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◆第七話『コロット族』

「監視役?」


 そうガレンが問い返すと、女性――ヴィオラはそばの椅子を引き寄せ、座った。

 足を組んだのち、こちらの顔をうかがうように訊いてくる。


「その説明をする前に……訊きたいことがあるんじゃない?」


 言われてから、ガレンは真っ先に思い至ることがあった。

 起きてからすぐに行きついた疑問だ。


「そうだ。どうして俺は生きてるんだ? たしかにあのクリスって奴に負けて、それで」

「あなたを殺したら自分も死ぬ。そう言って巫女があなたの命と自由を確保したのよ」

「……あいつ、そんなことを」


 多くの命を救うため、巫女であるラトカには次の儀式まで生きてもらわなければならない。

 そんな生贄としての立場を利用したというわけだ。


 ラトカを助けるつもりが、逆に助けられてしまった。

 情けない気持ちでいっぱいだ。

 そうして無力感に苛まれていると、ヴィオラから明るい声がかけられる。


「ま、自由とはいってもきみの身柄はあたしの預かりってことになってるんだけどね」

「監視役ってのはそういうことか」

「ええ」


 彼女は頷くと、興味深そうな目を向けてきた。


「それにしても無茶なことしたわね。あのクリスに戦いを挑むなんて」

「もしかして、あの場にあんたもいたのか?」

「あんたじゃなくてヴィオラって呼んでくれる? あたしもきみのことガレンって呼ばせてもらうから」


 見目麗しい外見から上品な喋りでもするのかと思えばこの調子だ。

 彼女の人懐っこさにまだ若干の違和感を覚えるが、嫌な感じはない。

 ガレンは自身の中にあったわずかな警戒心を解いた。


「わかったよ、ヴィオラ。で、どうなんだ?」

「ええ、いたわよ。岩を投げたかと思ったら丸太を振り回したり。とっても笑わせてもらったわ」

「そりゃどーも。ちゃんとした武器もなくてな。あんな戦いしかできなかったんだよ」


 くすりと笑みをこぼしたヴィオラに、ガレンは肩をすくめながら応じた。


「勝てない、とは思わなかったの?」

「あのときは無茶でもあいつと戦うしかなかったからな。それにやってみなきゃわかんねえっていう思いもあった」

「無鉄砲ね」

「そうでもないさ」


 少なくとも昔は……以前の俺はあんなことはできなかった。

 つい先ほど夢に見た記憶を思い出しながら、そう心の中で独りごちる。


「それで巫女を助けに行くの? ってなんでそんな驚いた顔してるの」

「いや、まさか敵からそんなこと訊かれるとは思わなかったからな」

「ただの興味本位よ」

「変わってるな、あんた」

「よく言われる。とっても不本意だけど。それでどうするの?」

「いますぐに行くつもりはねえよ」


 そう答えると、ヴィオラの目がわずかに細まった。

 言葉を発していないのに「どうして?」と訊かれているようだった。

 ガレンは半ばヤケ気味に自身の考えを説明する。


「一度やられてるからな。無策で突っ込んだって返り討ちにあうぐらいわかる。それにあんたらに敵対した、言わば危険人物である俺を監視してるのがヴィオラひとりってのがどうにも引っかかってな」


 ガレンはヴィオラの右手に刻まれた魔甲印を見ながら言った。

 おそらく彼女はクリスと同程度の強さを持っているはずだ。

 その読みは当たっていたのか、ヴィオラが満足気な笑みを浮かべた。


「向こう見ずな人だと思ってたけど、意外と冷静なのね」

「まあ、ラトカを生贄にする儀式が七日ごとにしか行なわれないってのが一番の理由だ。二日寝てたらしいが……それでもまだ五日残ってる」


 逃亡中は時間がなかったが、いまはわずかな時間がある。

 ただラトカが生贄となることを阻止するだけではない。

 阻止したあとのことも考えられればと思ったのだ。


 だが、考えるにしても自分には知らないことが多すぎる。

 ガレンはいま一度、夢に見た映像を脳裏に浮かべた。

 それからクリスとの戦いを再び思い出し、確信する


 魔法や精霊だけでなく、あんな腐った森は見たことがない。

 きっとここは以前にいた世界とは別の世界だ。


 どうやってこの世界にやってきたのか。

 そもそも死んだはずではなかったのか。


 ――尽きない疑問の答えを探すためにも。

 右手をぐっと握りしめながら、ガレンは口にする。


「その間に俺は俺ができることを探そうと思ってる」

「やっぱりきみ、面白いわ」


 そう言って、ヴィオラはおもむろに立ち上がった。

 入口のほうへ体を向けながらウインクをしてくる。


「お腹すいたでしょ。朝ご飯にしましょう」



◆◆◆◆◆


 連れられたのは台所と面した居間だった。

 部屋自体は先ほどよりも広いが、置かれたテーブルや椅子、食器棚といった家具のせいであまりスペースがない。

 汚いといった印象はなく、驚くほど清潔に保たれている。


「少しだけ待っててくれる? すぐ用意するから」


 ヴィオラはさっとエプロンをつけて台所に立った。

 彼女がまず行なったのは台所の端に置かれた金網を持ち上げることだった。

 中は空洞となっているのか、そこへくすんだ木片らしきものを放り込んだ。さらに火のついたマッチをわずかな紙屑とともに放り込み、再び金網を閉める。


 今度は脇に取りつけられた小さなふいごで空気を送り込みはじめる。

 しばらくして火の粉がちらついたのを確認すると、彼女はそばに置いていた鍋を金網の上に置いた。中に入っているのは煮込み料理だろうか。

 その後、ヴィオラは慣れた手つきで包丁を手に野菜を刻んでいく。


 ガレンは食卓の席につきながら彼女の後ろ姿を見つめていた。

 ヴィオラは外見が外見だけに料理とはかけ離れているような印象があったが、なかなかどうしてさまになっている。


 家庭的だけでなく、あれほどの容姿を持っているのだ。

 さぞかし良い男と交際、または結婚でもしているに違いない。


「ヴィオラ姉さんのうなじはいつ見てもエロイっぽ。女のウチでもドキドキするっぽ~」

「いやいや、オイラは姉御のふとももを推すっぽ。ぜひとも挟まれてみたいっぽ~」


 いつの間にやら二人の少年少女が近くの椅子に乗って立っていた。

 どちらも熱っぽい顔でヴィオラを見つめている。


「うおっ。な、なんだお前ら……」


 ガレンが軽く仰け反りながら問うと、二人はぴょんと軽やかに椅子から飛び下りた。


「ウチはアッポ・テュッポ。オゥバルに咲く一輪の花とはウチのことっぽ~!」

「オイラはカッポ・テュッポ。アッポの弟っぽ。オゥバル一の罪な男とはオイラのことっぽ~!」


 まるで踊るようにくるくると回ったのち、それぞれ自己紹介をしてくれる。

 どうやらアッポが女の子で、カッポが男の子のようだ。


 背丈はガレンの腰程度といったところだが、よく見れば二人とも寸胴で頭身が人のそれではなかった。

 ただ不自然な感じはなく、むしろ可愛いと思うぐらいだ。


 どちらも猫耳やまん丸な尻尾といったアクセサリーらしきものを身につけていることもあり、その愛らしさはさらに増している。

 ヴィオラが台所から振り返った。


「あら、二人とももう帰ってたの」

「いまさっき帰ってきたとこっぽ。ただいまっぽ~!」

「はい、おかえり」


 元気よく片手をあげたテュッポ姉弟に、ヴィオラが笑顔で応じる。

 なんとも微笑ましいやり取りだ。

 親子のそれにしか見えない。


「いや驚いたな。ヴィオラ、子どもいたのか」


 そう発言した直後、包丁が頬のそばを通りすぎていった。

 壁に衝突して床に落ちたのか、からんと虚しい音が部屋に響く。


「あぶねぇ、なにすんだよ!?」


 投げたのはヴィオラだ。

 ガレンはすかさず抗議の声をあげるが、彼女はあらたに取り出した包丁を振り上げていた。その顔は笑っているが、奥に秘められた威圧感は凄まじい。


「誰の子どもですって? こんな大きな子どもがいるような歳に見える?」

「……俺が悪かった。だから、その手に持った包丁を下ろしてくれ」


 渋々といった感じではあるが、なんとか包丁を下ろしてくれた。

 ため息をついたのち、ヴィオラはほんの少し拗ねたようにぼそりと口にする。


「あたし、まだ二十三なのに」

「でもヴィオラ姉さんの同期はもうみんな結婚してるっぽ。あぷぷっ」

「アッポ、それを言ったら姉御、怒っちゃうっぽ。でも、かぷぷっ」


 笑いで追い討ちをかけたテュッポ姉弟の間を一本の包丁が通り過ぎた。

 青ざめたテュッポ姉弟にヴィオラが笑顔で告げる。


「コロット族のシチューって、どんな味がするのかしらね?」

「「ひぃっ、ごめんっぽ~!」」


 テュッポ姉弟は悲鳴をあげながら、ガレンの陰に隠れるように避難してきた。

 もう、とヴィオラが半ば呆れたように息を吐く。


「その子たちはコロット族っていってもともと体が小さい種族なのよ。で、ちょっとした知り合いだからうちで面倒見てあげてるの」

「そういうことっぽ!」


 両手足を広げながら、カッポがなぜか得意気に言った。


「コロット族……人と違うんだな。じゃあ、もしかしてその耳も尻尾も本物なのか?」

「ウチの触ってみるっぽ?」


 言って、アッポが頭を向けてきた。

 まるで急かすように耳がぴくぴくと動いている。


「珍しいわね。アッポからそんなこと言うなんて」

「なんだかこのお兄さんからは懐かしい匂いがするっぽ」

「懐かしいってどんな匂いだよ」

「良い匂いっぽ!」


 無垢な笑みを向けられながら即答された。

 よくわからないが、気に入られていることは間違いないようだ。

 ガレンは好奇心もあいまってためらうことなくアッポの耳に手を乗せる。


 ふさふさとして、とても柔らかい。

 それにたしかな温もりを感じる。

 作り物でないことは間違いないようだ。


 耳を巻き込みながらわしゃわしゃと頭を撫でる。

 と、アッポは気持ち良さそうに目を細めた。

 呆けながら「ぽ~」と声を漏らしている。


「あ、オイラもオイラも! 兄貴に撫でてもらいたいっぽ!」

「兄貴って……べつに俺はお前の兄貴でもなんでもないぞ」

「こういうのは感覚っぽ。深く考えたらダメなんだっぽ」


 言って、カッポも頭を突き出してきたのでアッポと同じように撫でてあげた。

 心地よさそうに「ぽ~」と声を漏らすテュッポ姉弟を見て、ガレンは思わず微笑ましい気分になってしまう。

 ……まあ、悪い気はしないな。


「すっかり懐いちゃったわね」


 ヴィオラが食卓に料理を並べはじめていた。

 綺麗に刻まれ、盛り付けられた野菜。

 バケットに入った長細いパン。


 ビンにたんまりとつめられた黄、赤、紫の三種のジャム。

 そして最後に置かれたのは大きな具が沢山入ったとろみのあるシチューだ。

 甘い匂いが漂いはじめると、テュッポ姉弟が弾かれたように椅子に戻った。


「ごはんっぽ!」

「食べるっぽ!」

「現金だな」


 その代わりようにガレンは思わず苦笑してしまう。


「「いただきますっぽー!」」


 テュッポ姉弟はパンを手に取ると、早速とばかりにジャムをぬりはじめた。

 いや、ぬりたくるといったほうが正しいかもしれない。

 小麦色がなくなったパンにテュッポ姉弟が大口を開けてかぶりつきはじめる。

 口にジャムがつくのもおかまいなしといった様子だ。


「もうっ、また先に食べ始めて……ごめんね、この子たち食べ物のことになるといつもこうで」

「べつに気にしねえよ。むしろいい食べっぷりで見てて気持ちいいぐらいだ」

「それならいいけど。じゃあ、あたしたちも食べましょうか」

「ああ、いただくぜ」


 用意されたフォークを手にサラダから食いはじめた。

 盛られた色とりどりの野菜は、どれも見覚えのある形状だと思った。


 とにかく口に入れて噛んでみると、しゃきしゃきと音が鳴った。

 かけられたドレッシングは甘酸っぱいが、それがまた食欲をそそられる。

 気づけば次の野菜を求めて手が勝手に動いていた。

 ヴィオラが食事の手を止め、話を切り出す。


「二人は今日も機巧工房よね」

「もちろんっぽ。完成間近だから手を抜けないっぽ」

「機巧工房?」

「生活に必要な物や建築物。あとは騎士の装備を作ってる組織よ。中には人間もいるけど、ほとんどがコロット族ね。彼ら、手先が器用なのよ」

「えっへんぽ!」


 二人のコロット族が揃って胸を張った。

 あの小さな手でどうやってと思ったが、小さいからこそ細かいところまで手が届くのかもしれない。


「姉御はどうするっぽ?」

「ガレンを案内するつもり」

「案内って初耳だな」


 言い終えるや、ガレンはスプーンでシチューを口に含んだ。

 ……あ、この赤いの美味い。てか、まんまニンジンだな。


「記憶がないって聞いてたから」

「ラトカからか?」

「ええ。自分を助けようとしたのも、きっと記憶がなかったからだってね」


 まるで記憶があれば、世界の事情を知っていれば助けるようなことはしなかったとでも言いたげだ。

 そのラトカの配慮が気に食わなかったが、こちらの身を案じてしてくれたことだ。

 ガレンは感情をぐっと押し留めた。


「行きたくないならべつにあたしは構わないけど、どうするの?」

「案内してもらえるなら願ったり叶ったりだ。よろしく頼む」

「ん、素直な人は好きよ」


 ヴィオラは淑やかに笑みながらさらりと言った。

 そこに深い意味がないことはわかっているが、あまりに唐突だったためにガレンは思わず言葉に詰まってしまう。

 ふと視界の端でテュッポ姉弟がなにやら頭を下げて向かい合っていた。


「あぷぷっ、ヴィオラ姉さん絶対に狙ってるっぽ」

「かぷぷっ、きっと自分好みに育てるつもりっぽ」


 ひそひそと話しているつもりらしいが、近すぎるせいではっきりと聞こえてきた。

 当然というべきか、ヴィオラにも聞こえていたようだ。

 彼女は底冷えするような笑みを浮かべながら、しれっと口にする。


「ガレン、二人はもうご飯いらないみたいだからたくさん食べてちょうだい」

「あ、ああ。俺も腹減ってるしな。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうぜ」


 ガレンは屈した。

 やはり家長が一番偉い。

 なにより空腹には勝てなかった。


「うそっぽ、うそっぽ!」

「兄貴もなんとか言ってくれっぽー!」


 テュッポ姉弟の悲鳴を耳にしながら、ガレンは遠慮なく料理を口の中にかき込んだ。



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