第3話・・・和平/学園・・・
今回で一段落つくと思います。
獣と遭遇したような気分とはこのことか。
一部が逆立った髪。身長は180センチを有に越え、ワイルドとクールを混ぜたような人、という印象を受ける。
顔の作りは哉瓦と同等か以上にイケメンだ。その顔と噛み殺せそうな眼による一瞥で、女を落としたという過去があると言われても信じられる。
制服の校章の色から二年生だということは分かる。
腕章から風紀委員だということも分かった。
「風紀委員、北深坂黒魏だ。お前ら、何をしている」
(北深坂……『御八家』か)
蕨が心中で呟く。
日本の『「士」協会』の中枢を担う者共の一角・『御八家』。
彼の見詰める先は哉瓦とエクレア。
二人とも黒魏の言葉と威圧に〝気〟の発動も止めてそちらに体を向ける。が、気圧された様子は微塵も見せずに。
「見ての通り『模擬戦』です。時間的にも余裕がり、きちんと『立会人』の元、行いましたので止められる覚えはないかと」
エクレアが上級生に対する最低限の礼儀を弁えて応える。
哉瓦は黒魏に目でエクレアと同意見だと主張する。
黒魏は目付きを一段凄めて。
「常識を知れ。入学式前からすることではない」
と、そこで黒魏が何かに気付いたように、またも目付きを凄めた。
「二人……入試一位、二位の龍堂哉瓦とエクレア=エル=ディアーゼスだな?」
その尋ねに、哉瓦とエクレアは頷いた。
「「はい」」
黒魏は額を押さえて溜息をついた。
「尚更だ。お前達は現時点での新入生の代表なんだぞ? 率先して秩序を乱すようなことをしてどうする」
「ただ『模擬戦』を行っただけです。周囲に危険を及ぼすような真似はしていません」
「そういう問題ではない。どういう経緯で『模擬戦』を行うことになったかは知らないがな、この『模擬戦』は未来永劫記録されるんだ。そして東陽学園のみならず全国に知れ渡る。『新入生トップは入学式前に「模擬戦」を行うような常識知らず』とな。お前達は汚点となるんだ。自覚を持て」
黒魏の正論に、エクレアが口を噤む。
エクレア自身、学園の体裁など考えずに完全な私情で動いてしまっていたが為に、反論ができなかった。
頭が真っ白になり始めた、
その時。
「申し訳ございませんでした」
頭を下げたのは哉瓦だ。
潔く自分の非を認めた姿に偽りは見えない。
黒魏は少し驚き、感心した。
一癖も二癖もあり、説得にはもう少し時間がかかると思っていたので、ここまで素直に認めるところを見ると、くだらないプライドを持ち合わせているわけではないらしい。
エクレアも、哉瓦の姿を見て、連れられるのではなく、くだらないプライドを持ったままの自分を恥じ、深々と頭を下げた。
黒魏は張っていた神経をゆるめ、
「分かればいいんだ。以後、気を付けるように」
周囲の生徒達は、『御八家』北深坂黒魏の威勢をさすがと思うと同時に、自分の非を認めるて頭を下げる哉瓦とエクレアの潔さにも、感心した。
これが東陽学園の強者達だ、と。
黒魏は手を出して哉瓦とエクレアの二人に言った。
「二人共、ADを貸してくれ。『模擬戦』のデータを消す。幸い、決着は付いていないようだったから、簡単に消せるだろう。入学式の後にすぐ返すから安心してくれ。もちろん個人情報を覗くような真似はしない」
哉瓦とエクレアは「はい」と抵抗することなく手渡した。
黒魏は未だ周囲に集まっている新入生達の方に顔を向け。
「もう一人、『立会人』を務めた生徒のADも貸してほしいんだが」
「!?」
間接的に指名され、蕨の肩が震える。
そして他の生徒達の視線が『立会人』である蕨に集まる。
隣りのムースが苦笑して蕨の肩に手を乗せた。
「やっぱり……俺?」
「いや蕨だよ。やっぱりってなに?」
「君が『立会人』か」
蕨の目の前まで黒魏が近付き、手を差し出した。
(すっげー迫力……)
「すぐ返すから安心しろ」
「は、はい」
言って蕨は低い腰で頭を下げながら両手でADを渡した。
黒魏が雑談のつもりか、蕨に尋ねた。
「君はあの二人の知り合いかい?」
「えっと……龍堂哉瓦の友達というか……さっき会ったばっかりですけど……」
そこで哉瓦が黒魏の後ろ「北深坂先輩!」と叫んだ。
「彼は俺が巻き込んだだけで非はありません! だから……」
「分かっている。お前達二人の『模擬戦』の『立会人』を引き受けてくれと頼まれて、断れという方が精神的に酷だ。それぐらいの理解はある」
(イケメンだ!)
反射的に蕨が心中で叫ぶ。
哉瓦も安堵の表情だ。
黒魏は比較的優しげに見える表情で、うぶな後輩を見詰める眼差しで蕨をまっすぐに見詰め。
「でも、断る勇気も必要だ。今後、このようなことはないようにしなさい」
「は、はいっ」
(イケメンだ!)
黒魏は「それじゃ」とワイルドに手を上げて、校舎の昇降口とは別の方向へ去った。
だが、まだ哉瓦とエクレアの間に和平はなく、哉瓦はそうでもないが、エクレアにはまだ敵対心が残っていた。
周囲の生徒も、蕨とムースを含めて哉瓦とエクレアの事の行く末を見守っている。
「龍堂哉瓦」
口火を切ったのはエクレアだ。
「私事に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
また頭を下げ、謝罪するエクレア。哉瓦は「気にしてません」と両手を振り、エクレアはその後蕨にも頭を下げた。蕨も「いえいえ」と大げさに両手と顔を振った。
エクレアは哉瓦と目を合わせ。
「貴方の実力は本物です。疑った私が愚かでした」
「ちょっと照れくさいけど、分かってくれたならそれでいいよ。どうする? 日を改めれば『模擬戦』はできるけど?」
エクレアは頭を振って。
「結構です。私も熱くなり過ぎていました。貴方との決着は、いずれ正式な場でつけましょう」
「そう。ならいいけど」
ずっと口元を笑ませている哉瓦に対し、エクレアは「それと」と付け加えて。
「言って置きますが、先程の『模擬戦』、私『も』まだ本気を出してはいません。〝気〟量は類稀なものですが、それだけでは、私に勝つことはできませんよ」
真摯な碧眼で哉瓦を映し、言葉強く断言した。
負け惜しみに聞こえるが、エクレアが最後に見せた只ならぬ〝気〟を見ると、真実としか思えない。
そして、「私『も』」と言ったように、哉瓦『も』本気を出している様子は誰の目にも明らかだった。
衆人環視が息をのむ中、哉瓦は微笑み。
「それよりも。せっかく同じ学園の生徒になれたんだから、仲良くしようよ」
手を差し伸べ、握手を求めた。
衆人生徒が思わず口を開く。
哉瓦の初の友好的な行動に、エクレアはどうするのか。
それが気になって仕方がない。
「……全く、こちらは真剣だというのに、呑気なものですね、ふふ」
が、エクレアの反応は案外あっさりしたものだった。
憎まれ口をたたくも、エクレアの声音も表情も柔らかく、悪気は感じられない。
そして、エクレアは哉瓦の手を取り、力強い握手をした。
途端、拍手喝采が起こった。
エクレアと哉瓦を取り巻く生徒達が二人の和平成立に対する純粋な気持ちを表したのだ。
蕨とムースも面白げな顔で手を叩いている。
哉瓦は照れくさそうに笑い、エクレアは顔を赤くして哉瓦から手を放した。
その様子を見ながら、蕨はムースに聞いた。
「そちらのお姫様、『落ち』てない?」
「ふふ、かもね」
蕨が横目で見ると、ムースの顔には満面の笑みが広がっていた。
◆ ◆ ◆
その後、蕨はエクレアに、ムースは哉瓦に改めて自己紹介し、入学式を終えてみんな自分達の教室にいる。
学園に関する説明が始まるまではそれぞれ自由時間となっている。
そして、蕨は、とある問題に直面していた。
「俺達同じクラスだったんだね」
と、爽やかに語る学年主席のイケメン・哉瓦。
「私も驚いたわ。まさか主席と同じクラスになるなんて」
と、上品に喜ぶ一国の皇女にして学年次席・エクレア。
「まばらにするとカリキュラムに偏りが出てくるとかそういう問題じゃない?」
と、可愛く首を傾げる只者ならぬ雰囲気のある侍女・ムース。
「………」
と、目の前で交わされる会話を呆然と眺める一般人・蕨。
(なんか俺だけ場違いなんですけど)
自分の席に集まるのは先程知り合った三人の男女。
哉瓦、エクレア、ムース。
最初に哉瓦が蕨の席に寄り、エクレアが哉瓦の元へ来て、ムースは主に付いてきた、と言った具合で、ただの「一般人」である蕨の元に大物三人が集まっているのだ。
ムースは実力こそ見せていないが、エクレアの侍女という立場、そしてエクレアに劣らない容姿が、凄腕の実力者であることを体現している。
見た目派手な三人。やっぱり話し掛けずらいらしく、あまり人が寄って来ない。
哉瓦達三人は、周囲の生徒達からすれば、ぜひともお近付きになりたい存在なのだが、実際近くにいる蕨の様子を見ていると、どうもそうとも思えないのだ。
『立会人』こそ務めたが、それはほぼ成り行きであり、周囲の生徒同様『平凡』にしか見えない。
その蕨は、今現在『強者』達に囲まれる中「なんでこんなところにいるんだろー」と頬杖をついてほぼ上の空なのだ。哉瓦に「どうした?」と聞かれるとその頬杖状態のまま「うん、俺の人生、どこか狂い始めてる気が今になってしてきた」と呟き、エクレアとムースから和やかなクスクスと笑いを取っている。
浮いているというわけでもなく、かと言ってへらへら笑って『強者』達のごきげんを取る『平凡』に成り下がっているわけでもない。
あくまで自分を保ち、その上で溶け込んでいるのだ。
本来なら蕨の立ち位置を羨み、僻み、蕨に対して「なんでお前なんかだその人達と一緒にいるんだよ」「生意気な奴」という負の感情が向けられてもおかしくない。
しかし、いざこうして『強者』達に取り囲まれた『平凡』を見ていると、少しばかり遠慮したくなる。
どう見ても蕨は困惑しているというか、今の自分の立ち位置に妙な疑問を抱いている。
考えてみると、入学式前にイケメンな学年主席と本物のお姫様である学年次席との勝負に巻き込まれ、『御八家』の一人でワイルドクールな風紀委員に注意され、今に至る。
想像しただけで、まだ入学初日だというのに一生分の人生を味わったような心労が押し寄せる。
周囲の『平凡』な生徒達は思った。
(((俺|(私)には無理だな…柊蕨、お前凄いよ)))
と。
到底背負いきれる重圧じゃない。
それに、よくよく見てみれば蕨も顔は良く、恰好良いというよりちょっと可愛く、寝癖がまた小食動物をイメージさせる。
絵面的にはそこまで違和感がない。
『強者』の中でもマイペースに、「凄い人達の中にいるから自分も凄い」なんて妄信せずに部を弁え、言葉遣い自体は友人として対等に渡り合っている。
蕨も蕨で大物だと、生徒の大半が思った。
蕨がなんとなく他の生徒の方を向くと、親指を立ててグッドポーズで返された。
(はは、一応俺の心情は察してくれてるみたいね)
苦笑しながら息を吐く蕨。
そんな蕨を見て哉瓦が首を傾げる。
「本当にどうした? 蕨」
「なんでもないよ、イケメン」
「イケ……て、あまりそういうこと言うなよ」
「事実を曲げるのは嫌いだ」
「どういう拘りだよ」
蕨と哉瓦のやり取りを見ながら、エクレアとムースがクスクス笑う。
(玖莉亜さん。まあ楽しめそうですよ、学園生活)
クスリと蕨は笑った。
凄い人達に囲まれると不安になる人と優越感に浸る人っていますよね。
後者のような人には、ならないようにしましょう。
想像の中でなら全然OKです。私もやっていますww