表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第二話 殺人鬼《ぼく》と、ワルツを
19/101

第二話、「殺人鬼《ぼく》と、ワルツを」 残街探索

 夜の静寂の中、商人の娘リレア・ペルニドは自らが見たものを理解出来なかった。


 晩餐の時間、顔を果実のように赤らめ、葡萄酒を片手にまだ二十の娘の婚期を気にしてばかりの父が、

 帳簿を覗きながら、しかめ面で父を睨む母が、

 つい数時間前まで、いつも通りに喋り、いつも通りに食べ、いつも通り、笑っていた両親が、何かになっていた。


――な、に……あれは?


 子供の頃から、遊び場にする度に怒られていた店の事務室。

 帳簿が並ぶ本棚、落葉のように無尽に散らばる、領収書や契約書などの紙資料。

 その床に、赤のシミを作り存在する何か。

 服の生地、骨の白、臓腑の薄桃色、乾いた血の赤、およそ人体のあらゆる内面を表装させたような肉塊。

 リレアがその肉塊を見て、両親二人だと確信した事は、親子であるが故の直感としかいいようが無い。

 なにせ、肉塊はそれが元は二人の人間だったと判別することが困難なほど、混ざり合っていたのだから。


「――あなたがリレアさんでしょうか?」


 有り得ない事態を前に、恐慌を通り過ぎ忘我に至る彼女を、現実に繋ぎ止めようとする声が聞こえる。


「あ、あ、の……」


 イドス国東部、アシュリー市、商人街のひしめき合う建物群に店があるため、窓から月明かりが入らない。彼女の持つ魔力光器の光が声の主を照らす。

 幼い顔つきをした青年だった。


穏やかな物腰と、長身でありながら細い体はどこか話易そうな、それでいて神々しい雰囲気を感じる。

 ただその手に、都市部では取締の対象となる剣をもっていなければ。


「あ、あなたが……? 殺、し、う、」


 言葉が続かない。不意に訪れる嘔吐感、しゃがみこみ床へ晩餐のなれの果てを吐き出す。

 今更、家族を殺された実感と、自らが命の危機である実感が押し寄せてきた。


「あなたがリレアさんですね? ――いいえ、僕はあなたのご両親を殺してはいません」


 ――え……?


 予想と食い違う返答。仮に嘘だとするなら、今この状況でする意味があるのか。


「僕はあなたとご両親に用がありここを訪れたのです。ですが、訪れた時にすでにご両親は殺されていました」


 鞘から少し引き抜かれた剣。その刀身に、血の曇りはない。


「ここにくる時に、奇妙な人物を見かけました。その人物が犯人である可能性が高いと思います」


 凄惨なこの場にいながら、青年に一切の表情は無い。ただ淡々と、事実を喋る。


「あの、あなたは……両親になんの用事が?」


 薄暗闇の中、青年の顔を見上げる。商人の仕事柄、客の顔は出来るだけ覚えるようにしているが、その顔には覚えがない。


「いえ、用があるのはご両親とあなたにあるのです。こんなことになって非常に残念ですが、せめてあなたに対する用を果たしたいと思います」


「……用、ですか?」


 虚ろな意識を振り払えないまま、呟く。命の危機は去ったようだが、自分に何をしろというのか。


「ええ、リレアさん。――あなたを」


 音も無く剣が抜かれる。掲げられた長剣、その影が彼女の顔に重なる。僅かに見える刃こぼれにリレアは気づいた。

 それはこの剣で過去に何か斬った証拠。そう、人を斬った痕跡。


「僕は、あなたを殺します」


 刃が、彼女を斬り潰す。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ