父親に挨拶に行く
くにさきたすくさんの作品「細雪の訪問者」の二次創作品です。くにさきたすくさんのすばらしい作品と共にお読みいただけると幸いです。
僕は意を決して電車に飛び乗った。その電車には様々な格好をした人々が乗っている。ちょんまげを結った者、ベルボトムのジーンズを履いた者など様々だ。しかし、そこには共通点がある。みんな昔の出で立ちなのだった。
この電車は下り電車だ。つまり過去へ向かう電車だ。この電車が走り出してもう十年になる。人生で二度だけ乗車できる。そして到着駅からは申請した人物以外との接触は禁じられている。歴史を歪める可能性があるからだ。現在の研究では軽微な過去への干渉は、自然に修正される事が分かっているけれど慎重にしなければいけないらしい。二度の乗車で同じ時代へも行くことができない。よって僕の目的のためには一度の乗車で事を為さねばならないのだ。
…… 一時間前、あるマンションの一室 ……
「さゆ。この格好、可笑しくないかな? 二〇一三年らしいかい? 」
さゆはにっこりと頷いた。
「ええ、可笑しくないわ。あの時代の真面目な青年よ」
「そうか。何だか緊張するなあ」
「ふふふ。結婚の挨拶ですものね。でも大丈夫よ。お父さんはとても優しい人だったから。きっと認めてくれるわ。」
さゆは少し出っ張ったお腹をさすりながら微笑んだ。
「うん。頑張って認めてもらってくるよ。」
こうして僕は電車に飛び乗ったのだった。
さゆの父親は晩婚であったために、五十を過ぎてからさゆが産まれた。そして、さゆが十二の時に六十半ばの父は他界してしまったのであった。さゆは父親が大好きであった。父親は「さゆの婿さんを見たいな。どんな人を選ぶのかな」と言っていたらしい。
こうして僕はさゆの父親に挨拶しに行くことになったのだ。
『三十年前~。三十年前~。二〇一三年です。右側のドアが開きます』
車内アナウンスが流れた。俄かに緊張してきた。
僕は駅を降りると、『過去3Dマップ』で何度もシュミレーションした通りに、さゆの産まれた家に向かう。この路地を曲がれば、見えるはずだ。ほらね、見えた。過去に来るなんて緊張していたけど、案外簡単だな。あとはお父さんに挨拶すればよし!
僕は足取りも軽くなった。「島田」と書かれた表札、間違いない、ここだ。
『ピンポーン』
呼び鈴を鳴らす。『がちゃがちゃっ』と音がして誰かが出てくる気配が伝わってくる。途端に、また緊張してきた。
「はい」
写真で見た通りのさゆのお父さんだ。心臓が破裂しそうに動き出す。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。」
僕はお父さんに必死で挨拶をした。認めて貰いに来たのだ。もうあの電車に乗る機会はないのだから。
その後はどの様な会話をしたか良く覚えていない。ただ必死に子供が出来てしまった事を謝ったりした気がする。最後はお父さんも「娘をよろしくな」と言って許してくれた。心底ほっとした。
こうして僕は無事にさゆと結婚することになった。
「でもさ。お父さん、良く許してくれたわね」
「え!? どうしてだい? 」
「だって、あなたが行った頃のお父さんは、まだ母さんと結婚してないのよ」
「ええ~! じゃあ、お父さんは訳が分からなかったんじゃないのかい!? 」
さゆはけたけた笑うと、優しく言った。
「大丈夫だって。私のお父さんは優しくて、とても心が広いのよ。だって許してくれたんだもの 」
「う、うん。そうだけど…… 」
僕の『あの時代』のスーツのボタンを外し、機械にセットすると、白い壁に映像が現れる。そこには戸惑っているさゆの父さんが映っていた。さゆは涙を浮かべながら映像を見つめている。
独身の自分の所に「娘をくれ」と必死で結婚を認めてもらおうとやってきた男を、父さんはどう思ったのだろうか……。僕は『父さん』に聞いてみたかったなと思ったのだった。
(了)