2話 よくあること
その昔、神話の時代の話だ。クルステラは魔族を統べる王、魔王によって統治されていた。
二等辺三角形の頂点を突き合わる様にして作った十字型をした大地は、今でこそ分かたれているものの当時は陸続きであり、魔王とその配下、四皇八帝十六君と呼ばれる幹部陣によりそれぞれ治められていた。
しかし、全てを力で支配する魔王の横行は神の逆鱗に触れ、根城としていた大陸中央は雷の雨により破壊し尽くされ、地は分かたれた。
その後、神は地上に生きる生物の中から、もっとも賢い生物、人類に地上を任せ、以来ずっと天から彼等を見守っていると言う。
そんな神話からか、クルステラ中央に浮かぶ孤島。草木一本生えぬその土地には、どう言う訳か特殊な力場があり、強力な魔物が生まれ落ちる魔力溜まりとなっていた。
時たまその中でも一層強力な個体、統率種と呼ばれる同種の魔物を自在に操る魔物が現れ、更には100年から200年の周期で統率種すら支配下に置く魔物も出現した。
人々はこの魔物を神話になぞらえ魔王と呼び、魔王は人類に大なり小なり被害を与えて来た。
しかし、ある時は偉大なる英雄が、ある時は天命を受けた勇者が、ある時は数の暴力で、またある時は罠に嵌め、力でダメなら数、数でダメなら知恵を使い、人々はその度魔王の脅威を乗り越えて来た。
今では人口も増え、中央孤島は大橋で軍隊が進める様になり、魔王討伐の体制は確率されてしまい、最早魔王に怯えるなど過去のこと。
--そう、誰もが思っていた。
四大国歴684年、魔物が中央孤島へ目指し大移動を開始。魔王出現の予兆である。
各国は直ぐ様部隊を編成、中央向けて進軍を開始する。
が、そこで彼等が見たものは、巨大な壁と武装した魔物の軍勢だった。
魔物は知性が乏しい。まさかこんな事があるなどと、夢にも思わなかった人類は苦戦を強いられ、撤退を余儀なくされる。その後幾度となく侵攻を繰り返すものの、悉く失敗に終わり、強行した英雄達も帰っては来なかった。
間にも魔王はどんどん力を付け、神話を真似るかの様に四皇八帝十六君の体制を確率。
困り果てた国の重鎮達は、急ぎ会合を開き、合意の元で召喚の儀を執り行う事となる。
それは特殊な魔法と王侯貴族の願いにより、神の力で異界から勇者を呼び出すと言う物であり、人類の窮地に四大国は協力、過去最大規模でそれは行われる。
眩い光に包まれた城内。その発光が治れば、そこにいたのは30名の青年男女と1人の中年男性だった。
四大国歴688年。勇者31名率いる人亜連合軍 対 魔王以下29名率いる魔王軍による、空前絶後の大戦争が幕を開けようとしていた。
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四大国歴691年、火の68日現在。
魔王軍残存幹部
十六君、7名
八帝、6名
四皇、健在
魔王、健在
そして人亜連合軍
残存勇者
--10名。
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「なんと!本当にあの盗賊団をたった1人で倒したとは!流石は勇者様じゃ、なんとお強い!」
「ああ、だけど女助けんのは間に合わんかった。もうすっかりマワされた後で生気を失ってやがる」
「なんの。命が助かっただけでも儲かりもんじゃ。勇者様がお気にする事は無かろうて」
依頼を受けた村へ婦女と盗賊の宝を持って帰った立也は、村人から手厚い歓迎を受けていた。
彼等は皆、村長が何かを言うたびに、合いの手が如く「そうだそうだ!」「流石勇者様だ!」と、好き勝手声を上げている。
それが立也にとっては鬱陶しい事この上ない。
「ううっ、どうしてっ……どうして家の子がっ、あぁぁっ!」
「畜生‼︎畜生‼︎……俺が、俺が側にさえいてやれば……ぐぅ!」
(すぐ近くに子供殺された親がいるってのに、よくもまぁ笑ってられるもんだよな。そんなに命の危機が減ったのが嬉しいかよ)
薄汚れた布に包まれた”何か”の前で、土に塗れながら嘆く1組の夫婦。この2人こそ立也に我が子の救出を懇願した夫婦だ。
しかし世の中そんなに甘くない。
盗賊団は壊滅したものの、娘は帰ってこず、戻って来たのは見るも無残な姿となった息子のみ。あの夫婦に一体どれ程のやるせなさが降りかかっているのか、想像も出来ない。
また別の場所では、盗賊に汚された婦女達の周りに攫われた家族を探す親族が集まっており、そこでは見つかる見つからないに関わらず嘆きの声が溢れている。
立也は、彼を讃える声と、家族の不幸に咽ぶ人々に挟まれ、ヘルムの奥の顔を顰めた。
(…いや、それだけって訳でも無さそうだな)
讃える声に至っては”演技”なのだから尚更だ。
「それで、報酬なんじゃが……」
(やっぱりな。いい気分にさせて安く済ませよってか、巫山戯やがって)
一歩間違えれば命を落とす、そんな世界で1人で生きて早2年半。立也の洞察力はとっくに人並みを超えていた。
帰って来た際、村人が何かを隠す様な動作をした事。
浮かべる笑みに後悔と恐怖を隠している事。
村人の目線がチラチラと木箱に向かっている事。
どれもが彼にとっては分かりやす過ぎる程ハッキリと見て取れていた。そこに今まで培った知恵と、この世界の情勢を考慮すれば予測はつく。
(差し詰め、俺を人柱にした後、盗賊団をぶっ潰してお宝山分けにしよう、って魂胆だろうな。勇者様だのなんだのと担ぎ上げておいて、それを利用しようってんだから大した度胸だ。馬鹿馬鹿しい)
クルステラにおいて、馬飼 立也の評判はよくない。
何故なら彼は、本来1年の間戦闘訓練を受けなければならない筈の勇者にも関わらず、僅か半年で城を出て放浪しているからだ。
しかも、他の勇者が見返り無しにやる事を、彼の場合は依頼として金を取る。しかもその依頼達成率が100%と来た。そんな数字を聞いて怪しまない訳がない。
--傭兵勇者。
クルステラに置いて、傭兵の認識は賊と大差が無い。略奪するかしないか程度の違いであり、金さえ払えばどんな汚れ仕事も請け負う野蛮人。それに”勇者”と言うブランドネームが乗っかって来ているんだ。民衆が彼をどのように見ているのか、よく表した二つ名だろう。
しかし、彼は”勇者だと言うことを利用して傭兵をやっている”のではない。”勇者でありながら傭兵をやっている”のだ。
当然、依頼を受けた時も何かを隠している事は悟っていた。それでも受けたのは、同情に他ならない。
だが、いざ助けて見ればこの様だ。偽善心などとうに消し飛んで、呆れと怒りしか出て来ない。
注意を払えば、不審な動きをする男が数名見える。最悪強行策にでもでるつもりか。
(俺が負けるとでも思ったのかよ、ナメられたもんだ。もし武力行使に出る程の能無しなら、遠慮は要らねえな)
「ああ、コイツを半分貰おう。それが依頼料だ」
木箱を指差し、放った言葉に空気が変わる。
「なっ‼︎は、半分ですと⁉︎その中には我等だけではなく、近隣の村々の宝もあるのですぞ⁉︎」
「だからどうした?お前等の物じゃねぇのだってあるだろうが。大体、俺は最初に言った筈だぞ、高くつくってな」
「じゃが……いくらなんでも横暴じゃ‼︎それではワシ等が生活出来ん!」
彼等の言い分も最もだ。盗賊が焼き払い村を一つ潰したと言っても、当然生き残りはおり、それ等は近隣の村々に避難している。
タダでさえ盗賊を恐れた行商もあまり来なくなったと言うのに、宝まで持って行かれては餓死してしまう。
声援は罵倒に変わり、村長が何かを言う度「そうだそうだ」「それでも勇者か」と野次が飛ぶ。
--ズダンッ‼︎
「……」
響く轟音。場は静まり返り、中には尻餅をつくものもいた。
見れば立也の足元を中心に地面が小さく爆ぜている。彼が何をしたかは予想が付くが、余りにも信じ難い光景に村人達は固まるしかない。
--足踏み一歩。
ただそれだけでこの怪力。コレに抵抗しよう物なら命なぞ幾つあっても足りない事だろう。
自らと村人達の力差、それをまじまじと見せつけ理解させてから、立也は口を開く。
「だったらなんで国の兵を呼ばなかった?別に俺じゃなきゃならねぇ理由なんぞねぇだろうが。いや、寧ろ俺に頼む方が異常だよな?何せ相手は3桁規模だ、お前等の常識的に考えて、単騎が勝てる筈がねぇ。なのになんだって俺を選んだよ?」
「そ、それは……」
「騎士団の連中なら盗賊を殲滅したって宝を持って行ったりしねぇ、それが使命だからな。盗賊が現れてから暫くして、たまったま通り掛かった俺に頼んだくらいだ、知らせる時間が無かった訳ねぇよな?」
見渡せば、この村の許容を超えた人数がいる。恐らくは隣村の住人がここに集結しているのだろう。
しかし、それでは少しばかりおなしな点が出てくる。
盗賊団が現れ、木箱に詰める程の宝が略奪されたなら、それに比例して人的被害も大なり小なり出ている筈だ。にも関わらず、痩せてるとは言え多くの男衆がここへ詰め掛けて来ている。
何故こんなにも被害が少ないのか。
宝にしてもそうだ。近場に点在しているとは言え、小さな村の一体どこからこれだけの財宝が出てくると言うのか。
(そうだ、時間が無かった訳がねぇんだよ)
これは推測だが、恐らく彼等は盗賊と手を組んでいたのだろう。
だが、手を組むと言っても盗賊にしか利のない一方的なもので「金品食糧を差し出すかわりに村を襲わない」とでも言われたに違いない。
最初は村々で出し合ってまかなっていたのだろうが、何せ相手は3桁だ、直ぐに食糧が尽き、金品など碌にない。
だから、彼等は盗む事にしたのだ。
行商を襲っていたのは彼等だろう。だからあんなにも躊躇なく戦闘準備が出来る。
しかし商人だって馬鹿じゃない。仲間が帰らなくなった道など直ぐに使われなくなり、そうして集めた金品も長くは持たなかった。
燃やされた村は、最初に品が切れたか、はたまた見せしめか。
真相は謎だが、彼が村に来ても盗賊に大きな動きが無かったのは、街道に見張りを付けたか、数日おきで点呼でもしていたのか、何にしろズサンな管理の所為に他ならない。
「分かってんだよ、テメェ等の考える事くらい。くだらねぇ、どっちも自業自得だ」
「ぐ……!」
全てを見透かされてると覚った村人達。
だが、足元を見ればその戦力差は歴然、常人は地を踏み砕く事など出来やしない。最初は力尽くも否めないと意気込んでいた村人も、コレには意気消沈し押し黙るしか無かった。
「ケッ」
--ドカッ!
荒々しく箱を蹴飛ばし、半分程度の財宝を外へ吐き出させ、立也は踵を返す。
それを村人達は怨みのこもった眼差しで見送る事しかできない。
筈だった。
「うわぁぁあああああ‼︎」
何を血迷ったのか、1人の村人が襲いかかる。しかも、その村人の男が振るったのはなんでもない、拳である。
金属の鎧で全身を包む立也にとって、一切の脅威でもなく、どちらが負けるのかなど明白な打撃。
だからこそ、彼は動かない。
村人の拳は立也のヘルムを強かに打ち、逆にその皮を削いだ。
「クソ‼︎クソッ‼︎」
それでも村人は腕を振るう事をやめない。
まるで急所を探す様に、胸を、腹を、顔を殴りつけ、その度表皮を削って血を流す。
--執拗に。
--執拗に。
取り憑かれる様に拳を振るうこの男、立也に我が子の救出を懇願した父である。
「お、お前の、お前の所為だ‼︎何が勇者だ!何が救世主だ‼︎人っ子1人救えないじゃないか!そればかりか村から金までとって……この悪魔め‼︎返せ‼︎息子を、娘を返せ……‼︎」
確かに盗賊団を壊滅させた、婦女を連れ帰った、依頼は完遂している。しかし帰った者は希望を失い、また、帰って来ないことに多くの人が絶望した。これで誰かを救えたのか?と聞かれれば答えは『否』である。
誰も救われてない、誰も助かってなどいない。例え村人に幾らばかりの非があったとしても、彼がした事は彼1人しか得のない、ただの虐殺に過ぎなかったのだ。
娘を奪われ、息子を殺され、しかしそれを成した者達は既に屍と化した。やり場のない怒りの矛先が、彼に向かうのも仕方のない事だろう。
「うるせぇよ」
--バギッ!
「あがッ⁉︎」
だが、それを彼は許さない。
村人の頬へ裏拳を叩き込むと、そのまま腕を伸ばして胸倉を掴みあげ、ヘルムの縦格子から中身が丸見えになる程の至近距離まで顔を寄せる。
瞳の色は黒、短く切った黒髪を横に流し、鋭い目つきの顔がよく見える。
だが、そうして見下ろしていたのは、冷たく、冷めきった眼差し。
ヒュッ、と喉が詰まる音がした。ここに来て村人は誰に八つ当たりをしたのか自覚したのだ。
恨み、怒り、悔しさ、恐怖、後悔、様々な感情がグチャグチャに入り混じり、激しく揺れ動く瞳で見返すもその表情は怯え切っている。
この男、完全に混乱していた。
そんな彼へ向けて、立也が振るったのは意外にも暴力ではなく、言葉だった。
しかしそれは、暴力以上に残酷な現実を突きつけた。
「何が俺の所為だって?あぁ?テメェが目ぇ離したのがそもそもの始まりだろうが。で?連れ去られてお前はどうしたよ?俺が来るまで何もしなかったよな?ガキを見捨てたのはテメェじゃねえか」
「あ……あ、ちが……お、俺は助けようと、みんなに言って……」
「どんなにそれっぽい理由つけようが、どんな言い訳しようが、最後に自分の行動を決めたのは他の誰でもねぇ、テメェだよ。テメェがガキを見殺しにしたんだよ」
「ち、違う、違う!違う違う違う‼︎嘘だ、そんなの、嘘、うわぁ!うわぁぁああああッ‼︎嘘だぁぁああ‼︎」
「次にガキ作ったら、もうちっと大事にしてやる事だな」
親の痛烈な思いを、立也は何1つ受け止める事をしないばかりか、見ない様にしていた現実とともに弾き返し、その心をへし折った。
腹蹴りで軽く突き飛ばすと、頭を抱えて地面へ塞ぎ込む村人に最後の言葉を吐きかけ、他の村人が駆け寄るのを確認して再び足を進める。
(本当……勘弁しろってんだ……)
何度でも言おう、彼にとってこんな依頼は良くある事だ。
しかし、だからと言って慣れるかどうかなど、完全に別の話である。
(畜生が……‼︎)
最初はよかった。力を振るい、怪物を倒し、人々に感謝されていた。金だって国からの金銭援助なしに旅する彼へと、向こうから差し出した物だったのだ
それでも救えない物など腐る程ある。
彼はその度謝罪を繰り返し、罵詈雑言を受け止めていたが、何回、何十回と繰り返せば底が見えてくる。
罪悪感、無力感、劣等感。そう言った感情の上に、人の感情まで上乗せして背負わなければならないのだ。限界が訪れない筈がない。
ましてや彼は、平和に育ち、平和に生きた平和ボケした日本人。いきなりこんな環境に放り込まれれば、かかるストレスなど人一倍どころの騒ぎではない。
今だって相当な罪悪感や無力感を感じている。だからこそ、それ以上の許容などありはしない。もし受け入れてしまえば、先に壊れるのは彼の心だろう。
彼は既に、これ以上人の感情を背負えない状態なのだ。
だから突き返した。
だから拒絶した。
いつしか声援は罵倒に変わり、好評は悪評へと変化していた。
それでも旅を辞めないのは、どうしてもやり遂げなければならない事があったからだ。
「殺してやる」
小さく呟いたその言葉は、またしても誰にも聞き取られる事なく空気に溶けたのだった。