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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第二話 殺人鬼《ぼく》と、ワルツを
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詰問

「まずこちらの資料から説明しますと……」


 ヴォドギン・ラウスの太い指が紙を捲る。閉じられたファイル、並ぶ文字を目が追う。

 鑑識課主任長室、来客用ソファーに腰掛けるウェイルーとダクトへ、ラウスが資料を手渡す。


「商人街連続殺人事件は現在も調査中です。事件の特徴としては、被害者への重度の攻撃による遺体の大規模な損壊を与えている点。被害者が現在商人区の商人及びその家族のみな点の二点。

あとは被害者によって一定していないのですが、一部には違法薬物を少量所持していた被害者がいました。また、被害者の国籍もバラバラで一貫はしていませんね」

 髭面のラウス、その顔面に乗る丸メガネが光る。反射した表面には、ウェイルーの端正な顔が歪んで映っていた。


「……被害者の国籍もバラバラ? ああ、そういえば商人街は限定滞在条件特区でしたっけ」


「ええ、その通りです、よくご存知ですねウェイルー捜査官。

商人街は、貿易の要となる西方大海に繋がるカナギナ大河の中州からアシュリー市が発展した経歴上、繊維業を主とする様々な外国商人が長期滞在している街です。

イドス国の経済補助の一環で外国籍商人でも指定された国内の一部なら長・長期滞在や定住が許可されていますから、商人街には何十年もアシュリー市にいながら未だに外国籍の商人はかなりいますよ。ただ、被害者の中にはイドス国籍の商人もいますから『外国人』であることは殺人鬼の条件には恐らく当てはまらないでしょう」


 アシュリー市の実態は、かなりの外国人がいる多国籍都市に近い。中央区の各国から集まる商人達、外区の周囲から流入していく人種国籍職業も定まらぬ無頼の人々。それらがこのアシュリー市という特異な街を形成している。


「僕ももう二年ほど前からアシュリー市に異動になった身ですけど、この街の外国人の多さには驚かされますね。南方キトアの田舎出の僕には見たことがないものばっかりで」


 しみじみとダクトが街の感想を語る。アシュリー市の人間の層は驚くほど厚い。


「ラウス主任長、商人街連続殺人の捜査状況が混乱しているのは私も理解しています。

今回私が鑑識課を訪れたのは、殺害現場の調査記録に対しての詳しい解説を頂きたく参ったのです。ダクト、アレを出せ」


「は、はい!」


 ダクトが差し出した鑑識調査報告ファイルをウェイルーが広げる。ラウスの眼前へ、事件現場の簡略化された頭上図を見せた。白い指先が赤線で人型が書かれた場所を指す。


「殺害現場に直接出向いて調べた所、被害者の血痕の飛び散り方に違いがあるのを発見しましてね。

大威力の一撃による叩き潰しと、中威力による複数打、そして二種の混合型と血痕の飛び散り方から現場状況を三種にカテゴライズ出来ます。鑑識報告書を見聞させて貰いましたが、被害者の殺害方法はみな『非常に強い打撃による重度の損壊』としか書かれていません。血痕の飛び散り方にも記述は一切無く、被害者が潰されるように殺されている点と商人であるという点のみでいささか強引気味に同一犯の連続殺人と認定している印象があるのですが?」


 柔和な微笑を浮かべ、美女が問う。呼応するように、ラウスも髭を曲げ微笑を返す。


「なるほど、血痕の飛び散り方に着目するとは、流石若くして特別捜査官に任命される実力のある方ですねぇ。――いやあ、正直遺体の損壊に目を取られて、血痕の広がりには無関心でした。すぐさま現場を再調査して、調査報告の改善を行いましょう。まだ鑑識課は設立から十五年も立っていない新しい捜査部署ですから、やはり踏まえなければならない点がまだまだありますよ」


 大柄に似合わぬ謙虚な姿勢を崩さず、ラウスは素直に自らの非を認めた。その様には一切の意地や傲慢が無い、真摯な研究者――に、見える。


「条件から同一犯事件との認定は、条件もさることながら犯人の目的の不明確さも考慮に入っておりまして。後は現場からは一切の魔力残渣反応が検出されなかった点も実は全ての事件で共通なのです。

魔力残渣が無い点から、身体強化魔術による怪力が唯一の殺害方法と推測。魔術教育を受けたらしい点から元軍属の線で犯人を調査している途中です。ウェイルー捜査官の指摘は犯人捜査により役立つ材料となるでしょう」


 丁寧を通り越し、大仰に過ぎる黒熊の言葉に、ウェイルーは苦笑を浮かべる。


「いやいや、そう褒め殺しにされてしまうと私としても返す言葉がありません。――ところで、全ての現場で魔力残渣が一切無かったと?、たしかにそれは報告書にも書いてありましたね。

ラウス主任長、実の所、私の任務は『M』の追跡と捕縛です。この街の商人殺人事件に『M』が関わっているかどうかが私の今現在最大の関心なのです。そしてこの事件全体に漂う犯人の異常性は、『M』の持つ独自のそれに近い。ひどく近いが、……そのものではない、なにか混ぜ物があるような感覚がどうも消えないのですよ。

情報や鑑識調査の提供はこちらも是非必要としています。これからも手厚い協力をお願いしたい」


 ウェイルーの言葉には一切を貫く鋭さがある。自らの直感に従う、迷い無き人間の鋭角さだ。


「ええ、もちろんこちらも協力は惜しみませ……おおっと、そろそろ時間ですな」


 ラウスが壁の時計を一瞥、巨体を立ち上がらせる。


「失礼ですがこの後に人と会う予定がありまして、今はここまでということで……」


「ああ、それは貴重なお時間を失礼しましたラウス主任長。それでは」


 延ばされる右手。美しい形の指がラウスの右手を優雅に誘う。

 ラウスの右手が掴む。握手の態勢へ。


「また何かありましたら、いつでも来て……」


「――茶番はそろそろ止めてもらおうか、この腐れ狸が」


 ラウスのグローブのような手の肉に、ウェイルーの指が大きくめり込む。瞬く間に皮膚が盛り上がり鬱血。

 これは握手ではない、握り潰すという形容が正しい。


「――っぐうぅぅぅうっ!!」


 蛙が横死したような呻き声を上げ、震えながら必死に腕を引っ張るラウス。だがウェイルーはびくともしない。


「ちょ、ちょっとウェイルー捜査官なにやってるんですか!?」


 止めようとするダクト、しかしウェイルーは一睨みで彼を止める。


「お前は黙ってろダクト。――今までの問答はサービス代わりの挨拶だ、ラウス主任。ここからが私の本当の質問だ……まだ右手でペンを持ちたければ正直に答えろよ?」



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