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◆第八話『水峰都市オゥバル』

 ガレンは外に出るなり、その清涼感に思わず圧倒された。

 肌寒いだとか、風が冷たいだとかそういったものではない。

 そこかしこに水が流れているのだ。

 耳をすませばその音を容易に聞くことができる。


「見て」


 先に外へ出ていたヴィオラが、少し離れたところからこちらの頭上を指差していた。

 ガレンは言われるがまま振り向き、あおぐ。

 と、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「これが水峰都市オゥバルよ」


 まるでホールケーキを積み重ねたような形状だった。

 層は五段となっており、上へ行くほど面積は狭くなっている。

 各層の内周にはみっちりと建造物が並んでいるが、色や形に統一性はあまりない。


 外周には幅広の水路が設けられており、船舶の姿をうかがうことができた。

 ちなみに、いま立っている場所はもっとも下の層だ。


「なんかすげーな」


 そんな陳腐な感想をこぼすと、ヴィオラにくすりと笑われた。


「オゥバルはちょっと変わったところだからね。初めて見た人はみんなきみと同じ反応してるわ。あと、ここからじゃ見えないけど都市の周りは渓谷で囲まれてるのよ」

「えらく危ない場所に建てたんだな」

「昔は水で満たされてたらしいんだけどね」


 その口ぶりから昔とは空を奪われる前のことだろうと思った。

 いまでも充分に恵まれた自然を宿した都市だ。

 本来はいったいどれほど美しい姿だったのか。

 想像しただけでも心躍るような感覚に見舞われる。


「ミィ~!」


 ふと覚えのある鳴き声が足もとから聞こえてきた。

 見れば、精霊がすり添っていた。


「あら、精霊? ってすごい懐かれてる」

「なんか気に入られてるみたいでな。前も精霊のほうから寄ってきたんだよ。ほら」


 手の平を差し出すと、精霊が躊躇なく飛び乗ってきた。

 垂れ耳を跳ねさせながら、くるくるとその場で回りはじめる。


「オゥバルには精霊がたくさん住んでるの。だから、人に慣れてる精霊も多いんだけど……自分から寄ってくる子は初めて見たわ」

「べつになにもしてないんだけどな。おわっと」


 精霊は手の平から腕を伝って肩までのぼってきた。

 どうやらそこがお気に入りらしい。


 突然、ヴィオラの家の玄関が勢いよく開けられた。

 かと思うや、中からテュッポ姉弟が飛び出てきた。

 二人は揃いの革リュックを背負っている。


「行ってくるっぽー!」

「ぽーっ!」


 元気な声でそう言い残すと、二人はきゃっきゃとはしゃぎながら走り去っていく。


「気をつけて行ってくるのよー!」


 そう叫んだヴィオラは「もう、あの子たちったら」と漏らした。

 ただ、本当に呆れているわけではないらしく慈しむような笑みを見せている。その姿はやはり子を見守る母親の姿にしか見えなかったが、なんとか口に出さないよう堪えた。


 言えば最後。

 包丁で刺されそうだ。


「それじゃ、あたしたちも行きましょうか」



◆◆◆◆◆


「なんか恐竜みたいなのがいるな」


 歩きはじめてから間もなく、そこかしこで見かける動物が気になった。

 鳥脚類のように太い二の足で立ち、細い前足をぶらぶらとさせている。

 また爬虫類のような鋭い目や艶のある鱗を持っている。


 そんな姿から恐竜みたいと言ったのだが、あまり凶悪な雰囲気はなかった。

 口元は丸みを帯びているし、歯もあまり鋭くない。


「恐竜?」

「あれだ、あの緑の奴」

「ああ、カルムのこと。主に乗用や運搬に使われてる動物よ。あんな見た目だけど、草食だから安心して」


 見た目はまったく違うが、その役割はまるで馬のようだとガレンは思った。

 それにしても、あのような移動手段があったとは――。


「もしかしてヴィオラたちが先回りできたのはあれに乗ってたからなのか?」

「その通り。ま、実際はそれだけじゃないんだけど」

「どういうことだ?」

「兄は兄ってことよ」


 その言葉から連想されたのはラトカの兄であるクリスだ。

 これほど一般に普及しているカルムのことをラトカが知らないわけがない。

 であればラトカの示したルートは、相手がカルムを使っても追いつかれないことを考慮したものだったはずだ。


 それでも先回りされたのはクリスがラトカのことをよく知っていたからということだろう。

 ガレンは頭で理解していても認めたくないという気持ちが先立った。

 妹の命を見捨てる兄にそんなことができるのか、と。


 もやもやした気持ちを振り払おうとして、あらためて辺りに視線を巡らせる。

 よく見ると、俯いている者が多いことに気づいた。

 また笑顔を作っている者はほとんどいない。


 そこにはヴィオラやテュッポ姉弟に見た明るさがない。

 まるで別世界に迷い込んだようだった。


「なんか、みんな暗いな」

「誰かが儀式を止めたからね。不安になるのもしかたないんじゃない」


 ヴィオラから冗談交じりに責められたが、嫌味は感じない。

 しかし仮に儀式が成功していたとしたら人々は得られた平穏に笑顔を浮かべていたのだろうか。それが一人の少女の命を代償に得たものだとしても――。


 ガレンの中でまた消化できない感情が渦巻きはじめたとき、先を行くヴィオラから明るい声がかけられた。


「でもま、もう少し進んだらちょっとは空気変わるんじゃないかな」


 その言葉の意味は、すぐに理解することができた。

 内周にかけられた長めの階段をあがり、二層へと辿りつく。

 と、そこは先ほどの鬱屈とした空気が嘘のように賑やかだった。

 様々な種類の店がずらりと並び、その前を多くの人が往来している。


「すごいでしょ。ミル・ドレ通りって言ってね、朝から昼はここに沢山の人が集まるの」

「一層は居住区で二層は商業区って感じか」

「大体そんな感じ」


 ヴィオラと話しながら、ガレンはミル・ドレ通りを歩んでいく。

 突き出した屋根をカラフルに彩って店頭で物を売っていたり、店内に客を引き込んで物色させたりと店の形態は様々だ。

 飲食店も少なくなく、しばしば食欲をかきたてるような匂いが鼻をついてきた。


「あらあら、ヴィオラじゃない。こんな朝早くから顔出すなんて珍しいわねぇ」


 樹のアーチをくぐろうとしたとき、どこからともなく声が聞こえてきた。

 声のほうにはアーチの支柱となる幹しかない。

 ただ、そこには人の顔としか思えないような形が浮き上がっている。


 ……まさかこれが喋ったのか?

 ガレンが思わず唖然としてしまっている中、ヴィオラが樹と話しはじめる。


「こんにちは、ボロネ。ちょっとね、人を案内してたの」

「そっちにいる彼のこと?」

「ええ。ガレンっていうの」

「へぇ~、ガレンちゃんって言うのねぇ、なかなか良い男じゃない。野生を感じて……結構好みかも」


 幹に隆起した目と口がなめらかに動いている。

 間違いない。

 ――この樹、喋る。


「な、なあ。ヴィオラ。樹が喋ってるんだが……いいのか?」

「吹命師って言って色んな生き物に人格を与える魔法使いがいるの。だからまったく問題ないわ」

「そ、そうなのか。じゃあ問題ないな……」


 ガレンは自分の中にある普通が崩れていくような感覚に襲われた。

 魔法が存在する世界だ。

 きっと深く考えないほうがいい。

 そう心に言い聞かせて、ガレンは正気を取り戻した。


「なにか困ったことがあったらいつでも相談に乗ってあげるわ。もちろん、恋人になりたいって相談も受けつけてるわよ。ガレンちゃんなら全身全霊で愛してあげる」

「さすがに樹と愛しあえる自信はないな」

「異種族の壁ってやっぱり分厚いわね。皮、少し剥いてみようかしら」


 言って、ボロネが自身の体を見下ろしていたが、そういう問題ではない。

 ボロネに別れを告げたのち、またミル・ドレ通りを進んでいく。

 二層すべてが市場となっているわけではないらしく、やがて閑静な通りに行きついた。


「三層には役所があるけど、ほとんどが富裕層の屋敷で占められてるわ。四層も似たような感じね。それで五層だけど……見てもらった通りよ」


 ヴィオラの視線を追って、ガレンは都市の最上層を見上げる。

 初めて見上げたときにも目にしたが、そこには城があった。


 ただ、五層の外周を沿うように城壁が巡っているため、中の構造をすべてうかがうことはできない。

 はっきりと見えるのは頭を出している三本の高い塔ぐらいだ。


「もしかしてオゥバルは国なのか?」

「一応はね。でも、大きな国じゃないからただの都市として見られることが多いかも。実際、誰も王都なんて呼ばないもの」


 そう説明してから、ヴィオラはあることを補足する。


「巫女もあそこにいるわ」

「いいのか、教えて」

「きみも言ってたけど、とても辿りつけるとは思えないし」


 本心からそう思っているらしい。

 ヴィオラの言葉に淀みはなかった。

 ガレンはこみ上げた悔しさを振り払い、気持ちを切り替える。


「それで今度はどこを案内してくれるんだ?」

「順当に三層かなって思ったんだけど、そうね……」


 ヴィオラは手を顎に当てて、う~んと悩みはじめる。


「うん、やっぱり先にあそこにしようかな。あたしも気になるし」


 なにやら独り言を呟いたのち、彼女は楽しげな顔を向けてきた。


「よしっ、行きましょうか。きみの魔甲印の謎を解きに、ね」



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