流れ星・シュート・ホール
その日はココの十歳の誕生日。
それはそれはうつくしい流れ星が、いくつもいくつも流れました。
恋を叶えたいと思うもの、死んだものに会いたいと願うもの、さらなる能力を望むもの――。
些細なものから大きなものまで。
たくさんの想いと願いのあふれる夜に、ココは、あるうっかりさんな銀色のお星さまと出会いました。
森のこわい魔物達たちも寝てしまっているだろう真夜中。
ココはぱっちり目をさますと、ベッドの上で大きくのびをしました。
そして、となりですやすや眠っている弟と妹をしばらく眺めてから、おこさないようにベッドから抜けだしました。
お父さんとお母さんはベランダにでて星をながめています。なにかお話をしているようですが、ココには聞こえませんでした。ココは二人の背中をしばらく眺めてから、こっそり後ろを通り抜けました。
「今夜、流れ星がたくさんふるらしいぞ」
今朝お父さんとお母さんが、確かそんなことをこそこそと話していました。朝ごはんのときです。
いつのまにかそれを聞きつけて、「見たい見たい」とぐずっていた弟と妹は、お父さんとお母さんに怒られていました。体に悪いから、子どもの夜更かしはよくないというのです。
――でもなんで、大人は夜ふかししていいんだろう?
体にわるいのに。そうココは不思議に思いましたが、誰も答えてくれる人はいませんでした。
ココがお外に出ると、ふっとりした黒猫がどうどうとした足取りで歩いていました。首輪がついていないので野良猫なのでしょうが、それにしてはいい毛並みをしています。
ココがつんとスマして歩いている黒猫を見つめていると、黒猫がふっとココのほうを見ました。
ココは目があったのにびっくりして嬉しくて、心臓がドキドキしました。なでてみたいと思ってそっと足を踏みだしたところ、黒猫はココにむかって
「ギャ!」
となき、毛を逆立てました。そしてそのままくるりと向きをかえ、走りさっていきました。
「あっ」
ココはとっさに後をおいました。
黒猫はあんなに小さいのにココよりずっと早くて、あっという間に夜のなかに溶けていきました。それでもココはいっしょうけんめい走りました。こんなに力いっぱい体を動かすのはとても久しぶりのことだったので、なんだか楽しくなってきたのです。
ココはたくさん走りました。村の外れの丘まで走って走って走って走って――自分の体が、ふわりとうきあがったのを感じました。
そしてくるんと一回転して――。
「ナイスキャッチ! ……危ないよ、おチビさん」
ココが目をぱちくりすると、そこには銀色のきれいなお兄さんがいました。そのきれいな顔は女の人のようですが、声がすこし低くて背もすっと高いので、ココはお兄さんだと思ったのです。
きらきらと眩しいくらいかがやく髪と、まるで星くずを閉じこめたような目は、どちらも落ち着いた銀色をしていました。
「……だぁれ?」
ココがきょとんとして聞くと、お兄さんもきょとんとしました。そして抱えていたココをおろしました。
そこで分かったことですが、どうやらココは穴のなかに落ちてしまったようです。空気が土のにおいでいっぱいで、ほんのちょっぴりじめじめしました。
「星だよ」
「ほし……」
あの? とココが指さした先には、丸く切りとられた満点の星空がひろがっていて、お兄さんは「そうそう」と笑って頷きました。
「まちがえて落ちてきちゃったんだ」
「流れ星がいっぱい落ちる日だから?」
「うっかりしちゃって。そしたらこんな穴のなかにいたんだ」
ココはバカだなぁと思いました。お星さまというのは、この世界中の誰よりもずっとずっと長生きをするのだと聞いたことがあります。この人はとっても大人なのに、どうしてそんなことになってしまったのでしょう。穴に落っこちたことを考えると、もしかしたら、とっても不運なのかもしれません。
しかし同時に、今日は本当にたくさんのお星さまが流れるのでしかたないかなぁ、とも思いました。
お星さまのお兄さんは照れたように頭をかいています。ココは結局、思ったことを口にする代わりに「ありがとう」とおかっぱ頭を一回下げました。
「どういたしまして。でも、助けなくてもどうにかなっていただろうけどね」
お兄さんはそう言うとはるか遠くにある夜空をみあげ、だるだるした袖でココの頬をなでました。なんだか、子どものような表情としぐさです。
「う~ん、それにしても困ったな。これからどうしたらいいんだろう」
「なにが?」
「こうして落ちてきてしまったけど、このままじゃ空に帰れないんだ。……せめて上の誰かに伝えられたらな。そうしたら引っぱってもらって、空に落ちれるんだけど」
その「空に落ちる」という表現はよく分かりませんでしたが、星が空向かって逆に流れるということでしょうか。
とにかく、お星さまのお兄さんは助けを必要としているのです。ココは急いで、その「連絡を取る方法」を考えました。ちょっと焦ってしまうくらい、このお兄さんの役に立ちたくてしょうがありませんでした。
「大きなお声でよんでみようか」
「あんなに遠いんだもの、聞こえるはずないよ」
「いっぱいおててを振ってみようか」
「あんなに遠いんだもの、見えるはずないよ」
「もうすぐ誰かが気づいてくれるよ」
「あんないっぱい流れたんだもの、分かるはずないよ」
「じゃあテレパシー!」
自棄になって叫んだココの案に、お兄さんは苦笑いしました。
「……そんなにすごい超能力は、持ってないんだよ」
「……ううーん」
ぽんぽん返されるとても消極的な回答に、ココは困ってしまいました。お兄さんたら何も試さずに、諦めたことばかり言うのです。
……だけど、それが正しいのかもしれません。
すぐ上でちかちか光るお星さまは、ココには想像もつかないくらいはるか遠くにいるのです。ココはもう子どもじゃないので、それぐらい知っていました。あそこにいたお兄さんなら、もっとよく知っていることでしょう。
それでもどうにか役に立ちたいココは、うんうんうなって考えこみます。 お兄さんはそんなココの頭を、だぶついた袖ごしになでました。
「おチビさん、ありがとう。もうちょっと考えてみるね」
そう言ってへらへら笑いました。
久しぶりに頭をなでてもらったココは嬉しかったのですが、ほんの少しムッとしました。戻りたいところに戻れなくなるかもしれないというのに、なんてのん気な人なのでしょう。このままでは、一生戻れなくなるかもしれない。それなのに諦めてばっかりで笑って。
お兄さんにはまだまだ、戻れる可能性があるのに!
ココはなんだか分かりませんが、泣きそうになりました。でもぶんぶん首を振って誤魔化しました。代わりに、心でちょっぴり涙を流しました。
それに気づいたお兄さんは、やっぱり少しのんびりした調子でした。
「おチビさん、どうしたの? 泣かないでね」
「私は泣かないし、おチビさんじゃないの! ココっていうのよ、もう子どもじゃないの!」
「あはは、分かったよ。ごめんね。そっか、ココっていうのかぁ」
「そう。忘れないでね!」
お兄さんは、なぜか嬉しそうにほほえんでいます。それを見ていると、なんとなく気が抜けた感じがして、ココも気づいたらニコニコしていました。
そしてほんのちょっぴり、ココの心に「まあいいか」という諦めが浮かんできます。自分のことを覚えてもらえたことだし、このままゆっくりお話ししちゃってもいいかなぁ、と思ってしまったのです。
(だめだめ、妥協はよくないのよ!)
ココのしっかりした部分が、お母さんのように叱りつけてきます。全くその通りです。
それにココは、お星さまと仲良くなれて、自分を知ってもらえました。そしてそれだけでなく、お星さまの役にも立てそうなのです。
(折角の機会なんだから!)
よぉし!と、自分をはげましたその途端。
ぱっとあることをひらめいて、ココは顔をかがやかせました。
「そうだ! 届かないなら、こっちによんだらいいんだよ!」




