◆第二十二話『発狂』
ガレンはいまだ熾烈な戦いを繰り広げていた。
イズガルオムの放つ強力かつ壮大な攻撃。
それを紙一重のところで躱し、隙を見ては距離を詰め、グラスヴェイルをもって渾身の一撃を繰り出す。これをひたすらに繰り返している。
直撃すれば死はまぬがれない。
だが、不思議と恐怖の感覚は薄れていた。
麻痺しているのか。
初めはそう思ったが、すぐに違うと気づいた。
長く戦っているからか。
敵の動きに慣れてきている。
躱せると体が確信しているのだ。
イズガルオムが天高くへと舞い上がった。
かと思うや、旋回しながら光線を吐き出してくる。
敵が顎を引いた時点で光線が放たれることは予測済みだ。
ガレンはすでに退避せんと駆けていた。
先ほどまで立っていた場所に轟音とともに光の柱が突き立てられる。
押し寄せる突風に耐えながら、すぐさま天を仰ぎ見た。
視界の端で光の柱がかき消える中、こちらに猛然と迫る巨竜の姿が映り込む。
もう一つ気づいたことがあった。
こちらの攻撃は天まで届かない。
それを敵もわかっているはずなのに律儀に下りてくるのだ。
天から光線をひたすら放ち続ければ安全だというのに。
理屈はわからないが、光線を再び放つには一定の時間を要するのだろう。
だからこそ敵はいまもまた天上から降下してくるのだ。
ガレンは敵の右方へと向かって駆けた。
予測できるからといって余裕があるわけではない。
接触寸前のところで前方へ飛び込み、敵の突進を回避。
荒々しく前転したのちにすぐさま体を起こし、振り返る。
勢いのままグラスヴェイルを振り回し、敵の右後ろ足の脛へと激突させる。
鈍い衝突音が轟いた。
あわせて凄まじい衝撃が全身に襲いくる。
ガレンはついに耐え切れなくなり、体勢を崩してしまう。
剣も弾かれたが、通り過ぎた敵も体勢を崩していた。
遠くのほうで横向けに倒れながら滑るようにして着地している。
達成感に浸る暇はない。
ガレンは即座に追い討ちせんと敵へ向かって駆け出した、そのとき――。
イズガルオムを中心に暴風が吹き荒れた。
あまりの風圧にガレンは足を止めてしまう。
視界の中、起き上がった敵がその目を血の色に染めていた。
さらに咆哮をあげる。
これまでとは明らかに違う。
低く、長く。
まるで憤慨しているかのような声だ。
敵の身にいったいなにが起こっているのか。
ふいに敵が遠吠えでもするかのように口を天へと向けた。
つられて視線を上げた瞬間、ガレンは思わず目を剥いた。
天にイズガルオムを呑み込むほどの巨大な魔法陣が描かれていたのだ。
それも一つではない。
天を埋め尽くすほどの数だ。
それら魔法陣から光線が放出される。
イズガルオムが口から吐き出していた光線と同じものだ。
回避の思考が脳裏を過ぎるが、魔法陣が描かれていないのはイズガルオムの頭上のみ。
いまから向かったところで間に合わない。
受け切るしかない――。
ガレンはすぐさま屈み込んだ。
グラスヴェイルを自身に被せ、その腹を両手で支える。
直後、とてつもない衝撃がグラスヴェイルを通して全身に圧し掛かった。
膝や肘が悲鳴のごとく軋みはじめる。
徐々に体勢が崩れていく。
ついには首、顔面で抑える格好になる。
もう抑えきれない。
――押し潰される。
限界を感じた瞬間、押し寄せていた重みが消え失せた。
どうやら攻撃が止んだようだ。
剣をどかし、周囲を確認しても光線は見えない。
耐え切った。
あの攻撃を耐え切ったのだ。
息を荒げながら、ゆらりと立ち上がる。
ふと視界の端から巨大な影が迫った。
イズガルオムの尻尾だ。
わかったときには反射的に跳躍していた。
猛烈な勢いで尻尾が眼下を通り過ぎていく。
自身の本能に感謝したいところだが、両足首に走る凄まじい激痛のせいでそれどころではなかった。
おそらく先ほど光線を受けた際に負傷したのだろう。
くそっ、とガレンは思わず呻いてしまう。
だが、怪我を嘆いている暇はなかった。
こちらが宙に浮いたところを狙い、イズガルオムの口が食い殺さんと襲ってきたのだ。
呑み込まれれば終わる。
とっさに敵の口内へと巨大化させたグラスヴェイルを突き込んだ。
が、どこにぶつかったのか。
硬い感触が伝わってきた。
「口の中まで硬いのかよッ!!」
敵は呻くどころか勢いよく口を閉じてきた。
剥かれた巨大な牙とグラスヴェイルが激突し、耳をつんざくような音が鳴り響く。
敵が口を閉じたまま頭部を荒々しく動かしはじめた。
体が振られる前にグラスヴェイルの巨大化を解除。
敵の下顎を蹴って離脱しようとする。
が、両足に走った痛みのせいで思い通りの飛距離を得られなかった。
落下地点は敵の左足のそばだ。
グラスヴェイルを叩きつけて落下の衝撃をいなし、受身を取りながら着地した。
体を起こしたと同時、影が下りる。
見上げた先、敵の左足が踏みつけんと迫ってくる。
両足を負傷しているせいで上手く走れない。
ガレンは一瞬の逡巡を経て、グラスヴェイルを巨大化させ、敵の足裏に突きつける。さらに柄をかすかに外側へと倒した。
敵が足を下ろし、剣が倒れていく。
それにつれて柄が敵の足下から押し出されるようにして遠ざかり、あわせて柄を握っていたガレンも敵の踏みつけから逃れた。
あとはグラスヴェイルの巨大化を解除し、一旦距離を――。
そう思ったとき、またも敵の尻尾が右方から迫っていた。
回避は間に合わない。
急いで巨大化を解除し、剣を割り込ませる。
直後、音が消えたような感覚に見舞われた。
目を開けているはずなのに視界を視界と認識できない。
どこかぼんやりとしている。
ようやくガレンは自分が尻尾に突き飛ばされたことに気づいた。
意識を失っていたのはほんのわずかな間だ。
まだ浮遊している。
やがて天地の境界に体のあちこちを打ちつけながら跳ね、転がっていく。
押し寄せる鈍痛のせいか。
体が凄まじく重い。
ふとなにかが足りない気がした。
両手を動かしてすぐに気づいた。
グラスヴェイルがない。
突き飛ばされたときに落としてしまったのか。
うつ伏せの状態から両手で体を起こし、捜しはじめる。
早々に剣は見つかったが、目の前が暗く染まりそうだった。
遠く離れたところに立つイズガルオムのすぐ近くに落ちていたのだ。
足を負傷したいま、グラスヴェイルだけが頼みの綱だった。
これでは敵の攻撃を躱すことはできない。
どうすれば――。
イズガルオムが顎を引いた。
諦めるつもりはない。ないが……。
逃げる手段がない。
ガレンは歯を噛みしめながら下を向いた、そのとき。
「突撃っぽーっ!」




