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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第三話 いつか、殺し合う日まで
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魔族


 上空九千メートル、地上とは別世界の景色が、ブランクドは好きだった。

 高々度での空中戦闘機動ができる人族の魔術師は限られている。この世界を音よりも速く飛び続ける限り、彼は孤独でいて、そして穏やかにいられた。

 地上は争いと穢れに満ちている、とかつての戦友が呟いていたことを思い出す。

 その友は、もう空から帰ってはこない。きっと、争いばかりの地上より空の方が住み良いのだろう。

 彼は、くちばしに当たる冷たい風を楽しみながら、そんなことを思う。


 背には体格に数倍する翼。空を切り裂く二枚刃のようなそれが、屈強な体格の戦士から生える。翼とは別に生えた両腕は、長槍を構えていた。流線型の兜の下には、強く輝く両眼と、尖ったくちばし。

 彼は魔族――その多種に及ぶ中でも特に空戦能力に秀でたワシに似た形態をもつ鳥人族の兵士だ。魔術による空力制御と飛行動力、超高々度でも活動可能な高い身体機能を持つ彼の種族だけがこの空を自由に支配できる。

 現在彼の任務は非公式のもの――つまり、国境を越えての極秘偵察活動。

 魔族国内領を越えて元ノル国を通り過ぎ、イドス国末端部上空を飛行している。


――魔王様は、イドス国を注視しろと仰せになったが……


 魔王国との最接近緩衝地域である元ノル国領内には、多数の奴隷が集まっているという。そしてこの対応を各国が決めあぐねている。同盟三国の足並みがそろわぬ以上、魔王国への戦争が再開する見込みは低い、と思われてはいる。

 しかし、戦争とは始まる前の準備によって九割が決まっている。戦争になってからでは遅い。戦争への準備と、他国の観察。これらを止めれば死が待つのみ。


――あれは、なんだ?


 音速より速く流れる景色。その端で何かが光る。高度九千メートルでは雲は薄く小さい形のものがほとんどだ。その中で、はっきりとした線の形の雲がある。

 紛れもなく、ジェット飛行による雲の形。高度飛行魔術の証


――人族、か!?


 接近距離、約八百メートル。マッハのすれ違いの中で、ブランクドはその超視力に映るものを見て驚愕する。人間だ。破れかけたコートを纏う、人間の青年がいた。歪む空間は翼の形を象る。空力制御魔術だ。


――高位魔術師……か、こんなところで……? 


 理解が追いつくより速く、ブランクドの翼が広がる。急制動。砕けそうになる衝撃に耐えながら、百八十度の方向転換。


 今は極秘任務の最中。あの青年は何者かはわからない、だが殺さねばならない。自分という存在は本来ここにいてはならないのだから。


 空気圧縮魔術を最大限に展開。プラズマ化する空気が、背後から一気に噴出。最大速力であの正体不明の青年を追いかける。


『こちらアイズ1、偵察領域にて正体不明アンノウンと遭遇。こちらを見られた。排除行動に移る』


 とつとつと言葉を紡ぐ。この高度ではリアルタイムによる魔術無線マトゥックの会話は出来ない。しかし少しでも記録を残す。胸元にある記録保存魔術具ブラックボックスはしっかりと起動していた。


 あれが自分に殺せる相手とは限らない。北の改造兵士か、未だ知られぬ人族の強者か、少しでも情報を取っておかねば。


 翼の角度を変更。ジェットによる加速で急上昇。限界までの加速に、強化されているはずの体も軋む。


 狙うは更に高度から急降下攻撃。空での戦闘は頭上を取ったものが勝つ。あの青年が空を飛ぶことが出来ても、超高速の空での闘いには果たして慣れているのか。


――俺にはある。かつて五英雄とも戦って生き延びた俺には!


 彼がかつていた部隊は、五英雄が一人『光』のクリィムとの戦闘で全滅している。彼はその唯一の生き残りだ。思い出すだに恐ろしい、五英雄クリィムとの地獄の交戦。高度一万メートルで行われた悪夢のような蹂躙。


――あの銀色の巨人との戦闘に比べれば……!


 はるか下方。霞む雲の狭間、濃くはっきりと引かれる雲の線の先に、あの青年が見える。初遭遇よりもスピードは上げていない。逃げる気がないのか。


――いや、これ以上のスピードを出せない!


 空中機動戦闘のエキスパートとしての直感的な判断。この青年は恐らく空中での戦闘経験がなく、その想定もしていない。


「ならば狩れる!」


 青年の真上へと移動、同時に目標の背中に定期的パターンが点滅する光の点が見える。


――信号点滅……? 会話、あるいは戦闘停止を訴えているのか……


 言葉は通じない。共有化された信号規格もない。しかし、なんらかの意志を見せている。戦うだけならば、それは不要な行動。


「……残念だが、恨むなよ!」


 ブランクドは急降下を開始する。戦う意志は無くとも、自分の姿を見られたということは、死んでもらうしかない。 

 鋼弾散発射撃術式メタリカを起動。発射角度を広角にしてより当たりやすく。輝く魔術式の奔流。

 吹き荒れる鋼の散弾、破壊の嵐。高々度の死地を乱舞する。

 光の点滅が拡大したのは、発射と同時だった。帯のようにたなびく光が、迫る散弾を次々と溶解し蒸発させていく。


「流体プラズマ制御の防壁!? だが、」


 恐るべきプラズマ制御能力の高さに驚きながらも、ブランクドの急降下は止まらない。高熱化させて赤熱する槍を構え、光の帯へ一直線に突き刺さる。


 「な!」


 手応えが軽い。揺らめくプラズマの光を切り裂いて、槍の穂先に突き刺さっていたものは、肘から千切れた右腕だけ。


――読まれていた!


 読まれていた、急降下による攻撃も、本命が槍による一撃であることも。右腕を犠牲に、本命を凌いだ。

 切り裂かれ、流れていく超電熱プラズマの帯。視界の端で急激に渦巻く何か。炸裂する赤の光。


「おおおおおおお!!!」


 絶叫とともに繰り出したブランクド決死の一撃は、勇者――カゲイ・ソウジの脇腹を抉る。同時に、勇者のプラズマを纏った回し蹴りが、ブランクドの頭部を砕いた。


 もつれ合いながら、二つの光が地へと墜ちていく。



 △ △ △


「おい、わかってんだろ?」


 荒れた表情の男が、錆びたナイフを構えて問う。


「いいかげんにしてさぁ、無事に降りたほうがお互いいいだろ?」


 横にはその相棒らしきハゲ頭。格好は同じくみすぼらしい。抜いている剣も錆が浮いているあたり、まあ不精者の似たもの同士が組んだといったところか、と彼は思った。自分の持ち物を手入れ出来ないやつは靴ひもが結べない子供と同じだ。

 道具を疎かにするやつは確実に地獄に堕ちるだろう。特にそれが商売や生命に直結するものなら覿面に。


「あ、あの、うちは巡回商人で食っていくのがやっとで……夫も流行り病でなくなって、とてもなにか払える余裕も」


 怯える女は、幼い少女を抱えたまま震える。

 山小屋の中にはまばらに人がおり、ありがたいことにストーブも動いているのだが、空気は凍っている。


――ああ、めんどくせぇ。


 よくある光景、であろうか。こういう山の中で、巡回商人目当てに強盗を働くやつがいて、それがとりわけ防衛力を持たない女子供を標的にし、そして周りも面倒に首をつっこみたくないと無視を決め込む。

 よくある、光景である。


「じゃあよぉ、ちょっとこっちで俺らの相手してくれよ。少し我慢すりゃ終わるからさ」 

 

「い、いや、やめて、いや!」


「お、お母さん!」


――ああ、ほんとめんどくせぇ。


 しみじみと、ため息をつきながら黒髪の青年――人間の姿に擬装した妖人族、魔族の兵士ギィド・ウォーカーは疲れと諦めを顔に浮かべた。


「うるせぇな、黙ってりゃすぐ終わるんだよこっちこいよ!」


「ああ、いや! 誰か、助けて、助けて下さい!」



 彼の任務は、敵国内で極秘偵察任務中に消息をたった兵士、鳥人族のブランクドの捜索およびその痕跡の削除と証拠の回収である。

 今、目の前のことに、関わる理由も手を出す余裕も無い。

 そんなものは、無い。


「ああ、めんどくせぇ」


 呟きながら立ち上がった彼は、ずかずかと前へ歩く。そのまま、振りかぶった拳を女の手を掴む男の顔面へ振り下ろした。



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