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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第二話 殺人鬼《ぼく》と、ワルツを
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錯綜

 ウェイルー・ガルズが全焼した商人宅へ足を運んだ時、そこにはすでに警察署の人員が溢れていた。

 彼女が事件に気づいたそもそもの発端は、警察署内の職員の奇妙な動きからの推測と短距離魔術無線連絡の秘密裏な傍受であり、ウェイルーは自らに正確な情報を警察の人間が回してくるとは考えていない。

 申しわけなさそうな表情を浮かべるダクトを後ろに従え、屈強な体躯を誇る見張りの警官達の制止を力技でねじ伏せながら、突き進んだ先は焼け跡の最奥。

 半ば崩壊した壁の焼け残りや炭となった床、ウェイルーはその場にいた数人の鑑識課の内の一人、巨漢を即座に発見する。

 浅黒い肌の大男。右手に包帯。今は白衣ではなく鑑識作業用の作業着。ヴォドギン・ラウス。

 和やかに、美しく微笑みながら、焦げた床を踏み割りウェイルーが進む。反対にウェイルーに気づいたラウスは表情を悲痛に歪め、背を向けて逃げ出そうとするが、体重の重さに床が割れ、足がめり込む。身動きが取れなくなる。


「ひぃ、ひいい、」


 四十路に近いとは思えぬか細い悲鳴を上げる熊男。その太い後頭部を細く白い指先がたくましく掴む。そのままギリギリと力を入れた。頭蓋骨が軋む感覚にラウスの動きが止まる。


「おはよう、ラウス主任。とても良い朝だな、――話を聞かせろ。全部だ、隠し事をしたら頭の形が変わるぞ」


 ウェイルーの声は、とても涼やかな声だった。




 半泣きのラウスから聞いた話では、焼け跡から魔術使用反応を確認、更に惨殺死体を三体回収。

 どれも原型を留めていない焼死体であり、詳しい検死は状態が酷いためまだ時間がかかるとのこと。

 しかし商店の住人は一人、残り二人の身元がわからない。全焼した商店では、証拠品の確保は絶望的。


――今までの連続殺人とは明らかに特徴が違う……恐らく店内で戦闘があったのか、火事はそのせいか? いや、これは証拠隠滅を狙った故意的なものか。


 とかく、今現在ではこれ以上の情報は望めない。

 警備の警官にここを訪れた人間全てを教えろと命令。反抗的な態度を程々な暴力でいなしながら、新聞記者のエクセルが来たことを確認。 

 忌々しく睨みつける警官達を無視、颯爽とした足取りで事件現場を後にした。

 朝の内にホテルの使用人を新聞社への使いに出している。そろそろ呼び出しを聞いたエクセルが来る頃合いかとダクトには警察署へ戻るよう指示、自らは昼食を兼ねて早めに待ち合わせ先の喫茶店へ。


 ウェイルーから見てもエクセルは年齢以上に若く見える。いや、子供っぽく見えると言った方が正しいだろう。

 だからこそ、ウェイルーも子供へ言伝を預ける程度の気分でいた。喫茶店で駄賃代わりに菓子か食事でも振る舞ってやろう、そのぐらいしか考えていなかった。

 それで簡単に話は通る、と考えていた。


――考えて、いたんだがなぁ、


「エクセル、情報を金に変えるという考えは、最終的には間違ってはいない。だが、情報とは時間によって価値が変化するものだ。情勢から自らの持つ情報の最大価値を瞬時に把握し、理解し、活用する。それが情報を扱う者に必要な能力だ」


 伸ばした右手でサンドイッチを掴む。ひと切れではない、二切れ同時だ。

 一口で三分の二が消失。口の中に広がるパンの食感、トマトの酸味、ハムの旨味、隠し味らしきバジルドレッシング、なかなかいい味。存分に味わいながら即座に二口目、残り三分の一が消える。高速の咀嚼で嚥下。

 

「確かに情報を金で換算するのはわかりやすい。だが、情報を扱うなら、情報は情報で買う事が鉄則であり、力量の誇示に繋がる」


 さらにサンドイッチを掴み、口に運ぶ。即座に空になる皿。空いた片手がフィッシュアンドチップスへビネガーを振る。追撃に胡椒。

 フォークを伸ばしフィッシュアンドチップスのタラのフライに突き立てる。そのままザクザクとフライドポテトもついでに突き刺し、イモとタラの塊となったフォークの先を口へ。やはり一口で頬張る。


「先ほど言ったように情報の価値とは時間によってかなり変わる。だが、金、貨幣の価値はそれと比べればまだ変わりにくく、換算する事はそれほど難しくはない」


 次々と空になる皿、やたら速いウェイルーの食事速度に呆然となるエクセル。

 それでも、ウェイルーの優雅な姿勢が崩れないのはさすがとしかいいようがない。


「故に、情報と情報の交換はそれだけ情勢観察の腕が問われるのだ。自らの持つ情報と相手の情報は本当に等価なのか、情報の変化を読み取り常に自らが得になる情報の交換が出来る。それが出来ると相手に見せるには『情報を金で買う』という手段は下の下にしかならない」


 ナイフが動き、チキンソテーが大振りに切り分けられる。パリッという音を立て香ばしく焼かれた皮が割れ、飛び散る肉汁が皿を流れた。滴るグレイビーソース、鳥の油が光を反射。

 フォークの先のチキンソテー。朱い唇が開かれ、またも一口で消える。脂で濡れて蠢く唇が艶めかしい。

 休む間も無くフォークがマッシュポテトをすくい出す。


「そんなに速く食べたら消化に悪いですよ……」


「軍隊では早く食べるのも長所の内でな、ちゃんと噛んでるから問題無い。――つまり、情報を金で買うという交渉は、情報を元手に情報を欲しがる人間に対しては『ああ、こいつは金で買わなければならないほどろくに情報も持ってないヤツなのか』と思われるだけなのだよ。まあ、つまりカモだな。その程度もわからなくては、先輩記者を出し抜く以前の問題だな」


 言葉に、エクセルの表情が硬くなる。

 手柄に焦るエクセルの心理はウェイルーも解る。むしろそういう若者の方がウェイルーは好きだ。もしウェイルーにもう少し余裕のある現状ならば、彼女に手柄を立てさせる協力の一つもしてやったかもしれない。

 だが今は違う。少しでも確実な情報が欲しい。事件の核心、ミキシングへと迫る手がかりがいる。新人記者を当てに出来る状態ではない。不用意に動けば、エクセルも巻き込まれる可能性もある。

 精々今ウェイルーがエクセルにしてやれることは、手厳しいアドバイスをくれてやるぐらいだ。


「そもそも、死体を見た程度でものが食えないようではまだまだ記者の経験が足りないと言ったところだろう。そんな新人と組む気は……」


 伸びる手が、サンドイッチを一切れ掴む。だがそれは細長いウェイルーの腕ではなく、それより小さめの手。


「……おい、エクセル?」


 サンドイッチを掴んだのはエクセル、半ばやけになったように口に運ぶ。

 咀嚼しながら、水で無理やり飲み込んだ。


「と、突然ですが急にお腹が空いたので頂きます! どの道奢って貰えるんだから別に良いですよね!」


 涙目ながら、エクセルの目はウェイルーを見据える。


「……気分が悪いなら無理に食わなくてもいいぞ?」


「別に大丈夫です! ついさっきよくなりましたから! それより、つまりあたしは新人記者だから、あたしの持つ情報は信用出来ない。だから取引はできないってことですね?」


「まあ、つまりはそうだな……なんかお前顔が青いぞ」


「だったら、あたしだってやり方があります」


 エクセルが取り出したのは一冊の革手帳。シワのより具合からそれなりに使ってきた物らしい。

 更に片手には折り畳み式のナイフ。


「……なんだ、今度は手首を切るとか言う気か?」


「違います!」


 テーブルに広げた手帳、展開されたナイフがその背表紙を左右真っ二つに切り裂く。

 その前半分をウェイルーへ投げた。


「それにはあたしの調べた連続殺人事件の調べた情報が半分載ってます。あたしの情報が信用出来るかは、それで判断してください」


「ふむ、」


 ウェイルーの右手が手帳の半分を取る。

 同時にエクセルはテーブルの灰皿を引き寄せた。


「それでもしあたしが信用出来ないなら」


 灰皿の上に紙ナプキンを載せる。エクセルの指には喫茶店のマッチ。テーブルに勢いよく擦られ、着火。灰皿へ落とされる。


「続きの載った後ろ半分はこの場で焼却します。これ以後一切ウェイルーさんには情報の交換は求めませんし、ウェイルーさんから求められても答えません」


 燃え上がる小さな炎。その上に掲げられる半分の手帳。

 エクセルの目は、どこまでも真っ直ぐにウェイルーを射る。堅き決意の瞳。


「……ほう、なかなか大胆なこと言うじゃないか、お嬢さん」


 またも起こる予想外の事態に、ウェイルーの心が躍る。これだから、若い人間は面白い。

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