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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第二話 殺人鬼《ぼく》と、ワルツを
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現場

私は殺人を行なわねばならぬ!

どうしても行なわねばならぬ!

そして、その殺人は平凡な殺人であってはならぬ。

前例の無い殺人で無ければならぬ!


出典 そして誰もいなくなった アガサ・クリスティ作 清水俊二訳



――時間軸はエクセルがソウジの報告を受ける約一時間前。



 昼の光が差す商店は静粛としていた。

 散らばった書類は床を埋め、棚に詰まった商品は当分の間は客に渡ることはない。辺りにはロープが張られ、侵入を禁ずる中央区警察印の入った札が垂れ下がる。

 本来ならば、客の往来がもっとも激しい時間帯であるはずだが、今は二人しかいない。

 そのうちの一人、軍服の女が更に店奥へ足を進める。侵入禁止のロープを無遠慮に潜り抜け、更に奥に。


 足を止めた店の一室、そこにはニメートルほどの半径を持つ赤黒い痕跡が二ヶ所。


「……ここか」


 女――ウェイルー・ガルズは周囲を見渡した。壁や棚に散らばるはやはり赤黒い飛沫、かなりの広範囲、かつ大量。

 赤黒、それはつまり、長時間経過した血液の色。


「ちょっと、ウェイルー捜査官! 一応ここはまだ証拠保全しなきゃいけないんですから、うかつに踏み込まれるのはマズいんですよ! ちゃんと入るなら許可を……」


 慌てて後を追ってくる男=ダクト。途中で足を滑らせて、乾いた血の痕に飛び込みそうになる。


「ひ、ひぃぃっ!」


「いちいち許可を待ってられるか……それからダクト、まずお前が現場の保全に気を使ってもらえないか?」


 かつて肉塊と成り果てた犠牲者のいた場所へしゃがみながら、ウェイルーが声を上げる。視線は上を見上げ、壁や天井へ。


「ダクト、ここは妙だな。今までの二件とは違うな」


 ウェイルー達は既に最新の二件の現場の視察を済ませていた。今見ているのはその前のペルニド商人一家惨殺事件の現場だ。


「今までって、条件はみんな同じじゃないですか? 商人で、潰すような殺し方で」


「確かに条件は同じだ、だが仔細が違う。一件目の被害者の血液の飛び方と、二件目の被害者の血液の飛び方が違うんだ」


「飛び方、ですか?」


「そうだ、生きている人間を強力な力で叩き潰せば、血液が広範囲へ吹き飛ぶ。こういう風にな」


 示す先、リレア・ペルニドが死んだ地点より、円状に散らばる血痕。壁や天井、縦横無尽に染め上げている。


「だが死んだ人間を何回かの攻撃に分けて潰せば、飛沫の散らばり方は異なる」


 リレアの両親がいた場所を中心に広がる血痕は、リレアのものより半径が小さく、色が濃い=何度も血が同じ地点に重ねられた証拠。


「つまりやり方が微妙に違うと……? ですがウェイルー捜査官、『M』はかなりの異常者なんでしょ? いちいち同じやり方貫くという保証は……」


「その可能性は確かにある。だがな、やつはこと効率性にかけてはやたら合理的だ。叩き潰す殺し方もそれが一番手っ取り早く楽だからやっているのだろう。

そもそも一撃で確実に殺せるなら、何度もやる必要はない」


 ウェイルーの指がリレアの血に触れる。時間の経過により、固まった血が乾いた音を立てた。

 一撃で殺せるなら、何度も叩く意味はない。それをやっている場所とやっていない場所がある、はずだった。


「だがこのペルニド一家のケースは違う。娘は一撃で、両親は何度も衝撃を受けて潰されている。一件目と二件目の特徴が混じっているんだ」


 ウェイルーの直感が囁く。この現場は、かなり「特異」な場所だと。


「そ、それは犯人が複数のやり方で人を潰しているというだけなのでは……? 一つの現場で二種類の方法が発見されたのなら、つまりはそういうことでしょう」


 ダクトがウェイルーの顔色をうかがいながら、恐る恐る声を出す。

 ダクトの見解は、中央区警察の見解とほぼ同じだ。つまり全ての商人街殺人犯=同一人物説で考えている。若く立場のないダクトが中央区警察の中心見解に逆らえるはずが無い。



「今の所はな……だがまだ犯人像を一つに絞るには早すぎる。もっと前の現場、まだ保全しているよな? 回るから案内してくれ」


 立ち上がるウェイルー、うんざりとした表情が浮かぶダクト。


「あの、自分、血を見すぎてちょっと今気分が、吐きそうで……」


「ならそこで吐いてこい。胃の中もの全て吐き出せば、吐けなくなるからな。案内はそれからでいいぞ?」


 一切の容赦ないウェイルーの言葉に、ダクトは泣き笑いのような表情を浮かべた。




 ▽ ▽ ▽ 


「あいよ!」


 線の細い青年に、名物のソルトビーフサンドを手渡しながら、鷲鼻に禿頭の男、店主のヴォルガンは威勢良く声を上げた。

 時刻は夕方過ぎ、人がまばらになった頃を見計らい、ヴォルガンは店を店員に任せる。


 紙巻き煙草へ火をつけながら、ゆっくりと店奥へ戻る。紫煙をくゆらせ店の事務所まで歩いた。

 やがて部屋の壁際へピタリと背を預け、煙を深く吐き出す。


『吸いすぎは体に悪いよ、肉屋(ブッチャー)?』


 突如ヴォルガンの耳元へ響く、男か女か、老いているか若いのかすらわからない声=対盗聴対策の施された軍事用短距離魔術無線(マトゥック)

 壁の向こう側は、路地裏となっている。ヴォルガンの背中合わせに誰かがいるのだ。


『今更健康に気を付ける趣味はない、吊し斬りケリー(ストレンジ・フルーツ)――で、首尾はどうだ』


 煙草を味わいながら、ヴォルガンは声へ返答を返した。


『問題なく始末してるよ、ただ今回来てる女の人、ウェイルーって美人さん。あれ結構厄介そうかな。キレ者だよ、あの人』


『障害となるなら、こちらで妨害するなり始末するなりするさ。お前は自分の任務を遂げろ』


 淡々と指示を与える禿頭。


『そう? あの人はこっちで楽しみたいんだけどなぁ、ああいう人をさ、バラバラに切り刻んでみたいんだ』


 声に、喜色が混じる


『――余計な事を考えるな。お前は私の指示に従え。我が部隊の撤収が整うまでに、お前はターゲットを殺し続けろ』


 店頭にいる時とはまるで別人の、冷酷な声でヴォルガンが呟く。


『わかってるさ、ブッチャー。そういう約束だからね。じゃ、またね』


 ブツリと声が途切れる、ヴォルガンの背後から去ってゆく気配。


「……この忌々しい狂犬め」


 ヴォルガンの声が、誰もいない室内へ響いた。



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