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3話 傭兵と人形

「あ?」


 立也たつやが異変を感じ取ったのは、まだ村人が見える程の距離しか移動してない時だ。

 勘に従い、振り返ってみれば言い争いをしている村人達が、小さいながらにもよく見えた。


(今度は責任の押し付け合いか?くだらねぇ……)


 そう思い、向き直った瞬間二度見する。


--いや違う。

--何かがおかしい。

--そうだ、あそこは捕まった婦女が集まっていた場所だ。

--なぜあんなところに村人達が?

--一体なにをして……


 そこまで思考して、1人の女性が殴られる様を彼は見た。


「ッ‼︎」


 ヘルムの奥の目が見開かれる。

 思わず走り出した足は、鉄靴の中ば程まで地面に減り込ませ、返ってきた反動を一切無駄にせず前進する。その速力たるや、重装備の歩兵とは思えない程の速さだ。

 瞬く間に村人との距離をゼロにすると、倒れた女性目掛けて振り下ろさんとしている腕を掴み上げた。


「何をしてやがる」


 村人からしたら、彼が瞬間移動でもしたかの様に思えただろう。

 しかし、動揺は一瞬。攻撃されないと分かると、村人達は一気に反抗的な視線を送る。


「あ、あんたには関係ないだろッ!」


 それは腕を掴まれた男も同様で、腕を振り払おうとする、


が、全く動かない。


 腕を動かす事はおろか、震えさせる事も出来ず、力を込めれば自分の腕が白くなるだけ。

 まるで万力にでも挟まれたかの様だ。

 ギョッとした村人は、咄嗟にヘルムの中を覗き込み、その怒気に満ちた目と視線が重なった。


「ヒッ……」

「何してんだって聞いてんだ、答えろ。今、すぐにだ!」

「こ、この女はどこの村のもんでもなかったんだ!み、みんな家族の帰りを待ってるってのに、どうしてこんなどうでもいい女が」


 成る程そう言うことか。と、言い切る前に理解する。

 彼等は、やり場の無くなった黒い感情を、部外者である彼女を痛み付ける事で晴らそうとしてたのだ。

 不幸なのは盗賊に何もかも掻き回された村人か、それとも何処かから連れてこられたこの女性か、


それとも介入してしまった彼なのか。


クソだな)


 いよいよ立也たつやがキレた。今まで溜めに溜め込んだ憎悪の、ほんの一欠片がその身から溢れ出す。


「テメェ等は……」


 なに、人の感情を変える事などそう難しくはない。

 上書きすればいいのだ。

 今あるその感情よりも、もっと大きな感情を生み出させればいいのだ。


「誰かに押し付けねぇと気がすまねぇのかよッ‼︎」


 今回の場合、それは「死」への恐怖だろう。


 腕を掴まれていた村人が、オモチャを放り投げた様に飛んでいく。

 勿論、それは立也たつやのやった事だ。身から溢れ出す怒気に唖然としていた村人達も、流石に危険を感じたのか背を向け逃げ始めるも遅い。


「う、うわぁぁあ‼︎」


 すぐさま追いつくと、襟首をひっ掴み人の多い方向へぶん投げる。

 一方的な暴力が始まった。

 当然だ。彼は聖人君子でもなければ善意の塊でもない、ただ真っ当な1人の人間なのだから。

 怒りもすれば悲しみもする。ムカつく奴がいれば殴るし、気に入らなければ理不尽に喚く事だってある。

 別に村人の感情を操作しようなど、上等な事を考えてた訳でもなく、ただ何でもかんでも人に押し付けて憂さ晴らしをしようと言う、村人達の腹づもりが我慢ならなかっただけだ。


「た、助けてくれぇ‼︎」


 無力な人々を前に、鬼の様に暴れ狂う重装の大男。コレが何かの物語なら主人公が颯爽と現れ、彼を退治して村人を救うのだろうが、


残念な事に、世の中そんなに甘くない。


 助けなど来るはずもなく、男女に関係もなく、蹴られ殴られ投げ飛ばされると言った、なんとも教育に悪い風景がそこには広がっていた。

 しかし、殺さない程度に手加減してるのは彼の優しさだろう。

 一頻り暴れ倒すと、今度は殴られた女性の元を訪れる。


「行くぞ」


 短くそう言うと、強引に腕を引いて村を去るのだった。


---------------------


「はぁ……」


 何度でも言おう、馬飼まかい 立也たつやは力こそあれ普通の人間である。失敗もすれば後悔もする。

 そして彼は今、絶賛後悔中だった。


「何やってんだかなぁ、俺」


 悔やむべきは暴れた事でも暴力を振るった事でもない。と言うか、彼はその事については反省もしてなければ後悔もしていない。

 大満足である。


「……」


 問題はこの死んだ目をしている女性だ。

 あの村においては危険だと判断し、強引に連れ出したのが一時の気の迷い。こんな状態では1人で帰るなど不可能だろうし、そもそも家の方向が分からないだろう。


(街に預けるったってこれじゃぁなぁ……良くて娼婦、最悪自殺、か。参ったぞオイ)


 更に面倒な事にこの男、中途半端が大嫌いな人種だった。そこに抜け切らない日本人としての常識、『困ってる人を見つけたら助けてあげなさい』が加われば、既に見捨てると言う選択肢はない。

 暫くなんやかんやと考えてはいたが、一向に答えが出ず、取り敢えず彼女の話を聞こうと言う結論に至る。


「オイ」


 他人に話しかけるとは思えない程ぶっきらぼうな言い方。もし、この場に彼の友人がいたとすれば、「お前正気か?」と問うた所だろう。

 だが、この場にそんな友人はいなければ、反応する人間もいやしなかった。女性はただただ虚空を望むだけ。


「お前に言ってんだよ、聞いてんのか?」


  見ればこの女、まだ若い。せいぜい20代前半と言った所か。身長は160程度で、髪は長く、紺色をしている。顔は、少しタレた目以外にこれと言った特徴もない、何処にでもいる村娘と言った所だろう。

 しかし嘆かわしいのはその経歴か。髪や肌は酷く荒れており、目の下にはくっきりと隈ができ、更には何日も体を洗っていないのだろう、酷い臭いがする。

 そんな人物に近づきたがる人間などいるはずもなく、立也たつやも2、3歩距離を取っている。


「……ッチ」


 暫くは会話も難しそうだと早々に諦め、先ずは近場の街を目指す事にした。正確には風呂付きの宿だ。

 進む立也たつやにノロノロと着いて歩く女性。恐らくなんの考えもなくただ付き添ってるだけなのだろう。


(この調子じゃ、次の宿まで4日はかかりそうだな……)


 地図を思い浮かべ、歩調を合わせながらもこの先の旅路に不安を抱える立也たつやは、再度溜息を吐くと、諦めた様に曇天を見上げた。


「ん?……ったく」


 そして雨が降りそうな事に気が付く。最悪のタイミングである。

 彼女が羽織っているのはボロ切れ一枚。雨に濡れれば凍えるのは間違いないだろう。仕方なしに進路を変更し、近場の森へと向かう事にする。

 森は魔物や野生動物が出やすく、危険ではあるが、大きな木があれば多少は雨を凌げるからだ。


(まぁ、お荷物1つくらいなら大丈夫だろ)


 事実、彼にはそれだけの力がある。女1人抱えた所で、寝込みを十六君じゅうろっくんクラスにでも襲われない限り、先ず殺される事はない。


(早めに止んでくれる事を祈るか……)


 しかし、彼の本当の敵は野生動物でも魔王軍でもない。それは……


「何だこの風‼︎クソが!ふざけやがって!」


自然の猛威だった。

 彼等は現在、予定通り森の中におり、手頃な大木も見つけた。人が入れるウロでもあれば完璧だったのだが、そんな上手い話があるはずもなく野宿である。

 ここで問題なったのが、この横っ叩きの暴風だった。

 最初は風など無風に近かった筈が、日が陰ると共に強くなり、完全に日が暮れた頃には嵐の様な有様となった。

 何とか大木を風除けにしているものの、コレでは暖の取り用がない。それでも立也たつや1人なら何とかなったのだが、この場には彼女がいる。

 相変わらず虚ろな目をしているが、体は異常を訴えている様で、青白くなって震えている。


(ツイてねぇ……何なんだ今日は。最悪だ)


 打開策は思い浮かぶ限り1つだけ。他の方法を考えようにも、事は一刻を争う。実行するしかない。

 覚悟を決めると立也たつやは彼女の纏うボロを掴み、



剥ぎ取った。



 流石にトラウマが蘇ったか、彼女の体が震えとは明らかに違う形で跳ねる。しかし、そんな事は御構い無しと彼女の肩を抱き寄せる。

 次の瞬間、


--バカッ


鎧が開いた(・・・)

 中から出て来た立也たつやの姿は、言動とは正反対に小綺麗であり、クルステラの住人からすれば貴族と見紛う程だ。が、今はそんな事はどうでもいい。

 異界からやって来た勇者は、固有の武具を持つ。それはこのクルステラに呼び出される際、体が順応できる様に神に与えられる加護の1つと言われており、同時に人の心の形を象った物とされている。

 立也たつやの場合、この鎧がその武具である。能力は魔力を込めることによる『強度変化』と、体さえ触れていれば解体に至るまで自由に動かせる『自在操作』である。

 他の勇者に比べればカスの様な能力。しかし今回はそれが功を奏した。勝手に解体され、女性に装備されていく鎧は、その身を雨風から守る。

 鎧自体に繋ぎの部品がなく、立也たつやの意思によってくっ付いてる為、この様に分解して他人に纏わせる事も可能なのだ。


「マジでありえねぇ」


 それだけでは鎧自体が体温を奪うので意味がない。だからこそ彼は、鎧の前面部を展開させたままにし、そこに自分の背を密着させる。

 女性の柔らかい体がその背に触れるが、事の成り行きを知っている立也たつやは、それでも興奮出来る程の剛の者ではない。寧ろ悪臭と何が付着しているかわからない肌と触れて気分は最悪だ。


 コレで彼女を温める為、寝る事すら許されないのだから地獄だろう。


「頼むから早くおさまってくれ」


 そう愚痴る立也たつやは、ボロを被り、雨の中1人体温を上げる事に尽力するのだった。


---------------------


「2部屋、風呂付で頼む」


 結局、彼等が風呂付の宿に着いたのは5日後の事だった。

 窶れた顔をヘルムに隠し、金貨を押しつける様に宿屋の主人に言う立也たつや。必死である。


「す、すみません……ただいま空き部屋が1つしかないんですよ……」

「ッチ。この際何でもいいから早くしろ」

「か、かしこまりました。それと、その、大変申し上げ難いのですが」

「先に風呂入れってんだろ?んなこた分かってんだよ、早くしろ」


 必死である。


「では、部屋の鍵は後程という事で」

「行くぞ」


 言って彼女を小脇に抱えると、さっさと風呂に向かう。

 どうせ1人で行かせても何も出来ない事はこの5日間でよく分かった。歩く事と食事以外、彼女は言葉も発しなければ動く事すら無かったのだ。

 相当心に傷を負っているらしい。人形のような様から、正直再起出来るのかさえ不安である。


(ほんと、どうしてこうなったよ)


 風呂にて彼女の髪を荒っぽく洗う立也たつやは、まるで介護系の職に就いた気分である。

 実際、街に来るまで『歩く事と食事以外何もしなかった』のだから介護士と言って差し支えない。

 泡を洗い流し、再び洗い始める。臭いを取ろうと必死である。


「いい加減なんか喋れよ」


 ふと、立也たつやが声をかけた。


「俺が何もしねぇってのは、十分わかったんじゃねぇか?そもそも、汚ねぇもん何本もブチこまれたヤツ抱く度胸なんざねぇよ」


 いよいよ彼も耐え兼ねてる。このままなら置いて行く事すら検討中だ。どうにか会話をさせようと、今まで以上に語りかける。


「人形じゃねぇだろ?忘れろとは言わねぇが、だからってこのままでいいのかよ?ここまで付いてきたんだ、死ぬ気だってねぇんじゃねぇの?」

「……」

「生きたいんじゃないのかよ」

「……」

「どっちでもいいってか?ならなんで付いてきた」

「……」

「それとも男が怖いのか?頷く事くれぇ出来るだろうが。なんかリアクション起こせ」

「……」

「体温はある、心臓も動いてる、テメェはまだ生きてんだぞ?無視すんな」

「……」

「殺すぞ」

「……」

「犯すぞ」

「……」

「なんなんだよ……」


 作業は体を洗う段階に突入したが、未だ彼女に動きなし。男に体を弄られてると言うのに抵抗1つしない。

 お手上げとばかりに首を明後日の方向へ傾けた。


(ダメか……)


 諦めかけたその時


「……たの?」

「あ?」


 彼女が言葉を発した。

 思わず聞き返す。


「なんで……助けたの?」

「はぁ?」


 ようやく発した言葉は、疑問の声。しかし、立也たつやは依頼だから救出しただけだ。それは村にいた時点で分かっている筈なのに何故今更と、呆れた声を上げる。


「見捨てても……良かったのに。なんで、ここまで?」

「ああ、そう言う事か」


 彼女が言っているのは救出後の事だった。まぁ言われてみれば確かにそうだ。立也たつやからすれば、見捨てても何一つ困らない上、連れて行くならお荷物以外の何者でもない。

 クルステラの常識から考えて、性欲の捌け口にする訳でもなく、人形の様な女性を連れ歩く彼は、異常者以外の何者でもななかった。

 それに対する立也たつやの回答は、


「知らね。生まれ」


それだけだった。


「……」


 訳の分からない回答に彼女も黙り込むしかない。

 だが、それを許さないかの様に立也たつやは声をかけ続ける。


「お前、名前は?」

「……ミリア」

「俺は馬飼まかい 立也たつやだ」

「知ってる」

「まぁ、有名だからな」

「……良くない噂ばっかり」

「事実だからな」

「こんなに良くしてくれるのに?」

「だから生まれだよ生まれ。全部親の教育ってヤツの所為だ」

「……」

「つーかそんな喋る気力起きたなら自分で洗えよ。俺だって洗いたいんだ」

「分かったわ……あれ?上手く、掴めない」

「あ?なんだそりゃ、ショックの後遺症ってヤツか?面倒臭ぇ」

「ごめんなさい」

「……んで、生まれは?」

「南方大陸」

「はぁ⁉︎ここ北方だぞ⁉︎正反対じゃねぇか!なんでんなとこから攫われてんだよ!」

「旅をしてたの。そしたら、捕まった」

「あぁ、成る程。んじゃぁ次は北上か、面倒臭ぇ」

「……?……なんで?」

「帰りたくねぇのかよ?」

「送ってくれるの?」

「自分で帰れるんのか?」

「……」

「中途半端は嫌いでね。これも生まれの所為だ」

「変なの……でも、ありがとう」

「いいさ。どうせ俺は旅人だからな」

「それでも……」

「あっそう」


 それ以降、会話はなく。風呂を出た2人は一人部屋で一緒に寝る事になった。

 押しつける様にベッドをミリアに譲ると、立也たつやは床に寝転がり、まだ日が高い内から久しぶりにぐっすりと、


『ま、魔物だぁぁぁああ‼︎』

「……ぶっ殺してやる」


眠れそうになかった。

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