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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第三話 いつか、殺し合う日まで
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オリアンティ

 ケインにとって、戦う理由や意義など、さほど意味の無いことだ。

そこに敵がいる。それだけで充分だった。戦うことは、人間が本来持って生まれてきた本能だ。集団の中に二人以上の個人がいる限り、その本能は動き始める。誰もが触れられたくない最後の一線を守って戦う。それすら失った者は屑だ。そう ケインは思っている。


出典:はままさのり「青の騎士ベルゼルガ物語 絶叫の騎士」


 ▼ ▼ ▼


「おい、ソウジ」


 コイントスの賭けは的中した。ギィドとしてはなぜそんなことをしているのかさっぱりわからないのだが、この勇者志望にして正体不明の青年は竜と戦うことを了承したらしい。


 はっきりいってこの青年には得はない。ただギィドの願いをなぜか快く承諾してくれた。この青年はなんらかの、というかかなりの魔術師と思えるが、さすがに竜との戦いでは押され気味だった。間違いなく、命がけの戦いへ挑むことになる。


 されど、カゲイ・ソウジはなにも求めなかった。なにも聞かなかった。


──それが勇者になるってことかね……?


 カゲイ・ソウジはどこから来たのか。なぜその力をもっているのか。なぜ勇者にならねばならないと思うのか。


 ギィドはなにも知らない。それを聞かないとさっき約束してしまった。

 ただきっと、この青年にもあるのだろうか。今の自分を突き動かすような、そんな強い衝動が。


「なんですか、ギィドさん?」


「礼がわりといっちゃなんだが、これやるわ。竜とのドつき合いに使えよ」


 投げたそれをソウジが掴む。しげしげとしばし無言に見つめながら──やがて勇者は問いかける。


「これなんですか? たしかナレインさんが持っていた……」


鬼骸刃ソリッド・スケルトンだ。めちゃくちゃ貴重品だぜ。なにせ売ってるところなんざお目にかかったことがない。主人がいなくてかわいそうだったから拾ってきた」


 納刀状態として長方形の箱になったナレインの愛剣、『選ばれしオリアンティ』があった。涙の跡のように、ひび割れが走っている。


「……これどうやって使うんですか? そもそもこれ壊れてるんじゃ」


「知らね。自分で考えな。指示待ち人間になっちゃいけねぇぞ。とりあえず個人認証ロックは外れてるし、魔力は通るみたいだし、使いもんにはなるだろ、よくわかんねーけど」


 魔族のギィドに鬼骸刃の使い方などわかるもわけもない。


「そんなものを人に渡さないでください……」


「へへ、他にやれるもんがねーんだよしょーがねーだろ。俺なりの誠意ってやつだよ。黙って受け取れソウジ」


 憮然とした顔の青年を笑いながら、背を向け歩き出す。アリッサを連れ去った部隊のいる方向へ。


「ま、またお互いどっかで生きて会えたらよ、兄ちゃん」


「はあ、そんな日が来るといいのですがねぇ」


 ほんの短い間だが、奇妙な友情があったような気もする。

 この無表情で木訥としたつかみ所のない青年が、どこかキライになれない。ただきっと、この青年ともし次に会うことがあれば。

 もし、この青年がギィドの予感と違う存在だとしたら。

 もし、自分がその前に死んでいなければ。


 いつか、そのときは、


「まあ、酒でも奢ってやるよ。ソウジ」



 △ △ △


「といってた手前はなぁ! 死んだらかっこつかねぇな!」


 血剣で水着の女、アシッドの斬りつけを防ぐ。欠片が飛ぶ。反撃に背の巨腕、カギ爪の一撃。裸身の女の首元を薙ぐ。

 しかし、アシッドの体が薄れる。首から下と胸が霧状に分解。カギ爪が通り抜けた。


「……ッ!! 器用なやつだ!」


 体を霧に分解して攻撃を避けた。特殊な魔術使い、ギフトマンか。カギ爪の表面が煙を上げる。あの霧は恐らく濃硫酸で構成されている。自らを強酸の霧に変えるとは、攻防一体の特技か。水着の露出の多い格好も、趣味ではなく体を分解、再構成する際に余計な負担にならないためのもの。竜の攻撃から無事だったのもこの特性のせいか。

 アシッドの腰が動く。しなやかな動きからのハイキック。


──やべぇ!


 ぞわりとする嫌な予感。巨腕二本で前を包みガード。アシッドの脚が霧へと変化。酸の群が叩きつけられる。


「選びなさいな魔族がいちゅう! 私に溶かされて死ぬか!」


「ちぃ!」


 ギィドの背後が爆発。得意とする化学系魔術による炸薬生成で上方に加速。たなびく煙を引き連れて緊急回避。アシッドが霧の蹴りの連打による追撃。


「リーダーの弾丸に貫かれるか!」


 発砲音、腕に更なる激痛。ローグィの指弾が異形の腕に食い込む。


「う、る、あああああ!!」


仲間ダガーに削り殺されるか!」


 着地と同時に後方から飛び込む長身。唸りを上げる回転刃のダガー歯。低空からねじり上げる軌道の噛みつきを紙一重で避けて、魔族ギィド・ウォーカーが飛ぶ。三位一体のコンビネーション、撹乱と近接、後方射撃がかみ合う波状攻撃。


「あぁ、テメェだな……テメェがあの親子を殺ったんだなぁ!」


 怒声を上げて血刀を振るう。しかしダガーの顎に挟まれて砕ける。

 ダガーのミキサーのように咬み千切りかき回す機械の顎は、間違いなくあのギィドが助けた親子を殺傷した凶器。


「人間がどこで何人死のうが魔族オマエになんの関係があるんだろおおおお!!」


 左の血斧も粉砕。赤の破片が周囲に舞う。


「人間が死のうが生きようが俺は知らねえよ、たしかに知らねえが! だがお前は」


 ギィドの背中の腕が上がる。カギ爪の付いた異形の腕が広がる。展開される魔術紋様。


「──だがお前は……」


 空間を走るスパーク。同時に閃光。


「っ! 逃げろダガー!」


 叫ぶローグィ。しかしもう遅い。


「一番先にぶっ殺す!!」


 カギ爪から走る火線。ダガーの頭部が吹き飛んだ。

 頭部を失い。下顎を残したままの胴体がゆっくりと揺らぎ、やがてロングコートの長身が地面に倒れた。


「ダガーああ!」


 ギィドの種族の固有能力は「血液操作」。他人でも自らの物でも牙に触れた血液を硬軟も形も自在に操作できる。武器を持ち込まずとも血を武器にできる能力は潜入に最も向いた特質だ。だが、ギィドは朱牙部隊である。魔王直属の精鋭に、その程度だけの能力で抜擢されるはずがない。

 ギィドは専門とする化学系魔術により、血液を爆薬にする戦法を編み出している。血で武器をつくり、さらに武器の破片は高威力の成形炸薬ペントライトだ。顎の回転駆動部にたっぷりとその破片を吸い込んだダガー、そこに点火術式を送ってやれば頭を吹き飛ばすくらい簡単にできる。


「アシッド! やつにダガーを触らせるな!」


 叫ぶアシッド、しかしローグィはアシッドに指示を下す。ダガーの生死より、今あの魔族にそれをさせてはいけない。かつて戦場で見た、あの魔族の能力を使わせてはいけない。


「もう遅せぇよ」


 ギィドの牙が、ダガーの首元へ突き刺さる。

 ごぼり、と音が乾いた戦場へ響く。

 消失した頭の上半分、そして切断された上腕から噴水のように紅が吹き上がる。

 無数の紅が、今度は蛇のようにギィドへ巻きついていく。

 膨張、刹那に収縮。そして形成が終わり、そこには血の装甲を纏う鎧の魔人がいた。

 顔面を包むヘルムと、燃え盛る煉獄の炎をかたどった鎧。

 血液を絞り尽くされたダガーの死体は、枯れ木にひび割れて崩壊する。

 これが、魔族ギィド・ウォーカーの本質。黒血鬼の戦い方だ。

 戦場に流れるあらゆる血は、味方でも敵でも、そして己自身のものでも、全てが武装にして防具となる。


 ダガーの血は、全て魔族ギィドのものとなった。


「貴様っ!!」


 全身を霧へ変換。強酸の群と化したアシッドが激怒とと共に襲いかかる。ギィドは再び造られた血刀を構えた。


「オメエみたいなやつは魔族ウチにもいるぜ、弱点も知ってる!」


 霧へ差し込まれた刀が、赤熱。炎を巻き上げて炸裂。四方へ吹き飛ぶ霧。


「こうやって広く散らされると再結合に手間がかかる、それを防ぐにゃ脳だけでも急いで実体化せにゃならん」


 吹き飛んだ刀身、ギィドは残った柄を再構成しナイフへ変換。


「そしてそれをやるなら俺の死角だっ!」


 逆さに持ちかえ、見もせず振り向きざまに一閃。確かな、そして鈍い手応え。ナイフが宙に浮かぶアシッドの生首、その額を深く貫いていた。同時にナイフが炸裂。女の首を吹き飛ばす。


「……さぁ、やっとサシになったな? あんたは気が変わったりはしねーか?」


 アリッサを後ろに隠し、ローグィは魔族を睨む。

 構えを解かない。


「はは、変わるわきゃねーか。そりゃ部下やられてたら、上官としちゃ引けねーわな」


「なぜだ。なぜ魔族がこの娘を狙う……お前たちになんの価値があるというんだ!」


「あるわきゃねーだろ。人間のガキなんざどんな芸があろうと興味なんかねーや」


「ふざけるな! ならば貴様はなぜ!?」


「なぜ、なぜ、なぜってうるせーな。理由? 理由はなあ、」


 会ってから数時間しかたっていない、思えば無責任で身勝手な女だった。

 ギィドの嫌いな人間という種族の、嫌いな性格の女だった。

 裏切りと後悔の人生を歩む、関わり合いになどなりたくない女だった。

 それでも、女は少女のために、全て・・を飲み込んで命をかけて戦っていた。『アリッサを救ってくれ』と女は最後に願っていた。


 ギィドは、それを叶えてやりたいと、思ってしまった。 


「俺だって知るかそんなもん!!」


 魔族おとこは、灰色の空へ叫ぶ。


 

 △ △ △


 空間へ菌糸状に広がる巨大な銀色の奔流、竜魂ドラグソウル。粘金を想起させる光景から、その先端一つ一つに魔術紋様が展開。一斉掃射される細いレーザーの乱舞、数百発。


「ぬ、ぅ!」


 殺到する全方位光学魔術の群れを、ソウジは複雑な回避軌道で避け続ける。しかし完全に避けきれるはずもなく、レーザーが力場によって造られた翼に着弾。急激な熱膨張により爆発。


「ぐっっ!」


 とっさに翼を切り離し、加速。爆発を背景にもう一度翼を再構成。同時に方向転換。0,3秒後のソウジがいた空間を百のレーザーが貫いていく。


──これは反撃がどうこうの話どころじゃありませんね……


 竜骸ドラグスケイルから出てきた竜魂の攻撃は最初とは全く違うパターンのものだった。

 重装甲と火力にものを言わせる方法ではなく、変形する流体を広げることで近距離に特化した全方位光学攻撃を行う。

 レーザーも強力な数発ではなく、威力を落とした数百発へ変えて的の小さい高速で近距離を飛ぶソウジへ向いたやり方に変えている。

 重い竜骸を纏っていた頃に比べ重力制御の能力も向上しているらしく、それにより動かされる液体金属は縦横無尽に空間に広がり、蠢く。


──圧倒的に難易度が上がりました……!


 回避に精一杯で反撃どころではない。しかしこのままでは殺到するレーザーに削り殺されるか、重力制御に捕まり押しつぶされるか。


 盾が欲しい。レーザーの群れを防ぎ本体を叩くための盾が。


──使えるか、これが。


 急制動と急加速に耐えるために握りしめた鬼骸刃。ソウジの魔力を吸ってひび割れから光が零れる。

 自らを使えと、かつての主人の望みを果たせというように、刃は静かに震えていた。無言の鋼が、意志を叫ぶ。

 詳しい使い方はソウジには見当がつかないが、竜へ対抗できる可能性がわずかでもあるのなら試すしかない。


「──『着剣ブート』」


 曇天を、剣の光が切り裂いてく。


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