表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

03 反応




検査の結果は記憶喪失以外、異常なしということで、緑川さんに連れられ家に帰ってきた。

住宅街の一角の、普通のこじんまりした一軒家で、自分の部屋もある。父と二人暮らしなら十分な広さの家だった。

僕の母親は、なんでも小学生の頃に病気で他界したらしいが、仏壇に飾られている写真を見てもやっぱり思い出さない。

父親が海外出張で不在なため不便だろうと、緑川さんが家政婦さんを連れてきてくれた。30代前半の美人なのに気取っていない彼女は、家に寝泊まりで僕の身の回りの世話をしてくれる。

2、3日休んでゆっくりすればいいと緑川さんは言ってくれたけれど、じっと家に籠るだけなんて嫌だから、退院した翌日から学校に行くと決めていた。けれど、失った記憶が何処までかを確認する必要があるからと、緑川さんと家の中の物や、機械類の操作方法…と言ってもTVや電気の付け方…等々を確認するのに数日かかってしまった。普通の生活に支障が無いことを確認し終えた緑川さんが学校に行く許可を出してくれた。それが今日だ。

幼馴染の黄之本さん…いや、煉と呼べと言われてたんだ。煉さんが学校まで送ってくれることになっている。

私服で現れた煉は、道すがらよく遊んだ公園や思い出の場所、エピソード付きで話してくれたのは、見て回っている内に僕が少しでも何か思い出すのかもと期待したのだろう。

しかし、残念ながら何一つ引っかかるものはなかった。


「ああ、すまん。急ぎすぎたな」


強面なのに申し訳ない顔をして、困ったように目を泳がせて謝ってきた。

だけど次の瞬間、一転して楽しそうに僕の顔を見る。


「記憶がない雫も新鮮でいい。真っ白なお前を俺の色に染めようか」


覗き込んで僕の顔色をうかがうそれは、完全にからかいが含まれていた。


「あ、遊ばないでよ!」


 黙っていると視線というか目が鋭く野性的な煉は近寄りがたく感じるのだけど、表情が豊かなので怖いとは思わない。

 そんなことよりも、美形なのだ。そんな美形から意味深な言葉を吐かれたら、女の子は勘違いするよ?

そんな煉にからかわれて、フンと膨れた横を向いたけれど、家中見て回っても一向に思い出すそぶりさえない僕は、幾分か沈んでいたのは事実で、そんな暗い気分が飛んでいったのは煉のお陰。彼が楽しそうに歩いて、時折僕をからかってくるから暗い気分に浸っている時間が無いとも言える。

背が高いから歩幅が違うのに速度を落として僕の歩調に合わせて歩く煉に、小さく呟いた。


「有難う…」

「ん?何か言ったか?」

「何も…ところで、何故か僕らを見ている人が多いような気がしない?」

「そうか?気のせいだろう」


煉はそう言うけれど、制服姿が多くなるにつれ、チラチラとこちらを見る人が目立つ。

僕らと言うより、煉を…と言った方が正しいだろう。

背が高くて均整の取れた肢体、意志の強そうな感が表に出ているが、顔は整っていて華やかさがある。

通り過ぎても振り返って、もう一度見てみたいと思わせるのだろう。それ程、彼は格好がいい。

幼馴染とはいえ、ごく普通の僕に付き合っているのが不思議だ。相応しい人が隣を占めていた方がいいだろう。

あまり煉には迷惑をかけないよう心がけようと考えた矢先、学校に着いても何処に行ったらいいのかわからない僕に、煉は教室まで連れて行ってくれた。

同じ敷地内に高校と大学が隣接されているとはいえ、彼は二つ上の大学生なのに。

僕の通う高校は中高大の学校が一つの敷地内にあるモンスター学校で、一応、諍いがないように区切りがあり、門もそれぞれに設けられている。

そんな中、私服だと目が引いて居心地が悪いはずなんだけど、煉は堂々としていた。

ま、僕も私服なんだけど。

頭を打った時に制服を着ていたみたいで、破れてそのまま着るのは問題ありだから、今、新調しているところだ。

暫くは私服での登校ということである。

それはいいとして、煉は教室のドアを開けると、近くにいた生徒を呼び寄せ言った。


「こいつに席を教えてやってくれ」

「え?…席って、え!白石!?ええぇ!?黄之本先輩っ!?」


呼び止められて僕を見て彼はきょとんとしている。それもそうだろう、クラスメートが自分の席が分からないんだから、変に思うはずだ。そして後ろにいた煉を見て驚きを通り越し驚愕を浮かべた。

もしかして煉って有名人?


「ああ、そうか。君、もう少し待てくれ。先にすることがあるから」


煉はがちがちに固まった男子をその場に留めると、ズィと教室に一歩踏み込んだ。


「おい、ここに居るヤツ、よく聞け!知っている奴もいるかもしれないが、白石雫は記憶喪失になってしまった。だが普通に生活はできる。こいつが困っていたら手助けを頼みたい。間違ってもいじめようなんて考えるなよ。そんなことした奴は俺が許さないからな!」


騒々しい朝の教室は一気に動きを止めてしまい、煉の独壇場となってしまった。話終わった後も時間が止まったように、教室にいる生徒は煉に注目している。

彼に肩を抱かれ、一緒にいる僕も当然注目を浴びたのだが、皆の視線に居た堪れなくてもぞもぞと扉の影に隠れているその間、煉が声をかけた男子生徒に、ひそひそと話をしているのには気づかなかった。

注目されたことも恥ずかしいが、煉の言動も恥ずかしいよ。いくら幼馴染とはいえ、保護者のような言動。まぁ、僕に記憶がないから心配なのは分かるが、過保護すぎだよ。

言いたいことを言い終えたて満足した煉は、今度は僕に注意を促した。


「授業が終わっても先に帰るなよ。迎えに来るから。時間的に大丈夫だと思うが、万が一ということも……」


その後に耳打ちで教えてくれた内容は、大きな声で言うわけにいかない話で、こっそりと教えてくれた。


「…本当?そんなことが?分った。待ってる」

「よし、いい子だ!」


良い返事が返ってきたことに満面の笑みを浮かべた煉は僕の頭をなでたあと、ずっと待っていた生徒に「頼んだ」と一言言って去って行った。

憧れの人に出会ったかのように感激している男子生徒に席を教えてもらい、まだ注目されているのかと、おずおずと頭をあげそっと辺りを見渡す…と、おかしなことに気づいた。

教室の中ってこんなに暗かったっけ?入口から見るのと陰りが…

窓から陽が入り電気も付いていて、視界的には十分に明るいといえる。だけど、暗く感じるのだ。さっきと何所がどう違うのか、観察するのに夢中で周りに生徒が集まってきているのに気づくのが遅れた。


「ねぇ、黄之本先輩とどういう関係なの!?」


突然現れたかのように間近に迫った可愛い顔した女子生徒。近すぎる接近に僕が座っていた椅子がガタッと鳴った。後ろに倒れなかったのは、後ろにまで人が押し寄せ集まっていたから。

そこからはなんで集まってきたのか、驚く暇を与えないぐらい、次々に質問が降ってくる。


「一緒に登校していたよね?家が近いの?」

「もしかして先輩の誕生日とか知っていたりする?教えて!」

「すげーな。白石、あの先輩と知り合いなんて」

「伝説の決闘、間近で見たぜ~俺」

「あれは、凄かったよな」


次早に質問の嵐、答えることもままならない状態で「あ…」とか「ええと」しか言えず。それでも集まった人たちは、かまわずに勝手に会話を弾ませていた。

何なんだ、一体…

確かに煉は格好が良いから騒ぐのはわかるけど、クラスメイトのほぼ全員がつめよってくるなんて。どんな人気だ。それに時々出てくる「決闘」って…?

何だか凄い人とお知り合いみたいだな、僕。

煉って僕の幼馴染と言っていたけれど、クラスメートがいきなり騒ぎ出したということは、今まで一緒に登校したことがなかったということで、皆は僕と煉が幼馴染ということも知らないということだよね。

それって何かおかしいような…

何処がおかしいのか考えようとしても、質問の嵐は収まってなくて、急かすように問い詰められた。


「何で教えてくれないのよ!」

「私の質問の方が先よ」

「シノブ、あなたには彼氏がいるじゃない。先輩に興味を持たないでよ!」

「いいじゃない。憧れるぐらい」


僕が答えられないでいると、周りが白熱してとんでもない方向へと飛んでいく。

一方では質問、一方では決闘の話で盛り上がり、一方では喧嘩に発展しようとしていた。

僕はどうしたらいいのだろう?第一記憶が無いのだから誕生日は知らないし、迎えに来てくれたから煉の家も知らない。退院した翌日に僕の家に来てくれて、その時携帯の番号を教えて貰ってけど…それは勝手に教えられないよね?ということは答えることがないんだけど…

皆の熱を収まらせなきゃと思うものの、オロオロするばかり。囲まれているから逃げることもできない。

押し寄せる色々な感情の波が、怖い…

高まった感情が熱気を産み津波のように押し寄せる感じがする。有り得ないことだと分かっていても僕に浸透して攻撃しているみたいだ。

胸が圧迫され息苦しい。

それに、みんなの周りの空間が熱によって歪められ蜃気楼のように揺らめいている。

たかだか会話に熱が入ったところで、空間が揺らめくことはありえない。そこになんらかの物理的作用がなければ。

僕の目がおかしいのだろうか…と、思う反面、これは『人が持つ感情』がなした現象だと理解していた。

だけど、それだけで息苦しさから逃れられない。この場を去らなければ収まることはない。

 ――誰か助けて…

誰も、僕が人の感情の波で苦しんでいることなんて知らない。誰も助けてくれる筈はないんだ。分っていても、身動きが取れない状態だから願うしかなかった。

満足に呼吸ができず、酸素不足で限界だ、と意識を失いかけた、その時、パンパンという乾いた音が教室に響いた。


「はーい、そこまで。しぃが…あぁ、もとい、白石が具合が悪そうだぞ。退院したばかりで周りがワイワイ言ったら疲れるだろう。それに、なんたらとか言う先輩にお前たち、白石のこと頼まれたんだろう?早速具合悪くしてどうする。鉄拳でも食らうか?」


人垣から少し離れたところで、これと言って大きな声を出していないのに人々を制止させた宮園がだるそうに机に腰をおろしていた。


「み、宮園――っ」


誰かが彼の名を口にした途端にわいわいと熱を発していたのが、冷却スプレーを浴びせられたように冷め切って、宮園の近くあった人垣が退き、さぁーと道ができた。


「こりゃ、どうも」


宮園ができた道を僕の方へと歩みだすと、更に幅が広くなる。まるで皆が宮園に触れるのを嫌がっているかのようだ。


「ほら、保健室に行くよ」


皆の反応を気にする風もなく、飄々と手を差し伸べる宮園。


「え、でも、もうすぐ授業が…」

「馬鹿か、そんなこと気にするな」


そう言うが早いか僕の腕を取って、グィッと引っ張り上げる。反動で前につんのめるが、宮園は軽々とそれを支えてくれた。

お礼を言おうとしたが、みんなの目があることに気づき、恥ずかしさから逆のことを言う。


「お、お前が引っ張るから」


男が男に抱きとめられているのは、情けない姿である。反発したものの、果たして拭えたかどうか。



「あぁ、はいはい、青い顔して言われても、こっちが困るだろう。そんなことより保健室に行く、分った?――と、そうだ、お前の眼鏡、間違って僕の鞄に入っていたよ。ほら、返す」


無造作にポケットからだした眼鏡をポンと僕の手に乗せる。え?僕って眼鏡かけていたの?普通に見えるんだけど?と手に乗せられた大き目のレンズを見ながら、宮園に引っ張られるまま歩んでいると、教室を出る間際、後ろで「…あの眼……気持ち悪い…」というのが聞こえてきた。

眼……?目が気持ち悪いって…?

ああ、そういえば、病室で僕を覗き込んできたときの宮園瞳は、左右で色が違っていた。けど、でも、気持ち悪い?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ