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黒の太陽  作者: GT
4/12

「それでは、私はこの辺で失礼しよう」


 話すべきことは全て話し終え、目的でもあるのか日が傾き、夜を迎えようとして暗くなり始めたというのにも係わらず、夜営をという素振りも、考えてすら居ないと見られるほどに悠然と歩き出し始めていた。

 

 夜道というのは、普通なら歩くべきではない。

 というのは一般的な常識である。街道は暗くとも、月明かりが有れば歩けないことも無いが、少しでも道から逸れると途端、自身の位置を把握し辛くなる。

 だからといって、明かりを灯せばというのは、夜盗にとって、絶好の的であり、魔獣にとって要らぬ不安を与える、もしくはそこに存在を示す食料として捉えられと、良いことなど一つもない。

 約束の期日に間に合わせるために、または光を避け、高温を避ける為に止むを得ない場合、扱う商品の為と免れない場合はあるが、其の場合でも一人で行動しようとするものは居ない。

 

「そうだな、より知りたいのであれば『幻影』を追え。私が話せなかったことも、或いは聞けるかもしれない」


 相変わらず、どの様に歩くとあれ程音もなく動けるものかと思えるほどに去っていくリガイの背中が、もはや視認することも出来なくなった時、やや離れた位置から辛うじて捉えることの出来た其の声は、それだけ告げると途切れ、また風に揺れる草の葉鳴りが時折耳に届くだけの静謐な世界へと戻っていた。







 霞むように微かに響く鳥の鳴き声を耳にし、朝の訪れを知覚し眼を覚ます。

 体を解す様に軽く伸びをし、手探りで荷から果実を一つ取り出すと立ち上がり、それに口をつけながら歩き始める。

 

 昨日聞いた内容を反芻する。


 ”あいつには、何かあるのか?” 


 そう、俺は聞いた。それに込められた意味はどれ程かと問われると、漠然とした考えでしかない為に、言葉につまり、首を捻っていたかもしれない。

 だが、考えてしまう。

 目の前のこの男=リガイが、その雰囲気、その行使した力、そしてまるで理解できないことを次々と口にし、披露して見せたその知識の一端ですらが規格外で在るだけに、憶測が、あるいは邪推がどうしても働いては否定し、否定してはまた擡げてと、それを考え始めるとまるで網の目のように思考を占める。


「あの少年は、どの様に育った?」


 返ってきた言葉は、そんなものだった。その表情はあいかわらずに何を考えているのかわかるものではないが、その声に込められた物は、微かに感じた程度ではあるが、暖かいものだった。


「・・・・・・如何いえばいいだろうな。ひどく、個性的と言うか。すくなくとも、明るくはなった。

 止めろといっても俺の事を『師匠』と呼ぶ。

 襲われている村や旅人が居たら脇目も振らず眼の色変えて飛び込む。

 剣の腕はまだまだだが、それでもあいつなりにひた向きに打ち込んでる。

 魔獣の子供を拾ってきては、其の親に追いかけられて。かれこれ五回はあったな」



 そんなリガイの声に気が緩んだのか。

 思いつくことを、思いつくままに口にしていた。


 最初は苦労し、自閉的な少年の、其の心が開かれるのを、一日にどれほどの溜息と共に過ごしたか。

 守られるだけの自分が嫌だと、剣を手にしたのはそれからどれくらい過ぎた日のことだったか。

 親切にしてくれる村人の笑顔に、まるで痛みに耐えるような貼り付けた笑顔を浮かべていたのは何時ごろまでだっただろうか。

 取り残されたように佇む魔獣の子に手を伸ばし、まるで自分を見るような視線で声を掛けることを。

 

 そして、こんな人であれ魔獣であれ、その命を殺めることしかしらない男を、師と慕い、敬ってくれるのを、その呼ばれ方に多少げんなりとし、それをあからさまな態度をもって応じても、変わることなく呼び続ける明るい声に、やはり嬉しくもあり、やや恥ずかしくもあり、そして救われていた。


 

「強く、なったのだな」


 其の言葉に、真っ先に思い浮かんだのはその剣の腕ではなく、出会った当初の精彩がなく、カゲの薄い、その存在感すら弱々しげな、ガラス細工を思わせる少年の姿。


「そう、だな。あいつは強い奴だ」


 応えた声にすら、どこか羨望の気が感じられた。それに自覚し、多少驚きこそすれ、軽く頭を振ると視線を戻し、表情を引き締める。

 其の視線の先、リガイは沈み行く夕日を背に、その逆光によって表情こそ伺えはしなかったものの、まとう雰囲気には張り詰めたものを感じさせ、微かに顔を持ち上げるように動き、ゆっくりと声を出す。


「私には、話の核心を話すことはできない。それに触れることは口にするべきではない、と決めている。

 『一族』という言葉を知っているか? そう、今では知る者も少なくなり、それに関する一切は闇に葬られている。その決断が正しかったかはわからないが、今ではそれを調べようとする者も減ったそうだな」


 不意に切れた言葉に、語られた内容を考える。

 

 『一族』という言葉。

 数百年も昔に存在した悲劇の救世主として名を残した人々。

 平和な世界に突如として現われ、人々を襲い、国を滅ぼし、世界を恐慌へと落とした魔獣や鳥獣、海獣や幻獣を、その特異な力で持って次々と討ち果たし、僻地へ追いやり、村を助け、街を守り、国を救った救世主。

 しかし、平和が訪れると悲劇が起きる。

 その圧倒的な力を我が物へと執着し、画策し、そして拒絶された一つの国が、その力への恐怖を愚かな方法で世に発した。

 

 ”排除”


 虱潰しに、炙り出すように一人、又一人と見つけては首に縄を、或いは火で炙り、或いは杭を打ち付け、そして首を跳ね。逆らう国民ですら、背国者と断じ。

 まるで何かに憑かれたかのように、何かを恐れるように歯止めの利かなくなったその国の凶行は、僻地にある森まで『一族』の存命者を追い詰めた時、終止符が打たれた。


 その日、その一瞬で、その国は消えた。


 


 まるで夢物語か御伽噺でしかありえないようなその内容。

 しかし、『一族』に関する情報は、これの他にもあった。その内容も似たような物ではあるが。


 そんな歴史を経て隠れるように人里を離れ、接触を絶っていたその『一族』に対し、未だ生き続けている、とも、既に後継も無く尽き果てたとも囁かれる頃。

 酔狂にもその力を欲し、その存在を、所在の全てを探すべく動きだす国が現れた。

 未だ『一族』に救われた村や街には、その時眼にした力の話は受け継がれ、それに感謝し、それに敬意を抱き、子に、孫にと語られていた。

 その話に出る『一族』の力とは、力を求める者が聞くだけでその内に在る狂気を留められなくさせるほど煌めいていた。


 しかし、それは所詮そちらの都合、とでもいうようにある警告文がその国に届く。


 ”『一族』を調べるな”


 と。

 その警告文は、その国に『一族』の生存を仄めかすだけに留まり、逆にその捜索の意気込みへ火を付けたに過ぎなかった。増員され、捜索範囲を広げ、そして一人の少年の情報を掴むと、逃すまいと追い続け、そしてついにその少年を国中へと連れ去った。


 そして、その国は警告を無視したことを後悔する暇もなく世界から消えた。

 




「つまり、あいつは『一族』の末裔、というか、『一族』なのか?」


「それを言えば、私もそうだし、お前もそうだ、と言える」


 これ以上は言えないとばかりに言葉を切り、草を揺らし葉鳴りを耳に届ける風に背のマントを揺らす。

 自分の頭が良いとは露ほども思っていないだけに、ここで言葉を切られるとただ疑問が増えただけにしか思えない。知りたいことを問い、返ってきたのは答えではあるのだろうが、それにはより一段大きな謎を含んでいる。

 

 そして、悩む。リガイは高い確率で『一族』について識っているだろう。どこで調べるよりもより詳しく。それを問い、答えてくれるかは解からないが、もし答えを聞き、『一族』を調べているものという話が何処かで上がると、自分もまたその国と同じ運命を辿るのだろうか?と。


「『鷹』は、壮健か?」


 その答えの出ない悩みを察してか、急に切り替わる話題に、その内容を飲み込み返答するまで時間が掛かった。


「・・・・・・あぁ。最近はあいつにも懐いてるな」


「そうか。ならばいい。さて・・・・・・それでは、私はこの辺で失礼しよう」


 日も暮れ始め、辺りが闇へと切り替わり始める頃、リガイは立ち上がると同時、別離の言葉を告げる。


「リガイ、あんたは、あいつには会わないのか?」


「何れ見える日が来るだろうが、それは今ではない。

 出来るならば、会うこと無くその生を全うしてくれればと願うのだがな」


 離れていくその背に視線を向けつつも、その言葉を、その言葉の意味を考える。

 自分が死を覚悟した時に現われ、その手に恐ろしい程の武器を、『鷹』を授けたその場面を。

 

 




「・・・・・・そして、『幻影』を追え、か」


 『幻影』


 冒険者にして二つ名を持ち、その姿を知る者は居ないとされるほどに情報の少ない男。

 そして、その名を追う者は”自殺志願者”と呼ばれるほどに、追跡を嫌い、それを行うものを悉く絶命させているという噂。

 リガイが何故『幻影』を知っているのか、それを考えるとまた思考が入り組み、頭痛を呼び起こすだけであるので、あの男ならと強引に納得するにしても、それでも納得できないことがある。


「『幻影』は、『一族』だとでも言うのか?」


 ”『一族』を調べるな”

 ”死にたくなければ『幻影』を追うな”


 二つの言葉がグルグルと回るように交互に思考を駆け巡る。

 そして出口の無い袋小路に行き当たったその思考を、溜息と共に吐き出せとばかり、盛大に息を吐く。


 昼も過ぎ、そろそろ日も傾き始めた頃、うっすらと見え始めた村の輪郭を見やり、解からない事は考えても仕方ないと強引に思考の脇へと追いやり、宿に空きはあるだろうかと目先のことを考えはじめた。





『鷹』はここで終わりです。


アンケートというか、今後の方針なんですが。

今回文量を分けて投稿したのですが、このくらいの文量なら分けずに一話に纏めた方がよかったのかと思いまして。


 今後もその辺は考えつつ、ある程度話が出来上がったらまたおかしな点が無いか確認後投稿をしていきたいと思います。


 それでは、今後ともこんな拙作ですがお付き合い頂ければ幸いです。

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