第8話・・・生徒会/逃走・・・
東陽学園生徒会室。
休日であろうと新学期になって間もない頃は忙しく、生徒会役員の仕事は多い。
役員五人各自がデスクで書類をまとめたりPCを操作しながら、何気ない雑談をしていた。
「今年の新入生は期待の星ばかりだな、そうは思わないか?」
「そうね。ふふ、新人戦が楽しみだわ」
「会長、一理ありますが、龍堂とディアーゼスには困ったものです。力はあってもやっぱり何も分かってない子供です」
「………及吾、一年しか違わない相手にその口調は生意気だぞ」
「事実だ。それにあの柊とかいう生徒も気に食わない。強い者囲まれたからと言って自分も強いなどと誤解してる当たりが特にだ」
「えぇぇ、あの子はそんな子じゃないと思うよ? 私、入試の時のこと覚えてるけど、水をあげるとね、何度も謝って、ちゃんとお礼も言ってたし……凄い良い子だったよ」
「北深坂は評価していたしな」
「友達多そうよね」
「遅刻するという神経が僕には理解できません。愛想を振り撒くのが得意なんでしょうね。忌々しい」
「……及吾は大の苦手だもんな」
「それは涼一、お前も同じだろ」
「認めるんだな」
「まあその子は置いておくとして、龍堂やディアーゼス、その侍女のグランチェロ、他にも期待できる奴はたくさんいる。安心できそうだな」
「藍崎先輩の弟さんもいるんですよね?」
「ああ、そいつについても期待していいぞ」
「……………………………『奇怪な狩人』」
「「「「っ」」」」
生徒会長の言葉に全員の作業が一旦止まる。
「か、会長……?」
「みんなも知ってるでしょ? 学園に潜り込むことになった独立秘匿執行部隊『黄泉』。……龍堂くんとディアーゼスさんの戦闘映像見たけれど、強すぎると思わない?」
言うまでもなく、哉瓦のことだ。
「……か、会長の言いたいことは分かります……。確かにあの強さは普通じゃないですよね……」
「しかし……、『奇怪な狩人』ということはないだろう。性別も容姿も、ほとんどの個人情報は分からないが、そう呼ばれ始めたのは10年も前の話しだ。それが龍堂となると当時5歳ということになる……。有り得ない」
「……まあ、『奇怪な狩人』でないというだけで『黄泉』の隊員という可能性もありますけどね……」
「だな……。むしろそっちの可能性の方が濃厚だ……」
「ふん、『黄泉』がこんなばれるような真似するとは思えませんけどね」
その時、生徒会室に置かれた電話が鳴った。
生徒会役員の目付きが変わる。
「この着信音は……」
「緊急事態用の……」
会長が受話器を取り、耳に当てた。
「はい、こちら東陽学園生徒会長、来仙寺風華です」
◆ ◆ ◆
トンネル内は正に一触即発だった。
蕨はメクウに関節を決められた状態で捕縛されていて、身動きが取れない。
哉瓦、エクレア、ムースは一般人を背に庇いながら敵二人と相対している。
メクウの要求に、哉瓦が噛み付いた。
「どういう意味だ……」
「そのままの意味だよ、龍堂哉瓦。お前には死んでもらう」
メクウは蕨のこめかみにぐりぐり銃口を押し付けながら。
「こちらも時間がないんでね。巻きでいかせてもらう。まずはお前自殺しろ。あ、少しでも妙な行動をしたら殺すから」
面倒そうに、自殺要求するメクウ。
「そんな要求………」
「受けられないってか? だったらこのガキを殺すまでだ。その反応からすると、こいつ、お前の友達なんだろ? 助けなくていいのか? いくら東陽の生徒でもお前らみたいな規格外でなければまだひよっ子だ。防硬法で守ったってたかが知られてる」
哉瓦は下唇を噛み、考えた。
(クソッ、やられた……ッ。俺を殺すってことは『あの事』を知ってるのか? いや今はそんなこと関係ない。……問題はこの状況をどうするか……だ。………仕方ない)
哉瓦は、刀に灯す炎を強めた。
エクレアとムースも顔をしかめながら熟考した。
(柊くんは確か〝具象系風属性〟。武器はナイフ。空いた右腕で自力で何とかできるか……いや、それは無理ね……)
(あの銃から僅かに〝雷〟を感じる。目の前の敵は〝炸裂系土属性〟の奴じゃない……。やっぱりもう一人はトンネルの向こうで遊撃と逃走の為にスタンバイしてる……。でも、それだけじゃ敵の情報が無さ過ぎて対策の立てようがない……)
哉瓦は時間稼ぎと悪あがきのつもりで口を開いた。
「おい、仮にここで『目的』を果たしたとして、この後はどうする? もう十分もしないうちに警察が来るぞ。そうなればお前らは……」
「それぐらいは考えてあるさ。それよりも早く死ね。……そうだな、だったら動くな」
メクウが途中で命令を変え、蕨のこめかみから哉瓦の正面へ銃口の向きを変えた。
「俺が直接殺してやる」
「「「!?」」」
哉瓦が危機感がピークに達し、エクレアやムース、他の一般人達が絶望に顔を歪めた、
その時、
グラリと、メクウの視界が揺らいだ。
それはメクウだけでなく、バラン、そして蕨もふらつく始末になっていた。
端的に言うと、哉瓦側は何とも無く、敵側に異変が起きたのだ。
エクレアもムースも敵の謎の体調不良と思わしき行動に「え?」と声を上げる中、哉瓦だけが動いた。
加速法で超速接近し、メクウの銃を弾き、「頼む!」と叫びながら『ふらついた振りをしていた』蕨を掴んでエクレア達の方に投げつける。
蕨はエクレアの剣と協調していない柔らかい水に難なくキャッチされる。
哉瓦はメクウ、バランの前に立ち、二人を相手取る。
少し離れたところでエクレアとムースが何が起きたのという顔をしている。
エクレアは取り敢えず四方八方を結界法で覆い、〝炸裂〟の対処をする。
「蕨、さっき何が起きたか分かる?」
ムースが無事解放された蕨に尋ねた。
蕨はゴホゴホと一応せき込みながら応えた。
「多分酸素濃度を低くしたんだろうな」
「酸素?」
蕨は頷いて、
「うん、哉瓦の〝火〟と〝放発〟と…操作法か何かの法技であそこの酸素濃度を極端に低くして一時的なチアノーゼでも起こしたんじゃない? 以外と策略家だね、哉瓦って」
火を灯すには酸素を使う。
小学生でも知ってる知識だ。
「な、なるほど」
エクレアが頷き、頬を赤く染めて哉瓦を見詰める。惚れ直した、という感じだ。
ムースも感心の表情で哉瓦を見詰めるが、はっとさせて同じように哉瓦を見詰める蕨を横目でちらっと見やる。
(そ、そんなことって……喰らったからと言って分かるものなの……?)
そんな疑問も、哉瓦の激しい剣戟音に吹き飛ばされた。
メクウとバランは、目の前の男に何をされたのか未だに理解が及んでいなかったが、そんな疑問を引っ張るほど素人ではなかった。
バランが大剣を突き刺すが、哉瓦を楽々躱し、カウンターの一撃を入れる。が、バランの素早い反応に鍔迫り合いに持ち込まれる。そしてそのバランの背後からメクウが銃を構え、発砲する。
その弾丸はビリッと雷を帯びていた。
バランを大剣ごと力を入れて弾き押し、そのまま刀で弾丸を斬り、蒸発させる。
だが、その直後にもう一つの弾丸が哉瓦に飛んできていた。
(発砲音は一回……つまりこれは、〝具象〟。弾丸の影にもう一つの弾丸を〝具象〟し、死角を突いたのか)
〝具象系〟。
特色は『気による意志の反映』。
意識したものを現実世界に己の〝気〟を用いて〝具象〟化させる。
具象化した物体はいずれ消えるが、今回のように短時間型の物体の場合は有効な活用法の一つと言えるだろう。
(……だが、)
哉瓦は余裕で刀を振って一発目と同じように身を防いだ。
(一々防硬法で守るまでもない)
「チッ」
メクウが舌打ちする。
(やっぱり強い……。正攻法じゃ勝てないな…)
「メクウ!」
バランの声に一瞬向き、アイコンタクトで次の一手を共有する。
「クウガ!」
メクウが叫ぶ。おそらく仲間の名前だ。
哉瓦の眼の真剣の光が強くなる。
未だに炸裂系土属性の敵の居場所だけは分からないからだ。トンネルの反対側にいるということは消去法で大体分かるが、公共物に手を出すことは躊躇われる。
巧みな手法でまた一般人を狙われたら元も子もない。
探知法を全開にして、神経を研ぎ澄ます。
だが、それらは杞憂に終わった。
大規模だが殺傷能力の微々たる炸裂に視界が一瞬とはいえ塞がれ、その間にバランとメクウは姿を消していた。
(俺の探知法にも反応が無いとなると、何か『士器』を使用しているのか?)
トンネルの二つの出入り口には感活法・視を咥えて常に気を配っていたのに、見付からない。
敵が張った結界も解けている。
………。
「………………………………くそっ」
小さく、力強く、哉瓦は声を上げた。
敵を逃すという大失態を犯してしまった。
哉瓦に取って、拭い難い汚点となった。
※ ※ ※
蕨は、普通に思考し、結論と正解に至っていた。
(多分、脱出経路は『あそこ』だろうなー)