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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第三話 いつか、殺し合う日まで
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鳴動

心配するな私は無職だ


 出典:水上悟志「惑星のさみだれ」


 それは、そこに在った。

 それがその場所に――地中深くに固着してから人の年月に換算して約二百五十年、それはそこに在り続けた。

 機能を停止するわけでもなく、

 眠るわけでもなく、

 それはその場所で機能し、観測し続けている。それには役目があった。もはや製造から流れた月日は数千年を優に越える。それはもう旧式であり、それゆえにある役目を任されていた。


 それ・・は、任された役目にこだわりは無かった。義務感も無く、使命感も無い。そんなものを抱く機能はない。

 それら・・・は、自らの目的を果たすために存在している。存在し続けている。倦むことも悩むこともなく、休むことも離れることもない。

 それらは、世界を守るために、在り続けている。


 そしてそれは、ある役目を果たす瞬間が来た。遥か上方、地表に莫大な魔力の反応を検知している。もしそれが人を超えた強者であるならば、確かめねばならない。

 もしそれが英雄であるならば、もしそれが勇者であるならば。

 もしそれが、この世界とは別の世界から来た来訪者であるならば。


 もしそれが、それらの待ち望むものであるならば。



 △ △ △


「あんたは……行商人か? そっちの娘さんは……親子、というわけじゃなさそうだ。親戚かい?」


 返ってくるものは、沈黙だけだった。燃えるストーブ。爆ぜる火の粉の音だけが真昼の山小屋の中に響く。


「あー、俺はガドってんだ。この辺の村の特産品を街まで持ってって売ったり街のもんを買って持ってったり、まあそんな行ったりきたりしてる巡回商人でさ」


 とりあえず頭の中で考えておいた当たり障りのない設定を喋っておく。凍る空気がキツい。そもそもなぜ魔族の自分が人族などと空気をよくしようと多弁にならなければならないのか。無性に虚しくなってきた。


「お、お姉さん、家族は? いやぁ俺独身なんだけど実は故郷に幼なじみの婚約者いてさぁ。そろそろ結婚かなぁって。

あちこち回れんのも楽しいんだけど、実家の稼業でも継いで落ち着いたらとかその婚約者に最近言われててねぇ。

しかし今日は曇りで寒いなぁ、しばらく天気はこのままかねぇ」


 語りかけにも、長身の女は喋らない。深い緑の革コート、背には白布に包まれた長い何か。顔立ちは傷もあるが整っている。しかし表情には緊張があった。姿勢と動きから、ギィドは彼女の正体を計る。挙動に染み付いた自然な無駄の無さは、間違いなく何らかの戦闘訓練を長い期間受けてきた人間の動きだ。

 沈黙は、依然消えない。誰も喋らない。


「はは、は、なんか空気悪くない? まあ体調悪いとか、あるよな、な」


 パチリと、また火の粉が爆ぜた。


「おい兄ちゃん、オメエなんか喋れよ!」


「あ、僕に話しかけてたんですか。すいません気づかなくて」


 ベコベコにへこんだ金属カップのスープ――ギィドの携帯食料と干し肉で作った即席のスープを啜りながら、ソウジが返事を返した。


「いや、おまえにじゃないんだけど、もうちょっとこう会話に加わってほしいっつーか、和やかにするよう努力してほしいっつーかさあ……あるだろ? こう、雑談して場を円滑にするっていうコミュニケーションていうか。せっかくこうして食料でスープ作ってまで飲ましてやってんだからさ」


「あ、コショウ貰えますか」


「ほらよ! 好きなだけ使えよチクショウ!」


 懐の小瓶を投げながらギィドが叫ぶ。女と少女の二人が入室して二時間。最初の時以外の会話は無い。


「すいません、僕もあまりそういう会話は得意ではなくて」


 鍋のスープへコショウを二振りして味を見る。小瓶を返しながら、やはり無表情に謝罪した。


「こういう失敗は何度もしているのですが、どうもうまく対応できるようにはなれません。いつか克服しようとは思っていますが、どうにも僕には難しいようです」


「……まあ、誰にでも向き不向きはあらぁな。なぁ、ところでソウジはなんでこんな山ん中うろついてたんだ?

こんなところ道に迷わなきゃそうはこないだろ。しかも雪の中に埋まるとか何があったんだよ?」


 一応は確かめねばならない。もし魔族を目撃しているとしたら、イドス国内で魔族を目撃したと話されたら相当面倒な事になる。現在の休戦状態が解除される可能性さえもある。


「僕も本当はここに来るつもりは無かったのですが、色々予定が狂いまして。まさか雪の中に埋まることになるとは。人生とはわからないものですね」


「ソウジは何の仕事やってるんだ? なんか服ボロボロだけど、山賊でも出たか?」


「少し前は新聞記者の方の手伝いをしていたんですけどね。服がこの通りなのはその仕事のせいです。今は無職というやつですよ。ただ、やろうと思ってることはあるんですが」


「へぇ、なにをやりたいんだい?」


「勇者、になろうと思ってるんですよ。弱い人を救って、理不尽を打ち砕く、そういう勇者になりたいんです」


「……えー、あ、うーん、そうか。頑張れや。まあ人生色々だもんな」


――色々コメントしづれぇなコイツ……


 少し雪の中から掘り出したことを後悔し始めてきた。やはりほっておけば良かったか。


「ところで、コミュニケーションですか。例えば、話しかける以外でも色々やりようはあると僕は思うんですよ」


「ん?」


「例えば、こんな風に贈り物をするとか」


 青年が立ち上がる。右手には湯気の上がるカップ。


「どうぞ。熱いので気をつけて」


「え、あ」


 女に寄り添う少女の手を取り、カップの取っ手につける。かすれた声をあげながら、少女は声の方向を見上げる。かじかんでいる指が、恐る恐る触れる。

 耳までの短い黒髪と、細い顔立ち。怯えと不安が見える表情と、若干の疲労が見える。恐らくは山道を登ったせい。


「コートで隠れていてわかりにくかったのですが、震えているようでしたので。そちらの女性の方、差し出がましいですがよろしいですか?」


「……ありがとう、助かる。食糧の持ち合わせが無くってね」


「お礼は僕ではなくこちらのガドさんへ。このスープの材料はガドさんのものですから」


「すまない、ありがとう。私もあまり人と話すのが得意な人間ではなくてな。許してくれ」


「あ、あぁ、いやそんな気にしないでくれよお姉さん……」


 やっと口を開いた女。硬質だが高圧ではない言葉使い。口は上手くはないが、実直な人物なのだろうか。


「あ、の、ありがとう、ございます……」


 少女の声に、ギィドはのん気な田舎者の青年、といった顔で笑う。まあ彼女に見えてはいないだろうが。


「い、いや、いいってこんくらい。悪いな寒いの気ぃつかなくってさ……なあ、お姉さんとお嬢ちゃんはなんて名だい? 俺はガド・ウォッカっていう名で」


「私は……」


 一瞬、言葉が詰まる。硬質な表情に僅かに見えた迷いと、決意。ギィドはそれを見逃さない。


「ナレイン」


――本名、か。


 なんとなく、そう思う。偽名というにはあまりありふれてはいない名だ。一瞬の間は、偽名を名乗るか、本名を名乗るか、その迷い。


「この娘はアリッサ。親戚ではない……売り物よ」


「売り、物? ……あぁ、そうか」


 言葉の意味がすぐにわからず、遅れてから理解する。

 なにせ、それはギィドの国では存在しない商売だから。


「そう、私は奴隷商。この娘……売り物を運んでいる最中ということよ。隣街の娼館まで届け物ね」


 奴隷、人族の国では当たり前に存在するものが、魔族の国には無い。

 魔王が宣言し固く保証する国民の平等において、奴隷という社会習慣や階級は存在しない。


――そういう仕事かよ……


 浮かびそうになる嫌悪の表情を殺す。同族を金で売り買いするという感覚が、どうにも理解できない。やはり人族は嫌いだ。

 勇者志望の無職、奴隷商人、奴隷、そして潜入した魔族。なんとも凄まじい組み合わせが山小屋に発生したものだ。早く帰りたい。


「へぇ、そういう仕事か。なんか剣士か軍人かなって思ったよ。雰囲気がさ、緊張感あるっていうか」


「剣士、ね。少しばかりは剣は使えるけれど、奴隷の警護に使える程度よ。中途半端に剣術を修めただけだからね」


――嘘だな。


 中途半端な剣術の覚えで、こんな人殺しの眼にはならない。


「山越えの途中で馬車が故障して、こうして迷った所をたどり着いたというわけ。期日までに商品を届けないと相手から何を言われるかわからないのよ。この商売は信用が大事だから」


「信用、ね。そりゃどこでも大事だろうさ」


 嘘だ、と思う。奴隷とはいえ商品、山道を歩かせ怪我をさせたら元も子もない。整った顔の娼館用ならなおさらだ。それも逃亡されるかもしれない山中を歩かせるなどますますリスキーすぎる。

 きな臭い。どうにもきな臭すぎる。


「じゃあ、俺はここらで行かせてもらうぜ。俺も待たせてるクライアントがいてな」


 今この場にいてもロクなことにはならなそうだ。早く魔族国へブラックボックスを持って帰らねば。

 立ち上がり、ドアへと歩く。


「じゃあな兄ちゃん、頑張って勇者目指してく」


「あ、あぁああああああっっ!!」


 突如、狭い山小屋に甲高い絶叫が響く。混乱と共にギィドが振り向いた先には、立ち上がった少女。


「な、ん、だ!?」


 金切り声で叫ぶ少女の頭部周辺に、密集する光の線。複雑な幾何学紋様。圧縮された物理的干渉する情報。光の点滅が早くなる度に、少女の痙攣が強まる。


「魔術だと!?」


「逃げてぇ! ここにいちゃだめ! 全員殺される! 早く逃げてぇ!」


 古代の巫女の託宣のように、少女が語るその言葉は、ギィドを更なる混乱へと突き落とす。



 △ △ △ 


「威力が高すぎだろうな、ヘッジホッグ。ナレインはともかく被験体アリッサまで死ぬだろう」


「先手必勝だな、ダガー。どのみち被験体も保護できねば始末していい指示なはずだろうな」


 くすぶり煙を上げる元山小屋。無数の残骸を踏みしめて立つ、背広の男が二人。

 片方――ヘッジホッグと呼ばれたやや背の低い方は、両袖から手が見えないほどに無数の銃口が生えていた。それも口径や長さがバラバラのものがみっしりと。両袖だけではない、シャツの隙間、襟、そして顔面からも銃口が埋め尽くすように生えている。

 山小屋をこの銃口による高密度銃撃に吹き飛ばした。

 もう片方――ダガーと呼ばれた長身の男は、ヘッジホッグと比べれば人間らしい格好に見える。しかし、帽子を被ったその頭は、顔面の全てが金属の乱杭歯がかみ合う巨大な口となっている。


「それは困る。俺の齧る場所が無くなるだろう」


 キシキシと、歯が軋み細い音を立てる。


「焼死体でも齧ってな。サクサクといい歯ごたえがしそうじゃないかな」


「焦げたものを食うのは体に悪いだろう」


 剣呑な会話を繰り広げながら、二人は残骸を探る。


「だめだろう。俺の振動探索エコーロケーションに反応がない。ここにはそもそも人がいない」


「見つけたので当てずっぽうで潰してみたがダメかな。次を探すかな」



 △ △ △



――なんだ、ありゃあ……!


 雪の上に伏せながら、先ほどの異形達が去る姿を見送る。

 北の改造兵士とは何度か戦ったことがあるが、あそこまで人型を外れたものは初めて見た。


「……行ったようね。アリッサ、何人この山にいるかわかる?」


「わた、私たち以外だと、五人、だと思う」


 震える少女を抱きしめながら、ナレインは


「おい、なんだよあれは!」


「旅人を襲う恐ろしい山の妖怪、と言えば納得するかしら」


「ふざけんなクソ女! いきなりその娘が山小屋から離れろと言い出したり、そしたら山小屋が吹き飛ぶわ、なんだこの状況は!」


「大声を出さないほうがいいですよガドさん、相手に気づかれます」

 

 ガドの真横で、スープの入った鍋を抱えながら座り込むソウジが呟く。


「なんでそんなのもってきてんだよ兄ちゃん……」


「飲むかなと思って」


「いらねぇよ」


 シュールな姿に虚を突かれながらも、少し落ち着きが戻ってくる。


「……その娘、魔術使ってたよな? たしか奴隷は魔術使っちゃいけないはずだろ? 娼館に叩き売る奴隷じゃないのか」


 あの娘の放った光は魔術紋様。外の動きを察知したということは、観測系の魔術。それも範囲の広い高精度の。


「何から、話すべきかしらね。……私は北の――オルドラッドの一部隊、無名機関ネイムレスの一人だった」


「やっぱいい、やめろ、聞きたくねぇ! 何も知らない、俺は聞いてない!」

 

 ゾッとする。どうにもイヤな予感に思わず言葉を遮ろうとする。もうイヤだ。これ以上わけのわからない事態はゴメンだ。

 しかし、止まることなく、女は自らの正体を語る。


「私はそこから逃げ出したのよ。そのアリッサは、さっきの身体を改造した兵士を作るための材料――被験体よ。神経系の若い子供のほうが改造の適性値が高いのだそうよ」


「つまり、お前は」


「逃亡兵、ってところかしらね。まあ私は元々バシリィから流れてきた人間だからそう呼ばれるのは慣れてるけれど」


「ちょっと待てよじゃあなんでイドス国内でオルドラッドの連中が追っかけっこしてんだよ!」


「イドス国内で潜入工作の秘密施設がある。お察しの通りアリッサはギフトマン――先天的な特殊魔術能力者よ。遠距離の高精度観測魔術が使えるわ。極近距離内では使えないし、目も見えないから日常生活ではただの盲人だけどね」


 あの魔術の光は、少女の固有魔術。原理はわからないが、少女の魔術により周囲の状況を把握できるのか。


「イドス国内での探索に役立つと私が本国からアリッサをイドスへ移動させた。そこから逃げ出してきたというわけ」


「お、俺を巻き込むな! 俺もこの兄ちゃんもあんたの事情には関係ねぇんだぞ!」


「それは道理だけれど、やつらはこの山にいる人間全て消す気よ? 機密施設の場所を知っている人間を追っているんだもの。何が何でもなかったことにするに決まってるじゃない」


 表情一つ変えず、女は氷の顔でギィドを見つめる。何を巻き込もうと、何を見捨てようと悔いはない。そう目が語っている。


「巻き込まれた時点で、運が悪かったと思って諦めてちょうだい」


「ふ、ふざけ」


「あの、ガドさん」


「なんだよ兄ちゃん、今スープなんかどうでも」


「なんか、雪溶けてますね」


「……あ?」


 青年の指差す先、地面の積雪がどろりと溶けて水を染み出せている。


「な、んだ、そういやさっきから少し暖かいような」


「なぜでしょう、何か急激にこの辺りの気温が上がったような。というか地面が暖かいんですよね」


「……これは」


 ナレインが、戦慄がこもる声を上げる。ギィドも、その意味に気づく。

 限定された地域のみの、急激な地温の変化、それを引き起こす存在とは。 


「まさか、この下に、竜が、いるのか……?」



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