表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の鷹  作者: 桐原草
第二章 十市(とおち)
6/15

6 鹿狩り

 高市は腹立たしい気分のまま朝食の席に着いていた。先ほどまで慣れない手つきで畑を耕して畝を作っていたのだ。

 早朝にこっそり森を探りに行こうとしたところを、鷹に連行されて今まで畑仕事だったというわけである。しかも鷹にはどうやら遠くの物音でも聞こえ、見えないものも見えてしまうという技があるらしい。これでは逃げることを考えたところで徒労に終わってしまう。高市少年はおもしろくない気分だった。

 指が鋤を持つ形に固まって箸がつかめない。昨晩の残りである野ウサギの肉を取り落としてしまい、高市は恨めしく思う。高市の好物なのだ。見かねたのか、十市が肉を取り分けてにっこり笑いながら手渡してくれた。

(やっぱり桜の精みたいだな)

 桜の花びらのような爪をみながら高市は思う。この二人は本当に親子なんだろうか。十市は鷹と呼んでいて、父と呼んではいない様子だ。

 その鷹はあれくらいの労働では汗もかいていない。やはり日頃の訓練のたまものということなのだろう。

 鷹を倒さなくてはじいちゃんの所に帰ることが出来ない。そしてその男はめっぽう強い上に、妙な技まである。

(これは言いたくなかったけど仕方ない……)

 高市は食卓を両手で叩いて立ち上がった。

「おいらに戦い方を教えてくれ!」


 鷹は少しも動じることなく、高市を鋭く射抜くように見つめている。

「さっき言ったよな。あんたを倒すしかここを出る方法はないって。おいらは今まで戦ったことなんかねえんだ。あんたが教えてくれ」

 高市も負けまいと強い気持ちでで鷹を見つめ返す。眼光鋭くそれを受け止めた鷹が、不意に視線を外した。

「私を倒すということは、おまえと私は敵同士になるのだが? おまえは敵に戦い方を教わりたいというのか?」

 高市は歯を食いしばってうつむいた。

「仕方ねえだろ。おいらはケンカならしたことあるけど、戦いの訓練なんてしたことねえんだ。教わるしかねえ」

 突然、鷹は堪えきれないように笑い声を上げた。クックと笑う鷹を見ながら、何でそこで笑うんだよ、と高市は大いに業腹だった。

「よかろう。戦い方を教えてやろう。午後からは訓練の時間にする。午前中は畑仕事や、猟をするんだ。自分の食い扶持くらいは自分で調達してもらわないとな」

「……わかった」

 高市はいらだたしげに大きくふかし芋にかぶりついた。しかしすぐにむせてしまい、涙ながらにあわててお茶を飲み干す。十市が笑いながらお茶のおかわりを注いでくれる。鷹は高市をまだおかしそうに眺めている。

(ちきしょう、ばかにしやがって)

 腹を立てていた高市だが、祖父と二人きりの食卓を思い出し、人数が多いと食卓も賑やかになるんだなと、新たな発見をした思いであった。

(おいらはじいちゃんだけでいいけどな)

 半分負け惜しみのように考えるのも忘れなかったが。



 森で猟をするのは午前中だけのつもりだった。しかし歩き回ってはみたものの、獲物にはまだ出会えていない。下生えの笹を、出来るだけ音を立てないように踏んで歩く。軽いひっかき傷が出来ている。

「あんたの能力で、鹿でも見つけられないのかよ」

 腹立ち紛れに高市は鷹に当たり散らした。

 鷹のすまし顔からは、

「気配くらいならわかるのだが。近くに何かがいる気配はあるのだが、何かはわからない」

 という答えが返ってくる。

(それじゃ意味ないじゃないかよ)

 高市は声に出さずに腹の中でぼやく。

 さっき鷹に肩を叩かれ、「お前の頑張りに期待している」と言われた。それからどうにも調子がつかめていない。

(芯から悪いやつじゃないみたいだがいったい何を考えているんだ)

 高市はため息をついた。

 そのとき、鷹が音を立てるな、と合図を送ってきた。何か獲物を見つけたらしい。

 鹿だ! 鹿なんか初めてだ。高市はわくわくするのを止めることが出来なかった。

 鷹がそうっと飛び立つ。上空から狙うつもりだ。高市は慎重に近づいていく。弓には結構自信ありげに、高市はそうっと弓をつがえて的を絞り、矢を放った。しかし矢は残念ながら外れてしまったらしく、鹿は逃げだそうと走り出した。そのとき上空から鹿の頭に矢が突き刺さって、鹿の動きが止まる。すかさず降下してきた鷹がとどめを刺した。

 大物の鹿でも難なく射止めてしまう鷹の腕前に、高市は内心で舌を巻いていた。それを言葉に表すことはなかったけれども。


 帰宅するともう夕方近くになっていた。

 鷹は早速、鹿の解体に取りかかり、高市と十市は肉を焼く準備だ。戸外のかまどのたき付けにする枝を拾いに行ったり、火をおこしたり、小さな家の前はにわかに慌ただしくなった。

「すごいのですね。たけちはいつも、鹿をとっているのですか?」

 火をおこしながら、十市が目をくりくりっとさせて問いかけてくる。高市は目を反らしながら、「最初の一矢はおいらだったよ」と口のなかででつぶやいた。

 しかし鷹の耳には聞こえたらしく、「そういえば鹿の尻に、矢がほんの少し刺さっていたようだが」と聞こえよがしの独り言を吐いている。

(ちきしょう)

 高市は腹立ち紛れに、めくらめっぽう火をおこすための団扇を振り回したので、灰がもうもうと舞い上がり、十市は咳き込み、鹿肉は灰だらけになってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ