9
そんな声も出せずただ沈み込むばかりの思考を切り裂いたのは外から聞こえた音によって。
―――ピィィィィ
その音の聞こえた方向へと、二人同時顔を向ける。
「師匠が来た、けど。なぁ、外にいる姉ちゃんは、もしかしてかなり強いのか?」
師匠が来た、という言葉に先ほどの音は『鷹』によるものなのか、と。
外に居る姉ちゃん、という言葉を此方に向けているということに、単独行動ではないというのは知られているのだな、と。
そして、かなり強いのかという疑問に、何故そう考えたのかと問うような視線を向ける。
「さっきのあの音、俺が師匠に教えたんだよ。こう、指を口の中にこんなふうに入れて。それで出す音なんだけど。あれをやるのは師匠が本気で相手に向かう時だけなんだ。あれ使うと加減が出来ないからって。ここに着いて早々にあれをって考えれば、そう思うしか無いからね」
そう説明するように話し始めると、少年は言葉を止め、それから窓へと歩き出すや其の窓を開け、「師匠ー、ちょっと待って。その人とこっちに来て」とやや大きめな声を出し、パタリと窓を閉めるとまた元の位置まで戻る。それに何も言えず唖然として見る私に、少年は一つ頷いた後、また話始める。
「さて、最初の、まだ答えてない問いに答えるけど。この護衛依頼を受けようと思ったのは、その依頼料のためって訳でもないんだ。会った日に少し話たと思うけど。ほら、えっと、旅の途中で飢えた子供に出会ったって。
その子供にさ、どうしてそうなったのか聞いたら、父親が勤める貴族の屋敷に『夜の王』が来たんだって話でね。それで職を失った父親に、その家庭は崩壊してって教えてくれて。
俺からも聞くけど、あんたはそんな人達が居るということを知っていたのか?
俺はそれが気になって少し調べてみようかと思って王都に来た。それで三日前、この屋敷の近くで貴族の青年に出会ったんだ。
確かに依頼料とかその子供の事とか、色々理由はあるんだけど、俺がここに居るのは彼との約束があったからかもしれない」
王都に流れるという『夜の王』という噂の詳細を調べてみようと歩いているとき、その青年と出会った。青年は、噂を集めて歩くという少年に最初はあからさまに値踏みするような視線を向けていたが、話し始めその人となりが、そして冒険者だということに、其の態度を改めると話を聞くだけでも聞いて欲しいと少年に語り始めた。
昔、まだ自分が少年と呼ばれる歳の頃、親の金を横領して領民の一人を助けた。
しかし、其の一人を助けるために使った金は、其の一人を見捨てることで数名を救うことができたはずだと様々なことを学び、成長するにつれそのことを知った。
「君は冒険者だよね。なら目の前の植えた子供を助けるために剣の手入れをするために残しておいたお金を渡すとする。その時はそれでいい、まだ大丈夫と思っていても、その手入れを怠ったばかりに村を襲う魔獣の討伐中剣を折り、結果救うことができなかったと考えてみるといい」
僕のしたことはそういうことだったんだ、と。
学ぶべきことを学び、すべきことをするのが領主としての勤め。それでもやっぱり目の前で起こる悲劇は放置できない。そして僕は、その為に最善となる方法を知ってしまった。
父親がいなくなればその悲劇が相当数減るということを。
だから 僕は、父を殺そうと思った。かなり悩んだけれど、学べば学ぶほどにそれが一番だと知ってしまった。
そして、それが起きた。
噂に聞く夜の王は、そんな僕の躊躇をあざ笑うように颯爽と現われては、そんな僕の夢想にあっさりと幕を下ろした。
そして、予想通りに自領の民は納税が緩み、領地の改善が進みだしたことにこの上なく喜んだ。
その一方、そんな悪政をしてはいたがそれでも自分の肉親が死んだのだということを、その死に感謝をするべきか、それでも肉親との別れであるということに哀悼の意を見せるべきかと、鬩ぎあう二つの感情に揺れた複雑な表情で自分と話す領民の姿に、それが自分の心を見せられている様で、その貴族の青年はその都度ガリガリと心を削られていった。
「自分がどうするべきだったのかは今でも解らない。 殺そう、とは自分も考えたが、それが最善だったのかが解らない。違うやり方がもしかしたら在ったのではと。そして、親が殺されて居るのに何もせず・・・・・・本来敵を討とうと動くべきなのだけれどそれすらせずこのまま暮らしていってよいものか。
なにも行動できない自分の代わりに、それを行う者を其の眼で見、其の考えを聞き、私に教えて欲しい、と。そう言って所持してた金を全部俺にくれたんだ。
近いうちにこの屋敷が狙われるだろうから、ここで待ってれば会えるって言葉を残して。
俺はあんたに恨みは無いし、依頼は護衛ってだけだからここの旦那を如何こうしないなら特にあんたと敵対する理由も無い。
ただ一つだけ応えて欲しい」
あんたは、ここまで聞いてもなお、同じことを繰り返すのか?
其の言葉を放つ少年の向こう。二つの人影がこちらへと歩む姿が映る。
一人は、慣れ親しんだ姿の、私を姉上と慕い忠義を示す女性の姿。
一人は、豪勇な印象の、この少年の師にして大陸中に其の名を馳せる『鷹』と呼ばれる男。
その二人も、私と少年の遣り取りを聞いていたからか、歩む足音を極力押さえられ、その場に或る雰囲気を揺らすことなく此方を見据え、次に響く言葉を待つように其の歩みを止める。
少年は、やはりそれを気にすることもなくただ、此方を見たままに、それ以上言葉を続けることもなく、ただ待ち構えている。
無難なことを言うのは容易い。耳に聞こえの言い単語を並べるだけならば考えるまでもなく、それを口にしようとすれば自然に流れ始めるだろう。
しかし、それだけはしたくない、するべきではないという思いが強く沸き上がる。
「そこまで、考えてなかった。そんな家族が、そこまで思い至らなかった・・・・・・。悪政を敷く領主を討てば、その領民は救われると思ってた。でも、それはやっぱり唯の建前だったのかもしれない。私に在るのは、ただ昔見たあの世界が突き動かす復讐心だけ・・・・・・。
同じことを? という問いに、私はそれでも首を横に振ることは出来ない。でも・・・・・・それでも、これだけは言える」
俯き搾り出すように毀れるつぶやきは、それでも必死に、真摯な気持ちを言葉に変化させて。
揺れる心を懸命に抑え、その貴族の青年の苦悩に、行き倒れたという子とそんな子を持つ家族に、そしてそれ以上に眼に見えることもなく生活を追われた人々――『夜の王』(私)の被害者に、まるで許しを請うような声音で、それでも私は決意強く口を開いた。
次で最後にする、と。
私には、今まで以上に周りに影響を出さないような行動は無理だろう。きっと同じ様な犠牲者を出すという、そんな話を聞く前と何ら変わらぬ結果に終わるかもしれない。
それでも、私はここで止まるわけにはいかない。止れるはずが無い。
私の村を襲ったあの貴族はあの場で既に死んでいる。しかし、未だその親であるその男は、変わることなくのうのうと生き続けている。あの男以上に傲岸で、あの男以上に不遜に、あの男以上に劣悪な。
それだけは捨て置けない。これだけは無視できない。
例えこの答えに因って、目の前の少年に剣を向けられたとしても。
「そっか。まぁ、それならそれでいいんじゃねぇか? 本当は今すぐやめろって言いたいけど、まぁ気持ちは解るし。それがお前の進むべき道なんだろ?あの青年にも今日のこと話しとくよ。そんな貴族が居たからだって。あぁ、あとここの旦那は勘弁しといてくれよ。別に護衛依頼の金払う奴居なくなったら困るからとかそんなんじゃないぜ?
まぁ師匠の名前出して、師匠を見たら逃げてったってことにしとくからさ。それでいいだろ?」
決意を持って意思を表し、その返答への制裁も覚悟の上での否定の声に、この少年は拍子抜けするほどにあっさりと肯定した。
予想外と言えば予想外ではあるが、しかし何処かでこうなりそうな予感もしていたのか、私は其の言葉をすんなりと受け入れていた。
その少年の態度に、此方は予想通りとでもいうような態度で、しかし勝手に話に組み込まれて迷惑そうな顔をする『鷹』の顔に、あっけらかんとした笑みを見せる少年の顔に、
その時私は自然と口元を綻ばせていた。