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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第二話 殺人鬼《ぼく》と、ワルツを
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報告

「い゛だい゛いだいいだぃぃ……」


「あ゛あ゛あぁぁー……」


 苦痛の声が聞こえる。それは魂が折れた破砕音だ。


「や゛め゛で、やめで、たすけ……」


「いだ、いだいいだ、……」


 この音があって、初めて目的が果たせる。思ったより簡単にこうなってくれたのはありがたい。やはり街のチンピラ程度なら話が早くて助かる。


「た゛ずけ、たずげて……」


 表情を歪ませ泣き声で懇願する禿頭、薄桃色の断面が周りに覗く耳穴へ、そっと顔を近づける。

 耳の部分は先ほど千切ってしまった。


「……僕の質問に、答えてくれませんか」


 静かに、そして丁寧に青年は問う。その声には、ただ無限の虚無に満ちていた。




 ◇◇◇



 ――どおおぉっすんだよっあいつはッ!


 既に日は高く昇っている。空から指す光は、木々の葉を照らしていた。

 平日の昼間、アシュリー市名物の川エビのサンドイッチの屋台が構え、老齢の気難しい管理人がふらふらとうろつく園内。

 中央区内市設立公園、その水音が跳ねる噴水前のベンチで、エクセルは頭を抱え込んでいた。


 ――あいつ、生きてんのかなぁ……


 三時間前、ソウジが殴られてから男達に路地裏の更に奥まで引っ張られるまでは一瞬だった。

 その一瞬でも、エクセルへ「待て」と片手でジェスチャーを送るのがわかった。だが正直そうでなくとも体は動かなかったろう。

 さすがに殺されることはないだろうが、それなりに痛い目には遭うはずだ。とりあえずは外区の警察に通報、早く動くように幾らか渡して、中央区へ戻ってきた。

 外面はいくら強気に振る舞おうとも、やはり怖いと思う時はある。所詮は女の細腕、暴力沙汰には無力だ。


 ――いくらなんでもいきなり聞きに行くこたぁないだろ……


 正直見捨てたようで罪悪感が疼くが、さすがにあの行動を取るとは思わなかった。

 しかしこれで情報集めはまたふりだしに戻る。また協力者探しから始めねばならない。


 ――やっぱあたし、記者向いてないのかなぁ……


 どうも自分には度胸が無い。あと一歩の踏ん切りがつかないのだ。それを掴む覚悟が無いために、望むものを得られない。

 どれほどに近くにあろうとも、触れられないのなら無いのと同じだ。

 いや、むしろそれは全く手が届かないことより始末に悪いだろう。


「……無理なのかな、あたしには」


 ぽつりと、言葉が漏れる。意固地に固めた心から、とめどない本音が染み出た。


「ああ、エクセルさん、ここにいたんてすか?」


「……はっ?」


 声と共に跳ねる水音。背後へ振り向く。

 その先には、上半身裸の青年がいた。

 裸で、噴水の中に立っていた。


「なにやってんの、お前!」


「いやぁ、探しましたよ。希望街にはいないみたいだし、ひょっとしたら中央区かなと公園に来てみたら……」


「だから、質問に答えろよ!」


 噴水の水に脚をつけながら、ソウジの片手には濃い赤の濡れたシャツが持たれていた。


「いやぁ、シャツが汚れてしまいまして、代えも無いし洗う場所もなかったので噴水を使わせてもらおうかと……」


「噴水で洗濯するなよ! 公共の場をなんだと……あれ?」


 違和感に言葉が止まる。ソウジの持つシャツを注視。


 ――こいつが着てたシャツ、たしか白だったような……赤なんて着てたか?


 今ソウジが持つシャツは、染まり方にむらがある、雑な作りの赤シャツだ。


 しげしげと見直すと、ソウジの顔にはアザ一つ無い。禿頭の拳がめり込んだのにもかかわらず、にだ。


「例の密売人から情報を聞き出すことが出来たんですが、聞きますか、エクセルさん?」


「え、ああ、……え、聞き出せたの?」


 予想外の結果に戸惑う。あの状態からどうやって会話に持ち込んだのか。

「ど、どうやって……?」


「コミュニケーション、言語による話し合いです」


 クスリとも笑わず、ソウジはエクセルを見つめる。いまいち冗談かどうかの判断がつかない。透き通った黒曜の瞳は、見続けていると吸い込まれそうになる。


「と、とりあえずだな……」


 視線を外す。外した所で次に目に入るのはソウジの色の白い上半身なのだが。


「ふ、服買ってやるからまず着ろ! 話はそれからだ!」



 ◇◇◇



 ――なんだこりゃ……?


 噴水の縁に置かれた、赤シャツを拾い上げた。


 ――たくっ、ゴミを噴水に捨てやがって……


 二十年以上公園管理人を続けた老人にとって、公園は自らの庭に等しい。公園を散らかすということは、家を荒らされるのと同じだ。

 治安がいい中央区でも、こういうことをやる輩は絶えない。見つける度に、怒鳴りつけてもまだいなくならない。


「……あん?」


 ふと、シャツの奇妙な点に気づいた。

 むらのある赤色、その中で、白い場所が二ヶ所ある。右脇下と左脇下、ぽっかりとそこだけ染め忘れたように白い。


「なんだ、こりゃ、……う、!?」


 よく見ようと顔を近づけ、シャツの匂いに気づく。

 生臭さを含む鉄錆の匂いが僅かに鼻を刺す。どれほど僅かでも、危機本能が答えを教えた。


「……血、?」


 シャツは最初から赤かったのではない、大量の血液が付着したことにより赤シャツに見えていただけだ。脇下が白いのは、血の付着を免れたためにシャツ本来の色が残っていたため。


「う、うお……」


 思わず呻きながら手を離す。バチャリと水音を立て、シャツが落ちた。

 老人の手は、染み出した血の色に薄く染まっていた。



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