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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第二話 殺人鬼《ぼく》と、ワルツを
37/101

刻限

 ◇ ◇ ◇



 燻らせた煙草、紫煙が狭い奥店を舞う。年齢の浮き出た指先、ヤニの匂いが染み付いた指腹が吸い口を摘まむ。


「……状況終了、人員は引き続き隠蔽とターゲット調査に当たれ」


 ろくに暖房もない部屋にも関わらず、

禿頭を流れる一筋の汗。

 壁越しに発せられる報告の数々、そのどれもが作戦の失敗を知らせる。


「了解、状況撹乱を続行」「了解、ターゲット追尾を続行」「了解、通信仲介を続行」「イー、アル、ダスの欠損は予備人員で修復、作戦を続行」


壁から響く内容の確認と唱和の声。重なっていく淡々とした声質には、仲間が無惨に死亡したことへの一切の感情はない。部品を補充するように、空きを埋める。訓練と経験により、感情を剥ぎ取った人の群れ。先天性のソウジとは逆に、後天的な要素で心を捨てた者逹。

 禿頭――ヴォルガンは床に吸いかけの煙草を投げ捨て、苛立ちを晴らすように踏みしめた。


――撤退予定日まで余裕がないというのに……!


『やぁ、肉屋ブッチャー。何? イライラしてんの? だから煙草止めたほうがいいって』


 壊死した男の感情を削る魔術変換音声。狂った享楽者が笑うように囁く。アシュリー市、もう一人の殺人鬼。歓びの惨殺者。


「黙れ。今回の作戦は貴様には関係がない……!」


 焦燥を噛み潰しながら、禿頭が静かに声を出す。それでも苛立ちを上手く隠せない。


『冷たいなぁ、楽しくやろうよ。ストレス溜めると早死にしちゃうよ?』


 言葉が終わると同時に、ヴォルガンの背後の壁がたわむ・・・

 鈍い音と共に路地のある外側へ湾曲。壁に下げられたボードや掲示物が浮く。壁から繋がる幾筋もの魔術構成を表す光、連なる先はヴォルガンの右手。


『おー、怖い怖い。気をつけてよ、ここ狭い裏路地なんだよ? 湾曲した壁に挟まれて大怪我しちゃうじゃない』 


 変わらぬ陽気な声。聞こえる場所は背後から左側頭上へ移っている。


「黙れ……同じ命令を繰り返すのは反吐が出るほど嫌いでな。貴様のような軍規を乱すクズを我々が生かしている意味をその狂った脳髄で少しは考ろ。態度いかんによっては、お前をこちらで処理できる権限もあるんだぞ」


 肉屋の背中より立ち上がる魔力の光、充満する殺気。組み上げられる魔術構成の薄明かり。


『ーーアーーハァッ!、たまには殺意を向けられるのも、甘美だねえ。久しぶりに味わう殺人も慣れのせいで感動が薄れてきてたんだ。自由への闘争を味わってみるのも、』


 左頭上。確かにあった殺人鬼の気配が不自然に消える。


『ーー存外に悪くない』


 消失する気配、明らかな暗殺への構え。異質同士な殺気が混じり合い、分離する。


「作戦の邪魔になるのなら排除するだけだ、ーー後始末役には『焼却イレイザー』が来る以上、貴様を遊ばせる余裕も、貴様と遊ぶ余裕もないのだからな」


『ーーあー、イレイザーって、あの焼却イレイザーの事?』


「そうだ、後始末役に最も適任なヤツがこの街に来る。期日までに作戦を終了させねば、お前も俺もこの作戦に関わった人間と設備は残らず蒸発させられるぞ」


『参ったね、どうも。こりゃ詐欺だよ』


 消えた気配が戻る。今度は右頭上へ。陽気さが抜けない声。しかし殺人鬼はイレイザーという名前に戦慄を隠せない。


『しょーがない、ちょっとはお仕事頑張るかな。ヤツに追われるのはいくら何でも分が悪いや』


 気配が遠のく。殺人鬼が雑踏へ消えていく。

 壁越しに見送りながら、禿頭はゆっくりと煙を吐いた。



 


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