第6話・・・報告/ショッピング・・・
着実にブックマークが増えて嬉しいです。評価も「5」を取れるように頑張っていきます。
今回はちょっと久しぶりにあの人が登場します。
座する月詠玖莉亜と佇むシアン。
二人は机を隔てて向かい合っていた。
シアンは、複雑そうに唇の端をぴくぴくさせて手元の報告書を捲りながら、結果のみを伝えた。
「ライラックは……一応、順調だそうです……」
マグカップを上品に持つ玖莉亜は首を捻って年齢と美貌にそぐわない幼げな疑問顔をする。
「歯切れ悪いわね。ライくん、何かあったの?」
「その……」
シアンは溜息混じりに、蕨から届いた報告書を事細かに伝えた。
入学初日に入試主席である龍堂哉瓦と知り合い、その直後に入試次席であるディアーゼス皇国・第三皇女・エクレア=エル=ディアーゼスと哉瓦との『模擬戦』に『立会人』という形で巻き込まれ、それら全てが丸く収まった後も哉瓦とエクレアとその侍女でこちらも只者でないことは間違い無しのムース=リア=グランチェロと共に目立ちながらの学園生活を過ごしている、と。
玖莉亜は必死に漏れそうな笑い声を肩を震わせて止まらせることに徹した。
「ライくん、凄いわね。まだ入学して二週間も経ってないっていうのにっ」
シアンは眉間に指をあてがいながら。
「ライラックは育った環境に反して社交性が極めて高く、気配りが上手ですからね。自然と友達が増えてしまうのは仕方ないです………が」
「相手が問題、ね」
「……はい」
玖莉亜に先を言われ、シアンは渋々首肯した。
「この龍堂哉瓦なる少年。ライラックの見立て通り、『何か』あります」
玖莉亜がカップのコーヒーを一口飲みながら、真剣味と穏和さを帯びた眼差しと口調で言葉を紡ぐ。
「エクレア皇女殿下のことは私も知っているけど、彼女の実力はA級士並み。その子を圧倒するような子が今まで無名なんて、考え難いわよね」
眼差しと口調に対し、顔にはうっすらと悪戯心を交えた純な笑みの玖莉亜。シアンはそんな総指揮官を見て、深々と溜息をつきたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
「勝負自体はお互いほぼ本気を出していなかったらしいですので、何とも言えませんが、龍堂少年の〝気〟量はおそらくS級士及び我々隊長クラスにも匹敵するものと思われます」
「……この子の素性調査はどれくらい進んでるの?」
「登録された戸籍データが全て偽装されたものだというとこまでは調べがついています」
「………ふーん。現段階でのライくんの見解は?」
シアンは書類を数ページ捲り、呆れ半分の表情で。
「『悪い奴じゃないと思う』………とだけ」
玖莉亜が口に軽く手を当てて苦笑する。
「どちらにしろ、今はなんとも言えないわ。ライくんに任せましょう」
「……そうですね」
玖莉亜は楽し気に微笑みながらマグカップのコーヒーを飲み。
「それにしても、そんな凄い人に囲まれちゃ、ライくんも『少しだけ』、本領出しちゃうかもね」
シアンは本日何度目か分からない溜息を吐き。
「……ええ。せめて、『頭脳面』だけに抑えて欲しいところです」
◆ ◆ ◆
高校生になって最初の休日の土曜日。
特に何もする予定がなかった蕨のADに、一通のメールが届いた。
送信者はムースから。
一斉送信だった……と言っても蕨と哉瓦だけだが。
『急にすみません。今日はお暇ですか? 暇なら私達と一緒にショッピングに行きません?』
OKの返事をしたら、集合時刻と場所が送られてきた。
蕨はフード付きのパーカーを着たラフな格好で、借りてる部屋のドアを開ける。蕨が住むアパートは、元々学生寮で、保有していた学校が数年前廃校になってからは、集合住宅のような扱いを受けている。
マンションというほど豪華でもなく、かと言ってアパートというには大きく、セキュリティが万全。
蕨はそこの5階に住んでいる。
東陽学園から結構離れていて、登校に一時間程かかり、なんでこんな遠くに部屋借りるんですかと玖莉亜を問い詰めたくなった。
澄んだ春の休日。朝の九時。
集合場所であるバス停近くに、十分前に着くと、そこには既に三人揃っていた。
「お、来た来た」
「十分前……以外と時間に正確なのね」
「おっはようっ」
三人ともよく似合う私服姿であいさつをしてくる。
ムースが数歩駆け寄り片手を垂直に立てた。
「今日はごめんね、急に呼び出して。私達日本に来て日が浅いからさ。買い物とか一度行ってみたかったんだっ」
「別にいいよ。俺も暇だったし。日本のショッピングってそんなに憧れるもの?」
何気ない蕨の疑問に、ムースは満面の笑みで応えた。
「うん! ディアーゼス皇国でもショッピングが禁じられてたわけじゃないけど……どこへ行くにも人が集まってきてそれどころじゃなかったんだよね」
なるほど。
芸能人以上の有名人がすぐそこにいたら群れてしまうだろうな。
「だからこんな伸び伸びとした気持ちでショッピングできるなんて新鮮なんだっ」
「じゃ、今日は思う存分楽しめるといいな」
「うん!」
ちなみに、俺の数メートル前方、ムースの数メートル後方では「べ、別に私は買い物なんて楽しみじゃないけどムースがどうしても行きたいって言うから……」「はは、エクレアって本当に素直じゃないね」「う、うるさい! 顔を覗き込まないで!」「なに顔赤くしてるんだ?」「うるさいって言ってるでしょ!」などというどっかの漫画の鈍感主人公とツンデレヒロインのようなテンプレ会話を繰り広げている。
「ていうかあの二人、あのケースに入れてるのってもしかして刀と剣?」
よく見ると、カバンの他に釣り竿入れのような細長いケースを二人とも背負っている。エクレアは剣のサイズが大きい為がケースのサイズも哉瓦の倍近くある。
蕨の尋ねに、ムースは首を竦めて。
「そうだよ。法律では武器の『姿』を見せないように持ち歩けば問題しね」
「……まあ、あの二人じゃしょうがないか。今の時代、あの手のケース持ち歩いてる奴珍しくもねえし」
「それに……」
少し声のトーンが下がったムースの声が気になり、目線だけ彼女の顔を窺うように動かす。
「北深坂先輩からあんな忠告された後だしね」
「………だな」
※ ※ ※
すぐに来たバスに乗り、俺達はショッピングモールへと出発した。
バスの中は空いていて、全員一カ所に座ることができた。
哉瓦と蕨が隣りに座り、その後ろの席にエクレアとムースが座った。蕨とムースが窓側だ。
「二人は何か買いたいものでもあるの?」
哉瓦が上半身を捻って背もたれに腕を置きながら聞く。蕨もバスの窓壁にリラックスするようにして背を預けながら三人を視界に収めている。
エクレアが幼さのある笑みを見せて。
「ええ、まずは服を買おうと思うの。日本の服あまり持ってないし、種類豊富で有名だしね」
「へー。でもそういうのって女友達と来るものじゃない? いいの? 俺や蕨呼んじゃって」
「え、そういうものなの?」
きょとんとしたエクレアの返しに、哉瓦も少し慌てた様子で。
「あ、えっと……ごめん、俺もそういうの分からない。……どうなんだ?」
哉瓦が助けを求めた先は蕨だ。この中では一番の『一般人』だからと、意識的か無意識的かは分からないが、そんなことを思ったのだろう。
だが生憎と蕨もあまり詳しくなかった。
だがこれは応えねばいけないと自覚していた。
ので。
「うん……どうだろ。俺は時々妹と行ってたぐらいだからよく分からないや」
話しを少し逸らすことにした。
「え、柊くん、妹いるの?」
エクレアがさっそく食いついてくれた。
「うん、一つ下と二つ下に、二人」
ピースで二人を意味しながら応える蕨。
三人との興味をそそられた顔をしている。
「可愛いの?」
「滅茶苦茶可愛いよ」
「おう、即答っ。これは相当なシスコンね」
ムースが苦笑しながら蕨の新たな一面に適切な言葉を述べる。
哉瓦も面白そうに。
「じゃあ今は妹達と離れて寂しかったりするのか?」
「滅茶苦茶寂しいよ」
「は、はは……確かにこれはシスコンだな……」
もしかしたら初めて喰らったのかもしれない蕨の威圧に押される哉瓦。
「でも分かるわ~。妹って可愛いわよね。私は六歳下に妹と七歳下に弟が一人ずついるんだけど、とっても懐いてくれて可愛すぎるわ~」
初対面の頃のピリピリした雰囲気はどこへやら、ふにゃ~とした顔で語るエクレア。
「いいなっ。私は姉が一人だからよく分からないわぁ。まあ時々エクの妹達のお世話していたし、ああいう感覚のこと言うのかな…?」
ムースはどこか羨ましそうに、どこか穏やかそうに、呟く。
「俺は一つ下に弟が一人だけど、生意気なもんだよ。いっつも俺に突っかかってきて」
うんざりと言葉を吐く哉瓦を見ながら、蕨がからかい口調で。
「そんな風に憎まれ口叩ける時点で仲の良い証拠だと思うけど?」
「………ふん」
哉瓦の反応に一同笑顔になる。
その時、周囲が暗くなった。
トンネルの中に入ったのだ。
「このトンネルを抜けたらすぐだよ」
ムースが蕨の座る椅子の背もたれに両腕を置きながら言う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さァて、行くか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
だが、そのトンネルを抜けることはなかった。
キキィィィー!というブレーキ音と共にバスが急停止したからだ。
見る限り、客はどこかぶつけた人はいても大した怪我を負った者はいない。全員が「え?」「え?」と動揺している。どうやら運転手に「何してんだコラ!」と怒鳴るような乱暴な客はいないらしい。
蕨の見た感じ、客の中に自分達四人以外に大した戦闘力のある『士』もいないようだ。
完全に止まった後に鳴ったのは警音器だった。警音器を鳴らしながら運転手が車内放送を入れる。
『お客様大変失礼しました! ただ今人がいきなり現れて……いえ、飛び出してきたので人身事故に繋がる前に急停止した次第です』
今も尚、警音器は鳴っている。
倒れていたり轢いたりしたならさすがに放置して警音器をひたすら鳴らすなどという非情なこともしないだろう。
(つまり……)
蕨が一つの確信にたどり着いたその時、予想を裏付けるように強烈な〝気〟を感じた。
〝探知法〟
名の通り、〝気〟を探知する為の〝法技〟。
上級『士』ともなれば高性能状態で常時発動を可能とし、僅かな〝気〟も見逃さない。……が、蕨達の探知した〝気〟は明らかに強大で、下級『士』でも探知できるレベル。
(つまるところ、こちらを威嚇している)
バスの進行を邪魔する『何者か』が、こちらに威圧をかけてきているのだ。
〝探知法〟は一般人でも微力ではあるが常に発動しているもの。
バス内の客も例外ではなく、相手の〝気〟による威嚇に嫌でも反応してしまい、完全に竦んでいる始末。
運転手の車内放送も警音器も聞こえなくなっている。
(ここは俺も動けないふりでもしとくべきか……)
蕨は自分のバッグを抱きしめ、口には何も出さずに「何々?」という顔をする。
哉瓦、エクレア、ムースの三人は当然委縮などしておらず、即座に立ち上がって果敢に対処に当たる。
「ちょっと出てくる」
鋭利な目付きでバスの前を見据え、ケースから刀を取り出し、進む。
「なら、私も……」
「いや、エクレアはムースと一緒に乗車客を守ってくれ。結界が張られている。俺達に逃げ場はない」
〝結界法〟。
己の〝気〟を周囲に張る高等〝法技〟。学園での『模擬戦』の際も自動発動する〝結界法〟を用いて周囲に危害が及ばないようにしている。
(……敵を相手に乗車客を守りつつ結界を突破する………哉瓦達だけじゃ厳しいな……それに、)
哉瓦は冷静な思考と判断力で指揮する。
「幸い、『向こう』は待ってくれてる。乗車客に危害を加えるつもりは今はまだないらしい。……おそらく、『俺』か『エクレア』が『ここ』にいることを知っているんだろ。エクレア、〝結界法〟は使えるか?」
「ええ」
エクレアも自分が出て行きたいだろうが、ここで言い争いするほど愚かでもない。先に動かなかった自分の落ち度だと、頭を切り替えた。
「なら俺が出て行った後にこのバスだけ包むように最小限にして張ってくれ」
「随分と難しいこと言ってくれるわね。けど分かったわ。……気を付けて」
「任せろ」
哉瓦は勇ましい笑みを見せた後に背を見せ、車体の真ん中にある扉からゆっくりと、降りた。
◆ ◆ ◆
「よお、待ちくたびれたぜ。えっと……イケメン君。お前、龍堂哉瓦、でいいんだよな?」
トンネルの中、背にバスを置く哉瓦に、男は問い掛けた。
大剣を持ち、肩に背負う大柄な体型の男。
平然と問答無用でバスを襲い、平然と狂気的に人を殺しそうな奴、というのが哉瓦の最初に抱いた印象だった。
そして、こちらのことを知っている。
狙いが自分であることは確定のようだ。
結局巻き込んでしまい、申し訳思ったが、そこで思考を停止するほどうつけでもない。
哉瓦は冷静に、殺気を放ちながら、問い返した。
「ああ、そっちは?」
「バーカ、そう簡単に本名なんて名乗るかよ。バラン、そう呼ばれてるから呼ぶならそう呼べ」
バランと名乗る人物は野性的に舌を出し、バカにした口調で応える。
「一応……要望を聞こうか」
それを聞いたバランは高笑いを上げた。
糸が切れたように、我慢の限界が来たように。
「お前バカじゃねえの!? こちとら『無用な恨みを買うのを避ける為に極力死亡者は出さないでください』なァんて言われてムシャクシャしてんだよ! そんなまどろっこしい会話なんてとっとと終わらせてさ!
戦ろうぜ!」
瞬間、バランは大剣に〝火〟を纏い、その場で振り下ろし、火の斬撃を飛ばした。
僅かな灯りしかないトンネル内でメラメラ燃える飛ぶ斬撃を、哉瓦は顔色一つ変えず抜刀しながら同じように火の斬撃を繰り出し、二人の中間で相殺。
バランは自分の攻撃が簡単に防がれたことを気にする素振りも見せずケラケラと笑った。
「俺もお前と同じ〝放発系火属性〟だ。やっぱ質が同じだと『司力』も似るんだなァ」
バランは性格に似合わず大剣を構え、だが顔には獰猛な笑みを浮かべたまま。
「俺、こういう戦い、大好きなんだァ」
「黙れ、すぐに葬ってやる」
二人の『士』が、命の刈り合いを始めた。
やっと戦闘に突入しました。
サブタイにショッピングとか書いておきながら結局行かずにすみません。
感想! ご指摘! いつでも待っています!