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漆黒の鷹  作者: 桐原草
第二章 十市(とおち)
10/15

10 奥殿

「せっかくだから神殿の中を探検してから帰ろう」

 大巫女が開け放していったままの扉を見ながら、高市が言った。

「鷹に叱られるでしょうか?」

 扉の向こうを伸び上がって見やりながら十市が残念そうな口調で言う。

「それなら十市はここで待ってろよ。後で戻ってくる……」

「そんなのいやです。私も行きます」

 その十市の口ぶりは常には似合わないほど強いものだったので、高市は驚いて十市を見た。頬を赤く染めた十市は、それでも「私も参ります」と繰り返したので、「それなら行こうか」と高市は部屋を出ようとした。

 そのとき、

「十市殿がいらっしゃるのなら私も参ります」

 と、大友が落ち着き払って「さあ」と十市を促して、高市よりも先に外に出て行った。

 ――あいつは気にくわない。

 高市は二人を追いかけながらそう思った。


 何度も角を曲がり、まるで迷路のような回廊を歩き回った。巫女や覡の寝所であろうと思われる部屋や、祈祷に使うような部屋、美味しそうな香りの漂ってくる部屋もあった。

 途中何人かの巫女や覡に出会ったが、特にとがめられることもなかったどころか、村の長である大友に挨拶をしてくる。

 その度に大友が丁寧に挨拶を返すものだから、自然と高市が先頭に立って後ろを十市と大友が並んで着いてくる格好になった。

 三人並ぶほど幅のある回廊でもないので二列になるのは仕方ないのだが、なぜか高市は後ろが気になった。

 大友が十市に何事かしきりに話しかけている。しかし十市は周囲の様子に気を取られているのか、きちんと答えを返していないようだ。

 思い当たる節のあった高市は十市に声をかけた。

「さっきまでいた部屋、どっちにあるかわかるか?」

「え? えっと……」

 やはり何度も曲がったので頭の中がこんぐらかってしまっているようだ。

 高市は笑いながらある方向を指さす。

「あっちだよ。わからなくなってもつれて帰ってやるから安心しろ」

 十市は笑われてむっとしながらも、高市に見放されたら帰ることも出来ないと思っているのか必死の形相で頼み込んでくる。

「たけち、おねがいしますね。きっと連れて帰ってくださいね」

 その必死な表情がまた高市の笑いを誘い、高市はひとしきり笑い転げた。


「ここまでくるのは初めてです」

 大友がそう言ったのは神殿のある建物の端まで来たからであった。そこからは長い渡り廊下が始まっている。

 暗に込められた「もう帰った方がいい」という言葉を無視するかのように、高市は

「やけに長い廊下だなあ。どこに続いてるんだ?」

 と一歩を踏み出した。


「あなたはどうして黒き鷹や十市殿と暮らしているのですか?」

 薄暗い渡り廊下をしばらく歩いていると、大友が慇懃無礼に高市に問いかけてきた。大友から高市に話しかけるのは初めてだ。しかもその目の奥は笑っていないような気がする。

 高市の答えは慎重になる。まずい答えで色々と探られるのは困る。

「道に迷っているのを鷹に助けられたんだ。助かったけれど、村がどこにあるのかわからないから鷹のところで世話になっている」

 巫女たちに十市が語った言葉をそのまま大友に返した。大友は何か言いたそうにしていたが結局口を開かず、しばらく黙ったまま三人は奥に向かって進んでいった。

「あんたは村の相談役って言ってたけど、そんなに若いのに村の長なのか?」

 高市が沈黙を破って大友に問いかけた。

「そうです。先ほどの話にあった災厄の時に父を亡くし、後見人である叔父とともに村の長としてやってきました。それに若いといわれましても十市殿より一歳上なだけですよ」

 最後はきっちり十市に話しかけるあたりにかすかな悪意を感じたが、高市はもやもやしたものを胸の奥に押し込めた。

「まあ、それでは、私やたけちより一つ上なのですね」

 十市がなぜか感心した風に言う。大友が優しげに十市にうなずいている。

 ――なんだ、一つ上なだけか。

 高市は声を張り上げた。

「見えてきたぞ」


 細長い渡り廊下の終着点は土蔵のような建物につながっていた。小ぶりの建物には漆喰で固められた重々しい扉がついていた。

「行ってみよう」と高市が十市に声を掛ければ、「開いているでしょうか?」こわごわといった感じで十市が扉に近づいていく。

「確かめてみましょう」

 そう言って大友が三段ほどの階段を上って、丸い金属の輪でできた取っ手に手をかけた。鍵は掛けられていなかったらしく重そうな扉は簡単に開いた。

「さあどうぞ」

 大友は階段の上から十市に手を差し出し、十市の手を取って先に入っていった。

「やっぱりあいつは気にくわない」高市は階段を上りながらつぶやいた。


 重い扉の向こうはドアがいくつも並んでおり、小部屋がたくさんあった。いくつかのドアの向こうでは誰か居るような気配もあった。

 高市はそのなかで一番大きそうな部屋に狙いを定め気配をうかがったが、こそりとも音はしなかった。

 大友は十市の絡まないことには関与しないと決めているらしく、無表情に高市を見ている。

 十市はというと心配そうに両手を胸の前で組み、高市を見上げている。安心させようとにこりと微笑んでみたが、なぜか高市自身が落ち着くのを胸のうちで感じていた。

 高市は軽くノックすると返事を待たずに扉に手をかけた。


 その部屋の壁には至るところに棚が吊るされ、その棚という棚は様々な葉や根、粉などが詰められた瓶が所せましと並べられていた。

 その瓶に埋もれた部屋の真ん中には小さな机が置いてあり、その机に突っ伏しているのは先程会ったばかりの大巫女のようだった。

 そうっと近づいてみると、大巫女は一つの青い瓶を抱いたまま眠っているようだった。頬には涙の跡が光っていた。

「……大巫女様」

 十市がそうっと呼びかけると、大巫女ははっと起き上がった。

「額田様っ」

 そう言って十市に手を伸ばそうとしたが、高市と大友に気づいて思い出したらしく「そうでしたね、貴女は十市ですね」と寂しそうに笑った。

「こんなところまでどうやって? 誰か案内したのですか?」

 決して詰問する口調ではなくむしろ不思議だという気持ちが溢れていたのだが、三人とも居心地の悪い思いで顔を見合わせた。

「おいらが探検しようと言ったんだ」

 そう言い出した高市を見て、大巫女は急に笑い出した。

「あなた、誰かに似ていると思っていたのよ。鷹に、幼い頃の黒人に似ているんだわ」

 そう言われて高市は不愉快そうに「おいらはあんなに愛想なしじゃない」とつぶやいた。

 小さな声が大巫女には聞こえていたらしく、ますます笑っている。もう、少しも構えたところのない、大巫女という役職を離れた女性に戻っていた。

「顔じゃないのよ。そう、無意識に十市をかばおうとするところが、黒人と額田様に重なってしまって、そう思ったのかもしれないわ」

 大巫女は言いながら、自分の手が抱きしめている青い瓶に目を落とした。

「これはね」

 大巫女の指が瓶の口をすうっと撫でる。大巫女は十市から目を反らすように、青い瓶に目を落とした。

「焼け落ちる神殿から額田様がたった一つ持ち出してくださったものなのです。お命とひきかえにして――」

「お母様が……」

 高市は大巫女の手の中にある瓶を見た。

 中には丸薬のような丸いものが二、三粒入っているのが見える。そのわりには両手に余るくらいの大きな瓶だ。

「本当に大事なものなのです」

 大巫女は突然青い瓶を抱きしめて涙をこぼした。

「それだけに……額田様のお心にお応えすることの出来ない我が身が口惜しくてなりませんっ」

 申し訳ありません、額田様――大巫女が口の中でそうつぶやいたのを、高市は確かに聞いた。


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