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流れ星・シュート・ボール


「うーん、こんな感じかな?」


 そう不安げに聞くお兄さんの手のなかには、つやつやと輝く黒色のお鉢がありました。澄んだ夜色の器のなかで、たまにお兄さんの銀色がきらめきます。

 これはお兄さんが魔法でうにうにと造りあげたお鉢です。このなかに水を注ぎ、その水面に夜空のお星さまを映して、その人にお兄さんがまちがえて流れてきてしまったことを伝えればいいのです。

 よし、とココが魔法をつかおうとした瞬間、お鉢がべちゃっとした泥のように溶け落ちて――そのまま消えてしまいました。


「また、消えちゃったね」

「結構難しいんだよ、これ。……というか、あんまり得意じゃないんだ」


 これで三度目の挑戦でした。お兄さんは疲れたように肩を落としました。


「えーっと、泣かないでね、おチビさん」

「泣かないってば!」

「君が泣くとこっちも悲しくなる」

「……」


 お兄さんはココの話を聞いてるのか聞いてないのか、よく分かりません。とにかく疲れているようです。

 ココが使える魔法は、ただ一つ、水の魔法だけです。それも、誰でも使えるようなとっても簡単なものしか使えません。どれだけ練習してもそれだけでした。

 そのため、魔力を捏ねて物をつくるお兄さんの苦労は、よく分かりませんでした。


「ごめん、ほんの少し休憩時間ちょうだい……」

「いいよ」


 うなだれるお兄さんを労わるように、ココは背中をさすってあげました。それからお兄さんの気を紛らわせるため、あと好奇心もあったため、しばらくお話しすることにしました。


「お兄さんの特技ってなぁに?」

「えぇ? ああ、ボール遊びとか少しうまいよ」

「ぼーる……」


 これはまた、なんとも流れ星らしくないチョイスです。

 ココの微妙な雰囲気を感じとったお兄さんは、「ホントだよ!」と慌てています。


「空ではみんな距離がばらばらだから、それくらいでしか一緒に遊べないんだ」


 なるほど。そう聞くと理に適っているような気がします。

 それでも違和感はぬぐえませんが。

 まず、ボールはどこで調達するのでしょう。


「ボールはもっと上手に魔法をつかえる人が造ったり、偉い人から授かったり、適当に拾ったり、かな。ほら、だからココのことだってちゃんと受け止められたんだよ」


 お兄さんは一人でうんうん頷いています。

 最後がよく分かりませんでしたが、ココはスルーすることに決めました。


「うん、そろそろ大丈夫かな」


 お兄さんは得意じゃないと言いつつ、一度失敗するたびにどんどんうまくなっていっていました。はじめはただ手から黒い砂がこぼれ落ちるばかりで、形にすらなっていなかったのです。

 だから、ココが思っていた通り、お兄さんは今度は、お鉢を造るのに成功しました。

 ココもがんばって、お鉢に水をそそぎました。

 二人そろって完成させた、まるで黒い海のようにゆれる水。

 そのなかで、ある一つの星だけが、ひときわ強く輝きました。

 お兄さんがお鉢のなかの水面に顔をよせて目をとじると、そのお星さまは答えるように点滅しました。

 そしてしばらくちかちかと輝いていました。まるで会話をしているようです。ココには聞こえませんでしたが、きっとそうなのでしょう。

 が、ふとココが瞬きしたうちに、その光が消えてしまっていました。


「あれ?」


 ただ黒い波が、ゆらゆらと静かにゆれているだけです。

 どうして? と尋ねようとお兄さんを見たその瞬間。

 お兄さんの体が、白い光に包まれはじめました。やわらかな、ふんわりとした光です。

 髪の毛や目、お兄さんの銀色の一つ一つが、優しく透けるようにかがやいています。 


「お兄さん?」


 すらりと立ちあがったその姿は、本当に凛々しくて美しくて、まるで神様か精霊様のようでした。


「なんだか、帰れるみたい」


 でもその表情はやっぱり緊張感にかけていて、ゆったりとしています。

 そして、かすかに寂しげでした。


「……そっか。おめでとう、よかったね!!」


 ココよりずっと魔法がつかえて、元いたところに戻ることができる、お星さまのお兄さん。

 悔しかったりもしましたが、それでもココは、心からよろこぶことができました。

 短いあいだでしたが、お兄さんのことを友達だと思っていたからです。

 きっとお兄さんも、そう思ってくれていることでしょう。

 お兄さんはどうやら浮き上がれるようになったらしく、ココを抱えて穴から出てくれました。


「本当によかった。じゃあ、またね……」


 そう言って別れを告げ振られたココの手を、お兄さんは止めました。


「待って、ココ。お礼だよ。何かしたいことはない?」

「ない」

「嘘ついたらだめだよ」

「うそじゃない!」


 さけんで、お兄さんの腕をふりはらってから、ココは顔をあげました。


「だって、わかってるでしょ?」


 ココはふるえる声でそう言って、痛そうな顔でくしゃっと笑いました。

 まるで、そう、泣いているようです。


「ね。もう、死んでるんだもの」


 そうです。ココはもう、死んでしまっているのです。

 魔法もほとんど使えないちっぽけなココは、あっさりと死んでしまいました。

 大好きなお父さんとお母さん、それからかわいい弟と妹を残して。

 何もできなかったココは、少しぼんやりとした感じで、ずっとお家のなかにいました。

 あんまりよく分かりませんが、誰ともお喋りできず、誰にも見えず、もちろん触ってもらうこともできない。

 そのことを寂しいなぁと思っていたような気がします。

 それから家族みんながずっとしょんぼり悲しんでいるのも、つらかったような気がします。

 でも死んでいるので、涙はでませんでした。

 そう、今夜だけは、特別でした。

 ココの誕生日で、それに流れ星がたくさん流れる珍しい日でもありました。

 お父さんとお母さんのお願いに引っぱられたのか、近くに落ちてきたこのお星さまの力に引っぱられたのか、今夜だけ、ここまでハッキリと意識を持つことができていました。

 しかし、それももう終わりです。


「でも、よかった。

「だって、これで私にも意味ができたから!」


 ちっぽけで役立たずのココは、役立たずのまま死んでしまいました。

 そのあとも、ただ家族を悲しませるだけでした。

 それでも。

 こうして引っぱられて現れた存在だからこそ。水魔法しか使えないからこそ。子どもだからこそ。

 そう、ココだからこそ、お兄さんの役に立つことができたのです! 

 お兄さんはこれから、空へと帰っていくことでしょう。

 そしてお兄さんはお星さまですから、それはそれは長いあいだ光りつづけます。

 ココの生きた意味が、ココの名前と一緒に、それはそれは長いあいだ残ることになります。


「……」


 お兄さんは黙ってしまいました。

 ココはこうしてやり遂げたというのに、なんとなくみじめな気持でうつむいていました。こうなったのも、お兄さんのせいです。文句でもいってやろうとして顔をみれば、お兄さんはうってかわってにっこりとココに笑いかけていました。そして、その小さな体をもちあげました。


「ココにお願いがないのならしかたないね。別の願いをかなえよう」

「なにを――」


 それ以上は言葉になりませんでした。

ぐんっと体を持ち上げられ高くにのぼったかと思えば、まるで風に乗ったかのような浮遊感。

 そしてくるんと一回転して、そのほんの一瞬にみえたのは、微笑むお兄さんの顔。


「得意って、いっただろ?」


 自慢げなささやきが、ココの耳にとどきました。


 ごう、という凄まじい音がひびき、大地を、空気を、世界をゆらします。

 夜の闇も吹きとばしてしまうような、まぶしい輝き。流れるきらめきとあふれる光は、まるで滝のよう。

 いきおいよく銀色の尾をひき、流れ星はのぼっていきます。空に落ちていきます。元のところへ、帰っていきます。

 目の前いっぱいにひろがる、一生に一度見られるか見られないかの、奇跡の光景――。


 しかし、ココの両親がぽかんと口を開けて見つめていたのは、もっとその前のものでした。

 壮大な流れ星を背景に、こちらへめがけて飛んでくる、そう、ちっぽけな、かわいい、私たちの――。

 最後の最後。本当の奇跡。


「ココ、」

「ココ……」


「――おとうさん! おかあさん!!」


 両親二人の腕のなかにぼすんっと見事に飛びこんだココは、夜にひえきっているけれどあたたかい二人に顔をすりよせました。


「ココ、とってもしあわせだったの。

「ほんとにほんとに、しあわせだったの。

「だからなかないでね。――さようなら。ありがとう!」


 二人がその言葉を聞いて抱きしめる力を強めたとたん、ココの体はふっとかき消えてしまいました。


――まるで、夢でも見ていたかのような。


 ココのおとうさんとおかさんは顔を見合わせて、それからおいおい泣きだしました。

 あの子のぬくもりを忘れないようにぎゅっと抱きしめあって、弟と妹が起きてしまうくらい、大声でずっと泣きつづけました。





 そこからはるかたかく夜空の底で、流れ星のお兄さんは、その光景をやさしく見つめていました。

 そしてココの姿が消えてしまうと、ぐっと腕をのばしました。


「うーん、五人分の願いを叶えたのははじめてだから、少しつかれたなぁ」


 気付いたらその場にいたココは、そこで「ん?」と首を傾げました。


「五人って?」

「誰だとおもう?」


 ココはすなおに指をおって数えはじめます。

 指はなんとなく透けていて、夜空の黒い色が向こうに見えました。

 まずはココの家族、四人です。


「パパとママ、トッドとナナと――それから?」

「僕だよ」


 えへんと胸を張るお兄さんを、ココはあきれた顔でみました。

 自分の願いをかなえる流れ星が、どこにいるのでしょう。

 お兄さんは手のひらで、ココの頭をゆっくりと撫でました。


「あのね、願いをかなえて、お礼を言ってもらうのははじめてだった。……こちらこそありがとう、ココ」

「……どういたしまして」


 ココはにっこり笑うと、きらきらした光の粒につつまれて、そしてふっと消えてしまいました。


 どこに行くのかは、星も知りません。


 お兄さんは夜空を眺めてから溜息をついて、魔力をこねこね練り出しました。

 そしてきれいなボールができてから、それを遠く遠くへ、力いっぱい、放り投げました。


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