第2話・・・決闘/入学・・・
徹夜によくあるハイテンションで書きました。
感想、駄目だし、いつでも待っています。
『士』の育成における名門・東陽学園。
その難関入試テストを一位、二位の成績でパスした正真正銘の猛者。
二人の猛者による決闘は初手から他を圧倒し、魅了した。
最初に動いたのは哉瓦だ。
エクレアの眼前まで十メートル弱の距離を一瞬で詰め、同時に居合抜きを繰り出したのだ。エクレアは動揺も驚愕も見せずに淡々と剣で受け止め、火花散る激しい鍔迫り合いを早くも展開する。
周囲の生徒が目を張る中、蕨は感心するように冷静に分析していた。
(哉瓦、速いなー。あの〝加速法〟、新入生代表ってレベルじゃねえぞ)
『法技』の一つ。
〝加速法〟。
体内を流れる『司力』の源、気を脚に集中させ、高速移動を可能とさせる技だ。
当然のことながら、上級者であればあるほど速度は高くなるのだが、今の哉瓦のスピードは軽く見ても高校生のレベルを逸脱している。
(それを見切ったお姫様もかなりのものだけどね)
※ ※ ※
哉瓦とエクレアは鍔迫り合いの状態から同時に後方へ跳び、瞬時に態勢を立て直す。
哉瓦の方に余裕があることは、当事者と蕨と、『何人か』の生徒には明白だった。
(この男、言うだけのことはあるようね)
エクレアは完全に哉瓦を強者と認めたのか、剣道の上段のような構えを取る。そして雰囲気ががらりと、研ぎ澄まされたものへと変わった。
哉瓦は迂闊に近づくべきではないと判断し、抜刀状態で刃先をエクレアに向けている。
瞬間、エクレアの持つ剣が淡く青色に光り、刃全体を〝水〟が覆う。湧水のように、流れるように。そして剣を一回り大きくするように象った。
(お姫様の〝属性〟は〝水〟か。見た目通りだな)
青みがかった銀髪に輝く碧眼。豪華な剣の刃に纏われている、淡い光を帯びた〝水〟。剣の輪郭を形作っているが、氷と化しているわけではなく、形内では川のように流れている。流水が模様のようになっているのだ。
ディアーゼス皇国、第三皇女。
本物のお姫様であると、体現しているようでもあった。
エクレアは上段態勢の腕と腕の間から哉瓦を見据え。
「行きます!」
〝加速法〟。
エクレアもハイスピードで攻めた。哉瓦に劣らない速度。
哉瓦はその〝水〟を纏った剣を敢えて受け止めた。その哉瓦の顔が顰められる。
(重い……そして堅い)
剣が重い。
まるで何トンものダンプカーを切り裂いているようだ。水を纏う剣というのは珍しくない。だが、その水自体の強度は極めて低いのが一般的。
水を透き通って、剣刃とかち合うことが普通。水はあくまで何らかの工夫の一環。
だが、今哉瓦が切り付けている〝水〟は堅く、液体というより個体。
文字通り、剣が一回り大きくなったような感覚なのだ。
哉瓦が面白そうに微笑した。
「エクレアさんって言ったかな。〝質〟は〝協調系水属性〟かな?」
エクレアはうっすらと、友好的ではないが、笑った。
「ええ。この〝水〟は私の剣の硬度、切れ味と〝協調〟しています。加えて水、一滴一滴が我が剣と言っても過言ではない。つまり………」
エクレアはおもむろに身を引き、重心を下げつつ薙ぎ払った。
間合いが足りず、完全な空振りだ。
しかし、水飛沫が何十粒も飛んだ。
哉瓦は至近距離からの水飛沫を全て躱すことはできず、ほぼ喰らう。
すると、哉瓦の顔が痛みに歪んだ。
よく見ると、水飛沫が飛んだ制服は小さく裂け、頬や手の甲は浅く切れて血が出ている。
「こうすることもできるんです」
哉瓦が小さく笑う。
「やるじゃないか」
「上から目線な言葉を頂く覚えはありませんね」
〝質〟。
『士』と呼ばれる人間の体内に流れる〝気〟の、言わば種類だ。〝質〟は二つの形質に分けらる。
一種類目は〝属性〟と呼称され〝火〟〝水〟〝風〟〝土〟〝雷〟の五つのエレメント。
二種類目は〝系統〟と呼称され、〝放発〟〝鎮静〟〝炸裂〟〝協調〟〝具象〟〝凝縮〟の六つの性質とされている。
〝系統〟に関しては、長年の研究でやっとのこと絞り込んだ六つらしい。何万人もの『士』に協力を頼み、規則性を研究し尽くしたとか。
個々人が司る質は属性も系統も一つずつであり、複数保有することはない。
エクレア=エル=ディアーゼスの質は〝協調系水属性〟。
協調は『異なる複数の物』の『性質』を『シンクロ』させるのが特徴。
彼女の場合、『水』と『剣』の『性質』を『シンクロ』させたということ。
液体や固体、気体といった、元の形状や性質がかけ離れているほど協調させるのが困難なので、『水』と『剣』を完璧に協調させたエクレアの御業は高等技術と言える。
哉瓦は好戦的な笑みを見せ。
「なら、俺も少し本気で行こうか」
瞬間、哉瓦の刀が燃え盛る炎に覆われた。
周囲の生徒に伝わるほどの熱気。炎という光源体によって哉瓦の背後に全身の影が映される。
ゴウゴウと燃える〝火〟によって常時形を揺らす巨大な影は、なんとも豪快で、学年主席という肩書きに箔を付けていた。
※ ※ ※
観戦側
新入生達が終始驚きを隠せてない中、蕨は片手にADを持ちながら面白そうに観戦していた時、
「初めまして」
蕨のすぐ隣りから、ソプラノボイスが耳に入った。
名前を呼ばれたわけではないが、近くからそんな声がしたので目だけ動かして確認すると、ばっちり目があった。
「あ、お姫様の後ろにいた……」
「ムース=リア=グランチェロと言います。エクレア皇女の侍女を仰せつかっている者です。よろしくお願いしますっ」
四月の桜に映える桃色の髪はショートボブでゆるやかなウェーブがかかっている。
灰色の瞳は透き通るように美しい。
体型はエクレア程ではないが豊かに発達していて、こちらも十分目を惹く美少女だ。
トゲトゲしたエクレアの侍女と言うわりに、ムースはあまりそんな雰囲気はしない。
口調は丁寧だが弾んでいて、真面目というよりフレンドリーな性格そうだ。
蕨の目からしても、性格を偽っている様子は無かった。
蕨は突然美少女に話し掛けられても、少し肩をビクつかせる程度で、特に慌てることなく応えた。
「えっと、柊蕨って言います。よろしくお願いします」
「ふふ、そんなに畏まらないで。私も本来敬語なんてあまり使わないから」
ムースはすぐに口調を崩し、親しみやすさを見せた。
「蕨って呼んでもいいかな? 私もムースでいいから」
哉瓦も似たようなこと言ってたなと思いながら蕨は懐っこい笑みを浮かべた。
「オッケー。ムース」
ムースは蕨と肩を並べ、エクレアと哉瓦の勝負に目線を移し。
「蕨は龍堂くんとどれくらいの付き合いなの?」
「うーん、30分くらい、かな」
「え、ついさっき知り合ったってこと?」
「うん。そだよ」
ムースは意外そうな顔にして。
「てっきり幼馴染とかだと思ってたわ」
「そう見えた?」
ムースは頷いて、両腕をボクシングでもするように何度か突き出した。
「うん、なんか過去にジャパニーズ不良みたいな激闘を雨の中繰り広げた後に仲良くなったみたいな……」
「ちょっと待てくれなにそれどこで知った偏った知識だよ」
「違うの?」
「違うよっ。ていうか俺ってそんな風に見えるの?」
ムースは蕨の頭から足のつま先まで見下ろし、再び蕨に目線を合わせて。
「全然強そうじゃないね」
「わざわざ言わないでっ」
(俺実際強いからねっ?)
ムースは口を可愛く尖らせ。
「そういうの憧れてたんだけどなー」
「諦めてくれ」
それから数秒程、二人の間に沈黙が流れる。
どうせだから、と蕨から口を開いた。
「……ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「どうぞ」
待ってましたとばかりにムースが即返してきた。
蕨は苦笑して。
「そちらのお姫様はなんで哉瓦にあんな敵対心剥き出しなの?」
ムースは顔色一つ変えずに。
「ふふ、それはさっきエク自身が言ってたじゃない。本当にそれだけよ」
侍女が主を「エク」と愛称で。二人の関係は相当近しいものなのだろう。
「ふーん、お姫様も大変なんだね」
ムースは少なからず驚いた。
仲良くなりたいという気持ちで話し掛けたことに間違いはないが、配慮も人並み以上にできる人物のようだ。
エクレアが哉瓦に勝負を申し込んだことについて、もう少し質問攻めしてきてもおかしくないと思ったのだが、蕨はエクレアの『何かしら』の事情を素早く察知してか、それ以上は何も聞いては来なかった。
ムースの人生経験上、上位に入る程の『気配りのできる人』だと、そう思った。そして話していて楽しい。
「どうしたの?」
驚きと感心で固まっていたところに蕨が尋ねる。
ムースは「なんでもない」と微笑んでから申し訳なさそうに眉をハの字にして。
「ごめんね。迷惑を掛けてるのは分かってるんだけど、エクにも譲れないものがあるんだ。後で何かおごるから怒らないでね」
「別に怒ってなんかないよ。ちょっと戸惑ったけど、楽しいし。入学式前に『立会人』になるっていう面白肩書き手に入れられたし」
蕨の無垢な感想にムースは感謝の笑みを浮かべた。
「そう言ってくれると助かるわ」
蕨は「どういたしまして」と軽く笑った。
「…………ていうか、さ」
その声は蕨のもの。
先程までの気軽さがそこにはなかった。
そんな蕨は、言い難そうに、でも言った。
「そちらのお姫様、結構押されてない?」
「…………ええ。これはさすがに予想外だわ」
目の前で行われている主席VS次席。
それは早い段階から勝負が見え始めていたのだ。
※ ※ ※
火の刀と水の剣。
エクレアが剣を振り下ろすも哉瓦の刀がそれをあっさりと受け、そのまま弾き返す。バランスを少し崩したところに加速法でエクレアの背後に回り込み、横薙ぎを繰り出すが、その刃はエクレアの身体に到達する前に、小さく張られた〝水〟でカキンという金属音を鳴らしながら防がれた。
エクレアは体を真後ろの哉瓦に向ける反動を利用して斜め上から剣を振り下ろす。また刀で防がれたが、今度は弾き返されることなく、鍔迫り合いへ持ち込んだ。
その戦闘様子をムースは鋭い眼差しで冷静に分析していた。
(龍堂哉瓦……あの〝火〟でエクの〝水〟を蒸発させてる……なんて火力よ)
そう。
エクレアもただ刃と刃のかち合いを続けているわけではない。
鍔迫り合いの最中、水を操作して哉瓦を襲っているのだが、それを火の熱気で蒸発し、消し去っているのだ。剣の『鉄』すら協調で得ている水を消し去っているということは、ただ蒸発しているのではなく、溶かしてすらいるのだ。
エクレアの剣はディアーゼス皇国に伝わる宝剣の一本だ。
質との併用を元に製造されたとはいえ、そこらの剣とは一線の引く強度を持つ。
それすら溶かすほどに哉瓦の〝火〟が濃密で絶大なのだ。
(気量……どれだけよ………!)
心中で嘆くエクレア。
それも仕方ないことだ。口に出さなかっただけ強靭な精神の持ち主だと言える。
(……だったらッ)
エクレアがアクセル・メソッドまで使って後方に一時撤退し、剣を持たぬ左手を前に突き出して。
「『水棘』!」
手の平に水玉が生成され、破裂するようにその水が棘のような尖度ある形状となって哉瓦を襲う。
言わずもがな、その〝水〟も剣と〝協調〟されている。
哉瓦は火力を強めることで間合いを増幅し、一薙ぎで四方八方からの水の棘を、消し去る。
(今!)
エクレアの狙いはそこではなかった。
次の瞬間、哉瓦の足下の地面から、『水棘』が飛び出した。
無数の水の棘が間欠泉の如く、たった今エクレアの手から放った水の棘以上の威力と勢いで上方へ噴出し、数秒哉瓦の姿が見えなくなった。
(やったか……?)
「なるほど。視線を前に集中させて、本命は地面の下という死角から、か。迂闊だったよ。本来はこういうのにあまり引っ掛からないんだけどね。入学式でちょっと浮かれてたのかな」
そこには、先程と変わらず、無傷の哉瓦がいた。
言い訳を口にしている姿は情けなく思うかもしれないが、哉瓦のその姿は勇ましさすら感じた。
「な、なんで………まさか、〝防硬法〟だけで……私の水棘を……!?」
〝防硬法〟。
体内の気を操作し、体外に気を纏うことで己の身体の硬度を高める法技だ。
しかし、
(あの強度であの速さであの量の水の棘を無傷で済ますとか……有り得ないでしょ)
蕨の思った通り。
防硬法は確かに身体的損傷の防御が本来の使い方だが、上級者同士の戦いとなれば、完全に防御できず、精々浅手に終わる。
それを見た感じ完全に無効化しきるということは、哉瓦とエクレアの間には大きな溝が存在するということだ。
(このっ……男……っ)
しかもまだ哉瓦は本気を出していない。
使っているのは主に属性とスキルの一部だけ。系統すら全く使っていない。
「どうした? もう終わりかい?」
「っっ、舐めないでっ」
まだ、エクレアは諦めていない。
蕨はチラリとムースを見やると、焦燥はしているがまだ勝算はあるようだ。
「分かったわよ。皇女の本気を見せてあげる」
途端、エクレアの身体が淡く輝く青色の光を放ち始めた。
哉瓦は慌てず相手を分析した。
(ほう、ここまで来てその気の量と濃さか。俺が言えることじゃないが、新入生のレベルを越えてるな)
哉瓦とエクレアが向き合い、目線を交差させる。
そしてエクレアが地面に剣を突き刺し、『何か』をしようとした時、
「そこまで!」
フィールドの外から制止の声が響いた。
もちろん蕨でもムースでもない。
完全なる第三者。もっと言えば先輩方。
蕨は周囲が慌てる中、苦笑した。
(まあそりゃ、入学式前からこんなことしてちゃ、怒られるわな。はは)
どうでしょう?
まだ説明不足なところもありますが、それは追々埋めていきたいと思っています。