4話 お仕事
(もう結構集まってんな)
大通りから門をくぐり、外に出れば沢山の兵士が走り回っている。
彼等はこの街の外壁を警備していた兵士と、近場の詰所から駆け付けた者達だ。
「おい、アレ……傭兵勇者じゃないか?」
「はぁ?うわっ、本当だ。この街に来ていたのか……」
「傭兵勇者……」
「エドワード様に伝えた方がいいんじゃないか?」
「もうこちらへ向かっておられる。今更走らせたところで遅いさ」
彼の装備は鎧こそ重装というだけで、勇者の固有する武具とは思えない程に地味だが、上に武装している獲物はその限りでない。
見える限りで8つの武器と1つの盾。武器は全て抜き身状態で金具に掛かっており、盾にしても自分の胴体より大きな物だ。
更に、鎧を着込んだ際の身長は190前後であり、未だ文明の大きく発達していないこのクルステラにおいては十分過ぎる程の巨体。目立たない筈がなかった。
にわかに騒ぎ出す兵士達。それでも着々と配置を変えて行く辺り、練度はそれなりの物だと伺える。
すると1人の兵士が、何を思ったのか立也の方へ駆け寄って来た。
「タツヤ様ですね?」
「あぁそうだが、なんの用だ?」
「現在まで分かっている敵情の報告へ参りました」
「俺はまだ雇われてねぇ。協力するかもわかんねぇぞ?」
「私は、首都センプテンティリオから一時派遣で来ている者です。又聞きではありますが、タツヤ様が悪人ではない事はマモル様やハルト様から聞き及んでおります!」
マモル、ハルト、その2人の名前を聞いた瞬間、立也は呆れた顔をした。2人とも、残る勇者の名前だったからだ。
(あいつ等、まさかまだ学生気分じゃねぇだろうな?)
現在、北方大陸には立也含め、4人の勇者がいる。残りは東方に2人、南方に1人、西方2人であり、最後の1人は行方不明となっている。
つまりこの大陸には10人中4人の勇者が密集している訳だが、残念ながら立也とその他では友好関係が違い過ぎた。
彼は訓練を放棄したその日から、誰1人にも会ってはいないのだ。
だと言うのに、昔のクラスメイトの姿を思い浮かべて他人に語った2人は、アホとしか言いようがない。
「だったらなんだよ」
「勇者様は、我々を救って下さると信じております!」
(コイツも頭ん中お花畑か?面倒臭え)
大なり小なり時が過ぎれば、それだけ知識が増え、経験を積み、ざまざまな事を体験して人は変わって行くものだ。昔からなに1つ変わらない人間など、存在しない。
だと言うのに、どうして平気でそんな事を言えるのか。
「あ〜、だったらいいな」
「はい!では、報告に移らせて頂きますね?」
「ん?その必要はなねぇみてぇだぞ」
「はい?」
立也がおもむろに頭の向きを変える。
この街は、敵が来てもすぐ様気づける様、半径数キロに渡って背の高い草木は刈り取ってある。その為、何かが接近すれば外壁の上から見えるのだが、今回の魔物騒ぎは外回りの兵が持ち帰った物。まだ敵を目視できる距離ではない。
が、彼の目の先には、未だ姿は見えないが、確かに砂埃を巻き上げる一団の姿があった。
「よ、予想より速い!」
「なら統率種かもな。さっさと領主様ご登場と願いたいもんだ」
統率種とは、極稀に出現する、野生の魔物の上位種の事だ。それ等は同種の魔物を奴隷の様に従わせる能力があり、一度発生すれば強い者に従う魔物の性質上、地域一帯が統率種に支配される事となる。
魔王の配下である四皇八帝十六君も例に漏れずこの統率種であり、魔王は更にその上位種だとされている。
想定された時間より早くここまで移動して来たと言うことは、それだけ規律の整った群れと言う事であり、そう言ったものは統率種なしでは先ずありえない。
にわかに騒ぎ立つ兵士団だったが、それも領主を乗せた馬車と、その後ろに続く騎士団の登場で落ち着きを取り戻す。
「来たか……」
立也の用があるのはここの領主だ。放っておく筈もなく、馬車から降りた男の方へ歩み寄り、
「エドワード様!勇者様がお見えです!」
さっきの兵士が領主へ知らせた。
(マジかコイツ……)
「なに?なっ⁉︎よ、傭兵勇者……」
「はい!タツヤ様です!」
(余計な事言うんじゃねぇだろうな?)
「どうも、エドワード卿。初めましてだな」
「……なにが目的だ」
この時もし、魔物の強さが並ならば、彼は相手にされず突き返された筈だ。しかし、挨拶もしないでこの言いよう。立也は敵に統率種が混じっている事を確信した。
「ちょ、エドワード様……」
「いい。ま、あんたも大体分かってんだろ?金だよ。と、言いたいところなんだがな、ちょっと事情が変わってな。南方大陸への船が欲しい。手回し出来るか?」
「……いいだろう」
「んじゃ、交渉成立だ。統率種は任せろ」
「ケビン、サリー、聞いたな?陣形を変えろ、我々は防衛に徹すればいい」
『了解しました!』
領主との会話は、たったコレだけで終わった。
立也は、騎士団長兵団長を差し置いて先頭へ躍り出る。
知らせた兵士も、余りに少ないやり取りに動揺を隠せない。しかし、流石は首都からの派遣か、彼も部隊の長だった様で、すぐさま持ち場へ戻って指示を開始。
本当に、なんの作戦会議も、打ち合わせもない。それどころか共闘する気すらないのだろう。これでは勇者”と”軍団だ。
だが、彼にとってはコレすらよくある事。むしろ、敵が魔物ならこんなものだ。
--勇者は一騎当千の猛者である。
--それ故に、並の騎士では足手纏いにしかならない。
クルステラでの常識だ。
だからこそ、兵士団や騎士団は勇者が無駄な体力を消費しない様、敵本体まで送り届けるのが仕事の様な物。
しかし、立也は勇者ではなく、『傭兵勇者』、雇われの勇者なのだ。金さえ払えば何処へにでも行く。そんな存在。気遣う必要も、守ってやる必要も、送り届ける必要もありはしない。
「我等ハンス隊!勇者様の道を作るぞ!他に志願する者は、このハンスに続けッ!」
『ウォォオオオッ‼︎』
「なっ⁉︎勝手に動くな!正気か⁉︎クソッ、陣形を崩さぬ様続けッ‼︎」
(あー。あいつ、ハンスって名前だったんだな)
にも関わらず突っ走っていった兵士たちを見送り、立也はそんな事を考えていたのだった。
「面倒臭ぇ……」
1つ呟くと、背に手を回し、右背中上にある大盾の取っ手を掴むと金具から外す。腕を前に突き出す動作でクルリと表を外側へ向け、前腕にはベルトが自動的に固定された。
右手は右肩に備え付けられている片手剣の柄を掴むと、扇状のソレを金具から強引に外しとる。
この剣、地球ではイルウーンと呼ばれる武器に良く似ていた。
戦闘開始。
敵も随分近くまで迫っており、その姿が確認できる。
どうやらゴブリン、オークを中心とした人型の魔物の群れの様で、奥の方にオーガが混ざっている事から、敵統率種は恐らくオーガの変異種だろう事が予想される。
武器は木や他の魔物の牙や角を利用して作られた鈍器や刺殺用の得物が多く、身には獣の皮を纏っただけのかなりの軽装だ。
(こりゃ弓兵と魔法兵が猛威を振るうな)
考えてる内に頭上を矢や火の玉が通り過ぎ、敵陣に降り注ぐ。バタバタと倒れる仲間に足を取られ、転んで行く魔物達。随分と前から走っていたのだろう、避ける程機敏な動きは出来ていなかった。
正に烏合の衆。
続いて盾を前面に押し出した兵士団が痛烈なシールドバッシュ。小柄なゴブリンや軽装のオーク達にコレが耐えられる筈もなく、弾き返されるが後続に衝突し押し潰される結果となる。
更には、間髪入れずに突き出された槍によって、前方は壊滅状態だ。
ここで兵士団は左右に広がり、包囲戦を繰り広げ様とするが、運の悪い事に『前方へ進めないから』と言う至極単調な理由から迂回してきた魔物達と衝突。失敗に終わる。
「敵が広がったぞ‼︎ブチ抜いて道を開けろ!勇者様を送り出すんだ‼︎」
『ウォォオッ‼︎』
「騎馬隊突撃準備初めッ‼︎中心を突っ切るぞ‼︎」
『オォッ‼︎』
しかし、此方と彼方では広がるの意味が違い過ぎる。相手方のそれは、ただ単に広がって薄くなっただけで、此方には陣形があり、その後ろでは騎士や弓兵、魔法兵も控えている。道を作るなぞ簡単な事だった。
矢、魔法が前面中央に集中し、出来た穴を盾兵槍兵が押し広げ、騎士達が突貫して行く。
後ろで踏ん反り返っていたオーガもようやく動き出したが、騎士の槍やハルバートをその身に突き立てられ、あっという間に倒されて行く。
能のない魔物と、経験豊富な人間では、練度に差があり過ぎたのだ。
「さぁ勇者様‼︎行ってください‼︎」
(ったく……後で礼をいわねぇとな)
返事をする間も惜しい。
兵団が命懸けで作った血のレッドカーペット上を、立也は走り出した。
目標は敵の最奥、そこで命令を出しているだろう統率種だ。
(楽な仕事になりそうだ)
「ガルァ‼︎」
「ああ?」
思った矢先に漏れ出たオーガが襲いかかってくる。
3メートルはあろう緑の巨躯は、筋が浮かぶ程締まった筋肉を全身に貼り付けており、その顔は鬼を彷彿とさせる骨ばった面の化け物だ。
手には木を一本切り倒して作ったのかと言う程巨大な棍棒が握られており、高々と振り上げられている。
こんな物が振り下ろされれば、人間など瞬く間にスクラップにされるだろう。だが、もとよりそれが目的だ。オーガがは一切の躊躇なく、その無骨な棍棒を振り下ろした。
--ズダァンッ……‼︎
「やる前に声かけてんじゃねぇよ素人が」
クルステラに地球の常識は通用しない。
その証拠とばかりに棍棒を振り下ろした先では、足を地面に減り込ませて尚、無傷の立也の姿があった。
棍棒を防いでいた盾で弾き、体勢が崩れた所へ一歩全身。その膝を横から外へ蹴り抜く。
「グッ⁉︎」
堪らず膝をつくオーガ。下がってきたその頭は、切り落とすのに丁度いい高さだ。
「ガッ……」
オーガ語で命乞いでもしようとしたのか、焦った表情で言いかけた時には首が切断され、頭が落下していた。
どうやらなかなか奥まで進んでいたらしい、2匹、3匹と後続が立也へ襲いかかってくる。
1匹目をシールドバッシュで吹き飛ばし、続く2匹目はすれ違いざまに足を切断する。放っておけば騎士か兵士がトドメを刺すだろう。
その後も数匹襲いかかってくるが、その度殺すか致命的な傷を与え、構わず奥へと進んで行く。
(アレか)
やがて応戦する騎士達の姿は少なくなり、遂には途切れる。
迫り来る巨体は視界を緑色に染め上げ、振るう剣が鎧を赤く染める。
豪腕を盾で逸らせばその腕を切りとばし、石剣が振り下ろされれば砕いて本体を狙う。
騎士達の3人1組となり、馬の機動力と長槍のリーチを活かした回避最優先の戦法とはまるで逆だ。
地面を凹ます程の怪力を物ともせず受け止め、返し、断つ。
戦う様は、正に一騎当千の勇者。
魔を打ち払い、希望と言う光を見せるその姿に、兵士達の士気は多いに上がった。
流れは出来た。後は対象を討つのみ。
「グガ?」
そうして騎士の途切れた先に見つけたのは、赤く、光沢を持つオーガだった。
体躯は他の個体より一回りは大きいだろう。武器などいらぬとばかりに無手を握り、長い荒れた髪を腰まで伸ばすその姿はさながら修羅だ。
それは緑色の肉壁を潰し真っ直ぐ向かってくる立也に気づき、臨戦体勢をとる。
「ガァァアアア‼︎」
「……殺す」
咆哮と呟き。
想いと想いがぶつかり合う熱い展開などではない。お互い純粋に殺意を押し付ける殺し合いだ。
先手を取ったのは、無手でありながら武器を持った立也よりリーチの長いオーガの変異種。
怪腕から放たれる鉄拳は、1つで立也の胴体を埋め尽くせる大きさがある。それが、さながら砲弾の如く打ち出されるのだから溜まったものでは無い。
大盾を斜めに構え、逸らそうと試みるも、当たった瞬間の衝撃で地面が割れた。なんとか軌道をズラす事に成功するも、そのまま地面へ着弾、地表が爆ぜた。
足場もろとも吹き飛ばされてとどまれる筈もなく、宙を舞う立也だったが、上手く体勢を変え、足から着地。
その剣には新たに血が付着していた。
「グラ?」
痒みの伴う痛みに目を向ければ、腕に線が走り、そこから赤黒い血が出ている。吹き飛ばされる寸前、立也が剣を振るっていたのだ。
「ガルァァアアアッ‼︎」
(硬てぇなコイツ。んでもってウルセェ)
今の一瞬で腕くらい持っていけるかと期待したが、そう簡単には行かないかと大して落胆した様子もなく、飛ばされた先にいたオーガ達を殺しながら戻っていく。
一方では仲間を蹴散らしながら、怒りの咆哮をあげ、猛突進するオーガの変異種。
その隙だらけな姿をみた立也は、迷いなく剣を全力投球。回転しながら空気を裂き進んだそれは、変異種の肩に突き刺さる事で停止。苦痛の声をあげるも、容赦してやる義理などない。
「いくら皮膚が硬かろうと、目ん玉はどうなんだよ?まぁ言ってもテメェのチンケな脳味噌じゃ理解できねぇか」
背から新たに引き抜いたのは2メートルはあろう鉄製の槍。腕を回す勢いのまま、下方を脇へ挟めると、盾を前面に押し出しカウンターの構え。
魔物の中でも頭一つ飛び抜けた怪力を持つオーガ。しかも彼が相手にしているのはその変異種だ。それはつまり、絶対強者と言って差し支えない強さであり、並みの兵士では殺し切るのに何百と言う数が必要な程の化け物だ。
そんな変異種に大してカウンターとは、余りにも無謀な行為。
「ルァァァアアアア゛ア゛ッ‼︎」
「来いよ、ぶっ殺してやる」
流石の騎士団にも動揺がはしる。
いくら一騎当千の勇者とて、相手もそれに匹敵しうる怪物。ましてや物理特化のオーガの、更に変異種だ。マトモに受ければタダで済む筈がない。
だか、立也に動く様子は一切なく、今か今かとその時を待ち続けていた。
巨木の様な豪腕が振りかぶられる。左肩に剣が突き刺さっていたので、こうなる事は予測済みだ。
しかし、巨躯に突進の推進力も加わり、全身の筋肉が緊張する様を見れば、肩の傷など関係ない事くらい、容易に想像できる。
ビキビキと躍動する筋肉は、ついに臨界点へ達し、全てを打ち砕かんと放たれ、
--ストンッ……!
「ぐ……ガ?」
「誰が真正面から受け止めてやるなんて言ったよ?抱擁じゃねぇんだぞバカが」
立也の槍がその眼球に深々と突き刺さった。
なんの事はない。彼は拳が放たれると同時に、相対速度を少しでも合わ様と後方へ一歩後退。同時に盾を外側斜め上へと振り抜き、拳の軌道を虚空へと変えさせ、更に上げた左腕の下を潜る様にして前進。その右手に持つ槍を全力で突き込んだのだ。
--ズシャッ……ズゥ……ン
槍を抜かれた巨体が、その身を地面に投げ出し、戦場の空気が凍った。
騎士団は彼の技術に度肝を抜かれ、オーガ達は大将がアッサリ殺された事で思考回路がオーバーヒートしている。
「どうしたよ?続けろ」
無音の中、放たれた言葉に騎士が、兵士が動き出す。
残党狩りだ。
逃げる魔物、戦う魔物、どうすればいいのか分からない魔物、最早勝敗は決した。
「やりましたね勇者様!」
駆け寄ってきたのは、何がそんなに楽しいのか、兵士ハンスだった。彼は嬉しそうにヘルムを脱ぐと、その満面の笑みを立也へ向ける。
「この戦、我々の勝利で--」
しかし、やはりと言うべきか、
世の中そんなに甘くない。
なんの根拠もなく、彼を信頼していると言ったハンスは、その腹から剣を生やす。
「ッ⁉︎」
--ズダァン‼︎
咄嗟に前へ突き出した盾へ向け、剣はハンスを突き刺したまま猛スピードで前進、阻まれ大きな音を立てた。
既に事切れているのだろう、彼の虚ろな瞳が立也の視線と重なる。
(まだ、礼も言ってねぇ……)
人は変わる。だが、その根底まで覆す事はできやしないだろう。
何処まで言っても彼は日本人であり、非道な行動を見逃す事など、ましてや自分を信頼してくれた者の死など、許容できる筈がない。
「統率種の気配を察知して来てみたものの、無駄足だった様ですね」
「あ゛あ゛?」
発せられたのは透き通る様な声、そして剣が上へ上がって行き、ハンスの上半身を裂いた。
現れたのは全身黒一色の邪悪な天使。
その満ち足りた笑みを見た瞬間、立也の中の”何か”が弾ける音がした。
「お初にお目にかかる勇者よ。我こそは十六君の1人にして、怨未練こと『死』のオルドリスター様が直属の配下、死天使ガディエルなり!今日は貴公の命を王への貢物としようではないか。さぁ、我が剣魔の前に死にゆくがいい!」
そう、要するにだ、
「 死 ぬ の は テ メ ェ だ よ 」
ブチギレた。