事実
――これはヤりすぎたかな……?
辛うじて表情を崩さず、エクセルは内心で冷や汗を流す。
ウェイルーに自らを認めさせるため、かなり派手にアクションを取ったつもりだが、どうにもスベっている気がする。
正直手帳の中身などほぼ暗記しているから燃えても大して痛くはない。これはウェイルーに対するパフォーマンスだ。更に「今情報交換に応じないなら今後一切受け付けない」と極端に強気な発言をする事で、ウェイルーにプレッシャーを与えてみたが、多分それほど効果は無いだろう。
だが、今ここでウェイルーから情報を得られなければ本当に八方塞がりとなる。なりふりは構っていられない。
「ど、どうですか? 受けてもらえますか?」
緊張でやや声がかすれる。ウェイルーは渡された半分の手帳を読んだまま、返事を返さない。
しばしの沈黙。僅か十数秒が、やけに長い。
「――エクセル、この殺害された商人の該当するとされる条件、本当に確かなのか?」
顔を上げたウェイルーの言葉は、エクセルの予測通り。
――やっぱり、被害者の条件に食いついてきた!
ウェイルーに渡した手帳には、被害者商人が薬の密売役とまでは書かれていない。数人に薬の所持が認められていた所までだ。
「その後ろ半分の手帳には、これ以上の被害者商人の共通条件が載っているわけだな?」
「これ以上は、情報交換に応じて頂かねば……って、わ、ちょ!」
油断していたら手帳の端に火がついていた。慌てて袖で叩きながら火を消す。
「……オイ、私が読む前に燃やすなよ?」
「わざとやったんじゃありません!」
わりと必死にやっているのだが、どうにも場が締まらない。エクセルは少し泣きたくなってきた。
「ま、確かにこの情報は興味深いな。所で、」
手帳をたたみながら、ウェイルーがエクセルへ手を伸ばす。
「え、あの……」
伸びた手は、エクセルの左頬へ重ねられる。
「君はいい輪郭をしているな。肌もきめ細やかで、キレイだ。若い証拠だよ」
ウェイルーの指が優しげにエクセルの肌を撫でる。悩ましげに、指先が蠢く。今までの厳しい視線ではない、どこか熱情を感じる眼でエクセルを見つめていた。
――こ、これって……
ぞくりとした悪寒が背筋を貫く。そういえば、ウェイルーは確かに美人だが恋人がいそうな雰囲気がしなかった。
――そ、そっち系の趣味の人!?
「あ、あたしはそういうのは、」
慌てて離れようとした刹那、声が聞こえる。
『エクセル、聞こえるか? 聞こえるなら、声を出すな。瞬きを二回しろ』
声は確かにウェイルーの声。だが、ウェイルーの口元は動いていない。
とりあえず、言われた通りにする。
『よし、聞こえるな。これは私の魔術の骨伝導音声だ。骨を振動させて伝わる音声であるため、直接触れているお前以外には聞こえない。盗聴の恐れがあるから、これで喋らせてもらうぞ』
いきなり盗聴に留意するとは穏やかではない。だが、それだけ秘匿性を重視するということは。
『お前の提案を受けよう。確かにあの手帳の内容なら、お前の持つ情報には期待できる』
――来た――ッッ!
踊り出したいのをこらえる。にやつく表情筋を必死に押さえつけた。
『私は細かい算段は面倒くさい質でな。まず私がなぜこの街に来たかの大元から話す。エクセル、最初に聞いておくがノル国に親戚や知り合いはいるか? いるなら瞬きを二回、いないなら一回しろ』
――ノル国?
確か四国同盟の一国だが、正直余り馴染みがない。親戚や知り合いどころか、行ったことさえない。
『そうか、いないか。――結論から言えば、公では非公式だが、ノル国は現在消滅している。国民を皆殺しにされてな』
「――えっ?」