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黒の太陽  作者: GT
3/12

 以前この男に出会った時を思い出す。

 対峙していた幻獣の繰り出す一撃に、一振りしか持って居ない剣を容易く砕かれ、死を悟った瞬間にこの男が現れた。

 場違いな程穏やかな雰囲気を纏い、緩く口元に笑みを浮かべ、時折吹く風にマントを靡かせ、何を考えているのか悟ることの出来ない表情をして、其の男はその只中へと現れていた。


 男は加勢する素振りすら見せず、表情を変える事無くただ言葉を寄越す。


 『武器』が欲しいか、と。


 俺は現状を思い、それに望みを掛けるべく悩む暇もなく応じると、途端、世界が止まった。


 正確には、自分とこの男だけが動き、周りが止まった様に音も、色も、見えるもの全てがまるで命を失ったかのようにその気配を消し、唯一其処に在ると感じられるのがその男の気配と、自分の存在だけという状況へと陥っていた。


「アクセス(呼び出し)・コネクト(接続)」


 男のその言葉に、世界が歪む。


 波打つように脈動し、波を返すように逆流し。

 抜けるように失色し、混ざるように混色し。

 

「私の問いに答えよ」

 

 その異常な光景にただ困惑し、驚愕し、愕然と思考を空白にしていた時、その世界に響く只一つのその音は、自然と耳に吸い込まれる。


「これまで、不可思議な世界を視たことは?」


「・・・・・・幼少時、数度」


「その当時から変わらず、現在まで他者とは違う体験は?」


「・・・・・・危険時、『鳴き声』がそれを知らせてくれる」


「それを、其の存在をお前は『識って』いるか?」


「漠然と、しか。空を飛ぶ物だとは思う」


 短い問答、的を得ない疑問の残る問いに、聞く者をして疑惑の眼を、または呆然とさせるような類の自分の回答を、それを望んでいるかのように捕らえては、また次の問いをと重ねてくる。


「最後の問いだ。その世界を、今尚思い描くことは出来るか?」


 その言葉に、昔に見た光景が思い起こされた。

 高い視点。

 眼下に広がる鬱蒼とした木々の切れ目に、陽光を返し、眩しい程の煌きを魅せる湖。

 見渡せる限りに広がる雄大な大地。風に揺れ、耳に心地よい清音を響かせる草花。

 彩りを変え、絢爛というに相応しい様相を魅せる荘厳な山々。

 幻想的なまでに白く、白い姿へと変える、凍てつく程の澄み切った世界。


 瞬間、世界が変わった。


「私の後に続けて唱えよ」


 それに驚いている暇もなく、其の声に意識が切り替えられる。


「ゲート『Ⅵ』」


 復唱、と同時に一羽の鳥が視界に映る。

 見たことの無いその様相に、しかし何故かそれを『識って』いると認識していた。

 

 その鳥は、此方を目指して羽ばたき、滑空し、距離が近づくにつれ何故か懐古の念が込上げてくる。


「ほう、鷹か。手を翳し、望み、願え。唯一つ、その存在を」


 右腕を持ち上げ、其の手を翳す。そして願う。唯一つ、一振りの剣を。

 鷹と呼ばれた其の鳥は、其の手を目指して飛ぶようにその軌道を変える。

 そして、その翳された手の上を飛びすぎようと交差した時、其の手には確かな重さが現れる。

 

「これ、は。これを俺が貰ってもいいのか?」


「私は橋を掛けただけに過ぎない。懐かれていたのお前の方だからな」


 手にしたその剣は、特異な形をしていた。

 重さも普段みる剣より軽く、刃厚も較べるまでもなく薄い。それでいて長さは同じ位ではあるが、其の刃先の鋭利さだけは身が竦むほどに研ぎ澄まされている。


「鷹を担いし者よ。覚えておくといい。それは常に傍らに在り、そしてお前を守る存在だと。

 お前が望めば姿を変え、その手に現れるだろう」


 その言葉と同時、世界が戻った。





 それは、あまりにも規格外だった。その異様さが目立つのは切れ味が、である。先ほどまで手にした剣を容易く砕いた幻獣の繰り出す狂爪による背筋も凍る程の迫力を持った一撃を受けた時、其の剣は砕かれることなく、逆に幻獣の体躯を呆気に取られるほどあっさりと両断した。

 唖然としつつも、その男を見遣ると、「お疲れ」という言葉が聞こえた。肉体的には然程も疲れては居ないが、余りの出来事の連続に精神的な疲れを覚えてはいたが、それでも感謝の言葉を述べると、其の男はそれに応えることはせず


「ここから南に半日程歩くと、小さな村がある。走って行けば最悪の結果にはならないと思うが、そこが今地獄と化している。今倒した幻獣、ヘルハウンドよりも数倍凶悪な奴が暴れているのでな。向かってくれないか?」


 と切り出した。




 駆けつけた時には、手遅れだった。

 隣接した家々が燃え盛り、盛大な炎を立ち上らせ、土を踏み固められて出来た広場には水溜りかと思うほどの赤い液体が大量に溜まり、そこに打ち捨てられたように乱雑に散乱していたのは、人の慣れ果てと思しき切り刻まれた腕や脚、ゴロリと転がる頭や不気味な色合いを見せる臓物。


 其の只中に君臨するように佇んでいたのは、見たこともない程の巨躯。

 鋭い眼光を見せる双眸は金色、大男の脚を思わせるほどの太さを持つ二本の角、人間など容易く圧し折り、丸呑みできそうな大きく鋭い嘴、その喉奥からは甲高い鳴き声と共にバチバチと火花が散る様に迸る紫電が垣間見える。

 そしてそれを頭部に持つその生物は、断崖を思わせる堅固で鋭利さを想像させる逞しい二本の脚を地に着け、二階建ての建造物と大差ない程の背丈を持ち、その両翼を広げるとその倍ほどは在りそうな巨躯を、黒とも灰色とも紫色とも見える羽毛で覆っていた。その羽毛も、もはや斑に残るだけで、その大半を占める色は、紅く、赤黒く、塗りたくるように染め上げていた。

 長く揺らめく尾羽ですら、鼠を丸呑みできる蛇と見紛うばかりであり、それを五本共にゆらりゆらりと揺らしている。


 

 その向こう、地に脚をつけて立つ人影は二つだった。十代後半であろう、血の気の失せた顔をした年頃の娘と、その娘に護られるように背後に立つ、十代前半と思われるまだ幼さの残る少年。

 

 巨鳥が啼き、バサリと翼を広げると、其れだけで風が吹き荒れるように周囲に砂煙を巻き上げ、視界を塞がれる。再び上がる啼き声に、不味いと思い走り出す。

 悲鳴が上がる。少女の物と思しき、高く、切り裂くように響き渡る、断末魔の叫び。

 クソ、と毒づき、それでも少年だけはとさらに踏み込む。未だその意識を幼い生命へと向けたままの巨鳥へと、飛び上がるように地を蹴ると、力の限りに一閃する。

 今までのそれとは種類の違う鳴き声えを上げると、その巨鳥は空へと飛翔する。

 その翼に連動し、巻き上がる風が渦巻き、その風速がさらに勢いを増すと徐々に、一つの脅威として目の前に具現化する。螺旋を描く、風の暴威。


 再びの鳴き声。せめて少年だけでも逃がせないかと、振り返り走り出そうとした時、異変が起きた。

 其の変化は、急激なまでに唐突に訪れた、静寂。

 風の吹き荒れていた音も、其の巨躯を飛翔させるために羽ばたいていた音も、その鳴き声も消え、家が燃え、その火が爆ぜる音も消え、パタン、という小さな音だけが不意に聞こえた。


「間に合わなかったな。もう少し、気づくのがはやければ・・・・・・」


 其の声に視線を向けると、先ほどの男が立っていた。そこに先ほどまでの笑みは無く、時折吹く風にマントを靡かせ、それでもその表情は何を考えているのか悟ることの出来ない、そのままに。


「さっきの、あの巨鳥は?」


「あぁ、ジズか。あいつは本来ここに居るべき存在では無いのだ。だから、戻した」


 其の言葉に、そうか、と呟きを返す。そして、そういえばと少年の姿を探す。倒れているのを見つけ、走りより、息を確認する。静かに聞こえる呼吸音に、疲れと安堵を呼気と共に吐き出す。


「この少年が・・・・・・。頼みごとをしても・・・・・・聞いて貰えるか?」


 其の言葉に振り向くと、ゆっくり頷く。


「出来るならば、この少年を育てて欲しい。見たところお前は旅に暮らす者なのだろう。腕もあり、慣れもありそうだ。何から何まで全部面倒をみろとは言わない。出来る限りでいい。頼めるか?」


 確かに、捨て置ける状況ではない。自分達の他に上がる声も無く、気配もない。今まで暮らして来た土地は、完膚なきまでに打ち滅ぼされたのだ。その様な場所で、只一人生き残ったまだ年端も行かぬ少年が、これから先生きて行けるとは思えない。


「解かった。人を育てるなど、自分に出来るかは解からないが」


「感謝を」


「礼はいらない。先ほど助けて貰った。こちらこそ感謝を言いたい」


「それには及ばない。あれは成るべくして成っただけだ」


 眼を覚ます気配のない少年を、両腕にそっと抱き立ち上がると、其の男も言葉に返答する。


「さて、色々世話になった。また何処かで会うこともあろう」


「そうか。・・・・・・それでは、の前に、名前を聞いてもいいか?」


 私のか?と声には出さず、こちらの眼を捕らえ、仕草だけで問うて来る。それにゆっくりと頷いて視線を返す。


「名前か。とうの昔に捨てたからな。呼び名は数あれど、そうだな・・・・・・」


 ブツブツと呟き始める。ただ名前を聞いただけでまさかこのようになるとは思っても居なかったため、少し困惑する。それでもそんな光景は数秒で終わり、ゆっくりと顔を上向けたときには


「ここでは『リガイ』と言う名がしっくりくるな。これからはそう呼んでくれれば。さて、今度こそお別れだ。

 それでは、『鷹』を担いし者よ」


 それを最後に去り始めた男を見送り。

 そういえば旅の荷物を置きっぱなしで来たのだと思い出し、腕に抱く少年が目を覚まさないよう、ゆっくりと歩き出し始めた。






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