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黒の太陽  作者: GT
6/12

 王都アーリから南へ足を向けると、歩きの速度で約十数日という場所に、其の名を大陸中に知れ渡らせる商業都市トリイエヌアが在る。

 そしてその道中、王都より南へ歩きで二日の場所。

 王都の四方を囲む衛星都市の一つ、ユームリオという街があり、その道程ゆえにそこは商業が盛んで、王都と違い庶民が多く、常に煩雑とした活気に溢れている。王都よりトリイエヌアへ行く商人を、トリイエヌアより王都を目指す旅人を相手に安く買い、より多く売れるようにと声を張り、商品を片手に、空腹を刺激し、眼にも鮮やかにと少しでもそこへ足止めせんと日々住人が逞しく生活している。

 

 そんな何時もの街の風景に特に慌てるでもなく、かといって足を止めるでもなくその喧騒に慣れたようにのんびり歩く一人の少女は、目の前に佇む一人の少年の姿に足を止めた。


 その体にはやや不釣合いでは?と思ってしまう肩から膝下まで伸びる大振りの剣を背に、旅慣れているとはとても見えないが、それでも旅に暮らす装いに、やる気だけは伺えるものの、しかしそこに実力がついていっているのか疑問に思える少し頼りなさそうな印象の、まるで駆け出しの冒険者と見える一人の少年。

 其の少年はゴソゴソと懐を漁り、そこから取り出したものを睨んでは目の前の肉を焼く出店を伺い、少しばかり苦悩する姿を見せると、溜息を零して力なく歩き出した。其の姿には覇気などなく、ただ哀れみを誘うばかりで、年相応というよりは子供染みた姿に見え、少しだけ可哀想かなとは思うものの、少女はそれとは別の思惑を持って声をかけるべく歩み寄る。


「こんにちわ。旅の方ですか? 失礼かなとは思いましたけど、先程食事のことでお困りのようでしたので。もし宜しければ安くて沢山食べられるお店をご紹介いたしますけど?」


 どんよりとした雰囲気を漂わせ肩を落として俯き歩く其の少年は、その今まで纏っていた負の気配を何処へとやったか晴れやかに輝かせた顔を見せ、目には少しばかり光るものを浮かべつつ『本当に?』と問うかのように期待の篭った眼差しを向けて来る。

 そのやや大袈裟に見える反応に、冒険者に恩を売っておけばなどと言う打算的な考えが在って声を掛けたという思いに少し胸を痛めたが、それが切欠で声を掛けようと思ったのだと自分を騙す様に納得できる理由を思いつくと、其の少年の眼差しに応えるように頷き、自分が日頃働いている大衆食堂へと少年を伴って歩き始めた。




 少年はガツガツとその若さに見合う勢いの好い食べっぷりを見せ、テーブルに並べられた品々を物凄い速さで消化していく。

 そんな光景を目の前で見せられ少し呆れつつも、幸せそうに食べるその少年の姿に、自分の職場であるここの料理が受け入れられているのだと認め、交わす言葉にも安堵の色を含ませる。


「それで、連絡の着いた師とヒルサーリオで会うという言伝を聞いて、路銀も気にせず目指したはいいけど、ここに辿りつくやついに手持ちが消えたってことね」


「いや、気にせずっていうか、それでも最初は間に合う予定だったんだよ。ほんと、ここに着いて手持ちの無さにビックリしたね。なんでこんなに減ってんだっけ?って。思いつく事といっても、ここまでの道中で飢えて倒れてたガリガリの子供にばったり出くわして、そのままじゃ不味いだろうとそいつに持ってる食い物全部置いて来たくらいで」


 そんな考え無しの行動に、馬鹿だと断じることは出来るのだが、しかしそれで切って捨てては救いがない。その語られた内容は良く聞くような話ではあるが、大概の場合は捨て置かれることが多いだけに、考えも無くその様に行動できるこの冒険者を目指しているという少年に偶然でも出会え、あの時声を掛けたことに自分でも意外なほどの充足感を覚えていた。

 ところで、と話を区切り、不思議そうな顔を浮かべて其の少年は答えを求めるべく言葉を口にする。


「何でか知らねぇけど、やけに注目を集めてない?」


「私はここの看板娘としてちょっと有名になっちゃってるからよ。とはいっても、街全体に知れ渡ってると言うほどの物じゃなくて、この近所ではって程度だけどね」


 




 昼食時の賑やかな喧騒に包まれるこの大衆食堂に、其の喧騒に負けず劣らず一際大袈裟に響かせて近づいてくる足音に振り向くと、そこには見知った顔が現われていた。その気迫の篭る顔つきに切り出される内容は想像が容易ではあるが、もう少し時と場合を弁えてもいいのではという思いを溜息と共に吐き出しつつ、常連客である以上、無碍にも出来ないかと其の行動を困ったような笑顔を顔に貼り付け、沈黙と共に見守った。

 ズカズカと肩を怒らせ、少年の隣に強引に腰を降ろすと、其の少年には一瞥もくれずにこちらに感情の篭った視線を発し続ける。其の隣に居る少年は、それにまるで興味を示さず、ただごちそうさんと呟いて満足そうに微笑んでいた。


「このガキは何だ?」


「問うまでもなく食堂に昼食を求めて来られたお客様ですけれど」


「休みの日に一緒に居て、楽しそうに話をしてるって噂を聞いてきたんだがな」


「ここは食事をする場所であってあなたのように何も頼まず席だけを占めるのは歓迎できることではないと思うのですけれど?」


「俺はお前を見に来ただけだ」


「ここで働く私としてはこの座る席も奪い合う程の昼食時の食堂で、食べものを頼むでもなくただ私を見る為だけに椅子を一つ占有するのですから、それはさぞや在り難い物なのでしょうね。拝観料でも戴こうかしら」


「・・・・・・なら何時もの昼定食を」


「ありがとうございます。それでは私達は食事も終わりましたのでこの辺で。席はお譲りいたしますのでどうぞごゆっくりお召し上がりください」


 其の言葉と共に立ち上がると、そんな私達の遣り取りに惚けた表情を浮かべて居る少年を促して、してやられたと悔しそうな顔で未練がましくもこちらに視線を寄越す常連客のその男に軽く会釈を置き土産に、さて先ほど出てきた『噂』という単語は何処でどのように広まっているのだろうか、折角の休日がこれでは今日一日このようなことが何度起きるだろうかと、憂鬱な気持ちで考えながら歩き始めた。





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