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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第二話 殺人鬼《ぼく》と、ワルツを
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三つ巴

「素晴らしいな。あの使えないハゲから事前に情報を取っていたとはいえ、初見で対応するとは」


 浮遊する紳士は、素直に勇者を賞賛する。教え子を誉める教師のように。


「だがまあ、それも予測の範囲内。私も君の事はこの街で色々と見てきたからね。磁界を操る程度は予測できたよ」


 勇者が中央区で三人組より受けた襲撃。そのときにソウジが使用したカニバルコープスを防ぐ磁界の魔術。それらを知っていれば、防ぐ程度は予測できる。

 プラズマ。固体、液体、気体に続く物質第四の形態と言われる。

 イレイザーの魔術の正体は正しくは高温プラズマ。超高熱により蒸発した物質が、気体からさらにそれを構成する分子が電離し、陽イオンと電子に分かれて運動している状態であり、電離した気体に相当する。

 あの紳士は、制御したプラズマを火球として攻撃に使用し、プラズマの壁により防御にも使用している。さらに足先ではプラズマジェットによる飛行まで行い移動まで行っている。相当なプラズマ制御特化の魔術師だ。


――肉屋ブッチャーは超高熱魔術を使用するために専用の改造を受けたギフトマンと言っていた……しかしここまでとはね。


 イレイザーがプラズマを使用することはブッチャーの情報から推察はできていた。プラズマは磁力に影響を受けやすく、イレイザーが磁力でプラズマの制御を行っていることは初見で理解している。


「なるほど、ではこれはどうですか」


 広げた長い両腕。延ばされた五指から光の線が煌めく。延ばされた極細のワイヤーが、周囲の鉄棒を伝い巨大な円を描く。幾重にもワイヤーが巻きついて巨大な筒に近い形状へ。


「ぬ?」


 勇者より溢れる膨大な魔術紋様。ワイヤーを伝い六本の鉄棒に高圧電流が流れる。


「これね、コイルっていう構造なんですよ。電流を磁力に変える、とても合理的な形状でしてね」


 空間を貫くスパーク。発生した巨大かつ広範囲な磁界。イレイザーの周囲にある白の円環、その形が歪み、崩れる。


「ほほう」


 眼下の勇者へイレイザーが手を向ける。一瞬で膨張する白の火球。頭上へと落とす。しかし、勇者に触れることもできず中間で拡散。イレイザーと勇者の磁界に囲まれて、火炎を真横へと吹き上げながら消えていく。


「なるほど、広範囲の磁力の『結界』で私への壁を作ったか。で、これだけかね?」


 紳士の笑いに、殺人鬼が答える。


「もちろん、これだけではありませんよ」


 右手が、上空の紳士を指し示す。勇者の背後より伸びるまた別の種類の魔術紋様の光。さらに膨大かつ、緻密な情報の暴力。

 情報が物理力として現出。物質として実体化。現れるは人体ほどの大きさの砲弾。先端に水銀を使用した破壊の弾丸。

 それを包み込むように伸びる半透明の力場による擬似砲身。かつて、ソウジと戦った騎士が使用した魔術――魔術名、多段炸薬砲弾術式 スプー・トニク

 同時多重発動させたその総数、六十二門。背後一面を埋め尽くす、砲身の群れ。


「――――吠えろ」


 内部炸薬が点火。魔弾が次々と解き放たれていく。


「く、は、!」


 紳士も同時に動いた。足元のプラズマジェットが炎を吹き上げ、急上昇。同時に光の幕――プラズマの壁を展開。

 砲弾がプラズマに触れる。次の瞬間、爆発、爆発、爆発。初弾を蒸発させ、爆風で揺らぎ吹き飛ぶ超高熱の壁。空いた穴を砲弾が通過していく。飛び立つ紳士を追いかける。


「く、は、は」


 しかし、砲弾は当たらない。


「くははははははははは!」


 脚からのプラズマジェットを停止、今度は両腕からジェットを噴射。急停止からの後退にスプートニクの砲弾は対処できず遥か上空へ。すり抜けた紳士は回転しながら絶妙に体をしならせ、紙一重で追いすがる追撃の砲弾の間を蛇のような動きで回避。超人的な身体制御能力。さらに避けられないタイミングの砲弾はプラズマの壁で防ぐ。


「これはなかなかの曲芸、信管を接触型ではなく時限式にするべきでしたよ――単純に空を飛ぶ魔術師、というよりは軍用ヘリコプターの運動性能と攻撃力に近いですね、厄介です」


 すり抜けた砲弾が後方の街に着弾。ビルが崩れ、家が吹き飛び、道路が弾ける。

 紳士の回転飛行が更に高速へ。プラズマジェットの噴射により今度は急降下軌道に。超低軌道から勇者の足元を狙う。

 砂糖菓子のように街を破壊しながら、魔人二人の激突は止まらない。


「はははははは! はははははは! 良いな! もっと楽しませろ!」


「そうか、ならもっと楽しくしてやろう」


 否、魔人は三人。女の声が響く。

 眼前に飛び込む鉄の茨。白銀の濁流が紳士を囲む。そして耳元に飛び込む高周波振動の異音。


「ぬううう!」


 とっさに展開するプラズマの壁。しかし全てを焼き滅ぼすはずの壁が、一瞬で切り裂かれ、崩れる。


「このプラズマには私にも多少の知識はある!」


 鋼鉄薔薇十字獄術式ガンズ・アンド・ローゼスを展開した――茨の女王と化したウェイルー・ガルズが、低軌道に落ちたイレイザーへ襲いかかる。茨の群れに触れたプラズマの壁が、波打ちながら崩壊。その切れ目を縫って飛び込むウェイルー。


「磁力で制御できても、プラズマの性質自体は変えられまい! 超高熱の壁ならば、プラズマの壁そのものを揺らす!」


 ウェイルーが茨に乗せて放ったのは導周無減衰振動術式ノーヴェンバー・レイン。一切の減衰効果なく物質を浸透できる特殊波動、ソリトン波を放つ術式である。

 プラズマの性質は気体に近く、本来ならば拡散しやすい。イレイザーはそれを磁力により拡散しないよう圧縮して指向性をつけ操作している。半液体に近い状態の超高温プラズマだが、液体であるがゆえに振動はかなり通りやすい。

 ソリトン波は海で起こる波に見られる現象であり、本来は伝わることで減衰する振動が、全く減衰効果を起こさずに伝わる特殊波動である。これによりプラズマそのものを波のように揺らして磁力による操作に対抗、プラズマを拡散させて壁をこじ開けることに使用しているのだ。


「空を飛ぶだけでは退屈だろう! 叩き落としてやるから、少しは土の味を知れ!」


 蠢く茨の塊、建築物を足場代わりに飛び跳ねて、プラズマの壁をくぐりウェイルーがイレイザーへ肉薄する。


「積極的な美人は好みだが、空気は読んで頂きたいな!」


 さらに超高熱の壁を三重に展開。茨に触れた一層目と二層目が崩れるが、三層目で止まる。逆に金属の茨が溶けて崩れる、先端は発火。

 いかにソリトン波でプラズマをかき乱せても、波動を送り込む茨は直接触れるプラズマに長時間耐えることはできない。


「うおおおおおおお!」


 ウェイルーが吠える。さらにガンズ・アンド・ローゼスを発動。茨が増加。脈打つ鋼が次々と荒れ狂う。ウェイルーの左目から血がこぼれる。空を飛ぶイレイザーにここまで近づけたこの好機、質量の力押しに任せてもモノにするしかない。

 しかしイレイザーもただでは終わらない。プラズマ出力を上げ、殺到する茨を次々と焼き斬っていく。


「いいタイミングですよ」


 さらにその上から勇者の放つ砲弾が襲う。そのうちのいくつかがウェイルーの茨を貫き、いくつかがプラズマの壁に触れて爆発。

 巨大な衝撃波に街が揺れる。

 煙と炎の中を、勇者が剣を構えて一直線に飛び込む。砲弾では当たらず、致命打にならない。ならば近接戦だ。


「来ると思っていたよ!」


 イレイザーもまた勇者への警戒を解いてはいなかった。すでにプラズマの壁を再展開している。

 このままでは火に飛び込む羽虫のようなもの。しかし勇者には不壊の剣がある。

 即座に魔力を宿した剣を振る。プラズマの壁をXに切り裂きプラズマの壁を抜ける。

 剣先に紡がれるは爆裂系統の魔術。それも多重。

 イレイザーへ切りかかるその瞬間、ソウジは後ろへ吹き飛ばされた。


「!?」


 高く掲げられた紳士の脚先。切りかかる絶妙なタイミングでの一撃。


「実に紳士にあるまじきことだが……」


 更にプラズマジェットで加速。一瞬でソウジの真後ろへ移動。


「私は足癖が悪くてね!」


 左踵回し蹴りがソウジのわき腹を一撃。さらにそこを足場に後頭部を右回し蹴りで一撃。態勢を崩す勇者へ、駄目押しの踏みつけの蹴りで地面に叩き落とす。


「ぐっ!」


 ソウジはなんとか最後の一撃を剣で受け止めて凌いだが、落下を避けられない。


――中距離上空からはプラズマ攻撃。相手の攻撃はプラズマの壁で防ぎ、さらプラズマジェットによる高速移動で回避。プラズマの壁を越えても本体の体術による蹴り技が待っている……なるほど隙が無い。残る対抗策は長距離からの飽和砲撃……しかしそれを容易にこのイレイザーが許すはずもないか……


 ワイヤーで移動しようと腕を伸ばした刹那、頭上に三本の茨が伸びる。


「いいタイミングだな、ミキシング!」


 先に地上に落ちていたウェイルー、その茨が落下中の無防備な勇者を狙う。この戦いは二対一でも一対二でもない。一対一対一。ウェイルーにはイレイザーもミキシングも今ここで殺すべき敵だ。

 とっさに振った剣が躍り掛かる高周波振動の茨を弾く。それも二本が限界。すり抜けた銀の茨が、勇者の胸に叩きつけられる。


「ぐ、あ、おぉ……!」


 沸騰する血を吹き上げて、勇者の肉が削り取られた。激痛に耐えながら、なんとかワイヤーで建物の壁に張り付いて地面への激突を防ぐ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息も絶え絶えになりながら、ごっそりと削り取られた胸元を見る。


「……これはなんですかね?」


 溢れる血と共に、皮膚と脂肪、筋肉の表層が見える。胸元はごっそりと消失して、肋骨中央部が露出していた。

 だが、そんなことではない。勇者の疑問はそんなわかりきったことで生まれたものではない。

 肋骨中央部。心臓の真上に、ちょうど握り拳ほどの大きさの宝玉があった。銀色に輝く、鈍い輝きを放つ真円の球体。肋骨に半ばめり込むような状態でついている。

 これは、ソウジの体の中にあったものなのか。


――僕の体は……改造されているんだったな……


 ノル国で知った自らへ起こった変化を思い出す。脳内への言語情報のインプット。そして無尽蔵とも思える膨大な魔力。


――これが、その原因か?


 この銀の宝玉が、この膨大な魔力を生み出す原因なのか。


「なんだ、それは」


「さあ、僕もよくわからないんですよ。――ところであなたのその眼は?」


 イレイザーの声に首を上げながら、ソウジは彼の眼を見つめる。先ほどの高速の攻防により遮光眼鏡サングラスが落ちて、肉眼がさらけ出されていた。いや、それは「肉眼」ではない。

 金属光沢を放つ六角結晶により構成された瞳の無い眼を、肉眼とは呼ばない。


「ああ、これか。複眼だよ。人間の肉眼ではプラズマの高温に耐えられなくてね。まずここだけはそのままというわけにはいかなったんだよ。

だが慣れてみると悪くはない。死角もないし構造も頑丈だ。いたって快適だよ」


 笑いながら指先で複眼をコツコツと叩いた。やはりこの男の体は、プラズマを操るために徹底した改造をされているのだ。それこそ、人間性さえ容易く踏み越えていく改造を。


「まあその胸元のそれは気になるが、君もよくわからないのでは仕方ないな」


 右手に集っていく熱量。火球が形成されていく。


「気になることは君の死体に聞こう。残っていればの話だがね」





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