「人間にとって一寸の得にもなりゃしねぇゴミ以下だっつってんだよ堕天使様よぉ」
「……私は死天使。あんな劣等共と一緒にしないで頂きたい。これは貴方がたで言う、サルと同格に扱われる様なものです」
「糞の間違いじゃねぇか?俺はそのつもりだったんだが、まぁいい。とりあえず文字通り死んだ天使にしてやるからとっととかかって来いよ」
「貴様ッ‼︎」
砲弾の様に発射された巨体は、そのスピード益々上げて突貫する。
振りかぶるは鎌、盾を通り越して攻撃できるこの武器程、彼にとって相性の悪い物もないだろう。
「死ねぐッ⁉︎」
しかし、気がつけば吹き飛ばされたのはガディエルの方だった。
「知能も鳥並みらしいな。最高速度で壁にぶつかった気分はどうだ?」
簡単な話だ。鎌の間合いに入った瞬間、立也が踏み込んでシールドバッシュを行なった為、自分のスピードも重なった相対速度についていけず、打ち付けられる結果となったのだ。
地面をバウンドしながら吹っ飛ぶガディエルを追い、言いながら走る。
しかし、流石は魔王軍幹部が十六君の1柱か、相当な衝撃だったにも関わらず、バウンドの勢いを利用すると天高く舞い上がった。
「ぐ……人間ごときが!よくもこの私にむかって……!」
「その”ごとき”にボコられてるようじゃ訳ねぇな。御託はいいからかかって来いよ」
「舐めた口を……ッ‼︎そうか!分かったぞフハハ!そうやって私を挑発して向かわせる気だな?下等な人間は飛ぶことは出来ない‼︎」
「ああ?」
「ふふふ……」
「だからどうしたよ?」
「分かっているでしょう?」
怒り心頭から一転、見透かしたとばかりに言い放つ。これには立也も疑問の声をあげたが、ガディエルは焦らす様に溜める。
「我ら、高貴なる王の使徒。この翼こそがその証‼︎天は我らに味方していのですよ!地を這う事しか能のない貴方がたでは攻撃のしようがない!そうでしょう⁉︎つまり私は、ここから魔法を放てば良いだけの事……それを対処出来ますかね?」
「ハッ!やっぱり鳥類だな阿呆が。なんの為の盾だと思ってんだぁ?テメェの魔力とコイツの耐久、どっちが勝るか試してみりゃいい。その時がテメェの最後だよ」
「ええ、そうでしょうね。ですがそれは貴方だけの話‼︎そこにいる害虫共はどうです⁉︎」
「ッ⁉︎」
ガディエルが手を掲げた瞬間、彼周辺の空間に何十本もの闇の剣が出現する。
兵士達向けて。
明らかに中級以上の闇魔法だ。鎧を纏ったところで、逃げ惑う兵士では簡単に貫かれるのは目に見えている。
これは、立也の予想し得ない結果である。彼が言葉により自分への注意を引き付けていたのは事実だが、それによって逆に兵士達が攻撃の的になるとは思わなかった。
立也は勇者にしては珍しい重装、更には盾も持っており、そのガードを物理で抜くには、魔王軍でも最高幹部でなければ易々と砕けはしないだろう。彼の技術力も合わさって、幹部最下である十六君ではほぼ不可能と言っていいい。最良の戦術は自ずと魔法によるエネルギー攻撃となる。
つまりは、ここで無駄に魔力を浪費するのは得策ではないのだ。
しかし、どうこう考えている余裕もない。彼は、死んだ人間を助けるなど出来ないと知っているが、生きているならば話は別だ。
『勇者様は、我々を救って下さると信じております!』
「こんの……クソ野郎ッ‼︎」
見過ごせない。
--ドッ‼︎
立也は走り出した、1つでも多くの命を救わんと。
「フハハハ‼︎遅い!遅いですよ勇者よ‼︎そんな事では誰も助ける事など出来ません‼︎」
しかし、世の中そんなに甘くない。
「全員密集陣形をとれぇぇえええッ‼︎盾に魔力集中させるくらい出来るだろぉお‼︎後は俺がどうにかしてやるからさっさと集まれええええ‼︎」
「かヒュッ!」
「ぐぇ……」
「がッ⁉︎」
「や、やめっ!」
「た、助けて」
そうする間にも降り注ぐ暗黒の剣が兵士を、騎士を貫いていく。
「ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
その叫びになんの意味があると言うのか。咆哮は虚しく響き、バタバタと倒れる弱者を前に、強者である彼は実に無力であった。
そんな中、ふと思い出したのは真っ先に殺されたハンスの事。
思えば、あの時立也も気を抜いていたのだろう。
自分がしっかりしていれば、
自分が気を張り詰めていれば、
彼が、
”みんな”が、
死ぬ事なんてなかったのだ。
「 殺 し て や る 」
しかし、表に現れる激情とは裏腹に、その心境は異様に落ち着いている。
こんな状況でありながら過去を思い出し、照らし合わせ、最善の策を企てそれを行おうと体が動いている。
躍り出るは集まり始めた兵士達の前に。
「武器を寄越せ‼︎あのカラスの出来損ないを地面に這い蹲られせやる‼︎馬なんぞ捨てろ‼︎いい的だぞ‼︎さっさと集まって武器を俺に寄越せ‼︎」
「は、はいぃ!」
「聞いたか‼︎武器を集めろぉ‼︎」
「魔法兵隊は盾持ちに魔力を回せ‼︎死にたくないなら目一杯魔力込めて盾を掲げろ‼︎分かったか‼︎」
「りょ、了解しました!」
「魔力をくれぇ!」
「コッチにも回せ!直ぐにだ‼︎」
盾の下方を地面に突き刺すと、それを離す。
斧の扇状の刃を地面に叩き込むと、それも手放す。
そして次々集まってくる武器の1つを手にすると、
「いいか?武器を置いたら少しづつでいい、後退しろ」
全力で投げた。
飛び出した剣は、空を裂いて回転。高速域に突入し、進路をガディエルの放つ剣と交差させ、その地点で相殺させる。
続く二投、三投も暗黒の剣を相殺させると、四投目は槍。空気を穿ちながら進むそれは、他の武具とは一線を画したスピードを叩き出しながらガディエルへと向かった。
しかし、相手は空を主戦場とする者だ。飛来する物体の起動など、微睡みの中でも測れる程に目がいい。
当然それは紙一重で躱され、構わず剣が噴射される。
「ほう……随分と曲芸じみた事をしますね。面白い、もっと見せて下さいよぉピエロさんんんッ‼︎」
むしろ、その量、スピード共、に上がってすらいる。
立也の投げる武器がそれらに当たり、軌道を変えたり相殺するも、撃ち漏らしがないはずもない。それらは兵士達の掲げる盾に当たると、それごと押しつぶして盛大に爆発を起こした。
「3人1組で盾を抑えつけろぉ‼︎お前らもこの世界の住人で戦争屋やってんなら、ポっと出の俺なんぞに負けてんじゃねぇええ‼︎」
「ハハハ‼︎無駄ですよ。しかしそうですね、では、こう言うのはどうでしょうか⁉︎」
ガディエルが次に始めたのは移動しながらの射出だった。だが、彼は十六君の1柱、移動と言っても途轍もないスピードだ。集まる兵士達の上空を一周するのに数秒とかからない。
そんなもの、1人ですら盾を持って回るには追いつくかどうかと言うレベル。ましてや、ガディエルは多少の時間差をつけて剣を放ってくる。
最早全方位からの砲撃と何ら変わりない。
「クソがぁぁあああアアアッ‼︎」
--ダンッ‼︎
足踏み一歩。
地面を跳ね上げたそれは、重なる武器を宙に舞い上げた。
昇っていくソレを、落ちてくるソレを、立也は狂った動きで飛ばす。
剣で剣を弾いて、鉄靴で柄を蹴り飛ばして、踏ん張って投げるより数段威力が劣るが気にしていられない。ぶつかった反動で剣が揺らぎ、ブレて着地点を誤るからだ。やらないよりはマシだった。
踊る立也を嘲笑うようにガディエルが急降下したのは、彼とは反対側の場所。
百を優に越す人の群れを、一瞬で回り込むなど出来る訳がない。
反対側では血飛沫と肉塊、腕や首が舞い上がり、悲鳴と断末魔がここまで聞こえて来た。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
血が出る程に強く唇を噛みながら、立也は己が無知と無力さに憤慨した。
ガディエルの目的にはとっくに気が付いてる。ヤツは自分にの精神面にダメージを与えようとしたに違いない。普段の彼ならば、第一にこの場を離れる事を選択しただろう。だが、頭に血が上った結果がコレだ。
他人を巻き込んで死者を出す。
そればかりか、彼は剣を弾くのに手一杯になり、自らの防御が手薄になっている。鎧が幾ら硬かろうと万能ではない。打撲もすれば、鎧にだって限界がある。
人海を超え、ガディエルが姿を現した時にはボロボロだった。
「無様ですねぇ!勇者よッ‼︎」
「黙って死ねよ」
激突は一瞬。しかし、立也が持つのはただの槍剣であり、相手は己が魔力を存分に使った圧縮エネルギー体。
鎌は剣を迂回し左肩に刺さり、剣は砕けて暗黒が鎧を薙いだ。
「ッ‼︎」
「なるほど硬い、しかし魔力を集中させれば貫けない事は無いようですねぇ」
何とか体を逸らし、致命傷は避けるもガディエルは既に天空だ。
盾と斧を回収したところで届きはしない。また前面に突き出して構えるだけとなった。
見れば、1000人近くいた兵士達も200人以下だろう。
「ハハッ!どうやら動きは見えても私の速度には追いつけないようですねぇ……では、そろそろ終わりにしましょうか」
舞い上がった黒点は、その翼を一度はためかせると、瞬時に加速。縦横無尽に軌道を変え、その進路を予測出来る者などいない。
「ハエが……」
吐き捨てるも目で追うのが精一杯だ。
だんだんと高度を下げるそれは、明らかに立也を狙っている。
前か後ろか、右か左か、はたまた直上か。
高度はもう十分に下がっている。いつ襲いかかってきても不思議ではない。
震える手で盾を握りしめた。
「ハハッ‼︎」
(後ろか‼︎)
「かかりましたねッ‼︎」
後ろからの声に振り返るも、ガディエルはその動きに合わせ、盾を死角として更に背へ回り込み、
完全に背後を取った。
--ズダンッ‼︎
それでも流石は勇者か。振り向きざまの踏み込み、ガディエルの前面に盾と言う名の壁が押し寄せる。
(シールドバッシュですか、それも予測済み‼︎何度も同じ手にかかるものですか‼︎)
ガディエルは少し体を傾け、盾を回避する軌道を取ると共に大鎌を振り上げ、
盾が揺らいだ。
「は?」
間の抜けた声を出す間にも、ソレはどんどん大きくなり、やがてその裏側を見せる。
そこに勇者はいなかった。
--ドッ…………ッゴオォォオオオオッ!!!
その時、兵士達には何が起こったのか分からなかっただろう。勇者が背を取られたと思った次の瞬間には隕石でも落ちたかの様な轟音と振動と衝撃波。砂煙が辺り一面を覆い隠した。
「ど、どうなった⁉︎」
「おい!あそこだ!」
出来上がったクレーターの淵に押し寄せた兵士達が目を凝らせば、そこにはこれ以上なく分かりやすい勝敗の図が出来上がっていた。
地面に埋まって蛙の様に潰れているガディエルと、その背に戦斧を突き立てる勇者。
「手間ぁかけさせてくれたなクズが」
「バ、馬鹿……な……」
(そ、そうか……!盾を投げて……)
斧から手を離し、”何も持っていない”左手で髪を鷲掴みにして持ち上げると、口から血を垂れ流す面を見下ろした。
「二度も同じ手使う訳ゃねぇだろ低脳が。じゃぁ死ね」
「ま、待って……⁉︎」
新たに腰から外したのは、『く』の字に曲がったナタの様な物。
それは地球のグルカナイフ、ククリナイフと呼ばれる物に良く似ていた。
振り上げた時、ガディエルが何か言うが待つ義理などない。
「見限った神にもっかい祈ってみたらどうだ?もしかしたら助けてくれるかもな。じゃぁ死ね!」
「や、やめッ……」
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「フゥッ……ンッ!」
勇者は掲げる。左手に持つ勝利の証を。
「オォォォォオオオオオ‼︎」
勇者は叫ぶ。己が勝利を知らしめる為に。
『オオオオオオオオオオ‼︎』
百を超える兵達の歓声は絶えず。
その視線は、まだ血の滴る討ち取った魔の首を万感の思いで見据えていた。
四大国歴691年、火の74日現在。
魔王軍残存幹部
十六君、6名
八帝、6名
四皇、健在
魔王、健在
人亜連合軍
残存勇者、10名