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黒の太陽  作者: GT
7/12



「お帰りなさいませ、姉上」


「ただいま。あぁ、疲れた」


 あの後少年と少し話をしながら、ヒルサーリオへ歩きで行く最短の道順を説明をするべく都市の出入り口へと歩き、それを確認した少年は笑顔で謝礼を口にするとその場で別れ。さて帰ろうかと振り返ると、何処へ身を潜めていたのかと思うほどの唐突さで現われ始める人影。

 当たって欲しくなかった憂慮はしかしやはり杞憂に終わってくれる筈もなく。次々と現われては噂を聞いたの、本当はどうなのか等々。それはもう、いかに大事な常連客だと解ってはいてもその心情を態度に表さんばかりになるまで疲弊することとなるのだった。

 しかしそんな心情が態度にこぼれ出たのが逆に功を奏したのか、それを雰囲気や仕草から悟ることの出来た数名はその姿に多少の未練は残しつつも脚を引き止めることはせず、一言挨拶を継げて身を引き、または其の光景を延々と見せられてか、心配そうに大丈夫かと伺い労いの言葉を向けてくれるという人も増え始め。しかしそれは厭くまで一部で、未だ続く帰途の道には隙を伺うように此方へと視線を向ける数名の人影に、家にたどり着けるのは何時になるやらと頭を抱えた。

 

 それを話すと苦笑とともに労いの言葉を掛け、その後スッと表情を引き締めたのを見、私もまたその漂い始める空気の変化に合わせ、思考を切り替えるべくベッドへと投げ出された体をゆっくり起こし向き直る。


「徴税を行うという話ですが、やはり確定しました。明日には其の回収が始まり、王都へ戻るのは早くて三日後、遅ければ五日後」


「そう、何度聞いてもやりきれないわね。わかったわ、五日後動きましょう」


 相変わらず自分のことしか考えない貴族は消えてなくならないものだ。

 自分の子を社交の場へと、それこそ出来うる限りの栄華を持って送り出すためだけに、自領の民を省みないことを平気でする。日頃金に飽かせて享楽の限りを尽くし、それに飽き足らずにまた豪遊を行い、それで金がなくなるとまた自領に戻り徴税を繰り替えす。

 

 いや、奪うものが金だけに留めている分まだましになったと見るべきか。私の時は、財産だけに留まらず土地も家も村人の命も全てウバイ、ソノウエワタシノ―――。

 思考が落ち始めるのを頭を振って追い払い、その時を待つべく眠るためにベッドへと再び体を投げだした。そしてふと思い出した。五日後といえば、あの少年が師と会うと言っていた日だったな、と。






 王都には、ここ最近ひとつの噂が流れていた。悪徳貴族を討つ義賊として其の名を残す『夜の王』という存在。それが複数名によるものなのか、単独で行われているものなのか、未だ姿を見たものの無いその存在に、それを自覚する貴族は警戒を露に、しかしこれという対応を見せることもなく、気がついた時にはその存在を前に怒り、怖れ、成す術もなく討たれて逝く。

 それでも自分は大丈夫だと言い張り、未だ悪政を領民に課す貴族は多く。

 そして今日もまた、その内の一人が徴税を経て得た金を眺めつつ、王都に暮らす貴族の男。夜を迎え、数日後に迫った息子の社交界えの一歩を、自分の更なる飛躍へと繋げる為に様々な事を画策しつつ、その日が来るの今か今かと期待を膨らませ、その後の日々を待ち望み、変わる事の無い日々を送り続けていた。

 その内の一人。自領へと赴き、徴税を課し、取立てを終え首都在る自邸へと帰ってきたばかりの貴族の男。夜も更けそろそろ街が寝静まる時間、来客でもあったのか、門外での誰何と思しき遣り取りが聞こえ、其の声が途絶えるや玄関の開く音に、こんな時間に誰がと思い、それを確認しようかと足を向ける。



  




「それでは行きましょうか」


 静かに告げる其の言葉に、肯定を示す頷きの後、姉上もお気をつけてという言葉を残して闇へと姿を溶ける姿を見送った後、さて私も行きますか、と数歩前に見える正門へと歩き始める。

 今日の昼過ぎに自領で得た徴税を手に帰ってきているというこの貴族の低は、周囲の家々は寝静まろうというこの時間に、未だ明かりを落として居ない。それは噂に流れる『夜の頂』を警戒して冒険者を雇ったという情報の為か、それとも持ち帰った徴税のその金の数を数えている為か。

 門の前まで来ると、誰何の声を張り、それに応じて玄関から姿を現す初老の男性に調べて置いたこの貴族の得意先となる商人の名を掲示し、急用である旨を告げ、取次ぎを願い出る。とはいえ流石に初対面の少女がそれを告げたとて、素直に頷けるはずもなく。

 確認してまいりますと背を見せたその男性に、ごめんなさいと呟いて首に一撃落とし、意識を奪う。

 門を越え、屋敷へと近づく。明かりを零す窓から慎重に中の様子を伺いつつ、そっとドアに手を掛け、ゆっくりと開く。その動きに何の反応も無いことを確認し、左右を見、それから素早くドアの向こうへと身を滑らせ、それからまた外へと明かりを零すドアを慎重に閉じる。

 振り返り、先ずは何処から調べようかと一歩踏み出し、その時ふと視界に何かが映ったのに違和感を覚え、それが何で在ったのか考え始めると同時、そちらへ視線を走らせる。



「貴族を襲ってる『夜の王』ってのは、あんたか?」


「・・・・・・今日は、師と会うと言ってたはずじゃない??」



 見覚えの在る少年が居た。その声も、その容姿も、そして手に持つ不釣合いなほどに大きな剣も。そのどれも記憶にあり、そしてまさかこのような形で再び会うとは思って居なかった。


「ん?あぁ、今日来るって話だったんだけど。その前に俺一文無しになりそうだったんでなんか稼ぐ方法でもって探してたら『夜の王』からの警護に金を掛けて募集してるって話聞いてな。だから師匠にはここに居るって言伝を残して来た。ついさっき届いた連絡だと、夜にはここに着けるかもってことだし、ひょっとするともうその辺りまで来てるかもな」


 その話す内容に、手持ちの情報が軽く警鐘を鳴らすように一つ浮かび上がる。

 ここの貴族が『夜の王』の噂に多少の警戒を示してか冒険者へと触れを出していた。それでもそこに捻出された資金からは、この額で受ける冒険者が居るのなら雇ってもいい、という程度の額が掲示されただけであり、もしそれに乗る冒険者が居たとしてもそれほど警戒する必要は無いだろうと思っていた。

 この少年が懐の寂しさからもしかしたら?という考えが浮かび上がったが、それでも今日は師と会う約束をしているという理由から今日だけは無いだろうと思っていた。


 そして、それ以上にその師がここに向かっているという情報が引っかかった。

 王都周辺に逗留している冒険者の内、現在雇われているとしたら最も警戒すべき存在の名前。


 『鷹』

 

 そして、今日の昼に聞いた情報では、『鷹』が王都へ向けてヒルサーリオを出るという話。

 歩きでも一日は掛かるだろう距離がある為、雇われていたとしても今日中に辿り着くことは無いだろうと思っていたし、それ以前に『鷹』がこの噂に興味を示すとは思えない。

 が、この少年の話を聞く限り、この少年の師というのがもしかしたらという考えが浮かぶ。


「あなたの師とは、『鷹』なの?」


「鷹は友達だよ。鷹の主人が俺の・・・・・・あ、あぁ、そうか。うん俺の師匠は『鷹』って呼ばれてる」


 少年の言葉に少し疑問を覚えつつも、しかし当たって欲しくは無い予想が的中し、最悪の展開に舌打ちをする。彼女の強さは知ってはいるし信頼もしているが、その名を大陸中に知れ渡させている『鷹』が相手となると、それほどの相手を見たことが無い為対峙した結果どうなるか分からない。


 負けることはないだろう。

 彼女の強さは、あれの強さは別格だ。人と比べて考えることすらおこがましい。

 それでも、足止めは受けるかもしれない。


「それで、あんたは何でこんなことしてんだ?」


「・・・・・・あなたは、ここに住む貴族がどんな男か知っていて護っているの?」


「少ししか知らないな。ここの旦那が帰ってきたの昼くらいなんだけど、其の後も忙しそうで碌に話も出来なかったし。ある程度噂は聞くけど、あくまで噂だし、なんともってところ」


 確かに貴族の男が帰ってきたのは今日の昼。それからこれまでの時間、全てをこの少年との会話の為に費やせるはずもなく、下手をすると一言二言の言葉を向けただけで終わり、ということも考え得る。


「じゃあ教えて上げる。ここに住んでいる下衆はね、自分の領民の生活よりも、自己の権力や快楽の方が大事という、死んだほうがましな男なのよ!」


 ここに住む貴族の男の執って来た様々な愚行の情報を思い出し、皮肉気な笑みを浮かべそれを語り、言葉が進むにつれ、それに連想されてか次第に浮かび上がる自身の過去の光景に怒りの感情が擡げ、それに押し出されるように其の言葉や表情にもその感情が乗り、睨み殺さんばかりの視線と共に、それらを叩き付けるように少年にぶつける。

 その剥き出しの感情を向けられた少年は、臆する気配は見せずただ珍しそうに此方を見るだけの反応しか示しては居なかった。


「確かに自分の為に下の奴を虐げてるってのは納得できないけど、そんな奴どこにでも居るだろう?あんたの目には貴族の悪行しか映らないんじゃないか? 今まで狙ってきたのも全部貴族なんだろ?

 同じことをしてる奴なんて貴族以外でも居るんだ。ここの旦那が貴族だからこそあんたにはより酷く見えてるってだけじゃねぇか?」


 其の言葉に憤懣とした怒りが噴出しそうになるが、しかしこの少年が自分の怒りの核心に迫っていることに若干の戸惑いが生じ、即座に言葉が浮かばない。

 其の言葉は確かに正確だろう。貴族とまで行かず、街の長にしろ村の長にしろ、或いはそれらと比べるべきではなかろうが、国王であったとしても、探せばこの男よりも酷いことをしている者もいるだろう。そして旅に暮らすこの少年はそれを目にして来たからこそそのことを不思議に思ったのかもしれないし、貴族だけをという私の行動に疑問を述べたのかも知れない。


 しかし、それは私のことを何も知らないから言えるだけだ。

 貴族という輩が私の村をどうしたのか知らないからそう言って居られるだけだ。

 そんな過去を生きた人間がどんな苦悩に囚われるか知らないだけだ。

 

「私はね、その『貴族』様に住んでいた村を壊されたのよ、もう四年も前だけどね・・・・・・。

 騙され、搾り取られ、耐え難い屈辱を、そして村に住む人々全ての命を。泣き叫ぶ声、逃げ惑う悲鳴、子供を捜す親の、其の親を求める子供の声を・・・・・・そして、それに被せるように響く下卑た嘲笑を!

あなたにはわからないでしょ!そんな能天気に笑っていれるんだから!」


 思い出したくも無い記憶を浮かび上がらされ、私の行動に疑問を持つこの少年に、頭の片隅では何時もの如く飄々とした態度で言葉を濁し、出来る限り曖昧に受け流すべきだという思いを知覚しつつ、しかし激情の奔流の如く急き立てるように湧き上がる言葉を、湧き上がるままに口から零す。

 その語られた内容故か、強張るように体を竦め、こちらを見る眼も変化を感じられたが、しかしそこに見られた物は予想していた、この話の後これまでに向けられてきたそれとは違い、何処か遠くを見つめるような、そんな翳りの見受けられる物だった。





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