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漆黒の鷹  作者: 桐原草
第一章 高市(たけち)
4/15

4 扉の開かれる音

「外に出ろ。話がある」

 ギギッと扉のきしむ音がして、男がドアの向こうから促した。

 何日ぶりの太陽だろう? 小屋から一歩外に出たとき、めまいのような気配に襲われた。それだけ長く日の光を浴びていなかったということだ。高市は恨み言の一つも言いたい気分であったが、春の日差しがあまりにも気持ちよくて何も言う気になれなかった。

 よろめくような足取りで振り返って確かめる。今まで閉じ込められていたのはあんなちっぽけな小屋だったのか。

 上にひょろ長い変な形の建物。天井ばかり高いその小屋の向こうに、見事なしだれ桜が一本、花をつけ始めている。高市の村ではまだ咲いていなかったはず。村の桜はもう散ってしまっただろうか。

 高市のいた小屋の隣に、小ぶりの家があった。男が住んでいるものらしい。高市の知っているかやぶきの家ではなく、板で屋根を葺いているようだ。

 ここはおいらの村からどのくらい離れたところなのだろう。結構離れているのかも知れない。どっちの方向に村があるのか、まずそれから探らなくては。高市は密かにこれからのことを考え始めていた。



「おまえはこれからここで暮らすことになる。」

 高市はびくっとして声のする方を振り返る。いつのまにやら男の隣に女の子が立っていた。桃色の上等そうな着物を着た、にこにこしたかわいらしい少女だ。この全身黒ずくめの愛想のかけらもないおっさんの娘らしい。あんまり似てないな。こっちはかわいらしくてお嬢さんって感じだ。高市と同じくらいの歳かもしれない。見た瞬間になぜかこの二人に違和感を覚えたのだが、それがなぜだかわからずにもやもやだけが残った。

「私のことは鷹とよべばいい。この娘は十市とおちだ。今日からおまえの世話はこの十市がする。いろいろ教えてもらえ」

 男はニコリともせずにそう言うと、小屋の隣の小さな家に向かって歩き出した。


「おい、ちょっと待てよ。聞きたいことがある」

 慌てて高市は男を呼び止める。年上の、高市の父ちゃんといってもおかしくないかもしれない年齢の男に、こんな口をきいていることがじいちゃんに知れたらぶっ飛ばされるな、と思いながら。

 男は立ち止まって、続きを促すかのように高市をじっと見ている。

「どういうことだ? ここはどこなんだ? おいらを連れてきて何を企んでいる?」

 男は腕組みをしたまま黙っている。柔らかな春の日差しの中で、男の周りだけが切り取られたように違う雰囲気を醸し出していた。マントに隠れて見ることの出来ない翼が、今にも音を立てて羽ばたきそうな気がした。

 高市の村にはこんなに長い髪の男はいなかった。今日の着物にはすこし柄が入っているようだったが、やはり黒色。明るい戸外で見ると、着物は新しそうなのにマントは古びていた。着古したマントに新しい着物か、おっちゃんと逆だな、と高市はニヤリとしそうになってあわてて表情を消した。


 何も言うつもりがないかにみえた男が、高市を真っ正面から見据えて話し始めた。

「本来ならばおまえは私に殺されていた。それが我らの村、鷹乃庄のきまりだから」

「命を救ってくれてありがとう、と言えとでも言うのかよ。おまえらの勝手で殺したり、連れてこられたりしてたまるかよ」

 高市は思わず大声で怒鳴るが、相手の男は眉一つ動かさない。

「我らを守るためには仕方のないこと。先に謝っておく。おまえは人のいるはずのない崖の上に人影を見たと言っていただろう。それは私かも知れない。私は時々遠くへ行くことがあるから。その姿をおまえは見たのだろう。そして我らは飛べる者がいることを他人に知られたときには殺すことにしている。」

「というと……おいらは崖の上の人影を、あんたの姿を見てしまったから、ここに連れてこられたと?」

 高市の声が震えている。つぶやくように、一言一言ゆっくり確かめるように問いかける。

 翼をマントに隠した男は、その通りだと言わんばかりに一つ頷いた。

「そうしないと秘密が守れない。我らを守るためには仕方のないことだ」


「馬鹿なことを言うな! 崖の上を見ただけで殺されてたまるかよ。元はと言えばあんたが悪いんじゃないか。ひょいひょいどこにでも飛んでいくから」

「だからそれは謝っている。それに私はおまえを殺してはいない。だが、ここから逃げようとすればおまえと、おまえの祖父も殺さなくてはならない」

 目に涙を浮かべて男をにらみつけていた、高市の動きが止まった。

「なんでじいちゃんまで……」

 黒ずくめの男は何を考えているのか。表情が読めない。ゆっくり、宣言するかのように言い渡した。

「仕方がない。それが我らの掟だから」


「……じゃあ、なぜ殺さなかったんだ」

 しばらく口をきけないでいた高市が、絞り出すように唸った。その姿を見やりながら、黒い男は薄い唇から淡々と答える。

「殺すまでもない。おまえの口をふさげば良いだけなのだから。おまえが誰かにこのことを漏らせば、祖父共々殺してしまえば良いだけだ」

 その言葉を残して、黒い男は家の中へと消えていった

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