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◆第三話『風の騎士』

 ガレンは思わず目を瞬かせてしまう。

 右手の甲が赤く光ったかと思えば、握っていた小石が巨大化した。

 たしかに握った石がもっと大きければと願いはしたが……。

 まさか本当に大きくなるとは思いもしなかった。


 右手の甲から発せられていた光が収まる。

 と、そこに赤い紋様がじわりと浮かびあがった。

 対称に縦並びした三日月。それを貫くように槍が描かれている。


 この紋様はいったいなんなのだろうか。

 そもそも、なぜあんな――石を巨大化させるなんてことができたのか。

 自分が以前から持っていた力なのだろうか。


 駄目もとで過去の記憶から答えを漁ろうとしたところで中断した。

 視界の端で銀の煌きが走ったのだ。

 予想外の出来事に気をとられ、もう一人迫っていたことをすっかり忘れてしまっていた。


 とっさに身を投げ打ち、地面の上を転がった。

 立ち上がりざまに落ちていた石を掴み、投擲する。

 石は真っ直ぐに敵へと飛んでいくが、大きくなることはなかった。

 かつん、と虚しい音を鳴らして敵の剣によってあっさりと弾かれてしまう。


 間髪を容れずに敵が突きを放ってくる。

 ガレンは慌てて後ずさると、さらに距離をとった。

 だが、敵は逃がさないとばかりにまた迫ってくる。


 その最中、なぜ小石は大きくならなかったのかと思考を巡らせる。

 大きくなった一度目と、大きくならなかった二度目の違い。

 そこに焦点を当てることですぐに答えに辿りつけた。

 ――おそらく石が大きくなるよう望まなければならない。


 すぐさま屈んで小石を掴むと、投擲体勢に移った。

 力の限り振りかぶりながら、でかくなれと心の中で叫んだ。

 深紅色の眩い光が右手甲から発せられたと同時、小石が巨大化する。


 ただ、人の頭ほどだった前回よりも一回り大きい。

 腕の骨が軋むが、いまさら止めることはできない。

 ガレンは雄叫びをあげながら巨石を放りきった。


 すでに距離が狭まっていたこともあり敵に避ける間はない。

 巨石はその質量をもって敵を叩くように突き飛ばすと、ごろごろと地の上を転がった。

 やはり心の中で願うことが巨大化の発動条件で間違いないようだ。


 そう確信したとき、巨石の輪郭線がすっと色をなくした。

 かと思えば、瞬き一つする間に巨石がもとの小石へとその姿を戻す。

 すぐさま最初に投げた石を確認してみる。

 やはりというべきか、そちらも小石に戻っていた。


 手から離れれば巨大化の効果は消えるのだろうか。

 すぐにでもたしかめたいところだが、いまはそんな暇などない。

 ガレンは紋様の描かれた右手をぐっと握りしめながら対峙する青年を睨んだ。


「次は誰が来るんだ?」

「……魔甲印の使い手か。見たこともない能力だな」


 問いを聞き流した青年が怪訝な顔をした。

 彼の視線はこちらの右手甲に向けられている。

 どうやらこの甲に描かれた紋様は魔甲印と言うらしい。


「お前たちは下がっていろ。わたしが相手をする」


 いまにも動き出さんとしていた配下を制し、青年が剣を抜いた。

 剣身は配下たちのものより長くて細い。

 見るからに扱いにくそうだが、それを弱点とは判断できそうになかった。

 それほど青年の立ち居振る舞いが堂々としているのだ。


 ……親玉のお出ましか。

 青年を視界に収めながら、ガレンは近くの小石を幾つか掴み、左手に持った。

 覚える威圧感は相当なものだ。

 先ほどまでの配下たちとはまるで違う。


 本能的なものか、背筋に嫌な汗が流れていく。

 背後からラトカの声が飛んでくる。


「いますぐに投降してください! あの方に勝つのは無理です!」

「勝ちとか負けとか、そういう戦いじゃねえんだよ」


 そう答えるやいなや、ガレンは小石を握りしめた右手を振りかぶった。

 これまででもっとも大きな巨石が青年へと勢いよく向かっていく。


 青年に動じた様子はない。

 避けることすらしないようだ。

 まさか受けるつもりだろうか。


 青年は右手に握った剣をすっと横に払った。

 見とれるほど滑らかな軌跡がくっきりと描かれると、巨石が上下に両断された。

 さらに刃のごとく鋭い風が剣の軌跡から巻き起こる。


 切り刻まれた巨石が無数の破片となってこちらに飛んできた。

 とっさにガレンは両腕で頭部を覆う。

 全身のあちこちに破片がぶつかり、思わず顔を歪めてしまう。


 破片の嵐が止み、両腕を下げた。

 打たれたところにそれほど痛みは残っていない。

 ただ、巨石をあっさりと破壊されたことによる精神的ダメージは大きかった。


 青年の右手甲をよく見れば、赤い紋様が描かれていた。

 どうやら彼も魔甲印とやらの力を持っているようだ。


「おいおい、嘘だろ……そんなのありかよ」

「特殊な魔甲印であることは間違いないが、どうやらそれだけのようだな」


 言い終えるや、青年は斜めに剣を振り下ろした。

 描かれた剣閃が渦巻くような風を纏いながら、こちらに向かってくる。

 ガレンは巨大化させた石を放って応じる。

 が、巨石はやはりあっけなく粉砕されてしまった。


 破壊される可能性も考慮し、すでに回避行動をとっていた。

 敵の剣閃がすぐ脇を通りすぎていく。

 その勢いはまったく失われていない。


「わたしの風の前では無力だ」


 青年が当然とばかりに言った。

 その通りだ。

 ただ石を投げるだけでは倒せる気がしない。


 ガレンは周囲をあらためて確認する。

 いまの足場は切り立った崖側に突き出した格好だ。

 そこには青年も足を踏み入れている。


 肩越しに目線を後ろに向ける。

 ラトカが立っているのは右側後方。

 距離はそれほど離れていない。

 すぐに詰められる。


 左手には残っている小石は二つ。

 そのうちの一つを右手に持ち替え、青年に向かって放り投げる。


「石を投げるしか脳がないのか? 何度やっても同じだ」


 青年の剣が罵倒とともに振られると、巨大化した石はあっさり破壊されてしまう。が、問題はなかった。

 あくまで巨石は囮として放ったものだからだ。


 敵が巨石を迎撃している間にガレンはラトカのもとへと辿りついた。

 背後から彼女の首に左腕を回し、背中に右手を当てる。


「な、なにを――」

「悪い。少しだけ我慢してくれ」


 狼狽する彼女に耳打ちをしたのち、ガレンは青年を牽制する。


「動くな」

「……なんのつもりだ?」

「こいつに死なれたら困るんだろ?」


 相手はこちらが何者かわからないのだ。

 ただ生きるためにラトカを人質にとっている。

 なんらかの組織に属していて、ラトカを利用しようとしている。

 いくらでも考えられる。


 青年が眉をひそめながら剣を下ろした。

 どうやら効果はあったようだ。

 青年と一定の距離を保ちながら、ガレンはラトカを連れて崖から遠ざかっていく。


「いいか、そのまま動くなよ」

「我々から逃げられると思っているのか?」

「やってみなきゃわかんねえだろ」


 ガレンは警戒したまま、ひそめた声でラトカに問いかける。


「なあ、あいつら崖から落としても無事だと思うか?」

「……あの方は風を操れますから。この高さであっても傷ひとつ負わないと思います。たとえ部下の方々を守りながらであってもです」

「なら安心だな」

「いったいなにを考えて……」


 ラトカからいぶかしむ目を向けられたが、答えることはしなかった。

 やがて青年を挟んで崖と向かい合うところまで辿りついた。


「そういやさっき、石を投げるしか脳がないって馬鹿にしてくれたよな」


 ガレンは左手に残していた小石を右手に移し、にやりと笑う。


「ほかにもできるんだぜ」

「なにを――」


 青年や配下たちが身構えるがもう遅い。

 ガレンは右手に握った小石を巨大化させた。

 ある程度大きくなったところで地面に置き、さらに大きくなるよう望む。

 と、ついには縦横五メートルほどまで巨大化した。


 意思に応じて石はその大きさを変える。

 それについては巨大化の能力を幾度か使用することで把握できていた。

 今回、それを最大限利用したのだ。


 みしりと音が鳴った。

 突き出していた足場がガレンの足先を境に崩れはじめる。

 巨石や足場にまぎれて落下した青年やその配下たちが一瞬にして豆粒程度に小さくなり、やがて見えなくなった。


 予想以上に崖は高く、見下ろしていると思わず足が竦みそうだった。

 ふと崖下から強烈な風が吹き、前髪が揺れた。

 おそらく青年が落下前に魔甲印の力で風を起こしたのだろう。

 これでどれだけ時間を稼げるかはわからないが、多少は余裕が生まれたはずだ。


「なんて無茶なことを……」

「さてと逃げるか」


 言って、ガレンはそばで唖然としていたラトカを肩に担いだ。

 小柄なこともあって、やはり軽い。


「な、なにをするんですかっ!? 下ろしてください!」

「下ろしたらまた死ぬって言うんだろ。だからダメだ」

「もう、なんでそんなに自分勝手なんですか! 下ろしてください~! お~ろ~し~て~っ!!」


 両手足を振り回して暴れるラトカを担ぎながら、ガレンは走り出した。



◆◇◆◇◆


「すぐに追手を出せ! 絶対に奴を……巫女を逃がすな!」


 青年――クリス・バルバラードは部下に向かってそう叫ぶと、天を見上げた。

 つい先ほど《竜の頂》と呼ばれる崖から落ちたところだった。

 魔甲印の力によって風を起こし、緩やかに着地したので落下による負傷はない。

 部下も同様だ。


 先ほど交戦した見知らぬ男のことを思い出す。

 ……あの男、わたしに勝てないとわかった途端、逃げを選んだ。

 荒々しい言動から思慮深くないと決めつけていたが、判断力は悪くないようだった。


 ただ、あの男にはもっと注目するべき点がある。

 石を巨大化させた右手の魔甲印ではない。

 左手にも描かれた魔甲印だ。


 二つの魔甲印など見たことも聞いたこともなかった。



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