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巫女ときどき狐、ところにより女医さん  作者: 八枝
エピソード2「何か見えた」
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第六話「菜々緒ちゃんは、どうしたい?」




 煌々と目をく光をむしろ暗く感じた。

 一足遅れて二ノ宮医院に辿り着いた菜々緒とイツカが目の当たりにしたのは、外来の簡易ベッドで穏やかな寝息を立てる紗枝と、脇に座って娘の姿を見つめるその両親だった。

「おや、割と早かったね。菜々緒ちゃんのお蔭でこっちはそれ以上に早く済んだけど」

 給湯室から持って来たのか、お盆に急須と茶碗を載せて奥から夕実が現れた。いつもの猫めいた悪戯っぽい印象に、菜々緒はようやく安堵の息をいた。

 紗枝の家へと向かう前に連絡を入れた際、求められて今回の事態を最初から簡単に説明しておいた。少し時間を取られたが、その甲斐はあったかもしれない。

「無事、なんですよね……?」

「紗枝ちゃんに関してはもう問題ないない。今回は、ね」

 軽い口調から、最後だけ重く沈んだ。まなざしもまた、憂えげに曇っている。

 意味は察せた。呪いを受けているのだから、それを除いたところでまた呪われては繰り返しにしかならない。

 夕実は菜々緒とイツカまで含めた人数分のお茶を淹れると自分の椅子にゆるりと腰を下ろし、それから居住まいを正した。

「氷鏡さんも、まずは呪いやそういった類の力の実在についてはもうよろしいですね?」

「……はい」

 頷いたのは父親の方だった。憔悴は見られるが声ははっきりしている。

 そのことを確認し、夕実は続けた。

「呪いは力技で破りましたが、仕掛けた人間が健在である限りはまた新たな呪詛を送り込まれるおそれがあります。そして今回よりも強力であった場合、少なくともあたしが無難に処理するのは難しいでしょう」

「夕実せんせでも無理なの……?」

 問えば、苦笑いにも似て口許を歪めた。

「でも……というかね、菜々緒ちゃん。あたしの力ではないし、そもそも治したり解除してるわけじゃなくてね。穿ち、破壊してるだけなんだ。呪いの強さ自体は大したものじゃない。まったくの素人がよく分からないまま使っただけ、程度のものでしかない。だからこそ優しく触れるだけでもどうにかなってる。でもこれ以上強くなれば人間ごと貫くことになる」

 少し婉曲的な物言いをしてはいるが、紗枝がどうなるのかだけは察せられた。物理的になのか霊的になのかは分からないが、紗枝を傷つけることなく呪いを破壊するのは難しい、ことによると呪われたままの方がまだましであるかもしれない、ということだろう。

 夕実は続ける。

「つまり、根を断つなら仕掛けて来た相手をどうにかする必要があります。とはいえ警察などの一般社会に根差した手段は使えません。この道の専門家たちに委ねることになります。私の方から彼らに話を持ってゆく、氷鏡さんは以降関わることなく日常へ戻る、ということでよろしいですか?」

 氷鏡夫妻は言葉を詰まらせた。娘を苦しめられた憤りが、犯人を自らの手で追い詰めたい欲求を生み出しているのだろう。

 だが自制は利いたようだった。

「……普通の事件を警察に任せるのと同じことですね」

「そうですね。似たようなものだと思います」

 夕実の労わるような微笑み、その横顔に優しい嘘を感じて、それでも菜々緒は何も言わなかった。






 紗枝は大事をとって一晩入院することとなった。

 母親も泊まり込むようだ。どちらが残るかは少し揉めたが、明日も仕事のある父親が折れたのである。

 そして菜々緒とイツカも幸雄に連絡を入れ、まだ病院にいた。

 先ほどの診察室で天井を仰いで難しい顔をしている夕実へと呼びかける。

「せんせ?」

「んー……菜々緒ちゃんか」

 夕実はこちらに気付くと、苦みを消していつもの猫めいた表情を浮かべた。

「もうすぐ日が変わるよ? 帰った方がいい……って言わなきゃいけないんだけどね」

「せんせ、何か迷ってる?」

 菜々緒は切り込んだ。こちらに任せておいて欲しいと言ったときから硬質な仮面を感じているのだ。

 それを何とか出来ると思ったわけではない。話してもらえば心が軽くなるのでは、などと自惚れてはいない。ただ胸の締め付けられる感覚があって。

 夕実は少し頭を揺らした。

「さて、どうしようか。責任感ある賢くてこすい大人をやろうかと思ってたんだけど、そっちの狐さんには半分くらいバレてそうなんだよねー」

 ハーフフレームの向こうから向ける視線の先はイツカである。

 イツカはちょこんと乗った椅子の上で身を丸め、深々と礼をした。

「てまえ、ウカノミタマノカミにお仕えする狐がまっせきをいただく、イツカともうしまする。ごあいさつがおくれましたこと、平にごようしゃくださいますよう」

「お気になさらず。忙しかったですしね」

 人懐こい声ではあるが小さな子供へ向けるような甘いものではない。正体を見抜いているのだから当然なのだろうが。

 そして続く言葉も乾いていた。

「天地院そのものはともかく、この近くに配されている家になら伝手つてはあります。当主は若いですが腕利き、本当の意味で腕利きです。処分は彼の判断次第になるでしょうが」

 天地院というのは日本において術者たちを擁する数多の家を統括している存在だ。霊的な様々な事件に対応している。

 菜々緒も名前だけは憶えていた。そしてイツカはある程度の内情までも把握していた。

「よもや何かもんだいのあるお人で?」

 天地院上層には腐敗が蔓延している。それは往々にして末梢にも及んでいるのだ。

 夕実はゆるゆるとかぶりを振った。

「真面目で律儀、ある程度なら融通も利く。愛想には欠けるけどいい子ですよ。ただ、引いた線の向こう側には容赦をしない」

「……さようにござりますか。しかし、ひとをのろわば穴二つと…………まさか」

 大きな目を更に丸くしてからイツカは頷き、もう一度見開いた。

 夕実がなぜ迷っていたのか、その理由に思い当たってしまったのである。

「ゆみどの、ずその送り手とは」

「確定とは言いません。ですが可能性は高いでしょう」

 そう告げてから夕実は菜々緒に向き直った。

 話に付いてゆけずにいた菜々緒だったが、ただならぬ雰囲気に両手を握り締めていた。

「人を呪わば穴二つ、というのはただのことわざではありません。呪いとは破られたならば呪った者へと返ります。玄人であればそのための準備や対策もしておくものですが、それでも防ぎ切るのは難しい。ましてや今回の呪詛は素人によるものと推察されます」

 気安い口調ではない、一個の人間として対峙しての言葉なのだということが重大さを教えてくれる。

 それから、怖がらせないようにかやわらになった。

「さっき連絡くれたときに菜々緒ちゃん言ってたけど、あの子にかけられた呪詛を一度破ってるんだよね? それなら破られたことによって呪いを返された『誰か』がいる。いたよね、次の日の朝、呪いを受けていた子が」

「え……?」

 誰を指しているのか、すぐには理解できなかった。

 それでも否応なしに答えは出てしまう。

 樋口晶子である。

「あのとき、彼女には一応確認してあったんだ。いつから調子が悪かったのかって。前日の昼前くらいだったそうだよ。それからずっと耐えてたんだけどついに力尽きたんだってさ。あの時は呪いを受けけてることだけは分かってたんだけど……払われた呪いがあって、同じ時刻に呪われたとなると疑わざるを得ない」

「でも……!」

 反射的に反駁しかけて、否定するための根拠がないことに気付く。彼女とはまだ、一緒に弁当を食べて漫画の話をしただけだ。好きなキャラクターのことくらいしか知らない。違うと言いたい思いは、願望だ。

 夕実の瞳には理知と優しさがある。

「さっきも言った通り、確定とは言わない。ただ、この呪詛が素人によるものであるなら、意図的にタイミングを計りながら順繰りに二人を呪ったなんて器用な真似ができるとは思えない。彼女であるのが一番自然。だからね、遠野菜々緒さん。あなたはどうしたいと思っていますか?」

 血の気が引いた。

 夕実の推測が事実であるのなら、友達が苦しむ原因を自分が蘇らせたということになる。ああ、しかし、ではあのとき見捨てればよかったというのだろうか。あり得ない。あんなに苦しんでいたのに。

 ならばどうすればよかったというのだろう。

 イツカが心配げに袖を掴んで来た。そして夕実もまた、微笑んだ。

「何か勘違いしてるかもしれないけど、菜々緒ちゃんに負うべき責任なんてないよ。苦しんでる人を助けたいと思ってそれを実行に移せるのはとても素晴らしいこと。そりゃ、無知のせいで良かれと思って碌でもないことを仕出かすなんてことはあるけど、今回のこれは知っていて然るべき常識に欠けていたせいじゃない。あなたに落ち度は一つもない。だから尋ねたい。菜々緒ちゃんは、どうしたい?」

「――――あたしは…………」

「これ以上関わらない方がいいとは思う。そうすればもう、ここで終わり。彼女が本当に犯人だったとしても、恐らくそこまで酷い扱いにはならないでしょう」

 優しい声、慮る言葉。しかしそれこそが苛む響きに聞こえた。

 助けたいと思ってしまった自分に気付いた。友を苦しめた、まだあまりよく知っているわけでもない相手を。呪うほどの憎しみならば、あるいは身勝手なものであってもそうする理由があるはずだ。それを突き止め、どうにかできれば。

 笑ってしまうくらいに曖昧だ。優秀なわけでもないただの高校生である自分に、そんな芸当が成し遂げられるだろうか。

 そして、これは紗枝に対する裏切りではないだろうか。友よりもあの子を選択する行為ではないか。

 それでも、助けたいと思ってしまったことを否定はできなかった。

 声は出ない。替わりに訴えかけるように夕実を見つめる。

「駄目だよ、菜々緒ちゃん。伝わって欲しいは駄目なんだ。言葉にすることでそれは誓いになる。自分を縛る鎖になり、進むための勇気になる。それができないなら認めるわけにいかない」

 声はあくまでも優しく響くのに、込められた重みに菜々緒は打たれた。感じた大きさはきっと、二ノ宮夕実という人間が経て来た生を映しているのだろう。

 大きく息を吸った。

 まだ声は出ない。震えながら吐いて、また吸って。

「あたし、あの子を助けて話したいです」

「危険だね。それまで野放しにすることになる。次の手の機会を与えるおそれがある」

「お話のできる子です」

 二言目も毅然としていられた。

 睨み合いは起こらない。夕実の自分を見る目が優しいことは分かった。

 そして夕実は頷いた。

「それなら一日だけ待つ。その間にけりをつけてね」

「せんせ、いいの?」

 あまりにあっさりと肯定されてしまって菜々緒は目をしばたたかせた。

 次に返って来たのは、やれやれと言わんばかりの大げさな仕草だった。

「そもそもあたし、専門家で何でもないし、厚意で天地院に協力することもあるだけで義理とかないんだよね。菜々緒ちゃんにねちねち意地悪する趣味もないし。ただ気を付けて。ちょっとでもまずいと思ったらすぐ逃げること。イツカさん、いざというときはお願いしますね」

「うけたまわりましてござりまする。この命にかえましても」

 イツカが一礼し、菜々緒へと向き直る。

「ごしんぱい召さるな。正しき心とぞんじまする。ゆきおどのにはしかられましょうが……」

「うん、おじいちゃんはね……」

 もう耳に聞こえてくるようだった。

 鼓動の一打ちが熱さと冷たさを身に広げてゆく。

 助けたい。話したい。

 もう一度胸の内で誓い、菜々緒は独り右手を握り締めた。
















 菜々緒たちも帰った後で、夕実は深々と溜息をついた。

「責任感ある賢くてこすい大人をやるつもりだったんだけどなあ……」

 白木の柄に笑った気配。

「悪くて怖い大人をすることになるかもしんないね。あー、やだやだ」





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