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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第三話 いつか、殺し合う日まで
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決意

真の戦士に必要な条件とはなんだ?


出展・銃夢ラストオーダー 木城ゆきと作

「竜……竜か!?」


 思わず声を上げるギィド。見つかるかもしれないが、自制が効かない。


「クッソクソクソクソ!! 最悪じゃねぇか! なんでだ!? なんで竜なんか出てくる! ……やつらか!? あんたを追っかけてきたやつらが竜をおびき出したのか!」


 水を染み出させる地面の雪。近くの木の枝に残る積雪がドサリと落ちた。


「この曇天にもかかわらず異常な気温上昇……さっきから野生動物もほとんどいない……竜である可能性高いわね」


 女――ナレインは少女の手を握りしめながら状況を計る。少女が震えているのがわかる。わずかに感じる吐き気と重圧感=巨大な竜の魔力を、魔術を扱える適性者達は敏感に感じ取る。

 先ほどよりもはっきりと、なにかの存在がある。



「やつらがおびき寄せた……? やつらも、そして私もあの竜をおびき寄せるような力などないわよ。どういう理由かはわからないけれど、竜がすぐ近くにいる、それだけははっきりしているようね」


「だったらこんなところで話してる場合か!」


「あのー、取り込み中すいませんが……『竜』とは一体どんなものなんでしょうか……?」


 片手を上げて質問をする勇者。切迫した空気を、叩き潰す。


「あー、あのな、おまえ知らないのか、竜?」


「恥ずかしながら世事には疎いものでして……」


「おまえどんな田舎にいたんだ……? あのな、竜ってのは……なんていうか天災みたいなもんだよ。普段は地面や海中で眠ったりしてるが、起きたら付近一帯をぶっ飛ばすほど暴れる迷惑な代物でな。とにかくやたら強いやつがいるとたまに眠りから目覚めて襲ってくるらしいが」


「天災……地震、火山活動かなにかの比喩でしょうか?」


「あ? 竜は竜だよ、他になんの例えも出来ねえよ!」


「つまり、翼や鱗があるアレ?」


「……? なんなんだ、おまえはどんなド田舎から出てきたんだよ?」


 いまいちこの青年との会話が成立しない。


「やはり実物を間近で確認しないと今一つわかりませんね」


「竜を間近で見たやつなんて大体その時点でほぼ死んでるわアホか!」


「強い人間に襲いかかる……それはつまりガドさんやナレインさん、あるいは追っ手の方々を狙って、ということでは」


「あのなぁ……」


 ギィドは頭が痛くなってきた。非常事態の連続バッティングだ。運が悪いにもほどがある。もうこの勇者志望の青年にいちいち説明する気も失せてきた。


「竜は強者を狙う。古くから語り継がれる伝承にしてれっきとした事実よ、もっとも、狙われるには相応の資格が必要なんだけどね」


 ナレインが、薄く笑いながら青年へ答えた。


「イドスの五英雄、もしくはバシリィの国剣十二騎士の上位クラスか。とにかくそれくらいの戦闘者でなければ竜の眼鏡には叶わない。竜に狙われるということは、それだけで強さの最大証明となる」


 竜は、強者を狙う。それもただ強いというだけではない、そんなものでは竜は動かない。


「かつて、私はそれを目指した。でもね、私にはそこまでの力は無かった」


 寂しさと、そして未練の浮かぶ美女の微笑。夢見た場所に至ることはできないという、確信。左頬の傷は、夢を見た証であり、夢を諦めた痕跡。


「なんだっていい! こんな所にいられるかよ! 追っ手のバケモンモドキ共も竜が出るなら逃げるだろ! その隙に」


 叫ぶギィドに、緑色の長髪をなびかせてナレインは首を横にふる。


「いや、やつらは私たちを殺す、あるいは確保するまでここを離れない。そういう任務だからな。アリッサの『眼』からもやつらの反応は消えていない」


 黒髪の少女が頷く。


「……この山の状況がその娘にはわかるのかよ。じゃあどうする! 竜が出るかもしれない上にバケモンモドキがうろつく山をどう抜けんだよ!」


「そこで、私に案がある」


 腰元にある長方形の箱を撫でて、女はギィドの顔を見つめた。


「二手に別れる。ガド、お前は私と来て。そこの青年は、アリッサを連れて山を降りなさい。相手も二組みに分かれているから、私がそのうちの一つを潰す。その後、アリッサへ食いついたほうも潰す。麓の村へアリッサを連れていって。そこに逃がし屋がいるから、その娘を引き渡して」


「ざけんなよ! 俺を巻き込むんじゃねえ! そこの兄ちゃんだって無関係だろうが! テメエのことはテメエらでやりな!」


「それが道理ね、でもそれだけじゃ世の中は渡れないわ。あなたもそれはわかるでしょ?」


 ため息と共に、気怠げに髪をかきあげる。箱に当てられた手に、力がこもった。無理やりにでも、言うことを聞かせる気だ


「ご、ごめんなさい! ナ、ナレインさんは、その、私を助けようと必死で、その、もういいですから! 逃げて下さい、ここから……二人とも逃げて下さい!」


 アリッサが悲痛な声を上げる。気弱な少女が、それでも二人を巻き込まないように勇気をふりしぼっていた。


「やめなさいアリッサ……お前は口を出すな!」


 ナレインが少女を引き寄せる。強い口調と裏腹に、その動きには気遣いがあった。


「逃げろもなにも……大体、お前はその娘を部隊とやらから連れ出してどうするつもりなんだ? 逃がし屋に引き渡すってどこに連れて行くのか」


「遠隔視の能力のギフトマンよ……こんな人材はめったにいない、他でも高く買ってくれるわ」


 遠隔視、それもかなり正確に遠方を補足できる能力は確かに希少である。魔術技術が発達した現代の戦場では、魔術の射程距離と精密攻撃性が重要視されている。そんな能力者ならば、人族であっても魔族は迎え入れるだろう。


「……はっ! 結局は金かよ! 同じ人間売ってそんなに金が欲しいのか!?」


「ああ、金が欲しいのよ」


 本当に、そうだろうか。それだけで命をかけたのか。ギィドは彼女について思考する。ならば、こんな風に少女がこの女を頼りにするものなのか。


「ち、違うんです、ナレインさんは、わた、私が、改造されるって、知って、それで、私を助けようと、と」


「喋らないで、アリッサ」


「改造、されたら、足は、いらないから切り落とされて、代わりに義足をつけるって、それが、まるでクモみたいな八本脚で、速く走れて、どこにでも登れるから便利だって言われて、その、こ、怖くて、泣いて、いたら、ナレインさんが、話を、聞いてくれて、逃げようって」


「アリッサ」


 少女と女は、固く、強く、その手を繋ぎ合っていた。運命を共にすることを誓い合ったもの同士が、そこにいた。


「だから、違うんです、ナレインさんは」


「なあ、アリッサ、そんな話をされてもなあ、俺もこの兄ちゃんも大したことなんかできねぇ……」


「僕は、かまいませんよ」


「そうかまわないって、は?」


 いきなり放り込まれる言葉。意味がわからない。


「僕はかまいませんよ。アリッサさんを連れて麓の村を目指せばいいんですね」


「あ、あぁ……多少の妨害はあるかもしれないがとにかくアリッサを連れて逃げてくれれば」


「なにいってんだよ兄ちゃん! さっきのバケモン見たろ! 殺されるぞ!」


「まあ大丈夫でしょう。とにかく逃げれば」


 淡々と、そして無表情に、青年は答えた。




 △ △ △


「なんでこんなことに……!」


 ぶつぶつと運命を呪いながら、雪の溶けた山道を歩く。麓の方向の雪はあまり溶けていない。竜がいるのはやはり山中深くか。


「あまり大きな音を立てないでね、見つかるわよ」


 前を歩くコートの女、ナレインは後ろを向いたままギィドへ注意をする。


「なぁ、なんであの兄ちゃんじゃなくて俺なんだよ!? 俺はこんなこと関わりたくないって言ってんだろ!」


「そうねぇ、理由は二つあるわ。相手が捜索のために二つに分かれている以上、戦力を分散させた今が一番の好機。そのためにはもう片方を長く引き寄せる囮が必要なの。眼も見えない脚も良くないあの娘だけじゃ無理だわ」


 ナレインのみの戦力、全員を一度には相手を出来ない。


「アリッサの手を引いていく人間が必要なの」


「あの兄ちゃんがアリッサをほっぽって逃げた場合は? その可能性は考えないのか?」


「そうねぇ、それはそれで好都合よ。ほら、あれを見なさいな」


 指差した先、血まみれで倒れる人影が二つ。大と小。


「こ、れは……!」


「やつらは、この山の人間全て消すつもりなのよ。アリッサを置いて逃げても標的になるのは変わりない……むしろ全力で逃げてくれたほうが却って囮になるわ」


 見覚えがあった。山小屋にいた親子。ギィドが助けた二人。死んでいると一目でわかる。子供は頭を潰されて、母親は腹部をごっそりと削り取られていた。


「なんだよ……なんなんだよやつらは! お前らは!」


 怒りを抑えられない。人類と敵対する魔族とて、ここまではしない。


「そういう部隊なのよ。人間を辞めた人でなしどもの群、それが私のいた場所」


 乾いた表情のまま、ナレインの歩みは止まらない。


「そして、理由の二つ目。ねぇガド、あなた……偽名でしょ?」


「……俺の名前なんざどうでもいいだろうが」


 偽名を見破られても特に驚くことはない。旅人が偽名を使うなどよくある話だ。


「そうね、でも、視線の動きや構えが明らかに素人じゃない……そんな人間がたまたま転がり込んだ山小屋にいるって、はっきりいってあなた怪しすぎなのよね」


「……だったらなんだよ」


 こちらが疑惑を向ける時、向こうも疑惑を抱いているもの、ということか。


「別に、あなたの事情なんて聞くつもりはない、どういう立場なのかも知る必要はない……ただ、そういう相手をアリッサと二人きりにするなんて論外だったのよ。だから、あの青年にお願いしたの」


「……お前だって、いかにも訳ありだって丸出しだったぜ」


「女の癖に嘘が下手だって、よく言われたわ」


 わずかに揺れる肩。笑っている、のだろうか。後ろからではよくわからない。


――どうする、斬るか?


 迷う。背中を向けている今が好機、なのだろうが、これはナレインが誘っている状況だ。うかつには仕掛けられない。

 逃げ出すか。だがもし追っ手に見つかると間違いなく戦闘になる。これ以上目立つ真似は避けたい。


――どうする、どうする、どうする! 考えろ俺!


「なぁ、あんたは……ナレインってのは、偽名なのか?」


 一つだけ、気になっていたことを問いかける。


「本名よ。ナレインもアリッサも本当の名前」


「なんでわざわざ本名なんざ名乗るんだよ?」


「さあ、なんとなくよ。……誰かに、覚えていてもらいたかったのかもね、こんな生き方だもの」


 こんな生き方、彼女の人生とは一体どんなものだったのか。


「あんた、バシリィの鬼刃士か? その箱は……」


「元、ね。これはね、お察しの通り、鬼骸刀よ」


 掲げた箱を見せる。曇天の薄い陽光を、金属の箱が鈍く反射する。びっしりと走る、不規則かつ直線的な紋様。


 鬼骸刀、バシリィ国の持つ独自兵装。使用者の能力を大きく引き出すが、その製造法の特異さと精密性のために量産できないとされるバシリィの象徴とも言える武器。


「あんたは……バシリィ出身なのになんで無名機関ネイムレスになんていたんだよ?」


「強さを、求めていたのよ。今のままではせいぜいが下位の鋼銀級こうぎん止まり。下手をすれば緑青ろくしょうに止まるだけかもしれなかったから。焦っていたのよね」


 バシリィの剣士において、強さとは絶対だ。鬼刃士の等級は一部の例外を除きほぼ実力のみで完全に決定する。強ければ上がり弱ければ下がる、強さのみを最上の価値とした戦士の国。


「強くなるために、自分の国さえ捨てたのかよ」


 ギィドにはそれが理解できない。力があっても、何のためにあるのかという理由さえ投げ捨てることなど。


「そうよ、そうしてまで強くなろうとして、結局は大した何かにはなれなかった。ほんと、失敗だけの人生だったわ。笑っちゃうわよね」


 乾いた笑みが、枯れ木だらけの山に響く。誤って、間違って、失敗をして、それでもなお、この女はなにをしようとしているのか。


「それでもね、ちょっとやっときたいことがあるのよ」


「そんなにあの娘を助けたいのか」


 戦う理由は、あの娘を守るためか。それとも、何かのために死にたいだけなのか。


「あのね、私の生まれた故郷は、海辺の村だった。あなたは?」


 唐突な質問。思わず口ごもる。


「……山の中の村だな。こんな風な森が近くにうじゃうじゃあったよ」


「綺麗なところ?」


「知らねぇ、考えたこともねぇな。森なんてどこも大して同じだろ」


「私の故郷は、普通の漁村だったけどね、冬になると、こう、海に雪が降るのよ。荒れる波に、沢山の雪が降り注ぐ光景がね、子供の頃はなんてことはない毎年見れるものだと思っていたけど、大人になってみると、美しいものだったと思うのよ」


 懐かしさと、憧憬と、そして、二度と戻れないという予感。


「私はね、その光景をアリッサに見せたい・・・・と思ったのよ」

 

「……あんた、あの娘のこと」


 ギィドは気づく。ナレインは、一体なにを飲み込んでこの死地に立っているのかを。


「伏せて、やつらがいたわ」


 慌てて姿勢を落とし、周囲を見渡す。木々の狭間に、背広姿が三人。身長の高い牙の男。身長の低い銃身だらけの男。そして、中背の痩せぎすな男。


「おい、どうするんだ? 見つけたはいいがどうしかける?」


「お前はそこで見ててくれ、ガド。やつらの能力は大体掴んでいる」


 魔術を扱うものの戦いに於いてなにを得意をするかの情報は生死をわける。味方が知っていれば連携が向上し、敵が知っていればそれを利用して殺される。そして、味方が敵に回ればまず利用するのはそこだ。


「そりゃ昔の仲間だもんなあ」


「それもあるが、あの真ん中の男はリーダーでな。やつから聞き出した」


「へぇ、わりとネイムレスってのは新人を歓迎する明るい職場なのかい?」


「なぁに、あいつは単に昔寝た男なだけよ」


「……あぁ、そうかい、そりゃ良かったな」


 脱力気味に、ギィドは返事を返した。

 ともあれ、ナレイン・アライレンの最後の戦いが、始まる。

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