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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第三話 いつか、殺し合う日まで
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鬼骸刃


 鋭い衝撃が、木々を揺らした。

 間近で雷が落ちたような轟音。鼻を突く硝煙の匂い=炸薬形成魔術による加速突撃が行われた証。残雪を巻き上げて構築された浅めのクレーターの中に、人影。その下には、倒れた部下――ハリネズミのような銃口を持つヘッジホッグがいた。背中を長方形に伸びた金属の箱が貫いている。

 零れる鮮血が、地面に咲いた。


「鬼刃士が不意打ちか。堕ちたものだな」


 語りかけながら、男――ローグィの頬に一筋の汗が落ちる。慎重に、距離を計る。傍らにいたもう一人の部下、ダガーは大きくその顎を開き牙を剥き出しにする。


「不利を補うためなら……なりふりは構っていられないのよ――『着剣ブート』」


 光と共に長方形の箱が粒子状に分解。砂鉄の様にぎらつきながら宙を泳ぐ。発生する電子の火花が、物言わぬヘッジホッグの体を焦がす。不意打ちの女鬼刃士=ナレインの体を包み込み、そして形成を開始。


「ヘェェッジホォォッグッッ!!」


 ダガーが動く。頭蓋を横断し大きく開く乱杭歯の顎。口腔内に並ぶ螺旋状に配置された人工金剛石の歯ブレードの群が高速回転を開始。更に赤熱化し破壊力を増す。

 強化された脚力が雪を巻き上げ、死線へ飛び込んだ。


「いた、だき、まぅす!」


 あらゆるものを食いちぎる必殺の噛みつき。滅殺の牙。

 それに、装甲に包まれた拳が突き刺さる。


「ん、ご、おおお!!?」


「そう急かさないで、まだドレスを着たばかりなのよ?」


 魔術紋様を破り、突き出した拳。現れる異様。

 さっきまでのナレインより明らかに大きい。身長がニメートル以上ある。全身は鈍く輝く銀の光沢。魔力を動力とした筋力補助強化機構サブマッスルシステムにより延長された手足は、中央から末端へと細くなった鋭角なフォルムを持つ。

 足先は、ブーメランのような形状。かかとが無く尖った爪先のみしかない=瞬間的な踏み込みのみに特化した高速機動戦用の足首。

 前面を覆う銀の装甲には、うっすらと魔力紋様が浮かぶ。衝撃や打撃を魔力によって相殺するアダマル鋼が起動している。

 そして、その頭は、牡鹿の骸骨に酷似していた。黒の眼窩に、波打つ形状の頭蓋。流れるように後ろ側へ伸びる歪な双角。


 まるで硝子細工で作られた森の死神ケルヌンノス


 これがナレインの持つ鬼骸刀ソリッド・スケルトン、銘は『選ばれしオリアンティ』。その着剣状態の姿だ。


「ち、ぃ!」


 コートをなびかせ、ローグィが左手を向ける。手袋に包まれた左手が、破裂。銃口になった鉄の指が出現。そこから身体改造によって強化された射撃魔術、鉄核形成射出術式ブリッドの連続射撃を見舞う。

 しかし、弾丸はオリアンティの装甲に弾かれていく。傷一つつけられない。


「こそばゆいわ、愛撫にもならない!」


 ナレインの姿が視界から消えた。ローグィはとっさに左の死角へ鉄の防御壁を魔術により構築して右へ飛ぶ。

 空中に投げ出された鉄の板を、細い剣先が易々と貫通する。そのまま切り払った。


──やはりこの女をこの程度では止められんか!


 オリアンティの周囲を銀閃が彩る。構えられたそれは、細剣レイピア──しかし、刀身は三メートル近いという異形の長さ。高速かつアウトレンジからの精密な剣術がナレインの得意とする戦闘方法。

 それが、鬼骸刃オリアンティにより更に数倍の威力とスピードを得る。

 無策、それも生身で立ち向かえる相手ではない。

 鋼銀二位止まりのナレインといえど、鬼刃士とはバシリィの戦力の象徴そのもの。勢力こそ少ないが有数の戦力とされている理由だ。


「どうしたローグィ、この程度も予測していなかったのか!」


 オリアンティの長い左腕。その先に透明な結晶が絡まる。地面に突き立てると同時に、爆発的に白い結晶構造の槍が無数に生えた。進行方向はローグィへ。


「ぬ、おお!」


 本能的に後ろへ飛ぶ。魔術名──結晶斬波進撃術式クリスタルレイク。ケイ素を自在に発生させて攻撃に用いる、これもナレインが得意とする魔術。


「アリッサも渡さない、私も死なない! どちらも取らせてもらう!」


 無防備な空中。飛び込みながら振るう細剣レイピア。ローグィは紙一重で斬撃を避け、真下へ弾丸の掃射。次々と割れて拡散、魔力へと返る結晶構造体。

 未だ残るケイ素の破片を踏みしめながら、追撃の切断を転がって回避。周りながら更に指先の一斉掃射。火花を上げて装甲に弾かれ、オリアンティの姿が再び消える。


「アリッサ、か! 情で転ぶ女には見えなかったんだがな、お前は!」


「飽きたのよ、諦めることも、見ない振りをすることも!」


 ローグィの背後を剣風が舞う。わずか数センチ後ろに死の切断を背負いながら、それでも、男はかつて愛した女へと叫ぶ。


「気づくのが遅すぎる、あの娘を実験体にしたのは誰だ!?」


 眼では捕らえきれないナレインの動き。ローグィは周囲に炸薬形成魔術を展開。即席の地雷での足止めを狙う。


「あの娘を孤児にしたのは誰だ!? あの娘から両親を奪ったのは!?」


 視界の端、小爆発の光が起こる。影が、止まった。


「それは脱走者狩りが任務だったお前だろう、ナレイン! 脱走者の家族は実験体にされる、決まりきった話だ!」


 言葉の弾丸。指先から放たれる炸裂弾頭魔術。両方がオリアンティの装甲に刺さる。爆発の黒煙の中、それでも鬼骸刃は無傷だった。


「そうね、私は遅すぎた……でも、まだ間に合う!」


 オリアンティの巨体が軋む。細剣レイピアを横凪ぎへ振るう体勢に構え、踏み込みのための前傾姿勢へ。


「アリッサはどこだ……? 無傷で返せば、俺からの口添えでお前の罰は軽くできる……言え!」


「優しいことね……そんな甘い男だとは思わなかったわ」


「任務を命じたのは俺だ……お前がそんなものを背負うな」


「いえ、背負うわ。言ったでしょ、そんな生き方はもう飽きたって」


 女は、微笑んだ。自らの人生に、そして自らをそれでもなお想う男へと。美しく、気高く。そして儚く。

 

「あの少女は……どこに行かせるつもりだ? ふもとの村辺りにでも、誰かを待たせているのか」


「教えるつもりはないわ」


「──逃がし屋、か? 四十ほどの男、白髪頭、中肉で背は低い、そして両耳には三角型の入れ墨がある」


「そ、れは」


 ローグィはポケットから何かを投げた。

 ナレインの視線が釘付けになる。雪道に、転がるは切り取られた人の耳。耳たぶに三角型の入れ墨・・・・・・・があった。


「逃がし屋も、逃げる場所もお前達には無い!」

 

 生まれたナレインの隙を逃がさず、ローグィは右手を向ける。かざされた手の平が、一瞬で腕ごと変形。

 光と、衝撃。それを認識するよりも早く、オリアンティは背後へと吹き飛ばされる。


「が、あっ!!」


 悲鳴を上げ、巨体が溶けた雪とぬかるむ土に沈む。半ばで折れた細剣レイピアが宙を舞う。倒れるオリアンティの左肩には、二十センチ程の長さの太い針のようなものが突き刺さっていた。


「動くな」


 ローグィはコートを翻す。内側には銀色に輝く針の群れ。オリアンティに突き刺さったものと同じ。

 一本を左手に取り、縦に真っ二つに割れた右腕に近づける。割れた手の平から除く銃口へ差し入れ、装填リロード。ガシャンという機械の音が響いた。


「こ、んな!」


「動くな!」


 再度、発射。今度は左腹部に針が突き刺さった。魔力が続く限り破壊されないはずのアダマル鋼の装甲が易々と貫通されている。威力にまたも、鬼骸刃が吹き飛ばされた。


「ご、ほっ!!」


「バカな、と思うか? アダマル鋼とて無敵じゃない。供給されている魔力を一瞬でしのぐ点の攻撃には、耐久性の限界を迎えて破壊されてしまう。お前の鬼骸刃が我々の貴重な研究資料となった……オリアンティの弱点などとうの昔に俺の頭には入ってるんだよ、ナレイン」


 ローグィの右腕は、肩周りのフレームの強化と右腕砲身剛性の上昇が施されている。そして針型の砲弾であるタングステン・ベリリウム合金による超貫通弾を別に用意して使用させた。

 これによりローグィは弾頭加速のための炸薬のみに魔力リソースを割け、手動装填ではあるが連射を可能としている。

 砲身の短さと針型砲弾の安定性の低さのために有効距離が短いが、近距離では莫大な貫通エネルギーを秘める対鬼骸刃必殺の武装となった。魔術武装名──対装甲貫通(フーバス)砲弾発射機構(タンク)


 △ △ △



 長い手足をばたつかせ、ナレインは必死に立ち上がろうともがく。だが上手く動かせない。激痛と、衝撃に上手く呼吸が出来なかった。


──う、ごけ! 動け、動け、動け!


 口の中に血の味が充満する。間違いなく内蔵の損傷。だがそんなものがどうした。今動かねば、すべて終わる。


「無様だな、ナレイン。こうなることを予測していなかったわけでもあるまいに」


 装填を済ませたローグィが、三度右手を向けた。表情にはもう感情はない。知っている。この男は任務を果たす時、いつもこういう顔をしていた。


「無様、でも、それでも!」


 転がる。伸ばした腕が地面に触れた。結晶斬波進撃術クリスタルレイクを最大威力で発動。ナレインの周囲丸ごとを結晶体が埋め尽くしていく。

 魔力を使い果たしてでも、この男を止めねばならない。


「私は!」


 ナレインはもう一度立ち上がる。折れた剣を構え、クリスタル越しにローグィを捉えた。今この瞬間が、最後の好機。オリアンティの脚が、腕が、そしてナレインの体が、悲鳴を上げて、それでも力を溜める。


「る、ぅ、う、う、お、お、お!!」


 飛び込む長身。開かれた牙の列。盛大な火花を上げてクリスタルの群れを砕く。ダガー渾身の回転牙の一撃に、ナレイン最後の反撃が崩壊する。

 粉砕されるクリスタルの壁。煌めきの中でダガーの大顎から放たれる赤化の弾丸。クリスタルとの衝突により磨耗したダイヤモンドの歯を一斉発射。

 鬼骸刃の装甲が火花を上げた。美しい牡鹿の角が折れる。構わずに突撃を開始。


「お、おおおおおおお!!」


 ナレインの絶叫。装甲の破片を振りまきながら、飛び込むオリアンティへ。

 ローグィの砲弾が三度みたび、突き刺さった。


 △ △ △


「アリッサはどこにいった?」


 男の声が曇天の雪山に静かに響いた。女は、泥と雪にまみれたまま男の声を聞いていた。

 横たわる牡鹿の巨人──オリアンティの傍らで、ローグィは膝をついて言葉を続ける。


「言えば楽にしてやる」


 彼女はもう助からない。助ける理由もない。三度目の砲弾は腹部を貫通した。重要な内蔵や血管は間違いなくズタズタだ。鬼骸刃の生命維持機構で辛うじて生きてはいるが、苦しみを長引かせる程度の効果しかない。


「言え」


 冷たく無機質な男の口調は、それでもどこかこいねがうような切実さがあった。言ってくれという祈りがあった。


「言わない、わ」


 それでも、女は拒む。


「お前のそういう、手を焼かせる所が嫌いだったよ」


「あなたの冷たい指が、私は好きだったわ」


「……そうか」


「ローグィ、アリッサを殺さないで」


 言葉を断ち切り、男は立ち上がる。もはや、全ては終わったことだ。


「いくぞダガー。この女は放っておいてもすぐに死ぬ。ちょうど良い死に方だ」


「ヘッジホッグの仇だろうな、苦しんで死ねよ裏切り者!」


 呪詛を吐きながらダガーが背を向ける。ローグィは、その後を追った。


 ヘッジホッグの死体と、死にゆくナレインだけがそこにあった。



 △ △ △


「よぉ、ひっでぇザマだなあ?」


 二人が去った後、オリアンティへ語りかける人影があった。


「ま、俺には助ける義理なんかねぇからな。見物だけさせてもらったぜ。恨むなよナレイン」


 ギィドは、ナレインの戦いを見ていた。見ていただけだった。助ける理由も義理もない。彼はただ巻き込まれただけだ。

 軽薄に、薄情に聞こえる口調と裏腹に、彼の表情には悲痛があった。

 理解してしまった。彼女がなぜそこまでして戦うのか。知ってしまった。彼女が何を願っているのか。


「そう、ね。元から期待は、して、ないわ」


「悪いが手当てもできねぇ。ここまで重傷じゃ治療も無理だ」


 彼女は、鎧の機能で生命を保持できているにすぎない。


「わかってるわ、そんなこと」


「──アリッサの両親を、アンタが殺したのか」


「そういう、仕事だったからね」


「その償いか? それでアリッサを連れて逃げ出したのか?」


「本当はね、理由なんか、要らなかった。飽きたのは、自分の生き方そのものよ。変わる瞬間が、欲しかっただけよ。私が、彼女を巻き込んだだけ」


 変われると、思ったのだろうか。ナレインという女の人生をギードは知らない。だが所属する勢力を変えてきた人間がやらされることなど汚れ仕事が主だということ程度は想像が付く。

 そしてもしも、ドブの中に浸かるような人生を帳消しできるような何かがあったとしたら。

 弱き何かのために、正しく生きられる瞬間があるとしたら。


「それで死んでたら、世話ねぇぜナレイン……」


「私、もそう思う、わ。ねぇ、頼みがあるの」


「……聞かねえよ。俺はそれは聞かねえぞ!」


 わかっている。ナレインが何を言うか。何を願うか。ギィドにはわかっている。

 かつて戦場で、死に瀕した仲間の願いを、彼は幾度も聞いていた。

 叶えられた願いもあった。叶えられなかった願いもあった。その度に、行き場の無い怒りと悲しみをギードは忘れることが出来ない。

 オリアンティの体が光に包まれる。鬼骸刃が着剣状態から元の納刀状態へ。


「……この鬼骸刃の銘は『選ばれしオリアンティ』。数打だけれど頑丈ないいつるぎよ。所有者の登録は解いたわ。これで誰にでも使える。これをあなたにあげるわ。だから」


 現れるは、血まみれの美女の姿。鎧内部へ貯まっていた血液が地面を濡らしていく。胸に抱かれた鬼骸刃は、亀裂にまみれながらも輝いていた。


「やめろよ、いらねぇよ! 俺には関係無い。関係ねぇんだよ!」


「だから、アリッサを救って」


「俺は! 俺、は……」


 魔族なんだと、叫びたかった。人のいざこざにも、人の未練にも、付き合ってやる意味はない。そんなものは、ない。

 だがもう、言葉を聞くものはいない。今ここには、魔族が一匹いるだけだ。

 事切れたナレインの側から立ち上がる。怒りと、苛立ちと、そして任務を果たさねばならないという義務感。やがて渦巻く感情が、ギィドに何をすべきかを指し示す。


「俺は!」


 閃光と、突然の爆発音。遥か向こう側の山の頂に巨大な炎柱が吹き上げた。


「あれ、は!?」


 山を地層ごと吹き飛ばし、巨影が曇天へ悠々と浮かび上がる。発生させた超熱量光線レーザーにより岩盤を溶解させた。重力制御魔術による粉塵と岩がもろともに空中へ浮く。浮いている岩一つが家一件よりも大きい。

 光と、熱と、渦巻く魔力がそれを中心にして吹き荒れる。青白い光が、乱舞。

 幅百メートル以上、長さ四百メートルを超えた超巨大物体のその形状は、火山岩で構築された城を横倒しにしたもののように思えた。

 そして、その四方の装甲から、三対六眼の眼らしき器官が見える。


 それは、この地上に於いて最強とされる種族。それは、英雄へ挑むとされる者達。それは、あらゆる生命と断絶した存在。それは、破壊の象徴。


「竜、か……」


 ギィドは、それの名を呟いた。




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